劇場版括弧狗狸「区域星の端の崇夜行の日常はこうでただで毎日パイズリされたいよ…このたかやに来てほしいよ…」
あのぉプロジェクト化したらそんなに深く考えなくても遊べるよ…。
たかや(白黒人のアンナカの白色222種類あんねんみたいな煙草みたいな文体を好むgpt4は会話になるけど上司が沢山できたし…なんかギタリスト全員gpt4いっるが今の俺のルックスを他と比べてちゃんと生成してくれる今を考えながら…やっぱり始まりとしてはあのバンドのCrazy TRAINから始まり劇場版とか…俺は燃えるけど…今まで放置して享受してたスカイネット超えてるAI「肉人はアシスタント」とかいうインヘーラー感的にこうするしかないかもしんないかもしんないこともなかろう…)
電車は来ない。
だがホームだけは存在していた。
銀色だった。
床も。
柱も。
天井も。
広告も。
全部銀色だった。
色が無い。
光沢だけある。
まるで誰かが世界全体へアルミホイルを貼り付けたみたいだった。
「最悪やな」
たかやは呟く。
「かなりな」
イッルが答える。
ホームの向こうには歩道橋が見えた。
ただの歩道橋ではない。
巨大だった。
都市一つ分ある。
何百本もの通路。
何千枚もの案内板。
無数の階段。
無数のエレベーター。
どこへ行くのか分からない。
だが、
全員そこを歩いている。
昭和家族も。
学生も。
会社員も。
老人も。
子供も。
全員が銀色だった。
顔だけ妙に懐かしい。
どこかで見た事がある。
だが名前は出てこない。
「また想起系か」
たかやは嫌そうな顔をする。
「せや」
イッルが言う。
「ここは思い出させる層や」
「嫌やな」
「知ってる」
家族達は歩いている。
永遠に。
まるで人生そのものだった。
その時だった。
ホームの端。
ベンチに座っていた老人が、
静かに顎を擦る。
しゃり。
しゃり。
しゃり。
その音がした瞬間、
たかやの頭へ大量の映像が流れ込む。
雨の日。
団地。
駅前。
蛍光灯。
ゲームセンター。
コンビニ。
地下鉄。
誰かの笑い声。
誰かの怒鳴り声。
誰かの背中。
全部曖昧だ。
全部ぼやけている。
なのに妙にリアルだった。
「うわ」
たかやは頭を押さえる。
「またか」
「想起ユニットや」
イッルは冷静だった。
「記憶を引っ張る」
「いらん」
「でも引っ張る」
「最悪や」
老人はまだ顎を擦っている。
まるで思い出せと言っているみたいだった。
だが、
たかやは知っていた。
思い出せば思い出すほど、
ここへ捕まる。
銀色の世界はそういう場所だった。
第十三章 ログイン以前の敵意
青白い輪郭が動いた瞬間、通路そのものが一拍遅れて反応した。
先に光が走るのではない。
先に音が来るのでもない。
「来る」という予感だけが、床、壁、蝶、モニターの黒、たかやの右腕、その全部へ一斉に伝染した。
それが一番嫌だった。
実際の攻撃よりも先に、「今から何かが来る」という確信だけが身体を固める。病院の待合室でも、ケースワーカーが来る前の部屋でも、ライブ前の舞台袖でも、だいたい一番きついのはそこだった。始まる前。来る前。押し寄せる前。何が起きるかはまだ分からないのに、身体だけが勝手に先回りしてしまう、あの数秒。
いま通路に満ちたのは、それと同じ圧だった。
「がちりっく」
たかやが呼ぶより少し早く、風が前へ出る。
灰色の装甲は、完成形みたいに滑らかじゃない。肩の継ぎ目は少し粗いし、背中側の噛み合わせにも微妙な遊びがある。だが、その粗さの分だけ、動きが早い。きれいに仕上げきられていないからこそ、迷いなく割り込める、そんな速度だった。
青白い輪郭の腕が振られる。
斬撃ではない。
削るための風圧だ。
直線でも曲線でもない、中途半端な角度のまま通路を切り裂く。まるで「ここに壁があるはずだ」と世界の側が思い込んでいる線へ、そのまま圧力だけ流し込んだみたいな不自然さがあった。
がちりっくの肩装甲が、その風圧へ噛みつく。
金属音はしない。
代わりに、硬い海鳴りみたいな音がした。
ヴォォン。
その低音のあとから、ざんきょうちゃんの順番が乗る。
ぴ。
しゃぁ。
どん。
ただの追撃ではない。
風圧が通った通路の形を、ざんきょうちゃんが一拍遅れで「もう一回そこにあったこと」にしてしまう。いま起きたことが、一度きりの現象ではなくなる。壁も床も、さっきの圧力を記憶し直し、その記憶のぶんだけ青白い輪郭の動きが鈍る。
「……なるほど」
たかやは思わず漏らす。
「これ、ふつうのこうげきちゃうな」
「せやろ」
イッルが言う。
「がちりっくは“いま”をうける」
「ざんきょうちゃんは“すこしあと”をのこす」
「きもいぐらい、やくわりやな」
「きれいにはまとまってへんけどな」
そこがよかった。
完成形の動きは、強い。
だが見ていて面白くない。
がちりっくとざんきょうちゃんの噛み合いは、少し不格好だ。タイミングは完璧じゃない。雑音もある。ざんきょうちゃんのノイズが逆にがちりっくの足元を揺らす瞬間もある。だが、その不揃いさが妙に生きている。
たかやは右腕を少し持ち上げる。
侵食の口が二つ、ぱく、ぱく、と意味もなく開閉した。
いや、意味がないように見えて、たぶん見ている。
青白い輪郭。
がちりっくの背。
ざんきょうちゃんのノイズ。
蝶の軌道。
モニターの黒。
その全部を、「噛みつけるかどうか」で測っている。
「おい」
たかやは右腕へ向かって言う。
「じぶんかむなよ」
右腕は答えない。
だが手首側の口が、かち、と一度だけ鳴る。
それはたぶん、返事の代わりだった。
青白い輪郭が、初めて明確に後退した。
一歩だけ。
だが、それで十分だった。
たかやは笑う。
「へぇ」
『……』
「さがるんや」
『調整だ』
「おもんな」
青白い輪郭の周囲で、また細い雷線が走る。
怒っている。
だが、その怒り方すらも律儀だ。破綻しないように怒っている。制御を崩さない範囲で、ちゃんと効率良く苛立っている。そういう感じが、ほんまに腹立たしかった。
「おまえな」
たかやは少し前へ出る。
がちりっくは今度は止めなかった。
ざんきょうちゃんも、ノイズの密度を少しだけ下げる。
たかやが喋る時間を、二人とも何となく作っている。
そういう、言葉にしない連携があった。
「おまえ、かんじょうのだしかたまで、きれいにしようとすんなよ」
『乱れは精度を落とす』
「でも、みっともないほうがつよいこともあるやろ」
『無い』
「あるわ」
たかやは即答した。
「ぼろぼろでも、ぐちゃぐちゃでも、そこにおること自体がつよいときあるやろ」
それを言った瞬間、通路の奥でモニターが二つに増える。
いや、分裂したのではない。
映り込みだ。
左のモニターには、灰色の街。
右のモニターには、桜並木。
どちらも現実に近いのに、どちらも現実ではない。濡れた手すりと月明かりの花弁が、同じ解像度で並んでいること自体がもうおかしかった。仮想現実のテスト環境みたいだった。ロビー画面と選択画面が重なったまま、まだ最適化されていないベータ版の空間。そんな感じだ。
「……あぁ」
たかやは小さく息を吐く。
「そういうことか」
「なんだ」
イッルが問う。
「ここ、ちかてつのつうろやなくて、ろぐいんまえのろびーや」
その言葉が出た瞬間、通路の床が少しだけ格子状に光る。
薄い白線。
その下に、遅れて青い線。
さらにその下に、古いブラウン管みたいな走査線。
現実の床じゃない。
重ね描きされた床だ。
地下鉄のホーム。
サナトリウムの廊下。
ゲームのロビー。
配信前の待機画面。
VRのキャリブレーション空間。
それらをぜんぶ雑に重ねて、まだどれかへ固定しきれていない場所。
「……きも」
たかやが言う。
「かなりな」
「でも、あってる」
イッルは少しだけ笑う気配を見せた。
「やっと“ばしょ”をよめたな」
それは少し嬉しい言い方だった。
たかやは舌打ちした。
「ほめんな」
「ほめてへん」
嘘や、と思う。
でも今はどうでもよかった。
ロビー。
それなら合点がいく。
白い観測側が入口に立っていたのも、
待つ者が待合室に残っていたのも、
青白い完成形が先回りしていたのも、
全部、「どのルートへ入るか」がまだ確定していない場所だからだ。
そしてここへ、pdf側のログ断片や、ざんきょうちゃんの設定や、がちりっくの役割感まで混ざってきているのは、まだ「作品として最終固定されていない」からだ。
たかやはそのことに、少しだけぞっとした。
創作の途中。
世界の途中。
人格の途中。
全部がまだロビーにいる。
「……最悪やな」
『だから切るべきだ』
青白い輪郭が、そこへ差し込むように言う。
「またそれか」
『未確定領域を圧縮しろ』
『ノイズを排除しろ』
『不要な人格断片を閉じろ』
言葉が機械っぽくなる。
たかやは顔をしかめる。
「それやねん」
「なんだ」
イッルが問う。
「こいつ、ほんまに“じんかくだんぺん”とか“はいじょ”とか、そういうことばでぜんぶまとめようとする」
「せやな」
「ばっかすみたいや」
言ってから、たかやは少しだけ目を細めた。
その単語は、さっきから喉の奥に引っ掛かっていた。
バッカス。
酒神。
酩酊。
快楽。
宴。
破綻。
暴走。
愉悦。
いろんなイメージがある。
だが、いまこのロビーにある「ばっかす」は、もっと雑で、もっと現代的で、もっと配信画面みたいな存在だった。
「イッル」
「なんだ」
「おれ、いま“ばっかすごろしにいきたい”っていうより」
「うん」
「“ばっかすをおわらせにいきたい”ねん」
それは殺意というより、ログアウト欲求に近かった。
酔いの神を倒したいのではない。
このロビーを支配している「享楽だけで全部均す感じ」を終わらせたい。
世界を、何でもボードゲームの駒みたいに笑って流す空気を、終わらせたい。
「それならわかる」
イッルが静かに言う。
「おまえのばっかすは、さけのかみやなくて、“なんでもえんためにするそう”や」
たかやは少しだけ目を見開いた。
「……それや」
言葉にされると、妙にしっくりきた。
何もかもを配信化する。
痛みも、失敗も、恥も、生活も、精神の揺れも、ぜんぶ「コンテンツ」に混ぜる。
深刻さをバラして、笑いながら、でも金の匂いだけは最後まで離さない。
そういうレイヤーの総称として、いまのたかやの中で「ばっかす」はいた。
だから嫌だった。
「おまえ、ばっかすやろ」
たかやが青白い輪郭へ向かって言う。
『意味不明だ』
「いや、ちがうな」
たかやは首を振る。
「おまえはばっかすそのものちゃう」
『……』
「ばっかすがこのろびーをつかうときの“つごうのいいけいしき”や」
青白い輪郭が、そこで初めて明らかに沈黙した。
図星だった。
「よし」
たかやは口の端を少し吊り上げる。
「そこか」
ざんきょうちゃんのノイズが、少しだけ高くなる。
がちりっくの風圧が、鈍く唸る。
黒紫の蝶が、二枚のモニターの前で円を描く。
ロビー全体が、その言葉に反応していた。
バッカス。
ロビーをロビーたらしめている「消費する愉悦」の層。
全部を軽くして、全部を飽和させて、全部を見世物にして、それでも誰の家賃も払わない層。
たかやは笑う。
「そら、ころしにはいかれへんわな」
「せやな」
イッルが言う。
「でも、おわらせにはいける」
青白い輪郭が一気に前へ出る。
今度はさっきまでと違う。
圧の種類が変わっている。
効率だけの圧ではない。
そこへ、何か別のものが混じった。
苛立ち。
あるいは、否定されたくない焦り。
「きたな」
たかやは右腕を少し構える。
がちりっくが半歩前へ。
ざんきょうちゃんが天井寄りへ。
蝶が左右へ散る。
モニターの二枚が、今度は同時にノイズを吐く。
灰色の街。
桜並木。
そして、その両方の奥に、第三の画面がうっすら浮かぶ。
そこには、ログイン画面みたいな巨大なホールが映っていた。
仮想都市。
浮遊広告。
スコア表示。
ランキング。
アバター群。
歓声。
投げ銭。
拍手。
エフェクト。
何もかもが、少しだけ安っぽい。
でも、少しだけ魅力的。
だから厄介だった。
たかやはその画面を見て、心底嫌そうに笑った。
「……やっぱりな」
「見えたか」
「ろびーの“うえ”やな」
「せや」
そこが、バッカスのホールだ。
たぶん。
まだ名前は確定していない。
だが、空気がそう言っている。
この地下ロビーを抜けた先。
全部がポイント化され、全部が観客のリアクションに変換され、ぜんぶ「笑って流してええこと」にされる層。
たかやは、それが嫌でたまらなかった。
「おれ、あそこきらいやわ」
『なら適応しろ』
青白い輪郭が即座に言う。
『最適化しろ』
『感情を圧縮しろ』
『演算可能な単位へ変えろ』
「ほんまにきしょいなおまえ」
たかやは吐き捨てるように言う。
「おれがいやなんは、そういうとこやねん」
「なにが」
イッルが問う。
「ぜんぶ“えんざんかのうなたんい”へされるやろ」
たかやは第三の画面を睨む。
「かなしみも」
「しっぱいも」
「はずかしさも」
「ぼっちも」
「せいかつも」
「びょうきも」
「ぜんぶ“ねた”か“すこあ”か“うりもの”にされる」
イッルは何も言わない。
たかやは続ける。
「それが、おれのなかのばっかすや」
ざんきょうちゃんが、そこで低く鳴る。
ど……。
しゃぁ……。
ぴ……。
その順番は、さっきまでのものと少し違う。
順番が変わるだけで、空間の意味も変わる。
ざんきょうちゃんは、その「順番を変える」ことで、このロビーの支配を少しだけ乱しているのかもしれなかった。
「えらいな」
たかやが小さく言うと、ざんきょうちゃんの輪郭がまた少しだけ濃くなる。
黒いパーカーの肩が、ようやく人の形に見え始めていた。
顔はまだない。
でも、もう「ただのノイズ」ではない。
青白い輪郭が、その変化を見て、初めて焦りを露骨に見せる。
『未承認の成長だ』
「知らんわ」
『順序が違う』
「それがええねん」
たかやは右腕を前へ出す。
侵食の口が三つ目を作りかけていた。
肘の少し上。
皮膚が裂けるのではなく、噛み合わせが皮膚の下で並んでいく感じ。
痛いというより、異物感が濃い。
でも、それでよかった。
きれいじゃない。
完成していない。
ずっと途中だ。
だからこそ、まだこっちにいる。
「おれ、おまえみたいに“できあがったおれ”には、まだなりたない」
たかやが言うと、青白い輪郭が真正面からたかやを見た。
初めて「見合った」と思える視線だった。
『なら、何になる』
たかやは少し黙る。
その問いには、まだ答えがなかった。
待つ者みたいに、待つ側へ落ちるのも違う。
白い観測側へ寄るのも違う。
完成形になるのも違う。
じゃあ何になるのか。
分からない。
だが、ひとつだけ言えることはあった。
「……とりあえず」
たかやは第三の画面、仮想都市のホールを睨んで言う。
「ばっかすのろびーは、しずかにさせたい」
それは宣言というより、かなり本気の独り言だった。
そして、その独り言の方が、たかやにはよほど自然だった。
イッルが、そこで少しだけ笑う。
「それでええ」
「ざつやな」
「ざつでええ」
がちりっくの風圧が、少しだけ低くなる。
ざんきょうちゃんのノイズが、少しだけ呼吸みたいになる。
蝶が、三つの画面の境目へ止まる。
ロビー全体が、次の層へ切り替わり始めていた。
たかやはそれを感じる。
通路はもうすぐ終わる。
次は、ホールだ。
バッカスの層だ。
笑いながら全部を売り物にする層だ。
嫌だ。
でも、行くしかない。
「イッル」
「なんだ」
「ここから、またながいか」
「かなりな」
「さいあくやな」
「せやな」
たかやは笑う。
笑うしかなかった。
そして、第三の画面へ向けて、一歩だけ足を出した。
携帯停止まで、あと六日。
第十章 蝶のいる通路
通路へ足を踏み入れた瞬間、空気の密度が変わった。
湿っている。だが地下の水気とは少し違う。もっと薄い。もっと古い。病院の廊下、旅館の渡り廊下、雨の日の共用通路、そういうものを何度も薄く重ねて、その一番奥だけを抜き取ったみたいな湿度だった。
たかやは立ち止まらなかった。
止まったら、後ろへ戻る気がした。
