024 胡散臭いお嬢様
「ごきげんよう、花朔太郎さん」
変な奴が部室にいた。
我が校の制服には不釣り合いな、優雅――いや、時代錯誤な巻き髪に、高飛車を思わせる強気な顔立ち。
佇まいや香りから受ける印象はすこぶる高貴なのに、どこか胡散臭を覚えてしまう女子だった。
身につけているものは全て本物なのに、まるでコスプレのようだ。
「ごきげんよう、どちらさんで?」
「わたくし、一年の桜宮類です。以後、お見知り置きを」
ところで、酉島高校は普通の県立高校なのだが、こんなお嬢様っぽい生徒が通う理由はなんだろうな。
「ご丁寧に、どうも。
それで、桜宮。キミはどうしてここにいるんだ?」
「決まってる、文芸部に入部するためですわ」
……。
「そうか。なら、入部届けにサインを頼む」
「……あれ? あれれ?」
「どうした」
「いえ。矢代先生に聞いてたより、全然普通の人だなぁ、と」
俺はこの時、あぁ、そのルートか、と思った。
「因みに、先生はなんて?」
「面白ければ何をしてもいいと思ってる女誑しだけど、とても優秀な編集者がいる……と」
そんなヤベー奴の噂を聞いて、ノコノコやって来るなよ。このアホ。
「……つまり、なんだ。キミは作家なのか?」
「当然ですわっ!!」
急にデカい声出されると、ビックリするからやめてね。
「聞いて驚きなさい?
わたくしは、K社代表取締役である桜宮家の三女、桜宮類ですのっ。
つまり、小説界の将来を担う金の卵と言って差し支えないのですわーっ!!
おーっほっほっ!!」
……それ、作家の遺伝子を受け継いでるわけじゃなくないか?
とはいえ、K社と言えばノベハウの運営母体でもある出版業界最大手の企業だ。
そこの役員の娘ならば、桜宮がお嬢様であること自体は偽りないのだろう。
「一応言っておくけど、俺はプロでもなんでもない、ただの高校生だよ」
「とぼけなくても結構よ、朔太郎」
もう呼び捨てかよ。
「あなたは、ノベハウのトップランカー、そしてプロ作家を育ててるというではありませんか。
その実績の、どこが普通の高校生だというのでしょう」
色々言いたいことはあったが、これまでの経緯を思うと安易に否定し辛いな。
「もう少し早く来てくれれば、その一部始終を見れたのに」
「本当は、転校してすぐに入部するつもりだったのですけれどね。
まぁ、バタバタしていたので仕方ありませんわ」
「……転校? 桜宮、キミは一年のこんな時期に転校してきたのか?」
桜宮は、一瞬だけ表情を歪ませたが、すぐに取り繕って偉そうな微笑みを浮かべた。
「わ、忘れてくださいまし」
まぁ、本人がそう言うなら、忘れずとも口にはするまい。
俺は、新しく仕入れた透明なグラスに、冷たい緑茶を注いで桜宮の前に置いた。
六月も中頃。そろそろ、冷たい飲み物の方が嬉しいだろうさ。
「気が利くのね」
そりゃどうも。
「ところで、桜宮。
キミは、自分の作品を俺にどうして欲しいんだ?」
「どう、というのは?」
「今、文芸部に所属している作家は賞を目指して本気の執筆をしてる。
要するに、商品としての価値を生み出そうとしてるのさ」
彼女の生唾を飲み込む音が聞こえる。
「だから、俺も割とシビアに作品を読んで、アイデアや校正にも協力してるが――そのスタンスを強制したくはないんだ。
そこで、どんな尺度でキミの編集に携わればいいのか、先に確認しておきたいのさ」
しかし、イマイチ理解出来なかったのか、桜宮は賢ぶった表情で小さく首を傾げた。
俺、そんなに難しいこと言ったかな。
「つまり、俺をどう使いたいのかってこと」
「あぁ、そういうこと。
ならば、答えは簡単。あなたに、神作家の編集をさせてあげるのですわっ!!」
……?
