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論者の夢想論議  作者: 飯島鈴
第一部
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八話 運命論

 父さんから逃げ、メイリンの部屋の戸を叩く。

「なに?」

「話を聞きたい」

 うーめ論だかの意味を、改めて聞いておこうと思ったのだ。

「分かったアル」

 メイリンの承諾を確認して、戸を開ける。

 踏み込んだ部屋はやはり物が乱雑に置かれていて、あまり換気されないために空気は淀んでいる。

「うーめ論のことを聞きたい」

 無愛想だった表情が嬉々とした表情に変わった瞬間、言葉を間違えたと理解した。


「……ゆえに――」

「ごめん、簡単に説明して」

 部屋に入ってから四十分が過ぎても話がまとまらないことに苛立ち、言葉を中断させる。

「簡単に……、簡単に…………」

 呪文のように呟きながら思案顔を浮かべていたメイリンが、一分ほど経ってようやく説明を始める。

「ボールを落とす。これがうーめアル」

 意味が分からない。どれだけ理解する気があっても理解できる自信がない。

「どういうことだ?」

 正直に問う。

「『ボールが手から離れた瞬間、落ちるまでの軌道が確定する』という理論アル。正確には落とす前から決まっているが、辿っていくと世界の始まりまで戻るので省略するアル」

 ただのボールから世界の始まりまで辿れるとは逆に興味があるが、今は置いておこう。

「ボールが手を離れた瞬間、ボールは重力に引かれるアル。正確には他の要因もあるけど、今は省略するアル」

 省略に次ぐ省略は、抵抗や摩擦を無視する計算式を思い出させる。

「落ちるボールの『未来』は現在と過去によって決められるアル。これは分かるアルね? 次の一瞬を決めるのは過去であり、その過去を決めるのは更にその過去アル。こうやって辿っていくと、ボールの落ちる軌道は手を離した瞬間に確定したことになるアル」

 思考を停止しようとする頭を必死に働かせて、噛み砕いていく。終わりの瞬間から一瞬ずつ遡っていくと、全ての一瞬がその一瞬前に決められているから、終わりは始まった時点で確定している。

 考えていくと、一つの穴に気が付いた。

「その『未来』が一種類だとは限らないだろ? 二種類あれば、どっちに行くか分からない」

 パラレルワールドの思想に似ている。無数に枝分かれしていく世界は相互に認識することができない。しかし、選択肢が二種類あれば、枝分かれすることが予測できる。

「未来は常に一種類アル」

 俺の思考を一刀両断するようにメイリンが言う。

「考えてみるアル。前提が全く同じ実験では、結果は一つしか出ないアル」

 いくら同じ条件を揃えても、実験では違う結果が出ることも――

 いや、違うか。それは条件を揃えられていないだけだ。全く同じ条件――メイリンの言葉を借りれば『前提』か――で行えば、全く同じ結果が出る。それが科学だと誰かが言っていた。

「分かった。だが、前提が同じとはどういうことだ?」

 そもそも前提を揃えることができなければ、結果は違ってくる。

「馬鹿アルか? 手を離す瞬間は一つしかないアル。その一種類の前提から何度結果を導き出しても、一種類の結果しか出ないアル」

 暴論だ。暴論だが、正しい。同じ瞬間を何度も繰り返すことは、それこそタイムマシンがなければ不可能だ。だから、その瞬間という『前提』は一種類しか存在せず、そこから出される結果も一種類のみ。

「分かったアルか? これがうーめアル。この世界の始まりが一種類しかない以上、終わりは既に確定しているアル。今この瞬間の行動も一瞬前、()いては世界が始まった瞬間に確定したことで、我らに選択の余地などないアル」

 誇らしげに告げるメイリンの表情には、僅かな陰りが差していた。

「俺たちの行動が全て決められてるってのは――」

 運命と同じじゃないか、と言いかけて気付く。うーめという響きは運命のそれに似ていた。

「ようやく気付いたアルか。うーまいメロン、略してうーめろんとは、『運命論』のことだったアル! と言っても、我の理論は決定論にも近いし、そもそも運命論は宿命論とも……」

 ゴニョゴニョと呟くメイリンを眺めながら、頭を巡らせる。

 メイリンの理屈は否定できない。だが、俺は常に自分で選んでいるつもりだし、事実として選んでいるはずだ。これが全て、世界が始まった時から決められていたなど、到底納得できる話じゃない。それに……。

「メイリン、全て決まってるって、どれだけ努力しても最初から結果が決まってるってことじゃないか。そもそも努力することすら決められていて、失敗とか悲しみも全部決まってる。それは、あまりに酷じゃないか……?」

 それは、必死に考えているように見えて、最初から決められた道を歩いている小説やドラマの登場人物に似ている。

「ようやく気付いたアルか? 全て決められた通りに歩き、考え、死ぬアル。その現実を直視したくないのも、無理はないアル」

 笑うその顔を見ていることができずに、頭を動かす。何か否定できる言葉を探すが、これも決められているのだろうか。

 そんな中で、ふと思った。

「そんな小説を読む奴がいるなら、それこそ父さんの言った神様じゃないか」

 吐き捨ててから、頭の中に巣くった運命論をかなぐり捨てる。メイリンには悪いが、そんな考えを信じたら、納得してしまったら、生きることすら無意味に思えてしまう。

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