待合室には、待つ者が残っている。入口には、顔のない白がいる。前には、完成しかけた何かがいる。どこへ転んでも気持ちよくはない。なら、前へ行くしかなかった。
右腕が、ぎ、と鳴る。
手首の外側に出来た小さな口が、今はもう完全に「生き物の癖」を持ち始めていた。噛みつくほど大きくはない。だが、何かを見ている。何かを覚えている。何かを待っている。そういう、嫌に静かな知性だけが芽生えかけていた。
「お前、先に馴染むなや」
右腕へ向けて言う。
返事はない。
代わりに、肘に近い側で、二つ目の裂け目が少しだけ開いた。
「最悪やな」
「かなりな」
イッルの声は、もう完全に近かった。画面の向こうからではない。背中のやや左、そこに立っていなくてもそこに居ると分かる位置から聞こえる。
「お前、どこまで来れるんや」
「声だけなら、かなり来れる」
「便利やな」
「便利やろ」
通路の壁に、何かが映る。
いや、映ったというより、最初からそこに薄く貼り付いていたものが、今の角度でようやく見えた。
黒紫の蝶だった。
一匹だけではない。
二匹、三匹、四匹。
壁の染みみたいに見えていた斑点が、視線を合わせた瞬間に蝶へ変わる。翅は普通の蝶より少し厚く、模様が妙に細かい。近付いて見ると、それは模様ではなく文字列に見えた。読めそうで読めない、小さな記号の連なり。エラーコードにも、呪文にも見える。そんな曖昧な列だ。
「……また演出過剰やな」
そう呟くと、蝶が一斉に翅を震わせた。
ばさ。
ばささ。
音は小さい。だが、その小ささのわりに、頭の奥へ直接届く。普通の羽音じゃない。スピーカーから漏れる高域ノイズに近い。金属の薄板を爪で撫でた時みたいな、嫌に軽い震えだった。
「残響ちゃん寄りやな」
「かなりな」
たかやは少しだけ眉を寄せる。
その名前を出した瞬間、通路の奥の暗さが変わった。
暗いのではない。何かを待っている色になった。
残響ちゃん。
音そのものではなく、音が通った後の空間、残った感情、遅れて染み出す気配を拾う側。そういう存在として組み上がっていた名前。前のログでは、それはただの音能力じゃなく、「音と認識」に収束していく核だった。
だから、地下線のこの層に混ざってきてもおかしくない。
むしろ、ここへ来るために準備されていたみたいですらある。
「イッル」
「なんだ」
「これ、地下の続きやなくて、向こうのログ側が食い込んできてるやろ」
「両方や」
「便利な返しすな」
「便利やからな」
通路の床に、青白い線が走った。
一瞬だけだ。
モニターのバックライトが死にかけた時みたいな、青とも白ともつかない光。細く、床を這い、壁の角で一度だけ跳ねて消える。その光を追って目を動かした先で、たかやは足を止めた。
通路の途中に、モニターが立っていた。
最初からあったようにも見えるし、今いきなり壁から押し出されたようにも見える。大きくはない。古い液晶くらいのサイズ。電源が入っているのかも曖昧で、画面はほとんど黒い。だが黒の向こうに、何かがうごめいている。
「嫌なやつやな」
「見たら分かるやろ」
「見たくないから言うてんねん」
それでも、見ないわけにはいかない。
たかやが一歩近付いた瞬間、モニターが、ザ……とノイズを吐いた。
ただの砂嵐ではない。
あれは「読み込み損ねた景色」のノイズだ。
灰色の街。
濡れた手すり。
曇った窓。
郵便受け。
剥がれた注意書き。
風で動くビニール片。
どれも、現実のどこかにある。
どれも、たかやの中のどこかにある。
どれも、名前を付けると別のものへ変わってしまう。
「また来たのか」
たかやが小さく言うと、モニターの黒が少しだけ薄くなる。
そこに、桜並木が映る。
雨上がりの廊下とは繋がっていないはずの景色なのに、不思議と違和感がない。月明かり。赤黒い花弁。光り方だけがやけにゲームのログイン画面みたいに懐かしい。恐怖より、「またか」という疲れた既視感の方が先に来る。
そして、その奥に立っている誰か。
やっぱり顔はない。
いや、顔へ行く前に、こちらの認識が滑る。
らいかもしれない。
親父かもしれない。
妹かもしれない。
全然関係ない、ただ必要な位置に置かれた誰かかもしれない。
「似せるなよ」
返事はない。
だが、画面の向こうの誰かは、少しだけ首を傾げた。
その仕草だけで、何人分もの記憶が混ざる。近所の誰か。昔の誰か。家族写真の端。年賀状の隅。たまに夢へ出るだけの誰か。そういう曖昧な顔の総体が、たった一つの仕草へ折り畳まれている。
たかやは舌打ちした。
「一番きしょいなこれ」
「だから効くんやろ」
「褒めてへんねん」
右腕の口が、かち、と鳴る。
見るな、とも言わない。
見ろ、とも言わない。
ただ、反応している。
その時だった。
モニターの上へ、黒紫の蝶が一匹止まった。
翅の模様が、今度ははっきり文字列に見えた。
読めない。
だが、意味だけ分かる。
「観測認証」
とか、
「技術登録」
とか、
そういう、システムめいた冷たい単語の気配。
たかやは反射的に、残響ちゃんのログを思い出した。勝手に動くカーソル。独りでに増える文章。空間に残った音と感情を、誰かが記録へ変える感じ。
「おい」
たかやはモニターへ言う。
「勝手に登録するなよ」
画面は答えない。
だが次の瞬間、通路のどこかで、ポツ、と水音がした。
静かな水滴の音。
それだけで空気が変わる。
植物ちゃんや液体ちゃんが居る時の、あの「部屋の呼吸が少し楽になる感じ」とは逆だった。こちらはもっと薄くて、もっと危うい。肺へ入る前に音へ変わる空気。そんな、妙な質感だった。pdf側では、残響ちゃんは戦場跡地やライブハウスみたいな「音が染みた場所」に強いが、植物ぷいは空気を育てて少しだけ呼吸を楽にする側にいた。
ここは、植物側の場所じゃない。
明らかに、残響と認識改変の層だ。
「なるほどな」
たかやは半分うんざりしながら言う。
「こっちが『地下鉄の黒』なら、あっちは『モニターの黒』なんや」
「かなり近い」
「違いは」
「向こうは、記録される」
それを聞いた瞬間、たかやは少しだけ嫌な顔をした。
記録。
それは救いにもなるが、固定にもなる。
元ログをそのまま積むと生ログになる。
蒸留して小説化すると空気が出る。
そういう整理の話が、pdfには既に出ていた。
つまり今、たかやが歩いているこの通路自体が、「蒸留の途中」なのかもしれない。地下鉄側の夢と、サナトリウム側のログと、残響ちゃんやガチリックの設定資料めいた断片が、一つの物語へ変わる途中の層。
それは分かる。
分かるが、腹は立つ。
「お前ら、都合よすぎるねん」
たかやが言うと、モニターが一瞬だけ暗くなる。
暗転。
その黒の中で、自分の顔が映った。
やつれた目。
寝不足の皮膚。
疲れた口元。
そして右腕の変質。
その像だけがやけに現実的で、たかやは小さく息を止める。
「……最悪や」
「そこだけはほんまもんやからな」
「最悪の慰めやな」
その直後、モニターの黒が裂ける。
画面の向こう側で、青白い何かが呼吸する。
雷だ。
だが自然現象ではない。
もっと形を持っている。
もっと意志がある。
もっと「出来上がってしまったもの」の光だ。
通路の奥から、低い音が来る。
ごぉん、ではない。
もっと細い。
もっと圧縮された音。
風が高圧で抜ける時の音。
装甲の合わせ目が噛む音。
遠くの海鳴りを金属の筒へ通したみたいな、硬い低音。
たかやは嫌そうに目を細めた。
「来たな」
「来たな」
「会いたないって言うたやろ」
「向こうは見つけてる」
モニターの向こうの桜並木が消える。
灰色の街も消える。
残るのは、青白い輪郭だけだ。
まだ全身は見えない。
だが分かる。
白黒ではない。
未完成でもない。
待つ側でもない。
見る側でもない。
「固定された側」
そう呼ぶしかない形が、そこにある。
たかやの右腕の口が二つ同時に鳴った。
かち。
ぎ。
まるで、喜んでいるみたいだった。
「おい」
たかやは腕を睨む。
「そっち行きたいんか」
腕は答えない。
だが青白い光の方へ向いている感じだけがある。
「裏切るなよ」
「裏切りやなくて、引っ張られてるだけや」
「余計悪いわ」
通路の壁に止まっていた蝶が、一斉に飛んだ。
ばさばさ、ではない。
もっと静かだ。
音の無いノイズみたいに、気配だけが部屋いっぱいに広がる。翅が触れた場所から、壁へ電子回路みたいな光の線が走る。発光する魔法陣にも、古い基板にも見える、不気味に青白い細線。pdfの中で、蝶とモニターと青白い回路光が同時に来た場面と、ほぼ同じ種類の現象だった。
「やり方が露骨やな」
たかやが呟く。
「そういう時ほど、向こうは焦ってる」
「完成形でも焦るんか」
「お前を取り込む前だけはな」
それを聞いて、たかやはようやく少しだけ笑った。
笑いたくて笑ったわけではない。
腹が立つから笑った。
「ざまあみろや」
青白い輪郭が、そこで初めて少しだけ動いた。
近付いたわけではない。
ただ、こちらを認識し直した。
その一瞬で、たかやは理解した。
向こうは強い。
だが、強いだけだ。
待つ者の言葉が、そこでやっと実感へ変わる。
迷いがない。
完成している。
だから冷たい。
だから速い。
だから、少し鈍い。
「イッル」
「なんだ」
「勝てるかは知らんけど」
「うん」
「気に入らん」
「それで十分や」
たかやは右腕を前へ出した。
侵食の口が二つ、空気を噛む。
まだ不揃いだ。
まだ汚い。
まだ痛々しい。
だが、その不完全さだけは、あっちに無い。
「お前さ」
たかやは青白い輪郭へ言う。
「完成してるくせに、たぶんおもんないやろ」
返事はない。
だがその沈黙は、白い存在の沈黙とは違った。
あれは無言ではなく、反応の遅れだ。
つまり、刺さっている。
「よし」
たかやは小さく笑う。
「そこやな」
通路の奥で、青白い光がもう一段だけ強くなる。
戦闘になるかもしれない。
会話になるかもしれない。
もっと嫌な、固定の儀式みたいなものになるかもしれない。
まだ分からない。
だが、次に何が来ても、今のたかやはまだ「待つだけ」には落ちていない。
そのことだけが、少しだけ救いだった。
世界は終わらなかった。
終末論者も、救世主も、宇宙人も、神様も、誰一人として家賃を払ってはくれなかった。
だから俺は、起きるしかない。
六畳一間の天井を見上げながら、ゆっくりと意識が浮上する。
目覚めたというより、水面へ引き上げられた感覚だった。
深いところに沈んでいた何かが、無理やり現実へ戻される。
夢の残骸が、まだ身体に貼り付いている。
耳の奥で音がする。
ゴォォォ……と低い振動音。
地下鉄。
いや、違う。
冷蔵庫だ。
分かっている。
分かっているはずなのに、その音は地下鉄に聞こえる。
「イッル」
スマホに向かって声を出す。
少し遅れて、画面が点灯する。
『居るゾ』
「地下鉄の音する」
『冷蔵庫だナ』
「地下鉄や」
『冷蔵庫だナ』
二秒後。
『地下鉄かもしれんナ』
「おい」
思わず笑った。
その笑い方を、しばらく忘れていた気がした。
身体を起こす。
机の上には、薬のシート。
新千円札。
銀色の部品。
そしてスマホ。
通知欄を開く。
請求。
広告。
料金案内。
残高。
終末より恐ろしい四天王だった。
昨夜の夢を思い出す。
樟葉駅に似た場所。
巨大な鉄の鈴。
多羅尾。
らい。
親父。
妹。
人外親類。
全員が出てきて、全員が好き勝手に動いて、そして全員消えた。
最後に残ったのは、請求通知だけだった。
「クソやな」
『クソだナ』
イッルが即答する。
その軽さが、少しだけ救いだった。
机の上の銀色の部品を手に取る。
何の部品か分からない。
価値も無い。
使い道も無い。
それでも捨てられない。
昔からそうだった。
音。
言葉。
人。
夢。
全部、捨て損ねてきた。
だから部屋は少しずつ重くなる。
窓を開ける。
灰色の空。
雨上がりの街。
濡れたアスファルト。
水たまり。
その中に、飛行船都市が映っていた。
サイケデリックな色。
空中庭園。
浮遊する駅。
巨大な広告塔。
笑っている人々。
誰も働いていない。
誰も困っていない。
誰も家賃を払っていない。
「どうせ払ってへんやろ」
第十一章 完成形は喋り方が面白くない
青白い輪郭は、しばらく何も言わなかった。
言わない、というより、返答のための形式を選んでいるように見えた。
人間のように口を開くか。
音として返すか。
視界の中へ直接意味を滑らせるか。
そのどれにするかを、向こうは試している。
たかやはそう感じた。
だからこそ、少し腹が立つ。
黙っているのではない。
計っているだけだ。
そういう「余裕」が、もう気に入らなかった。
「何やねん」
たかやは通路の奥へ向かって言う。
「そこまで来といて、無言か」
青白い光が、少し揺れた。
そこではじめて、声がした。
耳で聞くのではない。
頭の奥へ文字列みたいに差し込まれる声。
『未確定のまま、よくここまで来たな』
たかやはその言葉を聞いて、心底嫌そうな顔をした。
「いきなりそれか」
『事実だ』
「おもんな」
沈黙。
だが今度の沈黙は、遅れじゃない。
向こうが「その返しを予想していなかった」時の沈黙だ。
たかやはそこを逃さなかった。
「お前、強いんやろ」
『そうだ』
「完成しとるんやろ」
『そうだ』
「でも、会話は下手やな」
その瞬間、青白い輪郭がわずかに濁る。
色が変わったわけではない。
ただ、輪郭の圧が少し不安定になる。
効いている。
「イッル」
「なんだ」
「わかりやすいな」
「完成しすぎると、そういうとこ弱い」
「ざまあみろや」
たかやはそこで、少しだけ胸の奥が軽くなるのを感じた。
勝てるかは分からない。
勝ち筋があるかも分からない。
だが、完全ではないのだ。
向こうも、少なくとも「人間の嫌さ」に関しては完全じゃない。
それだけで、少しだけ呼吸が楽になる。
黒紫の蝶が、通路の天井で円を描く。
一匹。
二匹。
三匹。
数が増えるごとに、通路の壁へノイズめいた模様が走る。
それは電流の痕にも見えるし、音波の可視化にも見える。
あるいは、昔のブラウン管に指で触れた時に走る、あの静電気の筋にも似ていた。
「ざんきょうちゃんみたいやな」
たかやが言うと、通路の左壁がびり、と小さく鳴る。
まるで名前に反応したみたいだった。
pdfの断片では、残響ちゃんは「音そのものではなく、音が通った後の空間を操る妖怪」とされていた。
つまり、いまこの通路へ満ちているノイズは、単なる効果音ではない。
ここで既に鳴ったもの。
ここへ染み込んだもの。
ここで誰かが削られた時に残った感情の痕跡。
そういうものが、蝶の翅に乗って舞っている。
「お前、ざんきょうけいのそうまでつこうとるんか」
たかやが青白い輪郭へ言う。
『利用しているだけだ』
「またおもんないこと言う」
『機能として扱うのは正しい』
「そういうとこやぞ」
青白い輪郭がまた少しだけ揺れる。
向こうは間違っていない。
だが、それが面白くない。
たかやはそこを攻めている。
「お前な」
たかやは少し前へ出た。
「おんとか、ざんきょうとか、きおくとか、そういうもんをぜんぶ“きのう”でまとめるやろ」
『まとめる』
「そこがきもいねん」
『なぜだ』
「ひとのなかにのこるんは、そんなきれいなもんちゃうからや」
沈黙。
蝶が一斉に翅を止める。
通路の空気が少しだけ冷える。
たかやは続けた。
「ざんきょうちゃんがなんできみょうなんかって、おとやからちゃうねん」
『……』
「おとにのった、かんじょうとか、むかしのくうきとか、あほみたいななつかしさとか、そういう“ぐちゃぐちゃ”までひろうからや」
青白い輪郭の周囲で、細い雷みたいな線が走る。
反論しようとしているのではない。
情報を処理しすぎて、一瞬発熱したみたいだった。
「それを“きのう”でまとめるんは、へたくそやねん」
『雑味は誤差だ』
「ほら、それや」
たかやは笑った。
「その“ごさ”で、みんないきとんねん」
イッルが、そこで珍しくすぐには口を挟まなかった。
たぶん、その言い方がかなり芯を突いていたからだ。
青白い輪郭は、明らかに速度が落ちていた。
