53.転生デビュー
――ピコン。
スマホの通知音が鳴った。
心臓が跳ねる。通知のアイコンには、小さな「①」。……ダイレクトメッセージだ。
誰からだ?
フォロワーはまだ十人もいないのに。
俺がSNSを始めて三日。
名前は『転生人』。バナーには『平均身長を超えた』とデカデカ書いておいた。実際に今の俺の身長は、平均を超えている。これはもう間違いなく遺伝の影響だろう。親に感謝だ。
アイコンは、さっき変えた。
ウサギのフリー素材にしていたものの、オリジナルの「平均身長を超えたTシャツ」が届いたからだ。それを写真で撮ってアップした。
プロフィール欄には、いかに俺があのゲームを愛しているかを熱く語り、最後にこう書いた。
「こちらはニコラ×ラビッツを愛でるためのアカウントです」
昨日、『#今日も可愛い俺の嫁ラビッツ』というハッシュタグをつけて、二コマ漫画を投稿した。
一コマ目には「俺、もう我慢できないんだ!」と叫ぶニコラ。その背景に「キスしたいキスしたい」と心の声を並べた。二コマ目には「婚前交渉は駄目だからっ!」と真っ赤になって慌てるラビッツ。
憂いが晴れ、明るい未来を誓い合った、あの日のひとときだ。
もちろん、固定にした。
俺がかつての記憶を思い出したのは偶然だ。たまたまあのゲームのイラストを目にしたから、プレイした。あれを見ていなかったら何も思い出せないままだった。
今の彼女に偶然会えたとしても、俺のことを覚えていない可能性の方が高い。そのまま、すれ違ってしまう。
もし思い出してくれたなら――、俺との再会のきっかけになりますようにと。そう願って、アカウントを開設した。
震える指で、画面をタップする。
▷はじめまして。
漫画、見ました。
私はあのゲーム、もう一つのアナザーストーリーがあってもいいと思っています。リュークとセイナが結ばれる未来。
あなたは、その未来を知っていますか?
読んだ瞬間、頭が真っ白になった。
「……ラビッツ……?」
名前を呼んだ途端、涙がぶわっと溢れた。必死に拭っても止まらない。
震える指で文字を打つ。
▷知っています。
セイナは天に還ったあとにもう一度あの世界へと現れ、ラビッツがセイナを義理の妹にしてくれて、彼らは結婚した。
すぐに、返事が届く。
▷ニコラが動いてくれたから。
「ラビッツだ!!!」
思わず叫んだ。
胸が痛いほどに熱くなって、泣き笑いみたいな声が漏れる。
そのあと、俺たちは互いについて教え合った。住んでいる場所は、電車で一時間ほどの距離。
――迷う理由なんてない。
俺たちは、会うことにした。
◆
高校の入学式を翌日に控えた午後。
駅から少し歩いた先にある大きな緑地公園は、春の陽気に包まれていた。家族連れやカップルの笑い声が風に混ざる中で、俺の心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。
スマホを見ても当然ながら、まだ通知はない。約束の時間の三十分前だからだ。
『着いたら連絡するね』
彼女の最後のメッセージを見つめながら、息を整える。
「……落ち着こう」
風が頬を撫でる。
ベンチの向こうには桜の木。花びらがひらひらと舞っている。
――そして、ふと。
視界の先に、一人の女の子が歩いてくるのが見えた。
白いカーディガン。
風に揺れる長い黒髪。
少し戸惑ったようにきょろきょろと周りを見て――俺と、目が合った。
胸の奥が熱くなる。
彼女が鞄の中から何かを取り出し、こちらに向けて軽く振った。
――ウサギのフェルト人形。
あの世界で、ラビッツが俺に作ってくれたものと同じ。
間違いない。
ラビッツだ!