「神作家なら、一人でやった方が面白く書けるんじゃないか?」
「んが……っ!! そ、そういうことではないんですっ!!」
「要領を得ないな。書いてるもの、読ませてくれるとありがたい」
「い、今は……まだ書いて、ない、ですけど……っ。
……そう!! これは、規定事項なのです!! わたくしが神作家になることは決まっているのだから、何も嘘ではないんですよっ!!」
動揺したせいか、口調が普通の後輩になっていた。
いや、まぁ、うん。
なんとなく、桜宮類が分かってきたよ。
「とにかく、ようこそ文芸部へ。歓迎する」
それからは、調子を取り戻そうとテンパる桜宮の『バズるに決まっている素晴らしいアイデア』とやらを大人しく聞いていた。
こういう時に「なら書けばええやん」とか言ったって仕方ないことを、凡人である俺は理解している。
都合のいい妄想の無敵感って、こう……気持ちがいいもんな。
「やっほ〜」
「クククッ。待たせたね、サク」
しばらくして、我が文芸部の看板作家である牧野アメリと薬丸幸子が部室へやって来た。
二人とも夏服になっている。
日々の運動を欠かさない健康な牧野と、連日引きこもりの不健康な薬丸の対比が、なんだか残酷だと思った。
「ま、牧野先輩っ!?」
扉の方に振り返ると、桜宮が巻き髪をふわっと逆立てて驚いた。転校してきたばかりの一年にも、牧野は知られているんだな。
「あっ、かわいい髪型〜」
「お嬢様だ、スゲー」
二人の小学生並みの感想をスルーして、桜宮が俺にこっそりと耳打ちする。
「ねぇ、朔太郎。
わたくし、彼女と話す機会があったら言ってみたいことがあったの。ちょっと見ていてくださいまし」
……。
「ジュテーム」
なるほど。
ポンコツ具合は、薬丸と同格か。
「えへへ、また女の子に告白されちゃった」
「んなっ!! 日本語が喋れるんですのっ!?」
「……で、誰なの? サク」
俺は、牧野と薬丸のことを伝えつつ、桜宮に二人を紹介した……というよりも、桜宮が勝手に自分のことを語り、それを姉二人が優しく聞いている、と言った様子だった。
自分では三女と言っていたけれど、確実に末っ子だな、こりゃ。
「おーっほっほっ!!」
……さて。
「牧野、進捗はどうだ?」
「んーん、まだアイデア出しの最中。
長編って難しいね。花がいないとダメかも」
「薬丸は?」
「なんにもやってないに決まってるだろ。
きょ、今日はアメリに本を貸しに来ただけだっ」
……。
「な?」
「なにが『な?』なんですかっ!!」
要するに、こういう緩い部活だってことを伝えたかったのだが――。
「本気の執筆をしてるって言ってたじゃないですかっ!?
なのに、これじゃ名ばかりの部活を作ってイチャイチャするだけのハーレムラブコメですよっ!!
このスケコマシっ!! 女っ誑し!!」
すんげぇ罵倒だ。
「でも、無理に書いても仕方ないんだ。
書かされた小説ほどつまらんものもないし」
「わたくしは小説を書くために来たんです!!」
「おぉ、類ちゃんも作家なんだ」
「クククッ。ならば、読ませてみなよ。ただし、ボクは厳しいよ?」
初めての後輩にテンションが上ってしまったらしい。薬丸は、先輩風をビュンビュンと吹かせている。
「は……っ。いや、その、四花しごと様と堕天丸太様に、わたくしのような者の小説を読ませるわけには……」
桜宮が、俺に視線を送ってきた。どうやら、ビビって助けを求めているらしい。
……。
「俺も読みたい」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!? ちょ、朔太郎!?」
「だから、書いてみ」
「……ふぇ?」
桜宮は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まった。
自分の小説を人に読ませることが、どれだけ怖いのかなんてよく知ってるよ。
でも、キミはそっち側で生きることを選んだんだろ?
「なら、逃げてたって仕方ないぜ」
「……分かりました。少し、時間をくださいまし」
それから、俺は牧野と薬丸の執筆に協力しつつ待っていたのだが、結局、桜宮は最後まで一文字も書くことが出来なかった。