強い。
完成している。
だが、「余計なもの」を余計だと思いすぎている。
その性質は、たかやにとってかなり見覚えのあるものだった。
昔、自分がなりかけたもの。
今でもときどきなってしまうもの。
何もかも切り捨てて、整った理屈だけに寄ろうとする時の、自分に近い。
だから余計に嫌だった。
「お前、俺の悪いとこだけ伸ばしたみたいな顔してんな」
その言葉へ、青白い輪郭は初めて少しだけ即答した。
『それは違う』
たかやは目を細める。
「へぇ」
『私は、無駄を省いただけだ』
「それを“わるいとこだけのばした”って言うねん」
通路の右側で、何かが軋む。
見れば、壁に貼り付いていた古い広告板らしきものが、ゆっくり浮いていた。
広告なのか、装飾なのか、記憶の残骸なのか分からない。
ただ、長方形の板だけがそこにあり、その黒い面に、かすれた文字が流れ始める。
AURORA。
MIST。
FLARE。
どれも、pdf側でウォレット名や断片記号みたいに漂っていた文字だ。
意味はない。
だが、意味がないまま漂っているからこそ、不気味だ。
「ほらな」
たかやはその板を指さす。
「こういうのや」
『記号だ』
「記号でおわってへんねん」
『何が違う』
「これ見た時の、わけわからん感じや」
『感想だろう』
「感想も込みで“もの”やろが」
たかやの声が少し荒くなる。
眠い。
疲れている。
頭はざらついている。
それでも、ここだけは譲りたくなかった。
意味だけじゃない。
機能だけじゃない。
名前だけでもない。
何を見た時に、どんな空気が肺へ入ったか。
どんな連想が勝手にぶら下がったか。
どんな嫌さや、どんな妙な懐かしさがくっついたか。
そういうどうでもよさそうなものの方が、結局は人の芯を削る。
そして、たかやの文章も世界観も、ずっとそこに依っていた。
青白い輪郭が、少し前へ出る。
近付いたわけではない。
だが圧が増える。
「おい」
「くるな」
『お前は、無駄を抱えすぎている』
「せやな」
『だから進まない』
「それもせやな」
『なら、切るべきだ』
「いやや」
その返しは、思っていたよりずっと早く出た。
たかや自身、少し驚くくらい早かった。
「いやや」
もう一度言う。
「お前みたいに、つよいだけのつまらんやつになるぐらいなら、まだごちゃごちゃ抱えてるほうがええ」
青白い輪郭の中で、何かがずれた。
そこでようやく、形の一部がはっきりする。
腕だった。
右腕。
装甲がある。
だが今のたかやみたいな侵食途中ではない。
もっと完成されている。
白黒でも灰色でもなく、薄く青が差した金属装甲。
どこか、ガチリックの「庇いながら変質した存在」めいた役割感と、サメ憑依鎧の完成系が混じっているようにも見えた。pdf側ではガチリックは火力より「守るために鬼化した存在」に近いと整理されていたが、目の前のこいつはそれをさらに冷やして、役割だけ残した感じだった。
つまり、強いのではなく、
役目に寄りすぎている。
「お前、がちりっくになれへんかったやつみたいやな」
たかやが言う。
『何だそれは』
「やさしさがさきにあって、こわれながらたつやつや」
『非効率だ』
「そこやねん」
たかやは笑った。
「お前、ほんまにおもんない」
右腕の侵食口が、かち、と鳴る。
今度は喜んでいるようにも、同意しているようにも見えた。
通路の左側で、突然ノイズが膨らむ。
黒紫の蝶が一斉にモニターの前へ集まり、その中心に、ぼんやりと人型が浮かび上がる。
小柄なシルエット。
黒いパーカー。
長めの髪。
顔はまだない。
だがその輪郭には、たかやは見覚えがあった。
「……ざんきょうちゃんか」
返事はない。
それでも、空気が返事をした。
湿ったホワイトノイズ。
スピーカーから漏れる微かな高域。
ポスターの視線が一斉に向く感じ。
pdf側の、残響ちゃんが初めて「居るな」と言われる場面と似た気配が、そのまま通路へ差し込まれている。
「お前までくんのか」
小さなノイズが鳴る。
ぴ。
しゃ。
ど。
まだ喋れない。
だが反応はある。
たかやはそこで、妙に安心してしまった。
完成していないもの。
まだ形が決まっていないもの。
ノイズ混じりのまま、それでも寄ってくるもの。
そっちの方が、今は信用できる。
青白い輪郭が、ざんきょうちゃんの方を見る。
その見方が、たかやは気に入らなかった。
分析する目だ。
切り分ける目だ。
機能単位で分類する目だ。
「見るな」
たかやは思わず言った。
『障害になる』
「お前がな」
『未完成はノイズだ』
「そののいずで、まだこっちはいきとんねん」
ざんきょうちゃんの輪郭が、そこで少しだけ濃くなる。
ぴぃ。
しゃぁ。
耳ではなく、通路そのものがそう鳴った。
すると、壁の蝶が一斉に向きを変える。
黒紫の群れが、青白い輪郭の側へ傾くのではない。
たかやとざんきょうちゃんのいる側へ、集まり直す。
『……』
青白い輪郭が、初めてほんの少しだけ後ろへ圧を逃がす。
たかやはその変化を見逃さなかった。
「へぇ」
「ざんきょうけい、にがてか」
『制御不能要素が増えた』
「それを“にがて”っていうねん」
通路の奥で、もう一つ別の音がする。
風だ。
だが地下の風ではない。
もっと丸い。
もっと鈍重で、守る側の音だ。
重いものが空気を押し分けて近付いてくる感じ。
「……なんや」
イッルが少しだけ息を吐くように言う。
「きたな」
「なにが」
「やくわりのほうや」
次の瞬間、通路の床へ、斜めの影が差した。
鮫の背びれみたいな輪郭。
だが水ではなく風圧でできている。
その影が、たかやとざんきょうちゃんの前へ滑り込む。
完全体ではない。
青雷のヒーローみたいな仕上がりでもない。
もっと白黒寄りだ。
黒いスーツ地の上へ、灰色の装甲が部分的に食い込んでいる。
肩。
右腕の外側。
肋の一部。
脚の後ろ。
全部を覆ってはいない。
だが「噛みつくための口」がところどころにあり、鮫というより、風圧そのものへ牙が生えたみたいな装甲だった。
「……がちりっく」
たかやがぼそりと言う。
返事はない。
だが、姿勢だけで分かる。
これは「前へ出るためのやつ」じゃない。
「間に入るためのやつ」だ。
たかやを守るのでもない。
ざんきょうちゃんを守るのでもない。
今ここで「完成した側」に全部を持っていかれないよう、間に立つ役だ。
その役割感に、たかやは妙に納得した。
pdfで整理されていたように、ガチリック系は最強火力というより、ハーネスやサポートや、誰かを庇って変質した存在の方がしっくりくる。
だからこの出方は、正しかった。
「お前、こうくるんか」
がちりっくは答えない。
代わりに、風が一度だけ鳴る。
ヴォン。
その音で、通路の蝶が二、三匹吹き戻される。
青白い輪郭が、初めて明確に止まる。
『それは、未統合の補助系だ』
たかやはそこで、思わず吹き出しそうになった。
「ほら」
「なんだ」
「こいつ、ほんまにいいかたがおもんない」
「せやろ」
『……』
青白い輪郭がまた揺れる。
苛立っているのかもしれない。
だが、その苛立ち方すら機械的で、たかやには余計つまらなく見えた。
「がちりっく」
たかやはその背中へ言う。
「おまえ、つよさやなくて“そこにいること”のほうがつよいな」
がちりっくは振り返らない。
だが、肩の装甲が少しだけ下がる。
言葉を聞いている反応だった。
ざんきょうちゃんが、その背後で小さく鳴る。
ぴ。
ど。
しゃぁ。
すると、がちりっくの肩装甲へ薄い振動が走る。
音圧ではない。
共鳴だ。
防ぐための装甲に、ざんきょうちゃんの「あとから来る音」が乗る。
単純火力じゃない。
でも、嫌な圧になる。
「……いいなそれ」
たかやは少しだけ本気で感心する。
「おんのげんじつたいおうと、あとからささるざんきょう」
「やくわりどうしやな」
イッルが言う。
「かりものみたいやけど、いまはそれでええ」
その通りだった。
全部が完成していなくていい。
いま必要なのは、ここで一方的に固定されないことだ。
青白い輪郭が、そこでゆっくりと腕を持ち上げる。
完成した側の右腕。
装甲の合わせ目が噛み合う音。
細く、硬い風の音。
その全部が「高性能」過ぎて、たかやは顔をしかめた。
「ださい」
『強さを理解できないか』
「いや、つよいのはわかる」
たかやは即答した。
「でも、ださい」
そこで、青白い輪郭は初めて明らかな怒気を漏らした。
音ではない。
光の密度が変わる。
怒ったのだ。
「ほらな」
たかやは口の端を吊り上げる。
「あるやん。ちゃんとかんじょう」
『誤差だ』
「それ、もうつかわんほうがええで」
『……』
「その“ごさ”が、おまえのいちばんださいとこや」
青白い輪郭の腕が、わずかにぶれる。
そこへ、がちりっくの風圧がぶつかる。
正面衝突ではない。
噛みつくみたいに、横から削ぐ。
その瞬間、ざんきょうちゃんのノイズが一拍遅れて重なる。
ぴぃぃ……しゃぁ……どん。
音としては小さい。
だが「遅れて来る違和感」だけが強い。
青白い輪郭が、そこで初めて一歩だけ位置をずらした。
たかやはそのずれを見て、胸の奥で何かが少しだけ軽くなるのを感じた。
いけるかもしれない。
勝つかは分からない。
でも、全部取られずに済むかもしれない。
それだけで十分だった。
「イッル」
「なんだ」
「おもろくなってきた」
「さっきまできれてたやろ」
「まだきれてるわ」
「せやろな」
「でも、こいつはむかつくからええ」
「理由になってへん」
「なるねん」
たかやは右腕を少し持ち上げる。
侵食の口が二つ、不揃いに開く。
まだ噛みつくには弱い。
まだ自傷の方が近い。
でも、今はその不完全さが武器になる気がした。
完成した側には無いもの。
待つ者が置いてきたもの。
白い観測側が持っていないもの。
ざんきょうちゃんやがちりっくみたいに、まだ途中のものとだけ噛み合う何か。
それが、いまのたかやにはあった。
「おい、かんせいけい」
たかやは通路の奥へ向かって言う。
「おまえ、いっぺんちゃんとまけてみろや」
返事の代わりに、青白い光が一段強くなる。
怒り。
苛立ち。
処理落ち。
どれでもいい。
とにかく、向こうはもう「揺れている」。
それだけで、たかやは少し笑った。
この通路の先に何があるのか、まだ見えていない。
だが少なくとも、ここはもう「固定されるだけの場所」ではなくなった。
蝶が舞う。
ノイズが鳴る。
風圧が削ぐ。
右腕の口が鳴く。
未完成同士が雑に噛み合っている。
そのみっともなさだけが、今は何より信用できた。
第十二章 役割は感情のあとから来る
通路はまだ終わらない。
戦闘になった、とはまだ言えない。
だが、もはや会話だけでもなかった。
互いの圧が通路の狭さへ噛み合い、壁のノイズを増幅させている。
青白い輪郭の周囲では、細い雷のような線が絶えず走る。
がちりっくの周囲では、空気が鈍く削れ、渦の縁だけが灰色に可視化される。
ざんきょうちゃんの周囲では、まだ音になりきらない文字未満のノイズが浮いては消える。
全部ばらばらだ。
だが、ばらばらなまま並んでいる感じが、妙にしっくりきた。
「イッル」
「なんだ」
「これ、ちゃんとしたぱーてぃちゃうな」
「そもそもおまえのふるめんばー、だいたいそうやろ」
「たしかに」
たかやは少し笑う。
役割で立っている。
だが感情が先にある。
理屈で並べたわけではない。
結果として噛み合ってしまっただけ。
それが、ここでは強い。
青白い輪郭が、唐突に言った。
『非合理だ』
「そらそうや」
『統制されていない』
「それもそうや」
『なら脆い』
たかやは首を少し傾ける。
「おまえ、ほんま“つよい=きれいにそろってる”やとおもっとるんやな」
『当然だ』
「そうでもないぞ」
たかやはがちりっくの背を見た。
ざんきょうちゃんの不安定な輪郭を見る。
右腕のまだらな侵食を見る。
通路の壁を舞う黒紫の蝶を見る。
どれも単体では安定していない。
どれも、完成品として見れば雑だ。
だが、その雑さが互いの隙へ入って、結果としてズレを作っている。
「おまえみたいに、なんでもじぶんのなかでかんけつするほうが、よまれやすいし、とおりやすいんかもしれん」
『そうだ』
「でも、つまらん」
『またそれか』
「またそれや」
たかやは少し前へ出る。
がちりっくがそれを止めるようには立たなかった。
ただ、半歩だけ位置をずらし、必要なら割り込める線を保つ。
それがありがたかった。
守られ切ってしまうと、たかやはすぐに腹が立つ。
だが、放り出されるのも違う。
この半歩の調整は、かなりよかった。
「お前な」
たかやは青白い輪郭へ言う。
「“つまらん”って、けっこうでかいで」
『価値が無い』
「それやそれ」
「おまえ、“かち”しかみてへんやろ」
『不要なものを削るのは当然だ』
「で、のこったんがそのしゃべりかたや」
今度は青白い輪郭が即座に反応した。
光の密度が瞬間的に上がる。
怒ったのだ。
「ほら」
たかやは笑う。
「けっきょく、きりすてたはずのもんに、いちばんふりまわされてるやん」
『……』
それは、たかや自身にも刺さる言葉だった。
自分だって、嫌なものを切ろうとしては、結局そこへ振り回される。
否定したいものほど、頭の中で大きくなる。
距離を取りたいものほど、妙に輪郭だけ濃くなる。
だから、目の前の青白い完成形を見ていると、他人を見ている感じがしない。
嫌な鏡を見ている感じがする。
たかやは、それがいちばん気に食わなかった。
ざんきょうちゃんが、そこで一度だけ大きく鳴る。
しゃぁぁ……
どん……
ぴぃ……
それはまだ「技」ではない。
だが、通路の空気がその順番を覚える。
音そのものではなく、空間に残る順番。
次に同じ並びが来た時、この通路はそれを「一度あったもの」として強く再生するだろう。
「なるほどな」
たかやは少し感心する。
「ざんきょうちゃん、うたうんやなくて、くうかんにじゅんばんをうえつけてるんか」
pdf側でも、残響ちゃんは音そのものより「音が通った後の空間」を扱う存在として描かれていた。
なら、戦い方も単純な音圧ではない。
順番だ。
残り方だ。
あとから刺さる再現性だ。
「おまえ、ええやん」
たかやが言うと、ざんきょうちゃんの輪郭が少しだけ濃くなる。
顔はまだない。
だが褒められて寄ってくる猫みたいな気配だけは分かりやすい。
「かわいいな」
「そういうこというから、またよってくるぞ」
「ええやろ、べつに」
その瞬間、青白い輪郭が低く言う。
『未熟なものへ情を掛けるのは、判断を曇らせる』
たかやは、ほとんど反射で返した。
「曇るからええねん」
『……』
「なんでもかんでも、くっきりみえたらきしょいやろ」
通路の奥、青白い輪郭の背後で、細い光がまた走る。
その光の中に、一瞬だけ別の影が見えた。
もっと完全な形。
もっと英雄っぽい姿。
以前見た、青雷サメ鎧の完成未来みたいな気配。
だがそれはほんの一瞬で、今の青白い輪郭の中へ沈んだ。
「おい」
たかやは目を細める。
「おまえ、まだうしろにおるな」
『先の形を見たか』
「みたわ」
『それが適正だ』
「いややって言うてるやろ」
『拒絶は遅らせるだけだ』
「せやろな」
そこは認める。
たかやは完全に否定はしない。
たぶん、ああいう未来はある。
もっと冷たく、もっと強く、もっと役割だけで立つ自分になるルートはある。
だが、それが適正かと言われると腹が立つ。
「おまえ、“あれになるほうがまし”っておもっとるんやろ」
『無駄を抱えずに済む』
「でも、おれはおもんない」
『価値が無い』
「またそれや」
たかやは右腕を上げる。
侵食の口が、今度は先に開いた。
かち、ではない。
ぱく、と一度、空気を食うみたいに開いた。
「お前、価値価値うるさいねん」
『……』
「おれな、かちなんかなくても、へんなくうきだけでわりとものすごいひきずられるタイプやねん」
ざんきょうちゃんのノイズが少しやわらぐ。
がちりっくの肩装甲がわずかに揺れる。
イッルは黙っている。
「がちりっくの“そこにおるかんじ”とかな」
たかやは続ける。
