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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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第23話 崩れた結界、その内側で

 ――アルシェ家の広間。

 空気が、張り詰めていた。

 夜織の包囲は、すでに完成している。

 誰も動かない。

 動けば終わる。

 そんな静寂だった。


 広間の中央。

 カイだけが、静かにティアラを見ている。

 灰銀色の瞳に、感情はない。


「対象を回収する」


 その一言で、場の空気が変わった。

 リリスは、なおもティアラの前から動かない。

 小さな肩が震えている。

 それでも、一歩も退かなかった。


「……リリス、下がって」


 ティアラの声は小さい。

 だが、芯があった。


 リリスは振り返り、何か言いかける。

 その瞬間だった。

 消えた。

 そう思った瞬間には、もう目の前にいた。

 いつ移動したのか、分からない。

 理解が追いつく前に、背筋が粟立った。


「――え……?」


 灰銀色の瞳が、すぐ目の前にあった。

 カイの感情のない視線が、リリスを映す。


 次の瞬間。

 振るわれた腕が、リリスの頬を無造作に打ち抜いた。

 まるで。

 道を塞ぐ障害物を払うみたいに。

 小さな身体が、横へ弾け飛ぶ。

 床へ叩きつけられ、白銀の髪が散った。


「リリス!」


 ティアラの声が響く。

 その前へ、もう一つの影が割り込んだ。


「――下がれ」


 アルバートだった。

 片膝は、 まだ崩れたまま。

 指先も震えている。

 本来なら、立ち上がれる状態じゃない。

 それでも。

 ティアラの前へ出る。

 守るためだけに。


 カイの視線が、わずかに向いた。


「……まだ動けますか」


 感心ではない。

 確認だった。


 次の瞬間。

 空気が、裂ける。

 アルバートの身体が、横殴りに吹き飛んだ。

 壁へ叩きつけられ、鈍い音が広間へ響く。


「アルバート様!」


 ティアラが叫ぶ。

 倒れていくリリス。

 壁へ叩きつけられたアルバート。

 視界の奥で、二人の姿が遠ざかっていく。


 胸の奥が、熱かった。

 痛みではない。

 内側から、何かが溢れようとしている。


 ティアラは、震える両手を胸の前で重ねた。

 指先から、淡い光が零れる。

 世界の音が、少しずつ遠のいていく。

 呼吸だけが、やけに鮮明だった。

 吸う。

 吐く。

 そのたびに、胸の奥の光が脈打つ。

 

「――光よ」

 

 小さな声だった。

 けれど。

 確かに、世界へ届いた。

 

「羽となりて――どうか、届いて」


 白金の光が、ティアラの身体から溢れ出す。

 燃えるような熱ではない。

 砕けるような激しさでもない。

 静かだった。

 なのに。

 目を逸らせなかった。

 零れた光粒が、ゆっくりと背中側へ集まっていく。

 空気が、震える。

 幾重にも重なる光が、形を結び始めた。

 

 翼。

 

 そう呼ぶしかない光が、ティアラの背に広がっていた。

 一枚ではない。

 幾層もの光が、羽のように重なり合っている。

 やわらかい。

 なのに、触れれば壊れてしまいそうだった。


 ただそこに在るだけで、

 空間の在り方そのものを書き換えていく。


 神聖なのに、

 どこか壊れそうな危うさを孕んでいた。

 白金の翼が、静かに脈打つ。

 

「――ルミナス・フェザー」


 名が落ちた瞬間。

 翼から、無数の光羽が静かに零れ落ちる。

 羽は空中を漂いながら、淡い軌跡を描き、

 広間全体へと降り注いでいった。

 砕けた星屑のような光が、

 床や壁、空気そのものへ溶け込んでいく。

 それは、攻撃ではない。

 癒しでも、祝福でもない。

 

 ――歪められたものを、正しい位置へ戻す光。


 カイの術式が、音もなくほどけていく。

 息が、吸えた。


 床へ刻まれていた黒い紋様が、音もなく崩れた。


 リリスの身体を縛っていた重圧が消える。

 アルバートの途切れていた魔力循環が、再び繋がり始めた。


 夜織の隊員の一部が、後退した。


 だが――

 カイだけが、動かない。

 光が触れた瞬間、場を覆っていた圧が、音もなく消えた。

 打ち消されたのではない。

 カイが展開していた術式が、解除されただけだ。


 支配されていた空間が、元の重さを取り戻す。

 