走り出したいのに、足が震える。彼女がゆっくりと近づいてきた。
「転生人さん?」
「はい……っ」
あのTシャツを、俺は今着ている。
「白石晴真さん?」
「はい……っ」
「ニコラ……さん?」
「はい……っ」
涙があふれる。
「もうっ……立場が逆でしょ。こっちでも涙腺は弱いの?」
「よ、弱いんだよ。悪いかよぅ」
「悪くはないわよ」
互いに笑いながら、涙を拭った。
「ラビッツ。いや、望月美羽さん」
「美羽でいいわよ、晴真」
「ああ、美羽」
世界が変わっても。
名前が変わっても。
姿が変わっても。
――また、会えた。
公園の風が通り抜けていく。遠くの子供の笑い声。鳥の鳴き声。全てが俺たちへの祝福のように響く。
「ねぇ、今のあなたのことを教えてよ、晴真」
「んー、そうだな。明日から高校デビューするぞと張り切っていたけど、もうデビュー済みだな! なにせ彼女持ちだ。リア充へと変身を遂げた白石晴真です。よろしく!」
「……彼女って誰?」
目が怖い!
「え、み、美羽……」
「私、告白されてないけど」
もう付き合った気でいたぞ。
そうか、まだだったのか。
「俺と、結婚してください!」
「……重すぎね。扇子がないのが残念よ」
「そんなぁ。じゃ、俺の恋人になってください!」
「それって、告白かなぁ」
「あ、す、好きです!」
なんだかグダグダだぞ!?
「こっちの私とは全然話してないじゃない」
「魂が惹かれ合ってると思います!」
「相変わらず、ムードづくりがゼロ点ね」
くすくすと笑う美羽。
なんだか、誤魔化されている気がする。
「今日から恋人ってことで、お願いしたい」
「んー。今のあなたのこと、まだあんまり知らないのよね」
「絶対にお買い得だぞ。なにせ、ニコラ時代の効率のいい記憶方法も覚えている。たぶん、俺の成績は上位に食い込むはずだ! コミュ力も多少は上がった……はず……いや、どうかな」
よく考えると、ニコラの時もプライベートで楽しく好き勝手話せるのはパトロール隊員だけだった気がする。……場に応じて使い分けるのは上手くなってると思うけど。
「そこは自信がないの?」
「う、ま、まぁ、王子にも国王にもなれないけど、ビッグにはなるかもしれない。平均身長を超えた成績優秀者! お勧めだぞ」
「……成績優秀って、まだ高校に入学してもいないでしょ?」
「だからこそ、今が買いだ。上がり切る前に買うのが鉄則だろう」
「……株でもやってるの?」
「適当に言ってます。すみません」
「まったく」
本当に相変わらずねと、美羽が笑う。
春の風が爽やかに通り抜けていく。
桜の花びらがふわりと舞い上がり、美羽の髪にひとひら落ちる。彼女がそれを指先で摘むと――、
「恋人になっちゃおうかな」
「いいのか!?」
「ふふっ、よかったわね。高校デビュー、できそうで」
ポンと花びらと一緒にウサギのフェルト人形を渡された。俺も、ビーズリングを根性で作ってくればよかった……。
長い黒髪と白いカーディガンの裾が風に揺れる。以前とは違うのに、懐かしくて愛おしい。
「転生したお陰――、転生デビューね」
ふと思い出す。
あの世界でも同じことを思った。
高校デビューならぬ、転生デビューするんだぞと。
――俺と彼女が同じ高校に入学していることを知るのは、明日のことだ。
ここでは、願いの光は目に見えない。けれど空はどこまでも青く、春の光がきらめいていた。
奇跡のような再会。
あの日の約束は、まだここに。
――大好きな彼女との日常がまた、始まる。
もう一度、生きて笑って、
そして、恋をしよう。
〈完〉
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
☆の評価やブックマーク、「いいね」もとても嬉しいです。ありがとうございます!
今回の話も、私の好き!をふんだんに詰め込みました☆誰も悪い人がいないラブコメで、最後に泣ける話が大好きです。もし、気に入っていただけたなら幸いです。
また、別作品で恐縮ですが、「婚約解消を提案したら、王太子様に溺愛されました 〜お手をどうぞ、僕の君〜」のコミックス五巻が2026.2.26に発売します!なんと完結巻です!泣けます。最高です。皆、ハッピーです!
電子版は本日発売です!
お手にとってもらえたら嬉しいです。
私がゲーム転生を書く場合は、上記コミカライズ作品も含めて「誰かに想像された世界が無数にあり、そこで魂を癒やして次の世界へと向かう」という舞台であることが100パーセント。これからも書くとしたらそうなる気がします。ゲーム世界が実際にあるのだとしたら、そんな場所だといいな、という願いを込めています。
それではまたお会いできたら幸いです。
ありがとうございました!