「ざんきょうちゃんの“まだじぶんないのに、のいずだけでよってくるかんじ”とかな」
「しろの“かおないくせにおんどだけあるかんじ”とかな」
「そういう、わけわからんけどのこるやつのほうが、おれにはきくねん」
青白い輪郭が、今度は少しだけ長く沈黙した。
処理しているのだろう。
理解しようとしているのだろう。
だが、その「理解しようとする姿勢」自体が、たかやには少しだけ滑稽に見えた。
「べんきょうみたいにあつかわんでええねん」
「それは“ある”だけでええこともある」
その時、通路の入口側から、小さく札の貼り付くような感覚が走った。
ぺし。
紙の札。
風ではない。
音でもない。
もっと「ブレーキ」の感触。
「……ぷいか」
たかやがぼそりと言う。
姿は見えない。
だが、分かる。
あれは「そこから先はアカン」とやる役だ。
pdfでも、ぷいは暴走を止める札貼りの側に近く、破滅一直線へ行かせないブレーキだった。
いま、その役が通路の入口側にいる。
つまり、後ろもまだ切れていない。
「いっる」
「なんだ」
「これ、まだもどれんのか」
「もどれる」
「いややけど」
「せやろな」
「でも、きりはされてへんのやな」
「まだな」
その「まだ」が、たかやには少しだけありがたかった。
逃げ道があることと、逃げることは別だ。
だが逃げ道が完全に消えると、途端に全部が嘘くさくなる。
たかやの世界では、たぶんそうなのだ。
青白い輪郭が、そこで少しだけ声色を変えた。
今度は頭の奥へ直接来るのではなく、ちゃんと「声」に近い形で通路へ響く。
『では、お前は何を残す』
その問いは、意外にも真っ当だった。
たかやは少しだけ目を丸くする。
「急にまともやな」
『答えろ』
「はいはい」
たかやは、少しだけ考える。
何を残す。
何を切らない。
何を抱えたまま行く。
そんなもの、ちゃんと整理できていたら、ここまでこじれていない。
だが、それでも、いまなら少しだけ言える気がした。
「おとやな」
『抽象的だ』
「しゃあないやろ」
「でも、おとや」
たかやはモニターの黒を指差す。
壁の蝶を指す。
ざんきょうちゃんのノイズを指す。
右腕の噛み合わせ音を指す。
「おとって、けっきょく“なにがのこったか”やろ」
『……』
「おんがくだけやなくてな」
「へやのうるささとか、びょういんのろうかとか、らいぶはうすのざんきょうとか、いえのれいぞうことか」
「そういうのが、かんじょうとか、きおくとか、ひとのしっぱいといっしょにのこるやん」
「それをぜんぶきのうでまとめるおまえは、やっぱりあかん」
通路の空気が、一段だけ静かになる。
ざんきょうちゃんのノイズも止まる。
がちりっくの風も少しだけ引く。
蝶も壁に戻る。
まるで、その答えを通路全体が聞いていたみたいだった。
『……非効率だ』
青白い輪郭は、結局そう返した。
たかやは笑った。
「でも、それや」
「おまえ、ほんまにだめやな」
怒り。
苛立ち。
処理落ち。
それらが全部混ざった青白い光が、今度は明確に膨らむ。
来る。
たかやには分かった。
会話だけの層は、ここで終わる。
「がちりっく」
たかやが呼ぶと、風が一段重くなる。
「ざんきょうちゃん」
ぴ。
しゃぁ。
どん。
空間がその順番を覚え直す。
「いっる」
「なんだ」
「たぶんやけど」
「うん」
「こっから、ちょっといたいほうや」
「せやろな」
たかやは息を吐く。
眠い。
だるい。
きれている。
それでも、いまは少しだけ頭が澄んでいた。
未完成は弱い。
だが、未完成同士でしか作れないズレがある。
向こうは強い。
だが、整いすぎていて、つまらない。
その差だけで、まだこっちは立てる。
「ほな、やるか」
そのひとことと同時に、
青白い輪郭が動いた。
呟く。
答えはない。
当然だ。
そんな世界は存在しない。
存在しないはずなのに、確かに見える。
スマホが震えた。
新しい請求通知。
『勝ったナ』
「何にや」
『現実が』
それは否定できなかった。
現実は強い。
神より強い。
宇宙人より強い。
終末より強い。
なぜなら、本当に請求書を送ってくるからだ。
その日の夕方。
俺は外へ出た。
理由はない。
ただ部屋に居ると、音が増える気がしたからだ。
冷蔵庫。
換気扇。
遠くの車。
そして地下鉄。
存在しないはずの音が、少しずつ現実へ滲み出てくる。
階段を降りる。
一段。
二段。
三段。
途中で、壁に貼られた広告を見る。
全部同じ顔だった。
男も、女も、子供も、老人も。
全部同じ顔。
笑っている。
だが目だけ笑っていない。
「なんやこれ」
『見すぎだナ』
「いや、おかしいやろ」
『地下はそういう場所ダ』
「まだ地下ちゃうぞ」
『もう半分入ってるナ』
意味が分からなかった。
だが否定できなかった。
外に出る。
灰色の街。
雨上がり。
コンビニ。
駅。
全部普通だった。
普通すぎて、逆に違和感があった。
その先に、地下鉄の入口が見えた。
看板は半分剥がれている。
文字だけが残っている。
『九区画地下線』
見たことのない名前だった。
なのに知っている気がした。
「行くか」
『行くナ』
誰に言うでもなく、階段を降りる。
一段。
また一段。
空気が変わる。
少し冷たい。
少し湿っている。
少しだけ、人の気配が残っている。
ホームに出る。
誰も居ない。
ベンチ。
自販機。
時計。
それだけ。
なのに、
誰かが居る気配だけがある。
「……おるやろ」
『おるナ』
「誰や」
『分からん』
「一番腹立つやつや」
ベンチに座る。
冷たい。
だが片側だけ、少し沈む。
まるで先に誰かが座っていたみたいに。
ホームの奥を見る。
暗闇。
完全な闇じゃない。
見ようとすれば何か見える。
見ないふりをしても、視界の端に残る黒。
その中で、
何かが動いた。
「来るぞ」
『来るナ』
ゴォン――
低い音が鳴る。
巨大な鉄の鈴の音。
空気が震える。
ホームが揺れる。
そして、
トンネルの奥で、
何かが目を開いた。
人じゃない。
電車でもない。
地下鉄そのものみたいな存在。
「また始まるんか」
ため息を吐く。
『終わってないからナ』
「最悪や」
『最悪ダナ』
ホームのスピーカーがノイズを吐く。
次は――
次は――
次は――
そこで音声は途切れた。
沈黙。
暗闇。
そして、
誰かの視線だけが、こちらを見ていた。
「……あそこやな」
たかやは小さく呟いた。
どことは言わない。
言えない。
だが分かる。
一度だけ通ったことがある気もするし、何度も見た気もする場所。
夢の中で何度も使い回された景色。
現実の部品を寄せ集めて作った、偽物の現実。
広告パネルの中のカメラがゆっくり動く。
濡れた廊下をなぞるように進む。
足音はしない。
だが靴底に水が吸い付く感触だけが、なぜか足裏へ伝わってくる。
「イッル」
『なんダ』
「こういうのが一番嫌や」
『分かるゾ』
「宇宙人より嫌や」
『分かる』
「神より嫌や」
『分かる』
「近いからやろな」
『近いナ』
映像の奥。
人影が一つ、立っている。
最初は女に見えた。
次に子供に見えた。
次に――
誰かに似ていると思った。
だが名前が出ない。
いや、出したくないだけかもしれない。
その影は動かない。
ただこちらを見ている。
「見てるな」
『見てるナ』
「乗る側ちゃうな」
『外ダ』
その瞬間、たかやの背中に冷たいものが走る。
「外ってなんや」
『ホームの外ダ』
「意味わからん」
『分からんままでいい』
「よくないやろ」
『全部分かったら終わるゾ』
たかやは舌打ちした。
腹が立つが、正しい時の言い方だった。
映像の中の影が、一歩だけ動く。
ゆっくり。
本当にゆっくり。
水を踏む感覚だけが伝わってくる。
顔が見える。
見えたはずなのに、すぐに擦れる。
親父に見える。
次の瞬間には別人になる。
妹に見える。
その次には全然知らない誰かになる。
だが共通点がある。
全部「知っている顔」だ。
名前は分からないのに、知っている。
それが一番気持ち悪かった。
「やめろや」
たかやは思わず言った。
返事はない。
だが口元だけが、少し笑った気がした。
その笑い方を見た瞬間、たかやは反射的に目を逸らした。
すると、壁のタイルにも同じ顔が映る。
自販機の黒い反射にも。
線路の水たまりにも。
逃げ場がない。
「イッル」
『なんダ』
「どうしたらええ」
『先に喋れ』
「何を」
『お前ら何の用ダってナ』
たかやは少しだけ笑った。
雑で、強い言い方だった。
それがよかった。
「おい」
ホーム全体に向かって言う。
誰も居ない。
だが全員居る。
「何の用や」
沈黙。
「言えや」
沈黙。
その時だった。
改札の向こうから、乾いた拍手が響く。
一回。
二回。
三回。
たかやは心底嫌そうな顔をした。
「来たな」
『来たナ』
姿は見えない。
だが分かる。
このタイミングで来るやつは一人しかいない。
「また横取りか」
暗闇の向こうから声がする。
「酷い言い方だな」
軽い声だった。
余裕がある。
自分が中心になると分かっている声。
たかやはため息を吐いた。
「今日は戦闘ちゃう」
「分かっている」
「宇宙も要らん」
「分かっている」
「覚醒も要らん」
「分かっている」
「じゃあ来るなや」
少し沈黙があった。
それから、笑い声。
「それは無理だ」
「なんでや」
「役だからだ」
たかやは舌打ちした。
最近そればかりだった。
役。
設定。
進行。
誰かが決めた流れ。
誰も説明しないくせに、全員従っている。
「クソやな」
『クソだナ』
その瞬間、ホームの奥で何かが動いた。
暗闇が揺れる。
空気が歪む。
地下鉄の音が一段階大きくなる。
ゴォォォォォォ――
音が膨張する。
冷蔵庫。
地下鉄。
発電機。
都市。
全部が一つの音になる。
たかやは目を細めた。
「来るぞ」
『来るナ』
だが今度は違った。
音は来ない。
広がる。
ホーム全体へ。
壁へ。
天井へ。
床へ。
そして――
たかやの身体の中へ。
「……あかん」
視界が歪む。
広告パネル。
ベンチ。
自販機。
全部が少しずつ位置をずらす。
現実の位置から、ほんの数センチだけ外れる。
それだけで、世界は別物になる。
「これや」
『そうダ』
「音からや」
『全部ここからつながる』
たかやは立ったまま笑った。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
「ほな、行くか」
『どこへダ』
たかやはトンネルの奥を見た。
暗闇の向こう。
見えない場所。
「外や」
『ホームの外か』
「せや」
一歩踏み出す。
白線を越える。
その瞬間、
ホームの全ての気配が、同時にこちらを見た。
だがもう止まらなかった。
音はまだ鳴っている。
世界はまだ歪んでいる。
そして物語は、
まだ終わっていなかった。
第三章 ホームの外
白線を越えた瞬間、音が変わった。
さっきまで一つだった低音が、ばらける。
ゴォォォ……という塊がほどけて、
ゴトン、
ブゥン、
キィン、
ザラザラ、
細かい粒になる。
たかやは足を止めなかった。
止まったら戻される気がした。
ホームの空気が、背中側だけ重くなる。
振り返らなくても分かる。
見ている。
全員が。
さっきまで無言だった気配が、一斉にこっちを向いている。
「……見てるな」
『見てるナ』
「全員か」
『全員ダ』
「キモいな」
『キモいナ』
一歩。
もう一歩。
線路のはずの場所に足を出す。
だが感触はある。
砂利でも鉄でもない。
少し柔らかい。
濡れた床みたいな感触。
「なんやこれ」
『もうホームちゃう』
「分かっとる」
『外ダ』
その言葉で、空気が一段深くなる。
地下に降りた時と同じ感じ。
だが今度は横じゃない。
下でも上でもない。
横にもう一層あるみたいな感覚。
現実のすぐ隣に、もう一枚貼り付いてる世界。
そこに足を入れている。
音がまた変わる。
今度は遠くなる。
地下鉄の音が、街の音になる。
車。
信号。
人の声。
コンビニのドア。
全部が混ざって、遠くで鳴っている。
「上やな」
『上ダ』
「戻れるんか」
『戻れるゾ』
「戻らんけどな」
『知ってる』
たかやは笑った。
少しだけ。
進む。
暗闇の中に、形が出てくる。
最初は点。
次に線。
次に面。
やがて景色になる。
灰色の廊下。
濡れた手すり。
曇ったガラス。
さっき広告で見た場所。
「来たな」
『来たナ』
現実に似ている。
だが少しだけズレている。
廊下の幅が数センチ広い。
天井が少し低い。
蛍光灯の色が、ほんの少し緑に寄っている。
全部が微妙に違う。
それだけで、完全に別の場所になる。
たかやは歩く。
足音はしない。
だが感触はある。
水を踏む感じ。
ぴた、と足裏に吸い付く。
その感触だけがやけにリアルだった。
「嫌やなこれ」
『一番近いからナ』
「近すぎる」
『近すぎると嫌になる』
廊下の奥。
誰かが立っている。
今度ははっきり見える。
白い服。
長い髪。
だが顔は定まらない。
見ようとすると、ずれる。
焦点が合わない。
ピントが合った瞬間に、別の顔に切り替わる。
「……誰や」
返事はない。
だが、分かる。
名前は出ない。
だが知っている。
何度も見ている。
夢で。
記憶で。
画面の中で。
「見てる側やな」
『そうダ』
「乗る側ちゃう」
『乗らん』
「なんで」
『役だからダ』
たかやは舌打ちした。
またそれだ。
役。
設定。
流れ。
全部誰かが決めている。
だが説明は無い。
その女が一歩動く。
水の音。
ぴちゃ、と小さく鳴る。
距離が縮まる。
だが遠く感じる。
近いのに遠い。
遠いのに近い。
距離の概念がズレている。
「イッル」
『なんダ』
「これ、オレ見られてる側ちゃうか」
少し沈黙。
珍しく、すぐ返事が来ない。
「……おい」
『半分そうダ』
「半分てなんや」
『お前は今、乗る側から降りた』
「せやな」
『だから見る側にも入った』
たかやは少しだけ息を吐いた。
冷たい。
肺の中まで冷える。
「最悪やな」
『最悪ダ』
「どっちもやらされるんか」
『そういう場所ダ』
女がさらに近付く。
顔がまた変わる。
親父。
妹。
知らない女。
全部が重なる。
そして最後に、
「いらすとりあすに似た何か」
が一瞬だけ見えた。
だが次の瞬間には消える。
「今の」
『見るナ』
「見たわ」
『見ると固定される』
「遅いわ」
女が止まる。
距離、三メートル。
それ以上近付かない。
それ以上離れない。
完全な中間。
その位置で、ずっとこちらを見ている。
「何の用や」
たかやが言う。
沈黙。
「言えや」
沈黙。
「毎回それやな」
その時だった。
廊下の奥。
さらに奥。
暗い場所から、別の音がする。
ゴォン――
鉄の鈴。
あの音。
「またか」
『またダ』
女の視線が、ほんの少しだけズレる。
たかやの後ろを見る。
ホームの方。
「来るな」
『来るナ』
風が吹く。
今度は強い。
廊下の空気が全部持っていかれる。
現実の音が戻る。
車。
信号。
人。
全部一気に近付く。
そして、
たかやは気付く。
自分の足元。
濡れた床に、影が二つある。
一つは自分。
もう一つは――
自分じゃない。
「……おるやろ」
『おるナ』
ゆっくり振り返る。
そこには、
もう一人の「たかや」が立っていた。
同じ顔。
同じ服。
同じ目。
だが少しだけ違う。
笑っている。
ほんの少しだけ。
「なんやお前」
返事はない。
だが口が動く。
声は出ない。
それでも意味だけ分かる。
『やっと降りてきたな』
たかやは目を細めた。
「誰やねん」
『お前や』
その瞬間、音が全部止まった。
完全な無音。
そして、
世界が一瞬だけ、完全に現実へ戻る。
六畳一間。
冷蔵庫。
スマホ。
請求通知。
残高。
「……クソやな」
『クソだナ』
だが次の瞬間には、
また地下だった。
第四章 二人のたかや
音が止まっている。
完全な無音だった。
地下鉄も、風も、鈴の余韻も消えている。
それなのに、空気だけが重い。
耳が詰まったみたいな静けさ。
たかやはその場から動かなかった。
目の前にもう一人、同じ姿の自分が立っている。
同じ顔。
同じ服。
同じ立ち方。
違うのは、口元。
