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AntinomiEーアンチノミー  作者: たまてゃ


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3/3

第三夜:満月の饗宴

額の奥で、何かが目を覚ました。


陶器のような肌に、細い線が走った。

血が滲む。


ゆっくりと、ゆっくりと——割れていく。

そこから、朱色のものが現れた。

それは、月光を受けて艶めく二本の角だった。


急がず、焦らず。

まるで最初からそこにあったように。


嶽は彼女に向き直った。


「待たせて、ごめんね」


笑顔だった。

けれど、瞳の色が違う。

赤黒く、渦を巻いている。


それでいて、ガラス玉のように澄んでいた。


歯を見せて笑う。

上下の、長い牙が光る。


彼女は動かなかった。


逃げなかった。


頬はまだ赤く、瞳はまだ潤んでいた。

嶽を、見上げていた。


嶽は先ほどと同じ速さで動いた。

早くもなく、遅くもなく。


彼女の両隣に手をつき、覆いかぶさるように顔を寄せる。


「続きを……しよう」


彼女は、頷いた。

首筋に、唇が近づく。

嶽の口が、静かに開いた。


橋の上に、割れた盃があった。


誰かの荷が、欄干に引っかかっている。

橋の向こう、霧の中に人影が二つ。

もつれるように、重なっている。

男らしき影が、女らしき影の腰を抱いて立たせる。

女はそのまま、もたれかかるように傾いた。


通りがかった男が、足を止めた。


目を細めて、橋の向こうを眺める。

「……満月だからか」

ふん、と鼻を鳴らした。

「お盛んなことで」

振り向かず、家路を急ぐ。


嶽は袖で口元を拭った。

赤黒い汚れが、白い布に滲む。

額に残っていたものも、指で拭う。

ゴシゴシと、何度か。


それだけだった。


橋の真ん中へ戻る。

欄干に腰を下ろす。


空を見上げる。

雲が少しかかっていた。


それでも満月は明るく、静かに照っている。

嶽は酒をくいっと飲んだ。

嬉しそうに。


瞳が月夜に溶ける。

青く、紫に、揺れている。


彼がいた場所には、二つのものが残っていた。

細長く引き裂かれた、ストールの残骸。


そして——


乾きかけた、赤黒い染み。

月だけが、照らしている。


何も言わず。

何も問わず。

ただ白く、今夜も辺りを満たしていた。

月だけが、見ていた。

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