 カイは、足元に残る光粒を見下ろしていた。

 まるで。

 想定外の数値でも確認するみたいに。


「っ……」


 床へ倒れていたリリスの指先が、微かに動く。

 頬を伝った血が、白銀の髪先へ落ちた。

 ティアラの光が、身体へ絡みついていた拘束を、内側から押し流していく。

 アルバートも、浅く息を吐いた。

 途切れていた魔力循環が、ゆっくりと戻ってくる。

 だが。

 重い。

 完全には戻らない。

 零式封鎖の残滓が、まだ身体の奥に残っている。

 それでも。

 アルバートは、強引に指を動かした。


「――虚界護陣きょかいごじん


 足元へ、淡い光陣が広がる。

 空間が、静かに閉じた。

 ティアラを中心に、透明な結界が展開される。

 空気が、変わる。

 侵入を拒む壁。

 夜織の気配が、わずかに押し返された。


「守るべき者を護る」


 アルバートの低く落ちた声と同時に、結界表面へ幾何学模様が走った。

 その直後。

 リリスが、床へ手をついて立ち上がる。


「……ティアラ、に……」


 息が乱れている。

 頬から流れる血が、顎先を濡らした。

 それでも、紫の瞳だけは燃えていた。

 尾に宿る炎が、明らかに熱を増している。

 狐火が、一つ、また一つと浮かび上がった。


燈狐乱牙とうこらんが


 リリスの尾の先から、複数の狐火が弾けるように放たれる。

 紫混じりの炎は、空中で牙のように鋭く形を変えながら、四方からカイへ喰らいついた。

 一撃では終わらない。

 避けても、次の狐火が軌道を変えて迫る。

 連続して噛み砕くためだけの炎。

 怒りを宿した狐火が、逃げ場を削るように空間を埋め尽くした。


 同時に、 アルバートの前方の空間が歪んだ。

 空気に、 細い亀裂のような裂け目が走る。


空刃射ぐうじんしゃ


 次の瞬間。

 裂け目の奥から、白い光刃が撃ち出された。

 槍のように鋭い一撃が、一直線に空間を貫く。

 床石を削りながら走る光刃が、狐火の群れと同時にカイへ迫った。

 炎と光。

 二方向からの挟撃だった。

 