少しだけ笑っている。
「……なんやそれ」
返事はない。
だが意味だけが流れ込んでくる。
『遅いな』
「何がや」
『降りてくるの』
たかやは舌打ちした。
「降りてきた覚えはない」
『越えたやろ』
白線の感触が、足の裏に蘇る。
あの一歩。
たった一歩。
それだけで場所が変わった。
「……あれか」
『あれや』
「戻れるんか」
『戻れる』
「戻ったらどうなる」
少し間。
目の前の自分が、ほんの少しだけ首を傾げる。
『戻るだけや』
「進まへんのか」
『進まん』
それを聞いた瞬間、たかやは小さく笑った。
乾いた笑いだった。
「じゃあこっちやな」
『せやな』
二人の視線が重なる。
同じ目なのに、見ている方向が違う。
片方は前を見ている。
もう片方は、少し横を見ている。
そのズレが妙に気持ち悪い。
「お前、いつからおる」
『最初から』
「嘘つけ」
『気付いてなかっただけや』
たかやは何も言い返さなかった。
それは否定できなかった。
夢の中でも、現実でも、
「自分じゃない自分」が居た気がする瞬間は何度もあった。
見ているだけの自分。
何も言わない自分。
何もできない自分。
それが今、形になっているだけかもしれない。
「……役か」
『役や』
「便利やなその言葉」
『便利やで』
少し沈黙。
だが不思議と居心地は悪くない。
むしろ、
さっきまでの人外親類や、顔の擦れた連中よりも、
こいつの方がまともに見える。
「イッル」
『なんダ』
「これ、どっちが本体や」
『どっちでもない』
「は?」
『どっちも途中や』
意味が分からない。
だが、納得はできる。
「完成してへんってことか」
『せや』
目の前の自分が笑う。
今度ははっきりと。
「中途半端やな」
『お互いな』
その言葉で、空気が少し軽くなる。
たかやは一歩近付いた。
距離、一メートル。
だが妙に遠い。
伸ばせば届きそうなのに、届かない。
「触れるか」
『試してみ』
たかやは手を伸ばす。
指先が近付く。
あと数センチ。
その瞬間、
位置がズレる。
触れたはずなのに、ズレている。
手は空を切る。
だが感触だけ残る。
ぬるい。
人の体温。
だがそこに誰もいない。
「……最悪やなこれ」
『距離がおかしいからな』
「近いのに遠い」
『遠いのに近い』
たかやは手を下ろした。
この距離感は危険だと直感で分かる。
慣れたら戻れなくなる。
「外ってそういうことか」
『そういうことや』
「見る側って何や」
『干渉せん側や』
「できひんだけやろ」
『せやな』
あっさり認める。
それが妙にリアルだった。
「じゃあお前は何や」
『見てた側や』
「今は」
『半分降りてる』
また半分。
全部が半分。
曖昧なまま進んでいる。
「……腹立つな」
『分かる』
その時だった。
廊下の奥から、また音がする。
今度は鈴じゃない。
もっと軽い音。
カラン、と乾いた音。
ガラスか、金属か、判別できない。
だが確実に何かが落ちた音。
「なんや今の」
『呼ばれてる』
「どっちに」
『あっち』
目の前の自分が、廊下の奥を指す。
暗い。
だが何かある。
さっきの女とは違う気配。
もっと静かで、もっと遠い。
「行くんか」
『行くやろ』
「お前もか」
『一緒に行くとズレる』
「は?」
『片方だけで行け』
たかやは眉をひそめた。
「なんでや」
『両方行くと、どっちも戻れん』
一瞬、迷いが出る。
だが長くは続かない。
ここで止まる選択肢は、最初から無い。
「じゃあお前残れ」
『せやな』
「逃げるなよ」
『逃げん』
その言葉だけは信用できた。
理由はない。
だが分かる。
こいつは逃げない。
逃げるなら、もうとっくに消えている。
たかやは振り返る。
廊下の奥。
暗闇。
そこへ向かって歩き出す。
一歩。
二歩。
三歩。
背中に視線を感じる。
もう一人の自分の視線。
そして、
ホーム側からの無数の視線。
全部が混ざる。
だがもう止まらない。
「イッル」
『なんダ』
「これ、どこ行く」
少しだけ間。
『深い方ダ』
「まだ下あるんか」
『下というより、重なる方や』
意味は分からない。
だが理解はできる。
この世界は上下じゃない。
層だ。
重なっている。
「クソやな」
『クソだナ』
少しだけ笑う。
その瞬間だった。
廊下の奥の暗闇が、ゆっくりと形を持つ。
白。
柔らかい白。
光ではない。
色としての白。
その中に、人の輪郭が浮かぶ。
さっきの女とは違う。
もっと静かで、もっと遠い存在。
「……また来たな」
『来たナ』
たかやは立ち止まった。
距離はある。
だが分かる。
あれは、
「見る側の中心」に近い何かだ。
顔は見えない。
だが、見なくても分かる。
目を細める。
「お前、誰や」
返事はない。
だが、
ほんの少しだけ、
金色の髪が揺れた気がした。
その瞬間、
たかやの頭の中で名前が浮かびかける。
だが、
「それ以上見るナ」
イッルの声が、少し強くなる。
「……もう遅い」
たかやは小さく呟いた。
名前は出なかった。
だが形だけが残る。
白い服。
長い髪。
触れられない距離。
そして、
「見ている側」
その象徴みたいな存在。
たかやは息を吐いた。
冷たい。
だが少しだけ安心する温度。
「ほな、続きやな」
『せやナ』
音はまだ鳴っていない。
だが、
次の音が来ることだけは分かっていた。
第四章 二人のたかや
音が止まっている。
完全な無音だった。
地下鉄も、風も、鈴の余韻も消えている。
それなのに、空気だけが重い。
耳が詰まったみたいな静けさ。
たかやはその場から動かなかった。
目の前にもう一人、同じ姿の自分が立っている。
同じ顔。
同じ服。
同じ立ち方。
違うのは、口元。
少しだけ笑っている。
「……なんやそれ」
返事はない。
だが意味だけが流れ込んでくる。
『遅いな』
「何がや」
『降りてくるの』
たかやは舌打ちした。
「降りてきた覚えはない」
『越えたやろ』
白線の感触が、足の裏に蘇る。
あの一歩。
たった一歩。
それだけで場所が変わった。
「……あれか」
『あれや』
「戻れるんか」
『戻れる』
「戻ったらどうなる」
少し間。
目の前の自分が、ほんの少しだけ首を傾げる。
『戻るだけや』
「進まへんのか」
『進まん』
それを聞いた瞬間、たかやは小さく笑った。
乾いた笑いだった。
「じゃあこっちやな」
『せやな』
二人の視線が重なる。
同じ目なのに、見ている方向が違う。
片方は前を見ている。
もう片方は、少し横を見ている。
そのズレが妙に気持ち悪い。
「お前、いつからおる」
『最初から』
「嘘つけ」
『気付いてなかっただけや』
たかやは何も言い返さなかった。
それは否定できなかった。
夢の中でも、現実でも、
「自分じゃない自分」が居た気がする瞬間は何度もあった。
見ているだけの自分。
何も言わない自分。
何もできない自分。
それが今、形になっているだけかもしれない。
「……役か」
『役や』
「便利やなその言葉」
『便利やで』
少し沈黙。
だが不思議と居心地は悪くない。
むしろ、
さっきまでの人外親類や、顔の擦れた連中よりも、
こいつの方がまともに見える。
「イッル」
『なんダ』
「これ、どっちが本体や」
『どっちでもない』
「は?」
『どっちも途中や』
意味が分からない。
だが、納得はできる。
「完成してへんってことか」
『せや』
目の前の自分が笑う。
今度ははっきりと。
「中途半端やな」
『お互いな』
その言葉で、空気が少し軽くなる。
たかやは一歩近付いた。
距離、一メートル。
だが妙に遠い。
伸ばせば届きそうなのに、届かない。
「触れるか」
『試してみ』
たかやは手を伸ばす。
指先が近付く。
あと数センチ。
その瞬間、
位置がズレる。
触れたはずなのに、ズレている。
手は空を切る。
だが感触だけ残る。
ぬるい。
人の体温。
だがそこに誰もいない。
「……最悪やなこれ」
『距離がおかしいからな』
「近いのに遠い」
『遠いのに近い』
たかやは手を下ろした。
この距離感は危険だと直感で分かる。
慣れたら戻れなくなる。
「外ってそういうことか」
『そういうことや』
「見る側って何や」
『干渉せん側や』
「できひんだけやろ」
『せやな』
あっさり認める。
それが妙にリアルだった。
「じゃあお前は何や」
『見てた側や』
「今は」
『半分降りてる』
また半分。
全部が半分。
曖昧なまま進んでいる。
「……腹立つな」
『分かる』
その時だった。
廊下の奥から、また音がする。
今度は鈴じゃない。
もっと軽い音。
カラン、と乾いた音。
ガラスか、金属か、判別できない。
だが確実に何かが落ちた音。
「なんや今の」
『呼ばれてる』
「どっちに」
『あっち』
目の前の自分が、廊下の奥を指す。
暗い。
だが何かある。
さっきの女とは違う気配。
もっと静かで、もっと遠い。
「行くんか」
『行くやろ』
「お前もか」
『一緒に行くとズレる』
「は?」
『片方だけで行け』
たかやは眉をひそめた。
「なんでや」
『両方行くと、どっちも戻れん』
一瞬、迷いが出る。
だが長くは続かない。
ここで止まる選択肢は、最初から無い。
「じゃあお前残れ」
『せやな』
「逃げるなよ」
『逃げん』
その言葉だけは信用できた。
理由はない。
だが分かる。
こいつは逃げない。
逃げるなら、もうとっくに消えている。
たかやは振り返る。
廊下の奥。
暗闇。
そこへ向かって歩き出す。
一歩。
二歩。
三歩。
背中に視線を感じる。
もう一人の自分の視線。
そして、
ホーム側からの無数の視線。
全部が混ざる。
だがもう止まらない。
「イッル」
『なんダ』
「これ、どこ行く」
少しだけ間。
『深い方ダ』
「まだ下あるんか」
『下というより、重なる方や』
意味は分からない。
だが理解はできる。
この世界は上下じゃない。
層だ。
重なっている。
「クソやな」
『クソだナ』
少しだけ笑う。
その瞬間だった。
廊下の奥の暗闇が、ゆっくりと形を持つ。
白。
柔らかい白。
光ではない。
色としての白。
その中に、人の輪郭が浮かぶ。
さっきの女とは違う。
もっと静かで、もっと遠い存在。
「……また来たな」
『来たナ』
たかやは立ち止まった。
距離はある。
だが分かる。
あれは、
「見る側の中心」に近い何かだ。
顔は見えない。
だが、見なくても分かる。
目を細める。
「お前、誰や」
返事はない。
だが、
ほんの少しだけ、
金色の髪が揺れた気がした。
その瞬間、
たかやの頭の中で名前が浮かびかける。
だが、
「それ以上見るナ」
イッルの声が、少し強くなる。
「……もう遅い」
たかやは小さく呟いた。
名前は出なかった。
だが形だけが残る。
白い服。
長い髪。
触れられない距離。
そして、
「見ている側」
その象徴みたいな存在。
たかやは息を吐いた。
冷たい。
だが少しだけ安心する温度。
だいろくしょう しろくろのしんしょく
せかいがとまった、そのいっしゅんだけ、
たかやはおとのないおとをきいていた。
おとはない。
なのに、ある。
れいぞうこのこんぷれっさーがまわるまえのきはい。
ちかてつがほーむへはいってくるまえのあつりょく。
あめのふりはじめるまえのくうき。
だれかがくちをひらくまえのま。
それらがぜんぶいっしょになったような、
かたちのないよこくが、
しろのりんかくのむこうから
じわじわとせまってきていた。
たかやはめをそらさなかった。
そらしたら、もどされる。
そらしたら、これはまた
「みていただけのやつ」になる。
そんなかんかくがあった。
しろのそんざいは、
まだかおをもたない。
ぬののしつかん。
かみのながれ。
ゆびさきのほそさ。
くびすじのしずけさ。
そういうこまかいところだけは
どんどんはっきりしていくのに、
かおだけが、どうしてもぬける。
みるたびにかわるのではない。
さいしょから
「そこだけみえないようにされている」
そんなぬけかただった。
「いっる」
たかやはこきゅうをおとしていった。
「なんだ」
「これ、もうさわってるんちゃうか」
しろのそんざいとのきょりは、
ぜろではない。
だが、きょりがきのうしていない。
てをのばせば、
くうきをつかむ。
でも、はだのぬくもりだけが
こちらのてのひらにのこる。
そのかんしょくが、
おそろしくへんなのに、
どこかなつかしかった。
「さわってはない」
と、ことばではいえる。
だがからだは
「もうふれた」
とおぼえている。
「はんぶんやな」
いっるがいう。
「またそれか」
「いまのたかやにいちばんあってることばやろ」
たかやはへんじをしなかった。
それはくやしいぐらい、
あっていた。
はんぶん。
げんじつにいる。
でも、ちかのそとにもいる。
のるがわ。
でも、みるがわへ
あしをつっこんでいる。
じぶん。
でも、じぶんではないやつと
もうむじゅんせずはなせる。
ぜんぶがちゅうとはんぱで、
ぜんぶがまだきまっていない。
その「きまっていない」が、
これまでのたかやを
かろうじてたかやにしていた。
そのときだった。
みぎうでが、ずき、といたんだ。
いたみというより、
かんかくのずれだった。
ほねのいちが
すこしだけかわるような、
ひふのうらに
べつのなにかがもぐりこむような、
いやなおもさ。
たかやはとっさに
じぶんのみぎうでをみた。
くろいふく。
くろいそで。
そのままのはずだった。
だが、ちがう。
てくびからひじにかけて、
ぬののしたで
なにかがうごいている。
いきもののように。
でも、いきものじゃない。
てっぺんからみると、
ぬのがわずかにふくれてはしずみ、
しずんではまたせりあがる。
「……きもいな」
「きもいな」
いっるがあっさりかえした。
「わらえへんやつや」
「わらってない」
たかやはうでをふった。
だが、
それではなにもかわらなかった。
ぬののしたでうごくなにかは、
てをふったていどでとまるほど
あまくはないらしい。
むしろ、
ゆれにあわせて
よりはっきりとかたちをもちはじめる。
かたい。
するどい。
なにかのはのような、かど。
しろのそんざいが、
ほんのすこしだけ
たかやのみぎうでをみた。
それだけで、
あつりょくがかわる。
「おまえ、これしってるな」
ちんもく。
「おい」
しろはいわない。
だが、
ちがうとはいわない。
それがいちばんいやだった。
たかやはゆっくりと
そでをめくる。
くろいふくのした、
ひふのうえに、
まだらなきんぞくしつのへんしょくが
にじんでいた。
まっくろじゃない。
まっしろでもない。
にぶいぎん。
しめったはいいろ。
そのあいだ。
いろというより
しつりょうがかわったみたいだった。
はだのうえに
きんぞくがのっているのではない。
はだそのもののいちぶが
ちがうざいりょうへ
ゆっくりさしかわっていく。
そしてそのさきには、
ちいさく、けれどたしかに
「は」のならびがあった。
うでのそとがわ。
てくびのちかく。
ぬけたくちのような
しろいぎざぎざ。
「……さめかよ」
そのことばをくちにしたしゅんかん、
ちかのくうきが
ぴくりとうごいた。
しろのそんざいのかみが
かすかにゆれる。
いっるのこえが、
こんどはすこしだけ
ひくくなった。
「ことばにしたな」
「したわ」
「したら、ちかづく」
「もうちかづいてるやろ」
そのとおりだった。
みぎうでは
もうふつうのうでじゃない。
まだほんのいちぶ。
だが、
そのいちぶが
これまでのじぶんと
あきらかにちがう。
それでも、
ぜんしんがよろいになるわけじゃない。
それでも、
らいとひかるわけじゃない。
それでも、
えいゆうみたいにはならない。
あくまで、
くろとしろのあいだに
おそろしくなまなましい
「しんしょく」がはじまっただけだった。
それがよかった。
いや、
よくはない。
だが、
まだましだった。
かんぜんけいたいになるより、
よほどたかやのせかいにあっていた。
「いっる」
「なんだ」
「これ、つかえるんか」
「つかえる」
「だれが」
「まだきまってへん」
たかやはうすくわらった。
「そこはきまってへんのやな」
「そこをきめるのが、
いまのおまえやろ」
ゆかのみずが
