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第26話 囚われた精霊の光

 王宮では、すでに謁見が始まっていた。

 白銀と黄金の光が交差する玉座の前に、意識を失った少女が横たえられている。

 カイは、その傍らに立っていた。


 精霊の少女――ティアラ。

 呼吸はある。

 だが、閉じられた瞳は微動だにせず、目を覚ます兆しは、どこにも見えなかった。


「報告を」


 玉座から、低い声が落ちる。

 カイは一歩進み、感情を挟まずに告げた。


「対象は、精霊核の不安定化により昏倒しました。

 現在も、覚醒の兆候は確認されていません」


 それだけだった。

 誰の名も語られない。

 過程も、抵抗も、意図さえも。

 王は、静かに少女を見下ろしていた。


 ――光は、感じられる。


 微かで、しかし確かに。

 精霊としての核は、まだ壊れていない。

 不安定であるがゆえに、拒絶も、防壁も、完全ではない状態。

 制御されていない力は、統合の余地を残す。

 拒絶が弱い。

 意志が、定まっていない。

 吸収か。

 上書きか。

 あるいは――王家の光として再編するか。

 どれを選ぶかは、結果の問題に過ぎない。

 王にとって、精霊の少女は――

 まだ、「素材」の段階だった。

 王は、答えを口にしない。

 その必要が、まだなかった。


 王の左右には、二人の男が立っている。

 一方は、夜織の指導教官――シオン・ヴァルグリム。

 もう一方が、側近のマティアスだった。


「王宮魔術師を」

 

 短い命令は、王の傍らに控えていた側近へ向けられた。


 側近――マティアス。

 年の頃は三十代半ば。

 白銀に近い灰色の髪を後ろで束ね、

 王と同じ光の中にいながら、決して前に出ない立ち位置を守っている。

 感情の読めない双眸そうぼうは、常に王の一挙手一投足を捉えていた。

 マティアスは、音もなく頭を垂れた。


「ただちに」


 マティアスは、少女へ一瞬だけ視線を落とした。

 眠るような顔だった。

 それが、かえって目を逸らしづらくする。

 その動きは、誰にも気づかれないほど僅かだったが、玉座に背を向ける前に、ほんのわずかな逡巡しゅんじゅんがあった。

 それでも、彼は何も言わず、踵を返す。

 余計な確認はしない。

 それが、この場で生き残るための振る舞いだった。


 王は、なおも少女から視線を離さない。

 そのまま、指先をわずかに動かす。

 空気が、かすかに軋んだ。

 王家封蔵庫に施されていた結界が、内側から、静かにほどけていく。


 ――王自身の光によって。


 誰かに命じる必要はない。

 それは、最初から、王が張った結界だった。



 その瞬間だった。

 ――王家封蔵庫を覆う光がほどける感覚が走った。


「……結界が、解かれた」


 低く呟いたのは、クラウスだった。

 隣にいたリアンは、短く頷く。


「行くぞ」


 二人は同時に床を蹴った。

 王家封蔵庫の扉へ向かって、迷いなく走り出す。


 だが――


 次の瞬間、視界が白く弾けた。

 光が、降り注ぐ。

 包み込むような、しかし拒絶を許さない転移の光。

 足元の感触が消え、空間が折り畳まれる。

 そして。

 気づいたとき、二人は王家封蔵庫の中にはいなかった。

 高く、静かな空間。

 無数の書架が円を描くように並ぶ――図書塔。

 正面に、ひとりの人物が立っていた。

 淡い金色の髪。

 透明感のある青の瞳。

 光を纏いながらも、どこか影を帯びた佇まい。

 レイヴンだった

 見慣れているはずの姿だった。

 だが――

 胸の奥に、前とは違う重みが落ちる。

 視線が合った瞬間、わずかな違和感が、確かな感覚として残った。

 同じ日に生まれた、という事実だけが、静かに胸を打つ。

 変わったのは、相手じゃない。

 知ってしまったのは、自分のほうだ。

 いとこ。

 そう思っていたはずの存在。

 その認識が、音もなく書き換えられたあとで見る顔は、同じなのに、どこか遠い。

 血のつながり。

 言葉にすれば、それだけのこと。

 それなのに、胸の奥が、微かにざわつく。

 同じ日。

 同じ年号。

 同じ母の名が、脳裏をよぎる。

 それだけで、呼吸のリズムが、わずかに狂った。


 ――レイヴンは。


 彼は、知っているのだろうか。

 この事実を。

 同じ血が流れていることを。

 問いかけは、形になる前に沈んだ。

 今は、確かめるときじゃない。

 視線を逸らし、リアンは思考を切り替えた。

 レイヴンは、二人を見て、短く告げる。


「……ティアラが、囚われたようだ」


 その言葉に、リアンは一瞬だけ目を見開いた。

 だが、すぐに理解する。

 胸の奥を締めつけていた痛み。

 それが、何を意味していたのか。

 理解してしまったがゆえに、迷いはなかった。

 クラウスも、同じだった。


「今、どこにいる?」


 即座に問う。


「アストレアの間だ」


 レイヴンの視線が、遠くを捉える。


「……あそこに、ティアラの光を感じる」


 間髪を入れず、リアンが言った。


「救いにいく」


「待て」


 クラウスが制する。


「正面から突っ込むのは、さすがに無茶だ」


 そのときだった。


「――面白そうだね」


 軽やかな声が、空気を裂いた。


「僕も、仲間に加えてよ」


 三人は、同時に気配を探る。

 だが、遅かった。

 そこには、いつの間にか置かれていた椅子。

 そして、その上に、何気なく腰掛けている人物がいた。

 淡い水色の髪。

 空の色を薄く溶かしたような、透明感のある色合い。

 肩につくかつかないかの長さの髪は、無造作でありながら、柔らかく揺れている。

 澄んだ薄青の瞳が、興味深そうにこちらを見ていた。

 細身の体躯。

 白と水色を基調にした軽装は、動きを妨げるものがない。

 ぱっと見れば、美形の青年だ。

 だが、近づくほどに、言葉にできない違和感が残る。

 輪郭は、どこか曖昧で。

 視線の奥に宿る温度が、妙に柔らかい。

 誰の気配にも、引っかからなかった。

 まるで、最初からこの空間に溶け込んでいたかのように。

 クラウスは、その人物を見たまま、わずかに動きを止めていた。

 ほんの一瞬。

 胸の奥が、きゅっと鳴る。

 理由は、分からない。

 敵意も、警戒も、そこにはない。

 ただ、視線を外すという選択肢だけが、なぜか浮かばなかった。

 遅れて、息をひとつ吐く。

 その拍子に、ようやく視線が外れた。

 ただ、その感覚だけが、胸の奥に残った。


 青年は、楽しそうに口角を上げる。


「驚いた?」


 水色の髪が、ふわりと揺れた。


「僕は第三王子、ルカだよ」


 その名を聞いた瞬間、リアンの胸が、僅かにざわめいた。

 その存在が、場の流れを変える予感。

 

「風はね」


 ルカは軽く肩をすくめる。


「こういう場面に呼ばれやすいんだ」


 図書塔の空気が、かすかに動いた。

 新しい風が、物語の中心へと、静かに入り込む。





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