第12話 王の密命
刃が閃いたのは、アルバートが次の一撃を放とうと踏み込んだ、そのわずか半歩の間だった。
「父上ッ――!」
夜織の影が背後から滑り込み、その刃がアルバートの脇腹を深く貫いた。
赤が散る。
アルバートの体がよろめき、膝が落ちかけた――が、倒れない。
彼は咄嗟に魔力で傷口を押さえ込み、その場に踏みとどまる。
その一瞬で動いたのはクラウスだった。
「――父上を殺す気か、お前らァ!!」
普段の冷静さなど微塵もない。
クラウスの眼が赤く血走り、剣に黒雷のような魔力が走る。
斬撃が空気を裂く。
夜織二人が横へ弾き飛ばされ、壁へ叩きつけられる。
同時にリリスの尾が一気に五本まで増えた。
瞳の紫が濃く輝く。
「お父様を……傷つけた……!」
声が震え、床が紫光でひび割れる。
怒りで九尾化寸前――しかしティアラの叫びがその暴走を止めた。
「だめ……リリス……!」
その声は震えていたが、確かに響いた。
――だが次に暴走したのは、ティアラ自身だった。
夜織たちが再びティアラへ殺到するのを見た瞬間、彼女の瞳に虹色の縁取りが現れ、白金の紋章が一瞬、奥で揺らめいた。
空気が震える。
光が制御を失い、精霊の気配が悲鳴のように膨れ上がった。
「……こないで……!」
小さな囁き。
だが、闇を吹き飛ばすには十分すぎた。
ティアラの周囲に光の衝撃が波のように広がり、夜織三人が弾き飛ばされる。
彼女の銀色の髪がふわりと浮き、毛先の紫が光を帯びた。
「ティアラ、抑えて……! その力じゃ――」
リアンの声が届いた瞬間、ティアラは胸元をぎゅっと押さえ、瞳の発光が弱まった。
「……ごめ……」
力の余波でその場に崩れかけた少女を、リアンが抱き支えた。
「謝らなくていい。怖かったんだ。
……ここにいる。だから、今はそれでいい」
胸の光が揺れ、ティアラを包むように落ち着いていく。
この隙に、残りの夜織が再編しようとしていた。
夜織が低く呟く。
「……さすがは第七王子。氷と水の力、王家の血の証……」
その一言で──リアンの動きが止まった。
息を呑むほど短い沈黙。
疑問が胸の奥を刺す。
――なぜ、俺をそんな名で呼んだ?
だが夜織が再び動いた刹那、リアンは迷いを封印した。
「揺らめく水よ……我が影を映し――《水鏡ノ護》!」
水鏡がアルバートとティアラを包む。
次の瞬間、クラウスの剣とリリスの尾が交差し、夜織の突撃を弾いた。
リリスの尾がしなるたび、紫の狐火が闇を焼く。
クラウスの剣が黒影を裂き、怒りを抑えきれぬ声を漏らす。
「父上に手を出した報い……覚悟しろ!」
夜織はじりじりと下がり始めた。
夜織の一人が撤退の合図を出す。
「少女は後日、必ず回収する」
短い沈黙ののち、冷えた視線がリアンを射抜いた。
「……“第七王子”。今は手を出さない。だが――忘れるな」
黒影は霧のように散り、森へ消えた。
夜が静けさを取り戻すと同時に、アルバートがふらりと膝をついた。
「父上!」
「……大丈夫だ。かすっただけだ……」
そう言いながら、血は止まっていない。
リアンは即座に手をかざした。
「《水鏡ノ護》……!」
水鏡が傷口を覆い、血の流れだけを静かに押さえ込む。
ティアラが震える手で彼の肩に触れ、微弱な光を流す。
「ティアラ……? 君の力は……?」
「ちょっとだけ……治せる……みたい……」
光が淡く脈を打ち、アルバートの苦痛が和らいだ。
だが、リアンの胸には別の痛みが残っていた。
夜織の言葉――“第七王子”。
リアンは静かに口を開く。
「父上。……さっきの、どういう意味だ?」
一瞬、アルバートの瞳が揺れた。
隠していた真実に触れられた時の、あの深い影。
「……リアン。お前には、いずれ話す。だが今は……まだ時じゃない」
「俺は、知らなきゃいけない立場なんだろ」
アルバートは短く息を吐いた。
「――王からの命は、“手出しするな”というものだった」
僅かな沈黙。
「だが、それとは別に……俺が背負ったものがある。
命令じゃない。選んだ結果だ」
アルバートの視線が、静かに地へ落ちる。
「リュミエルが命と引き換えに残したもの――それは、王家の“血”そのものだ」
その瞬間、リアン蒼い瞳が微かに揺れた。
――リュミエル。
リアンとレイヴンを産んだ第六王妃。
二つの命が、今も鼓動を刻んでいる。
それは、彼女が最後に選び、命と引き換えに遺したものだった。
夜は静かだったが、全員の胸の中だけは、嵐が吹き始めていた。




