プロローグ 青白き運命の子
最初に授かった子は、女児だった。
それが、罪になる国だった。
産声が上がった瞬間、リュミエルは腕を伸ばした。
だが、その手は途中で止められる。
「王妃様。掟にございます」
赤子は泣き声を残したまま、連れ去られた。
「待って……その子を……!」
声は、空気に吸い込まれる。
閉ざされた沈黙の中で、命は静かに消された。
王ヴァレストは、その場にいた。
眉ひとつ、動かさなかった。
アストラル王国の王家に、女児は許されない。
王妃は祝福ではない。
血を繋ぐための“器”だった。
リュミエルは六人目の王妃だった。
もう、後はなかった。
リュミエルの震える指先が、虚空を掴んだ。
「……次は、男子を」
王の声は、感情を欠いていた。
濃い金に沈んだ瞳には、揺らぎがない。
◆
一年後。
夜を裂く痛みの果てに、男児が生まれた。
赤子の身体を、淡い金色の光が包む。
侍従も医師も、言葉を失った。
「……レイヴン……」
抱きしめた時、確かな温もりがあった。
胸の奥に、短い幸福が灯る。
だが、それは長く続かなかった。
「……まだ……もう一人……!」
次の産声とともに、空気が変わる。
赤子を包む光は、兄のそれとは違っていた。
青白い光。
冷たく、異質な揺らぎ。
それを見た瞬間、王の黄金の瞳がわずかに揺れた。
予言が、脳裏をよぎる。
『光は国を映す。
青白い光は、王家を滅ぼす影となる』
リュミエルは、震える腕で赤子を抱き寄せた。
「この子は……リアン……」
王の気配が近づく。
彼女は身体を丸め、必死に赤子を覆った。
「お願い……この子だけは……!」
王の掌に、淡い光が集まる。
「……退け」
「嫌です……! この子は……私たちの……!」
王の瞳から、温度が消える。
「予言を、無視することはできぬ」
「命より……大切なものなのですか……!」
「王家とは、そういうものだ」
次の瞬間。
光が、部屋を切り裂いた。
「……ぁ……」
リュミエルの身体がのけぞる。
それでも、その腕は最後まで赤子を離さなかった。
崩れ落ちる身体。
まだ、温かい。
王は一歩、前に出ていた。
自分の意思かどうかは分からない。
胸の奥で、忘れたはずの痛みが、かすかに疼く。
「……リュミエル……」
呼びかけに、返事はない。
その場には、青白い光の残滓と、静かな死だけが残っていた。
◆
青白い光の残滓が、まだ室内に漂っていた。
リュミエルの身体は冷え始めている。
それでも、赤子は生きていた。
「……アルバート=アルシェを呼べ」
しばらくして、銀灰の髪の男が部屋へ入る。
妹の亡骸を見た瞬間、膝が崩れた。
「……リュミエル……」
震える手が、その頬に触れる。
「陛下……これは……」
王は答えない。
青白い光を宿す赤子を、ただ見下ろしていた。
「……その子は、王家に生まれなかった」
それが理ではないと、彼自身が一番よく分かっていた。
「……陛下?」
「王家に属する限り、予言は追う」
黄金の瞳が、かすかに揺れる。
「お前の子として育てよ」
それは命令だった。
だがその声には、わずかに迷いが残っていた。
アルバートは、ゆっくりと赤子を抱き上げる。
「……必ず。命に代えても」
青白い光は、まだ消えなかった。
◆
十七年後。
朝の庭で、少年が剣を振るう。
白金の髪。
透き通る青の瞳。
リアン=アルシェ。
彼は知らない。
自分が王家の第七王子であることを。
そして――
王都の奥で、兄レイヴンが
光を濃く宿すたびに
少しずつ感情を失っていることも。
青白い光は、祝福ではなかった。
それは、王家の理に抗うために生まれた色。
青白き光は、まだ消えていない。
王家の理を裂くその光こそが、すべての始まりだった。