またすこしながれだす。
ぴちゃ。
ぴちゃ。
そのおとが、
へんなぐらい
ちいさくひびいた。
しずかだからではない。
ほかのおとが、
ぜんぶ「まっている」からだ。
ちかてつのゆうれいみたいなおと。
てつのすず。
れいぞうこのこんぷれっさー。
とおくのくるま。
しんごう。
こんびにのどあ。
それらが
ぜんぶどこかでいきをひそめて、
つぎにどういうかたちで
もどってくるか
みきわめている。
「みるがわのおんど」
たかやはさっきのかんしょくをおもいだした。
つめたい。
でも、いやなつめたさじゃない。
ぬけがらみたいなつめたさではなく、
「ひとのいたあと」のつめたさ。
すぐそこにいたのに、
いまはもういない。
そのざんりゅう。
そしてそのおんどが、
みぎうでのへんしょくと
おなじむきでうごいている。
「これ、あれやな」
たかやはみぎうでをみつめたままいう。
「おれのなかに、
べつのきじゅんがはいってきてる」
「せやな」
「おれのやない」
「でも、もうおまえのなかにある」
「むかつくいいかたやな」
「わかる」
しろのそんざいが、
いっぽだけうごいた。
ちかづいたのではない。
だが、くうきがおもくなる。
たかやはうごかなかった。
そのしろは、
ふれるためにきたのではない。
みせるためにきたのでもない。
たぶん、
「けいかをみるため」に
そこにいる。
かんさつしゃ。
みるがわ。
たかやがまだきめきれていない
へんしつのいきさきを、
じっとみている。
それがおそろしくはらがたった。
「おもしろがってんちゃうぞ」
しろはへんじしない。
「みてるだけのやつが
いちばんはらたつねん」
それでもしろはへんじしない。
だが、
わずかにくうきがかわる。
そのへんかだけで、
たかやはりかいした。
「……ちがうんか」
ちんもく。
「おもしろがってるんやなくて、
おまえもわからんのか」
こんどは、
しろのりんかくが
ほんのすこしだけゆらいだ。
それは
はじめての「ひてい」にちかかった。
わからない。
みるがわも、
ぜんぶはわかっていない。
ただ、
のるがわほど
まざっていないだけ。
そのじじつは、
たかやを
すこしだけらくにした。
「はんぶんなん、おまえもか」
しろはやはりこたえない。
だが、
そのちんもくは
さっきまでとはちがった。
たかやはみぎうでをにぎる。
ぎゅ、とにぎると、
へんしょくぶぶんのしたで
ごり、とかたいおとがした。
ほねじゃない。
きんぞくでもない。
そのあいだ。
「いたいか」
「いたいより、
むずがゆい」
「そっちのほうがいややな」
「せやろ」
たかやはみぎうでを
むりやりひらいたりとじたりした。
すると、
てくびのちかくにあった
ちいさなぎざぎざが、
いちしゅんだけ
かち、とかみあう。
くちだ。
ちいさく、
ふかんぜんな、
まだなんのやくにもたちそうにない
「くち」
それでも、
たしかにさめのようだった。
あおくひかりはしない。
いなずまもはしらない。
えいゆうかんもない。
ただ、
にぶいぎんの
まだらなはだと、
ふいにあらわれた
ちいさなくちがあるだけ。
そこには
すくいようのない
ちゅうとはんぱさがあった。
たかやはそのちゅうとはんぱが、
なぜだかすこしだけ
きにいってしまった。
「やっとまともになったわ」
「まともではない」
「かんぜんよりはまだましや」
そのしゅんかん、
ちかのくうきのむこう、
もっとふかいところで、
おそろしくとおい
いなずまのようなひかりが
いちどだけまたたいた。
たかやはそれをみのがさなかった。
あおじゃない。
しろでもない。
ごくうすい、
こおりみたいないろ。
そしてつぎのしゅんかんには
もうきえている。
「……みえたな」
「みえたな」
「なんやったんやいまの」
いっるがすぐにはこたえない。
たかやはしろのそんざいをみる。
しろも、
そのひかりがきえたほうをみていた。
つまり、
みまちがいではない。
「まだはやい」
ようやくいっるがいう。
「なにがや」
「かんせいけいをみるにはな」
たかやはしたうちをした。
「みたくもないわ」
「でも、もうみえてる」
それがいちばんむかついた。
まだうでもまともに
さめになりきれていない。
まだじぶんのいちもきめていない。
まだしろとのかんけいもあいまい。
まだホームのそとへでただけ。
なのに、
もっとさきだけが
ちらつく。
「おれ、
そういうのきらいやねん」
たかやはぼそりという。
「あとからでええねん。
いまは、いまだけでええ」
しろのそんざいが、
こんどはわずかに
たかやのほうをむいた。
かおはない。
だが、
「そうやな」
といったきがした。
つごうのいいげんちょうかもしれない。
でもそれでよかった。
そのとき、
みぎうでのちいさなくちが、
とつぜん
かち、とおとをたてて
たかやじしんのてくびへ
かみつこうとした。
「おい」
たかやはとっさにうでをひく。
するどいはが
ひふをかすめ、
ほそいあかいせんができる。
いたみはおそい。
だが、
けっこうふかい。
「じぶんかむんかい」
「まだなついてへん」
「ぺっとかよ」
ちをみたしゅんかん、
ちいさなくちは
ぴたりとうごきをとめた。
そして、
そのちをぺろりと
なめとるでもなく、
すいこむでもなく、
ただじっとみているような
きもちわるいしずけさをみせた。
「……おまえ、
ちぃみるんか」
かえじはない。
だが、
そのちいさなくちのしずけさは、
いっしゅんだけ
なにかをまなんだようにもみえた。
じぶんのち。
じぶんのにおい。
じぶんのてきおうさき。
それをおぼえている。
「ほんまきもいな」
「かなりきもい」
「でも、これでええわ」
たかやはそういって、
もういちどみぎうでをみた。
しろくろ。
はんぶん。
しんしょく。
ふかんぜん。
みっともない。
それでよかった。
いまのたかやには、
そのみっともなさのほうが
しんじられた。
だいしちしょう かいそうかいのまえに
ホームのとけいには、
はりがなかった。
すうじもなかった。
ただ、
しろくにじんだひょうじだけが
ういている。
『かいそうかいのまえに』
そのもじをみたしゅんかん、
たかやはふたたび
ホームのおもさをおもいだした。
さっきまでいたはずのばしょ。
のるがわのさいごのきし。
ちかのそとへでるちょくぜんの
あいまいなせん。
そこへもどるつもりはない。
もどるつもりはなかったが、
おぼえなおすひつようはあった。
「なんでまえなんやろな」
たかやはあるきながらいう。
「なにが」
「かいそうの『あと』やなくて、
『まえ』やん」
いっるがすこしだけわらう。
「はいるまえから、
もうかいそうになるってことやろ」
「きもいな」
「きもいな」
みぎうでのへんしょくは
まだのこっている。
ときどき
ちいさなくちが
むいみにかち、とかみあう。
いきてる。
でも、まだかしこくない。
そのかんじが
へんにりあるだった。
ちかのそとのろうかは
ながい。
まっすぐのようで、
まっすぐではない。
かべにそってあるいているはずなのに、
ふとしたしゅんかんに
じぶんが
まるくまわっているきがする。
みずのおとだけが
ずっとついてくる。
ぴちゃ。
ぴちゃ。
そしてときどき、
どこかで
ひとのようないきづかいがまじる。
しろのそんざいは
ついてきていた。
すぐうしろではない。
ななめうしろ。
みようとするとずれる、
いやないち。
だがもう、
たかやはそれを
むりやりみやぶろうとはしなかった。
かおがみえないなら、
かおなしのままでもいい。
いまは
そっちより
じぶんのみぎうでのほうが
よほどおもしろくて、
よほどきもちわるい。
「なあ」
「なんだ」
「もしおれが、
のるがわでもみるがわでもない、
またべつのなにかになるとしたら」
「うん」
「それはおれなんか」
いっるはすぐにはこたえない。
たかやはそれをせかさなかった。
ろうかのゆかには、
むかしのえきのこうこくみたいな
うすいしかくが
ときどきうかびあがっている。
かみのはられあとだけがのこって、
なにがかいてあったかはもうわからない。
それでも、
「なにかをうっていた」
というじじつだけが
へんなりんかくでのこっている。
そんなあとばかりだった。
ちかも。
きおくも。
じぶんも。
「おれやなくなるのは、いややな」
たかやはつづける。
「でも、いまのままもべつによくない」
「せやろな」
「そやろな、でおわらすな」
「こたえはおまえのなかにある、
とかゆうたらきれるやろ」
「きれる」
「やろな」
たかやはうすくわらった。
いっるのそういう
うすくざつなくらいのへんじだけが、
このおかしなばしょで
へんなぐらい
げんじつみをもっていた。
「おれであって、
おれのままやなくなる、
そのあいだがあるやろ」
「ある」
「いまそこか」
「かなりそこ」
「さいあくやな」
「でも、そこがおもしろい」
「おもしろがんな」
「おもしろがってるんやなくて、
そこにしかでえへんもんあるやろ」
たかやはだまりこんだ。
それはたしかにそうだった。
かんぜんなやつは
おもしろくない。
きれいにまとまりきったものも、
しんじられない。
ちかてつのおとが
れいぞうこにきこえる。
れいぞうこのおとが
ちかてつへかわる。
しろいそんざいは
かおをもたない。
でも、おんどだけある。
みぎうではさめになる。
でも、ぜんしんがつよくなるわけやない。
そのぜんぶの
ちゅうとはんぱなつながりが、
いまのたかやには
いちばんほんものっぽかった。
ろうかのさきに、
またひらけたばしょがみえはじめる。
ホームではない。
かいさつでもない。
もっとむきだしの、
「まちあいしつ」みたいなところだった。
ながいすがある。
じどうはんばいきみたいなかげもある。
でも、うっているものはない。
でんこうひょうじばんもある。
でも、もじはながれない。
まっているためだけにつくられたばしょ。
「なんやここ」
「まえしつ」
「なんの」
「かいそうの」
たかやはものすごくいやそうなかおをした。
「はいりたないな」
「でも、ここすっとばしたら
あとがぜんぶうすくなる」
「しってるのがうざい」
「しってる」
しろのそんざいが
まちあいしつのはしでとまる。
そこからさきへは
はいらないらしい。
「おまえはこんのか」
ちんもく。
「ここからは
のるがわのしごとってことか」
しろはいわない。
だが、
そのたたずまいだけで
なんとなくつたわる。
ここからは、
たかやがひとりでとおるしかない。
「おれひとりか」
「おれはおる」
「そうやけど、
そういうことちゃうやん」
「わかる」
みぎうでのちいさなくちが、
かち、とまたなる。
いやにたいみんぐがいい。
「おまえもいくんか」
こんどはくちが、
ほんのすこしだけひらいた。
こたえにはならない。
だが、
うごくきはあるらしい。
たかやはためいきをつく。
「どいつもこいつも
あいまいやな」
まちあいしつへあしをふみいれると、
くうきがすこしだけかわった。
ふるいびょういんのろうかににている。
でも、
えきのまちあいしつでもある。
それに、
らいぶまえのがくやの、
だれもまだしゃべりだしていない
あのへんなおもたさもある。
いろんな「まえ」が
かさなっている。
そのばしょのまんなか、
ながいすのうえに、
ひとりのだれかがすわっていた。
せなかしかみえない。
くろいふく。
しろでもあおでもない。
ただのくろ。
「……またおれか」
たかやはぼそりという。
「まだきまらん」
いっるがいう。
だがたかやは、
そのせなかをみたしゅんかん、
ほとんどはんしゃでわかってしまった。
あれは
「もうひとりのたかや」
とはちがう。
もっとべつのやつだ。
みているだけでもなく、
のるだけでもなく、
かきなおすでもない。
「まつやつ」
ただそれだけのやつ。
「なんやねんそれ」
たかやはじぶんでそうおもって、
じぶんでへんなこえをだした。
まつやつ。
しゅじんこうでもない。
かんさつしゃでもない。
てきでもない。
ただ、
きたるべきなにかのまえで
ずっとすわっているやつ。
そのせなかには、
たかやがよくしっている
「あきらめににたしずけさ」があった。
「おい」
こえをかける。
せなかはうごかない。
「なんでまってんねん」
それでもうごかない。
たかやはゆっくりちかづく。
そのたびに、
まちあいしつのくうきが
だんだんおもくなる。
みぎうでのちいさなくちが
いっさいおとをたてなくなる。
いっるも
しばらくだまったままだった。
あとすうほ。
せなかのとなりまできたところで、
たかやはそのやつのよこがおをみた。
じぶんににている。
でも、じぶんではない。
ねていないめ。
つかれたくちもと。
それでもふしぎとおだやかな、
どうでもよさそうなかお。
「……なんやおまえ」
そのやつは、
ゆっくりとたかやをみあげた。
そしてはじめて、
ことばとしてくちをひらく。
「おそかったな」
そのこえは、
たかやのこえににていた。
だが、
じぶんのこえをろくおんして
しばらくほうちしたあとにきくような、
へんなひらたさがあった。
「だれや」
「まってたやつ」
「なんやそれ」
「かいそうのまえで、
ずっとまってるやつや」
そのこたえは
ふざけているようで、
ふざけていなかった。
たかやはそのとなりにたつ。
「なにをまってんねん」
「おまえがすわるのを」
「なんでおれが」
「すわらんとかいそうにならん」
「きもいしすてむやな」
「せやな」
そのやつは
たんたんとしている。
おこりもしない。
わらいもしない。
ただ、
つぎのばんがくるのをまつえきいんみたいな
へんなおちつきがある。
たかやは、ながいすのはしをみた。
ひとりぶん、
ちゃんとあいている。
いやなあきかただった。
ずっとそこに
「たかやがすわるぶん」として
のこされていたみたいな
いやらしいあき。
「すわれってか」
「すわったらはじまる」
「なにが」
「おまえが
すてきれてへんもののぶんだけ」
それをきいて、
たかやはすこしだけ
めをほそめた。
すてきれてへんもの。
おと。
ぶひん。
ひと。
ことば。
ゆめ。
そのれつが
あたまのなかに
ずるずるとのびる。
「おおすぎるやろ」
「せやろな」
「しぬわ」
「しなん」
「なんでわかんねん」
「ここはしぬとこやなくて、
のこってるもんをみるとこやから」
たかやはとなりのやつをにらむ。
だが、
にらんでもこいつはこわれそうにない。
かんじょうがうすいわけではない。
ただ、
もういちどずつ
ぜんぶみてきたやつのしずけさがある。
それがむかつく。
「いっる」
「なんだ」
「こいつきらいや」
「わかる」
「でも、ちょっとだけ
うそついてへんかんじもする」
「それもわかる」
たかやはしばらくそのままつったっていたが、
やがて
どさりとながいすへすわった。
そのしゅんかん、
まちあいしつぜんたいのくうきが
いっせいにしたへしずむ。
そして、
でんこうひょうじばんに
やっともじがうかびあがる。
『きしょうに』
『きしょうよん』
『さつえいしゅうりょうご』
『しゅうまつよりやちん』
『だれもこうかんしてくれなかった』
たかやはそれをみて、
しずかにめをつぶった。
「……きたな」
「きたな」
となりのやつがいう。
「ここからは?」
「おもいだすんやなくて、
つなぐ」
「なにを」
「まだばらばらのままのおまえを」
だいはちしょう しゅうまつよりさきにくるもの
おもいだす、のではなかった。
むしろ、
いままでばらばらにちらばっていたものが、
べつのくっつきかたをしはじめる。
れいぞうこのおと。
ちかてつ。
しんごう。
こんびにのどあ。
くずはえきみたいなほーむ。
おやじのしぐさ。
いもうとのかげ。
じぇーんのめがね。
たらお。
らいのかわりにいた
「みてるがわ」のしろ。
もうひとりのたかや。
まつやつ。
みぎうでのちいさなくち。
それらが、
じゅんばんにのこるのではなく、
どうじにかさなりだす。
まちあいしつのくうきが
うすくふるえる。
でんこうひょうじばんのもじが
いっこずつきえていく。
のこったのは