 普通なら、回避不能だった。

 だが。

 カイは、動かない。

 灰銀色の瞳だけが、静かに二人を映していた。


 狐火が、着弾する。

 牙のような炎が、空間ごと喰らいついた。

 直後、空刃射が走る。

 光刃が一直線に空気を裂き、爆ぜた炎の中心を貫いた。


 衝撃が、広間を揺らす。

 熱風が吹き荒れ、床石が砕け散った。

 だが。

 煙の奥から現れた影は、崩れていなかった。


 煙が、揺れる。

 その奥から。

 カイが、現れた。

 黒衣が、わずかに焼けている。 肩口に、浅い裂傷。


 ――それだけだった。


「痛覚反応、軽微」


 カイは、自分の肩口へ視線を落とす。

 まるで。

 壊れた道具でも確認するみたいに。

 感情のない声が落ちる。


「行動継続に支障なし」


 誰も、声を出さなかった。

 出せなかった。

 誰も、動かない。

 ただ。

 カイだけが、こちらへ歩いてくる。


 ユラは、息を呑んだ。

 直撃だった。

 それなのに。

 カイは、歩いてくる。


 背筋を、冷たいものが這った。

 ユラの知るカイは、 ここまでではなかった。


「……いや……」


 尾の先が、震える。

 怖い。

 それでも。


「ティアラに、近づかないで……っ」


「……なん、で……」


 リリスの喉が、震える。


 違う。

 聞きたいのは、そんなことじゃない。

 当たっていた。

 骨まで焼き切るはずだった。

 なのに。

 なんで。

 なんで、歩いてくる。


 呼吸を、忘れる。

 尾の先が、びくりと震えた。

 目の前にいる。

 なのに。

 生き物を見ている気が、しなかった。

 人の形をしているだけだった。


 アルバートの喉が、わずかに鳴った。

 視線を、外せない。

 理解してはいけないものを見ている。

 そんな感覚だった。


「……化け物、なのか」


 背中を、嫌な汗が伝う。

 それでも。

 アルバートは、視線を逸らさない。


「――これなら、どうだ」


 空間が、軋んだ。


 アルバートの周囲に、黒い亀裂のような裂け目が次々と走る。


虚影破断こえいはだん


 裂け目が、一斉に開いた。

 次の瞬間。

 見えない斬撃が、 広間全体を薙ぎ払う。

 床石が裂ける。

 壁面に深い断裂が走る。

 空気そのものまで、切り裂かれたように震えた。

 空間が、軋む。

 一つじゃない。

 壁が抉れ、床が断ち割られる。

 避ける場所が、なかった。


 同時に。

 リリスが、地を蹴る。

 尾の炎紋が、赤く燃え上がった。

 次の瞬間。

 振り抜かれた尾が、轟音と共に地面を叩き割る。

 爆ぜた炎熱が、衝撃波となってカイへ襲いかかった。


 広間が揺れる。

 石床が砕け、亀裂が走った。


 夜織の隊員たちが、距離を取る。

 

 煙が、晴れる。

 そこに。

 カイが、立っていた。


 ――違う。


 倒れていないんじゃない。

 最初から。

 あの攻撃など、存在しなかったみたいに。

 カイは、そこに立っていた。

 呼吸も。

 瞳も。

 一歩踏み出す速度すら。

 何も変わっていない。

 灰銀色の瞳だけが、 静かにティアラへ向いている。


 ティアラは、震える指を胸元で重ねた。

 息を吸う。

 胸の奥が熱い。

 痛い。

 それでも。


「天を駆ける雷よ――」


 光が、 ティアラの周囲へ集束していく。


「我が祈りを導きとせよ!」


 雷光が走った。


「《天雷槍――ケラウノス・ランス》!」


 無数の雷槍が、 空間を埋め尽くすように放たれる。

 白雷が、広間を貫いた。


 夜織の隊員たちが、回避すら間に合わず吹き飛ぶ。

 黒装束が、光の槍に貫かれ、床へ崩れ落ちた。


 だが。

 カイだけが、そこにいない。

 一瞬前まで立っていた場所を、雷槍だけが貫いていた。 


 次の瞬間。

 カイの姿が、視界から消える。


 ――いや。


 消えたんじゃない。

 気づけば、そこにいた。

 移動を、見れなかった。


「……ぁ」


 ティアラの呼吸が乱れる。

 胸に、 鋭い痛みが走った。

 視界が、白く霞む。

 足元が揺れた。

 翼から、 光粒が零れ落ちていく。


「……ティアラ様」


 低い声。

 ユラだった。

 その視線は、 ティアラの胸の奥を見ている。


「精霊核が……」


 言葉を選ぶ時間はない。


「悲鳴を、あげています」


 ティアラは、答えない。

 答えられなかった。

 呼吸を繋ぐだけで、精一杯だった。

 

 カイは、その様子を静かに観測していた。


 誰も、動けなかった。

 音が、しない。

 砕けた床が転がる音だけが、やけに大きく響いていた。

 その中で。


「……次工程へ移行可能」


 感情のない声が落ちる。

 ティアラの攻撃を受けなかった夜織の隊員たちが、  再び包囲を狭め始めた。


「精霊の息吹よ――」


 ティアラが、再び詠唱へ入る。

 震える指先。

 乱れる呼吸。

 それでも、止まらない。


「緑の刃となりて、舞い――」


 その瞬間だった。

 視界が、真っ白に染まる。


「……ぁ」


 呼吸が、うまく吸えない。

 胸が焼ける。

 視界の端が、暗い。

 立っている感覚が、もう曖昧だった。

 翼が、崩れる。

 詠唱が、最後まで繋がらない。

 倒れる。


 ――その寸前。


 後ろから、身体を支えられた。


「……っ」


 ティアラの肩を、ユラが抱き止めていた。


















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― 新着の感想 ―
カイのミステリアスな能力の秘密を明かさない限り、いかに絶望的な戦いをしているのかと。味方の消耗ぶりから描く手法が素晴らしいと感じました。何かあるなと思わされつつ、冷酷に迫ってくるから、そこを突き詰めら…
カイ率いる夜織との戦いがはじまった。 お互いが譲らない戦い。 果たしてこの戦いはどうなるのか!? 続きも楽しみです°・*:.。.☆
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