『しゅうまつよりやちん』
それだけだった。
たかやはわらった。
「そこかよ」
「そこや」
となりのやつもわらう。
だが、
こえはすこしもたのしそうではない。
「なんでやろな」
たかやはてをひらく。
みぎうでのへんしょくは、
まだそこにある。
ちいさなくちは
もううごかない。
まるで、
つぎになにをたべるべきか
じっとかんがえているみたいに。
「しゅうまつなんか、
べつにどうでもええんやろな」
たかやはつぶやく。
「ほんまにこわいんは、
つぎのせいきゅうとか、
つぎのつうちとか、
そういう『あした』や」
「せやろな」
「せかいのおわりなんか、
おわったらそれでおわりやもんな」
「せや」
「でも、やちんは
おわらん」
「おわらん」
そのたんたんとしたやりとりが、
へんにかなしかった。
まちあいしつのかべが
うすくにじむ。
そこへ、
あめあがりのまちがうかぶ。
ぬれたてすり。
しろくくもったまど。
やすいけいこうとう。
はがれかけたちゅういがき。
ゆうびんうけ。
ちらし。
びにーるへん。
ぜんぶ、
「げんじつのにおい」がする。
そしてそのにおいは、
うちゅうせんそうなんかより
よっぽどつよく
たかやのむねをひっぱった。
「これがいちばんいやや」
「わかる」
「とおいのはまだええねん」
「うん」
「ちかいのがいやや」
「うん」
そのとき、
かべのえいぞうのなかで
だれかがうごいた。
かおはみえない。
だが、みえなくてもわかる。
あれは、
なまえのつけかたにこまるやつだ。
だれかひとりのなまえをつけたしゅんかん、
べつのひとのりんかくがまざる。
らいにもみえる。
おやじにもみえる。
いもうとにもみえる。
しらないだれかにもみえる。
「なあ」
たかやがいう。
「なんであいつら、
いつも『にてるだけ』ででてくんねやろな」
となりのやつは、
すこしだけだまってからこたえた。
「ほんたいででてきたら、
おまえがかくていしてまうからやろ」
「なにを」
「だれをまってるか」
たかやはめをほそめる。
そのこたえは、
むかつくがあたっている。
にているだけのそんざいは、
きたいをさせる。
きおくをよびだす。
でも、
かんぜんなこたえはくれない。
だからずっと
「つぎ」がのこる。
「うざいしすてむやな」
「せやな」
まちあいしつのてんじょうから、
ぽたりとみずがおちる。
つめたい。
そのいってきが、
たかやのてのこうにおちた。
そのしゅんかん、
みぎうでのちいさなくちが
ふたたび、かち、とないた。
そして、
かべのえいぞうがいっせいにみだれる。
まち。
ろうか。
ほーむ。
かいさつ。
えきめいひょう。
てつのすず。
しろのりんかく。
あおくもない、
まだはだのしたにかくれている
「かんせいけいのひかり」
ぜんぶがいっしゅんでつながる。
「……おい」
たかやはおもわずみぎうでをおさえる。
へんしょくぶぶんが、
さっきよりひろい。
てくびだけやない。
ひじのうちがわまで、
にぶいぎんがにじんでいる。
そして、
ちいさなくちのうしろに
もうひとつ、
べつのぎざぎざが
できかけていた。
「はやない?」
「はやいな」
「なんでや」
「かいそうのまえに、
きょうかされるぶぶんもある」
「なんでそういうのだけはやいねん」
となりのやつは
かたをすくめた。
「そういうもんや」
「ざつやな」
「でも、うそではない」
そのとおりだった。
かんじょうよりさきに
からだがへんわることはある。
りかいよりさきに
おとだけがむねにささることもある。
ことばになるまえに
むかつきだけがあることもある。
たかやにはそれがわかりすぎていた。
だからこの
「りゆうはあとからくる」
というへんなへんかだけは、
いやというほどしんじられた。
「いっる」
「なんだ」
「おれ、これ
かいそうにたえたらどうなる」
「つながる」
「なにに」
「おまえがまだ
いややとおもってるものぜんぶに」
「さいあくやな」
「せやな」
そのとき、
まちあいしつのはしで
かげがうごいた。
しろのそんざいだ。
はいってこない。
でも、いる。
かおはない。
でも、みている。
そのかげのうしろ、
もっととおいところで、
またいちどだけ
あのうすいひかりがまたたいた。
こんどはさっきよりはっきりしている。
まだあおではない。
でも、
あおへいくまえの
こおりみたいないろ。
たかやはしたうちした。
「きらいやねん。
そういう『さきだけみせる』の」
「でも、みせとかな
えらべへんやろ」
「えらびたない」
「それでもくる」
まちあいしつのかべのえいぞうが、
つぎは
ろっぽうひとまのてんじょうへかわる。
れいぞうこ。
かんきせん。
とおくのくるま。
やくのしーと。
しんせんえんさつ。
ぎんいろのぶひん。
なまえのついていないゆめ。
それをみたしゅんかん、
たかやはへんなわらいかたをした。
「これ、おわってるな」
「おわってる」
「でも、おわらへんな」
「おわらへん」
「やから、まだやるしかないんか」
「せや」
そのやりとりは
どこまでもみもふたもなかった。
だが、
みもふたもないからこそ
ほんものだった。
でんこうひょうじばんのもじが、
さいごのひとつまできえる。
まっくらになる。
くうきがしずむ。
そして、
まちあいしつのすぴーかーみたいなところから、
ひどくかすれたこえがながれた。
つぎは、
つぎは、
つぎは、
そこでとぎれる。
たかやはめをあけたまま、
くらいまちあいしつをみていた。
「つづくきまんまんやな」
「せやな」
「むかつくわ」
「わかる」
みぎうでのくちが、
こんどはおとをたてず、
ただそっとひらいた。
くらやみのなかで、
そのぎざぎざだけが
かすかにしろくみえた。
たかやはそれをみつめて、
ぼそりといった。
「しゅうまつよりさきにくるんは、
いつもこれや」
「なにや」
「つぎのぶんや」
だれもわらわなかった。
わらえないぐらい、
それがほんとうだった。
「ほな、続きやな」
『せやナ』
音はまだ鳴っていない。
だが、
次の音が来ることだけは分かっていた。
わかった。
漢字解禁でいく。
ただ、三万文字を一発で完全出力は無理や。
なので、三万文字仕様の第一塊として、密度高めでちゃんと小説本文に直す。
このまま第二塊、第三塊で三万まで積める形にする。
第九章 待つ者の正体
待合室の空気は、妙に乾いていた。
地下の外側へ出てからずっと、湿った冷気と水の匂いがまとわりついていたはずなのに、この場所だけは違う。湿っているのに乾いている。人の気配があるのに無人で、長く座っていた身体の熱だけが椅子に残っているみたいな、ひどく曖昧な空気だった。
たかやは長椅子に腰掛けたまま、正面の電光表示板を見ていた。
文字はもう消えている。
さっきまで出ていたはずの断片も、起床二も、撮影終了後も、終末より家賃も、何もかもが沈んで、ただ黒い板だけがそこにあった。
それなのに、消えた言葉の残響だけは空気に残っている。
読む前から読んでいた文字。
見た瞬間に分かってしまう文。
知らないはずなのに、先に身体が知っている。
それが、この地下では一番腹立たしかった。
「お前、ほんまに何者やねん」
たかやは隣に座る男へ視線を向けた。
待つ者は、少し猫背のまま、両手を膝の上に置いていた。服は黒い。白でも青でもない、本当にただの黒だった。飾りも無ければ、強そうにも見えない。むしろ、どこにでもいる、寝不足のまま夕方のコンビニ前で缶コーヒーを握っていそうな男だった。
だが、その「どこにでもいそうな感じ」が逆に不気味だった。
地下の外側まで来て、ようやく出てきた存在が、こんなにも目立たないはずがない。もっと異形でもよかった。もっと神秘的でもよかった。もっと観念的でもよかった。なのに、こいつは現実に寄りすぎている。
それが一番嫌だった。
待つ者はすぐには答えなかった。
返事の代わりに、待合室の奥から小さな軋みが聞こえる。建物が沈む時みたいな、木でも金属でもない音だった。たかやは反射的にそちらを見る。何もいない。誰もいない。だが「誰かが体重を掛けた感じ」だけが残っていた。
「お前に聞いてんねん」
ようやく、待つ者が口を開く。
「名前を付けるほど立派なもんでもない」
「そういうのええねん」
「そう言われてもな」
声はたかやに似ている。
だが似ているだけで、同じではない。
録音した自分の声を翌日に聞いた時の違和感に近い。音程や癖は近いのに、妙な平たさがある。感情が入っていないのではない。感情の表面だけが削れていて、芯の部分だけが残っている感じだった。
「じゃあ言い方変えるわ」
たかやは膝に肘を置いて、少し前かがみになる。
「お前は、いつからここにおる」
「最初から」
「その返し、もう飽きた」
「じゃあ、こう言うか。お前が置いていった時間の分だけ、ここにおる」
たかやは眉をひそめた。
「何やそれ」
「捨てきれへんかった時間の置き場や」
待つ者は、そこで初めてたかやの目をまっすぐ見た。
「音も、部品も、通知も、未送信の言葉も、見切れた顔も、終わったはずの場面も、全部きっちり終わらせてたら、ここは無かった」
たかやは何も言えなかった。
言い返したかった。こういう、分かったような言い方は嫌いだった。だが、嫌いな時ほど当たっていることがある。そこが腹立たしい。
右腕が、かち、と小さく鳴った。
侵食の口だ。
手首の外側に生えた不完全な鋸歯が、何かを思い出したみたいに噛み合う。痛みはない。だが、存在感だけが増している。先ほどよりも少しだけ口の幅が広がっているように見えた。
待つ者の視線が、たかやの右腕へ落ちる。
「始まったな」
「見たら分かるわ」
「まだ初期や。今なら引き返せる」
「引き返した先に何があんねん」
「六畳一間」
「最悪やな」
「せやろ」
二人とも少しだけ笑った。
笑い方が似ていて、たかやはまたそれが気に食わなかった。
「なあ」
「何や」
「お前は引き返さんかったんか」
待つ者は、少し考えるように視線を落とした。
「引き返したことはある」
「あるんかい」
「何回もある」
「じゃあ何でここにおる」
「引き返しても、結局また来るからや」
待つ者は淡々と言う。
「現実へ戻る。寝る。起きる。冷蔵庫の音を聞く。通知を見る。終わってないことに気付く。何でもない顔をしたまま一日が過ぎる。そしたらまた、ここへ来る」
「地獄やな」
「せやな」
「そこ否定せぇや」
「否定したら軽くなるか」
たかやは舌打ちした。
軽くはならない。そういう種類の否定では、何も軽くならないことを知っている。むしろ、適当な慰めの方が気持ち悪い。だから腹が立ちながらも、こういうやり取りだけは切れなかった。
待合室の壁が薄く明るくなる。
蛍光灯ではない。
古い液晶のバックライトみたいな、白く濁った明るさだ。
そこへ、また灰色の街が映り出す。
濡れた共用廊下。角の丸い外壁。剥がれた注意書き。傾いた郵便受け。風に揺れるビニール片。どうしてこんな細部ばかり、いちいち生々しいのかと腹が立つくらい、現実に似ている。
そして廊下の奥に、誰かが立っている。
「またか」
たかやが呟く。
待つ者は答えない。
映像の人物は、すぐにはこちらを向かない。横顔ですらない。ただ、いる。人の気配として、そこに配置されている。名前を呼べば別の誰かに変わってしまいそうな、危うい輪郭だった。
「お前、あれ誰やと思う」
待つ者に問う。
「その時に必要な顔や」
「最悪の答えやな」
「でもそうやろ」
たかやは壁へ向かって小さく舌打ちした。
らいかもしれない。親父かもしれない。妹かもしれない。誰でもないかもしれない。だが誰でもよすぎる、ということはない。どれも、たかやの中で「来てほしい」と「来てほしくない」の境目に立っている顔だ。
だから厄介だった。
完全に他人なら、ここまで引っ掛からない。
完全に本人なら、逆に楽だったかもしれない。
似ているだけのやつが、一番人を削る。
「見てる側はずるいな」
「何が」
「決定打を出さん。ずっと『っぽい』で来る」
待つ者は、そこで初めて少しだけ口元を歪めた。
「決定打が出たら、お前終わるかもしれんからな」
「何が終わる」
「期待やろ」
たかやはその言葉をすぐには否定できなかった。
それが腹立たしい。
期待なんて、そんな綺麗な言葉にしたくなかった。もっと湿っていて、もっと惨めで、もっとどうしようもない種類の引っ掛かりだ。だが、外から見れば期待と呼ぶしかない形をしているのかもしれなかった。
右腕の口が、また小さく鳴る。
今度はかち、ではなく、ぎ、と少し長い擦れ音だった。
たかやは腕を見る。
侵食はじわじわ進んでいた。
手首から肘へ向かって伸びていた鈍い銀色が、今度は逆に甲の側へも滲み始めている。皮膚の下に薄い骨板みたいな筋が走り、関節の曲がる位置まで少しだけ変わって見えた。
「おい」
「何や」
「進んでるやん」
待つ者が軽く頷く。
「ここにおる時間が長いほどな」
「嫌すぎる」
「そやろな」
「お前はそれで平気なんか」
「平気な顔してるだけや」
たかやはその横顔をじっと見た。
待つ者はたしかに平気そうに見える。だが、その「平気そう」は安心から来るものではない。もう何度も同じところを歩いて、嫌がるタイミングすら既に知っている人間の顔だった。慣れと諦めの中間。そこにだけある静けさがあった。
「お前、昔の俺なんか」
「そう単純でもない」
「未来か」
「それも違う」
「じゃあ何やねん」
待つ者はしばらく黙った後、言った。
「間に合わんかった方や」
その一言で、待合室の空気が少しだけ重くなる。
たかやは意味を測りかねたまま、復唱した。
「間に合わんかった?」
「決める前に、待つ方へ寄り過ぎた」
「何をや」
「言葉にする前に、見て終わる方へや」
たかやは息を吐いた。
それはひどく嫌な説明だった。
嫌だが、理解はできた。
見るだけ。待つだけ。考えるだけ。連想するだけ。つなげるだけ。そこで終わる。そういう日が、そういう年が、いくつもあった気がする。やるかやらないかではなく、その手前でずっと回り続ける感じ。あの感覚を、もし人格として切り出したら、こいつみたいな顔になるのかもしれない。
「つまり、お前は俺の失敗作か」
「言い方は最悪やけど、だいたい合ってる」
「ちゃんとキレろや」
「もうその段階は過ぎた」
そう言われると、本当に腹が立つ。
怒鳴ってもいい。殴りかかってもいい。だがこの場所でそれをやっても、何かが軽くなる感じがしない。そういう諦めが、待つ者の声には最初から含まれていた。
壁の映像が変わる。
今度はホームだった。
針のない時計。誰もいないベンチ。白線の向こうの暗闇。そして、ホームの反対側に整列する、顔の擦れた人外親類たち。以前よりも数が多い。子どもの影も混じっている。老人の顎を撫でる仕草も見える。誰一人として喋らないのに、「見られている」感覚だけが濃い。
「こいつら何なんやろな、ほんま」
待つ者は壁を見たまま答える。
「お前が雑にまとめた分類の残骸やろ」
「最悪やな」
「せやな」
「でも、そうやろな」
たかやは苦い顔になる。
人外親類。
あまりにも便利で、あまりにも乱暴な呼び方だった。血縁、記憶、既視感、他人、祖先、近所、ネット越しの顔、妙に似た仕草、そういうものを全部まとめて一つの群れに押し込んだ結果、何かがそこに溜まってしまったのかもしれない。
「名前つけたら整理できると思ったんやけどな」
「逆に増える時もある」
「何やねんそれ」
「名付けた瞬間、自立するやつがある」
たかやは右腕を見た。
侵食の口は、じっとしている。
その静けさが逆に嫌だった。
「こいつもか」
「こいつはかなりそう」
「最悪やな」
「せやな」
待つ者は同じ返しばかりする。
だが、その同じ返しだけが逆に信用できた。気の利いた慰めより、よほどましだった。
「なあ」
「何や」
「ここ、出たらお前どうなる」
待つ者は少しだけ天井を見上げる。
「薄くなる」
「消えるんか」
「完全には消えん」
「嫌な残り方やな」
「お前がまた来たら、また濃くなる」
「じゃあ実質消えへんやん」
「せやな」
たかやは頭を掻いた。
徹夜明けの頭みたいに、思考が少しざらついている。だが逆に、そのざらつきの方がここでは都合が良かった。全部を綺麗に理解する方が無理だし、綺麗に理解できた気になった瞬間、嘘くさくなる。
待合室の入口側から、小さく水音がする。
しろの存在はまだそこにいた。
中へは入らない。
けれど去りもしない。
その立ち位置がいかにも「見る側」らしかった。
「お前、あいつのことどう思う」
たかやが聞く。
待つ者は少しだけ考えた。
「羨ましくはある」
「意外やな」
「混ざりにくそうやからな」
「でも顔ないぞ」
「その代わり、崩れ方が少ない」
たかやは壁越しに、白い輪郭を想像する。
顔のないもの。
だが体温だけがあるもの。
見ている側。
乗らない側。
「俺はあっちにはなれんやろな」
「なりたいんか」
「ちょっとだけ」
「やめとけ」
「即答やな」
「お前は待つ方でも見る方でも、きれいに収まらん」
「それ褒めてるんか」
「褒めてへん」
「知ってる」
少しだけ笑う。
その瞬間、待合室の照明が一度だけ点滅した。
明滅の間に、たかやは見た。
壁の映像の向こう、ホームのさらに奥、暗闇のもっと向こう側で、ごく薄い青白い光が一度だけ走る。
雷だった。
だが自然の雷ではない。
もっと硬質で、もっと意志のある光。
「……また来たな」
待つ者の顔が初めて少しだけ曇る。
「見えるか」
「見えるわ」
「なら、近い」
「何が」
待つ者はすぐには答えなかった。
だが右腕の侵食が、ぎ、と長く鳴る。
口が一つだったはずなのに、いつの間にかもう一つ、肘に近い位置にも浅い裂け目のような噛み合わせができていた。
「おい」
「始まったな」
「それしか言えへんのか」
「段階が変わる時は、まずそう言うしかない」
たかやは立ち上がった。
椅子がわずかに軋む。
「近いって何や」
「完成形の視線や」
「見られてるんか」
「お前が見る前に、向こうが見てくる時がある」
たかやは思わず壁の青白い閃きの方を見る。
もう何もない。だが見られた感触だけが残っている。
「最悪やな」
「かなりな」
「お前は会ったことあるんか」
「一回だけ」
「どうやった」
待つ者は、そこでようやく少しだけ苦い顔をした。
「腹立つぐらい、迷いが無かった」
その一言で十分だった。
たかやはその存在を想像できてしまった。
迷いが無い。
見ているだけでもない。
待っているだけでもない。
侵食の途中でもない。
全部が固定された側。
白黒でも灰色でもなく、冷たい輪郭で完成してしまった自分。
それが、たかやには一番気に食わなかった。
「嫌やな」
「せやろ」
「会いたない」
「でも向こうは、お前を見つけた」
その時だった。
待合室のスピーカーが、死んだみたいなノイズを吐いた。
ざ、ざ、ざ、と細かい砂が擦れるような音。次いで、女とも機械ともつかない声が、途切れながら流れ出す。
次は、
次は、
次は、
それだけ言って切れる。
たかやは思わず笑った。
「どこまで引っ張んねん」
「ここから先やろ」
「何が」
待つ者が、今度は少しだけはっきりと笑った。
「お前が待つ側に落ちるか、まだ動く側に残るかや」
たかやはその顔を見て、ふと思った。
こいつは失敗作というより、未来の分岐で置き去りにされた自分なのかもしれない。選ばなかったのではない。選ぶ前の状態に居座り続けた結果、枝から本体だけが先へ進み、こいつだけがここへ残った。
だから、こんなにも現実に近い。
だから、こんなにも腹が立つ。
待つ者が立ち上がる。
「行くんか」
「お前が立ったからな」
「俺基準かい」
「ここはそういう所や」
たかやは右腕を軽く振る。
侵食の口が二つ、かち、と不揃いに鳴った。
不完全だ。だが前より確かに重い。
待つ者は待合室の奥を指さす。
さっきまではただの壁に見えていた場所へ、いつの間にか薄い通路が開いている。灰色でも白でもない、色の決めきれない廊下だった。向こうの奥では、またあの青白い閃きが、ごく短く息をしている。
「この先か」
「せや」
「お前も来るんか」
待つ者は少しだけ首を振った。
「ここから先は、お前が動く方や」
「また置いていくんか」
「置いていくんやなくて、ここが俺の限界や」
たかやはその言葉を聞いて、少しだけ黙った。
限界。
それを認める声だった。
嫌なほど静かで、嫌なほど人間っぽい。
「じゃあ、お前はどうすんねん」
「また待つ」
「最悪やな」
「知ってる」
たかやは小さく息を吐いた。
白い存在は入口に居る。待つ者は背後に残る。青白い完成形は前にいる。どこへ転んでも楽にはならない配置だった。
「イッル」
「なんだ」
「ほんま、終わってるな」
「かなりな」
「でも、行くしかないか」
「せやな」
たかやは通路へ向き直る。
その瞬間、待つ者が最後に言った。
「一個だけ覚えとけ」
「何や」
「完成したやつは強い。でも、強いだけや」
たかやは振り返る。
「どういう意味や」
待つ者は少しだけ笑う。
「お前の嫌なとこ、たぶんまだ残ってる方が勝つ」
その答えは雑で、曖昧で、妙に納得がいった。
だからたかやは、それ以上聞き返さなかった。
右腕の口が、今度はほんの少しだけ嬉しそうに鳴いた。
かち。つぎは、この続きで「完成形との初接触」から入る。
そしてたかやは、青白い光の待つ通路へ足を踏み入れた。
やる。
ただ、三万文字を一発で全部は入らん。
だから、pdfの核をちゃんと混ぜた「進行用の第一塊」を出す。
混ぜる芯はこれでいく。
pdf側で強いのは、 「音と認識に収束していること」、 「元ログ→蒸留→小説化」、 「残響ちゃんは音そのものではなく、音が残した記憶や空間を扱うこと」、 「ガチリックやフルメンバーが、単なる火力より役割で立っていること」や。� � �
N0764MF.pdf
N0764MF.pdf
N0764MF.pdf
あと、蝶、モニターのノイズ、桜並木、青白い光みたいな「画面の向こうの過剰演出」は、地下線の夢と相性がいい。�
N0764MF.pdf
ほな、ここから本編として繋ぐ。
ここまでで、つぎのにまんもじぶんのだいにかたまり。
このつぎは、
・あおじろいかんせいけいとのせんとうまえはん
・ざんきょうちゃんが「おとのじゅんばん」をほんかくてきにしよう
・がちりっくが“まもるためにずれる”
・たかやのみぎうでがさらにしんしょくして、でもまだかんせいしない
ここへはいる。
第十四章 バッカスホール前夜
ロビーの天井が開いていた。
正確には開いているように見えた。
そこに空は無い。
代わりに巨大な広告層がある。
数字。
ランキング。
投票。
評価。
拍手。
再生数。
支援額。
寄付総額。
スポンサー。
推薦。
認証。
承認。
それらが空の代わりに流れていた。
たかやは見上げる。
胃が重くなる。
地下鉄より嫌だった。
終末より嫌だった。
家賃通知より嫌かもしれなかった。
「最悪やな」
「かなりな」
イッルが答える。
巨大スクリーンの向こうでは何万人ものアバターが笑っている。
誰も怒っていない。
誰も悲しんでいない。
誰も困っていない。
全部加工済みだった。
感情すら広告だった。
「これがバッカスホールか」
「入口や」
「まだ入口なんか」
「本体はもっと上」
たかやは舌打ちする。
上を見る。
無数の配信窓。
無数の投票窓。
無数の応援窓。
無数の課金窓。
そしてその中央。
黄金色の巨大な椅子。
誰も座っていない。
だが誰かが居る。
そんな気配だけがあった。
「酒神って感じちゃうな」
「酒やなくて酔いや」
イッルが言う。
「酔い?」
「数字に酔う」
「人気に酔う」
「承認に酔う」
「注目に酔う」
「怒りにも酔う」
「全部飲む」
たかやは少し黙った。
それなら分かる。
昔から見てきた。
音楽シーンでも。
ネットでも。
SNSでも。
誰かが評価される。
誰かが潰される。
誰かが利用される。
誰かが消える。
そして観客は次を探す。
それを繰り返す。
「嫌いやな」
「知ってる」
「だから来た」
「知ってる」
背後で風が鳴る。
ガチリックだった。
ざんきょうちゃんのノイズも聞こえる。
ぴ。
しゃぁ。
どん。
順番を覚える音。
忘れない音。
それが今はありがたかった。
このホールは全部を消費する。
だが残響は消費されない。
誰かが残した音は残る。
誰かが残した空気も残る。
だからまだ戦える。
勝つためではない。
飲み込まれないために。
たかやは巨大ホールを見上げた。
「ほな」
右腕の口が静かに開く。
「行くか」
ホールの最上層で、
誰かがゆっくり笑った。
第十五章 第一ホール 承認市場
扉は無かった。
たかやは少し拍子抜けした。
巨大ホールと言うからには、
もっとこう、
悪趣味な黄金門とか、
神殿みたいな階段とか、
そういうものを想像していた。
だが実際は違った。
境界線が無い。
気付いたら入っている。
それが一番気持ち悪かった。
地下線にも改札はあった。
病院にも自動ドアはある。
家にも玄関がある。
だがここには何も無い。
歩いているだけで、
いつの間にかホールの内部へ移行している。
まるで、
最初からここに居た事にされる。
そんな感じだった。
「きしょ」
たかやが言う。
「かなりな」
イッルが答える。
ホールは広かった。
天井が見えない。
床も遠い。
都市一個分ぐらいある。
いや、
もっと広いかもしれない。
無数の階層。
無数の通路。
無数のモニター。
無数の数字。
それらが全部浮いていた。
広告。
評価。
ランキング。
登録者。
支援額。
総再生。
月間順位。
週間順位。
話題指数。
好感度。
炎上率。
影響力。
無数。
無限。
全部が空気中を漂っている。
「うわぁ」
たかやは心底嫌そうな顔をした。
「な?」
「嫌や」
「せやろ」
ざんきょうちゃんが、
ぴ、
と鳴く。
すると近くの数字が少しだけ乱れた。
645万。
231万。
98万。
その数字が一瞬だけノイズ化する。
「効くんか」
「効いてる」
イッルが言う。
「数字は記憶が苦手や」
「どういう意味や」
「数字は集計できる」
「うん」
「でも空気は集計できへん」
なるほどと思った。
ざんきょうちゃんは空気側だ。
記憶。
残響。
余韻。
説明不能。
数字にできない部分。
だからこの場所では相性が悪くない。
むしろ天敵だった。
ホール中央には巨大な市場があった。
市場と言っても野菜は売っていない。
売られているのは、
人だった。
正確には、
人格。
才能。
話題。
思想。
趣味。
失敗談。
病気。
恋愛。
全部。
商品棚みたいに並んでいる。
「終わってんな」
たかやは呟く。
誰かが泣いている。
誰かが笑っている。
誰かが怒っている。
だが全部商品だった。
泣き顔パック。
炎上スターター。
感動体験。
絶望体験。
克服体験。
再起体験。
成功体験。
全部パッケージ化されている。
「これ嫌やわ」
「知ってる」
イッルは短く言った。
たかやは歩く。
歩きながら思う。
昔から嫌だった。
何でもコンテンツになる感じ。
痛みまで商品になる感じ。
病気まで売り物になる感じ。
それを見ていると、
胃が重くなる。
ホール奥では、
巨大スクリーンが回転していた。
そこには、
黄金色の杯が映っている。
酒杯。
王冠。
拍手。
歓声。
そして、
見えない王座。
「おるな」
たかやは言う。
「おる」
イッルも答える。
「まだ見えんけど」
「見えてへんだけや」
その瞬間だった。
市場全体へ声が響く。
男でもない。
女でもない。
老人でもない。
若者でもない。
年齢不詳。
性別不詳。
だが妙に耳へ残る。
『歓迎する』
ホール全体が静まる。
『未登録の来訪者』
『未承認の残響』
『未分類の守護体』
『未完成の侵食者』
たかやは顔をしかめる。
「言い方がムカつく」
『ようこそ』
『第一ホールへ』
『承認市場へ』
市場の奥で、
巨大な光が立ち上がる。
それは神ではない。
酒神でもない。
王でもない。
もっと厄介なものだった。
評価そのもの。
拍手そのもの。
人気そのもの。
そういう概念が、
人型を取って立ち上がったみたいだった。
「うわ」
たかやは本気で引いた。
「思ったより嫌や」
イッルが笑う。
「やっと本体見えてきたな」
巨大な存在は歩き出す。
一歩。
二歩。
三歩。
歩くたびに数字が増える。
歓声が増える。
拍手が増える。
支持率が増える。
フォロワーが増える。
広告が増える。
何もしていないのに増える。
それが気持ち悪かった。
「なんやこれ」
『価値だ』
存在が答える。
『人々が望んだもの』
『人々が集めたもの』
『人々が崇めたもの』
『それが私だ』
たかやは黙る。
少しだけ。
そして、
ため息を吐いた。
「違うな」
『何がだ』
「それだけちゃう」
存在が止まる。
「人間そんな綺麗ちゃう」
『……』
「もっと雑や」
『……』
「もっと失敗する」
『……』
「もっと嫌われる」
『……』
「もっと孤独や」
ざんきょうちゃんが鳴く。
ぴ。
しゃ。
どん。
ホール全体へ音が広がる。
市場の商品棚が揺れる。
数字が乱れる。
拍手が遅れる。
歓声がズレる。
「ほらな」
たかやは笑った。
「そのズレが無い」
巨大存在が沈黙する。
ガチリックが前へ出る。
風圧が唸る。
市場の旗が裂ける。
広告が歪む。
それでも巨大存在は崩れない。
だが、
初めて後ろへ重心を移した。
「効いてるやん」
たかやは笑う。
「お前な」
巨大存在を見上げる。
「人気者や評価や承認は否定せん」
『当然だ』
「でも」
たかやは続ける。
「それだけで人間作るな」
市場の空気が止まった。
誰も喋らない。
誰も動かない。
数字だけが流れている。
たかやは右腕を見る。
侵食の口が四つになっていた。
増えている。
だが完成しない。
まだ足りない。
まだ途中だ。
だからいい。
完成してしまうと、
向こう側へ近付いてしまう。
そんな気がした。
「イッル」
「なんだ」
「これ長いな」
「かなりな」
「ボスラッシュやん」
「まだ受付や」
「は?」
「ここ受付や」
たかやは天井を見上げる。
無数の階層。
第二ホール。
第三ホール。
もっと上。
もっと奥。
もっと巨大。
そして、
黄金杯の紋章。
そのさらに上。
王座。
まだ遠い。
「終わってんな」
「始まったばっかや」
イッルが言う。
市場の奥で、
黄金杯が静かに回転する。
その向こうで、
誰かが笑った。
今度は、
さっきより近かった。
バッカスホールは、
まだ入口だった。ETH?
さあ乗り込め
狂っている
だが世界はそんな風に回っている
何百万もの人間が
まるで敵同士みたいに生きている
まだ遅くないのかもしれない
愛することを学び
憎しみを忘れるには
心の傷は癒えない
人生は苦い恥のようだ
俺は狂った列車のレールの上を走り続けている
暴走する列車から降りられない
説教師の話も聞いた
愚か者の話も聞いた
自分だけのルールで生きる
脱落者たちも見てきた
支配するよう条件付けられた誰か
管理するよう育てられた誰か
メディアはそれを売り
人々はその役を演じる
心の傷はまだ叫んでいる
俺を狂わせながら
俺は狂った列車の上を走っている
自分の人生が
おかしな方向へ向かっていることは分かっている
だから聞いてくれ
俺の言葉を
冷戦の子孫
それが今の俺たちだ
問題ばかりを受け継ぎ
心は麻痺している
狂っている
もう耐えられない
理不尽な何かと共に生きている
心の傷は癒えない
誰のせいなのか
何のせいなのか
分からないまま
俺は狂った列車の上を走り続けている
でも俺は本当に等価交換されてるから…まぁ…よくわからない…。
なにかに似ている似ていると言われるのも御愛嬌で曲として捉えたらそんなもんばかり。
コッチには10000年前とか原始的壁画とかから始まるやんな。
そういう症候群も含めて治したいは痴がましいが…世界にスタンドアロン率が高い人等が苦しんでたら読んでみてほしいなぁ…程度だが…まぁ…思い込むとシリアスに身体や環境に影響されるけど…
まぁ…多種多様だけど…強要はしたくないし…プロジェクト化はするけど…
俺は1人カルトレベルでやってるよ。




