安定
「社長、どうぞ」
「ありがとう羽田君」
とあるビルの社長室にて。
識英天衣は部下の羽田真乃が注いだコーヒーを
飲んで寛いでいた。
そう、真乃は凍牙を強襲した特色者の一人。因みに水色の髪で童顔の方である。
「相変わらず君の注いだコーヒーは美味しい」
「お褒めに預かり光栄です」
天衣の称賛に真乃はしゃなりとお辞儀をする。
そして真乃はコーヒーと共に持って来ていた書類を天衣に差し出した。
「こちら……例の件のレポートでございます」
「おお、あれか。見させて貰うよ」
天衣は書類に目を通していく。
その書類には『識英凍牙とその能力について』と記されている。
「ほう……能力レベルは8にまで到達したのか……アレの能力は君が戦ってみてどんな感じだった?」
「はい……特に精密性に優れているという印象です。彼は氷で透明な壁を作り出す事ができ、私もそれには少し手を焼きました」
「なるほど……ならば確実に手に入れたい所だな」
天衣はあらかた書類を読み終わるとデスクの中にそれを片付ける。そんな天衣に真乃がおもむろにこう聞いた。
「社長は何故そこまで彼を社員にしようとなさるのですか?」
「気になるかい? それはだな……安定の為さ」
「安定?」
「そうだ」
首を傾げる真乃に天衣は更にこう続ける。
「私は安定こそが人生の肝だと考えている。安定しているからこそ人は飯を食べられる。安定しているからこそ服が着られる。安定しているからこそ雨風や台風を凌げる家に住める。安定しているからこそ幸せが掴める。逆に安定していなければ人は瓦解する。堕落してしまうんだ。だから私は災害対策を常に完璧にするよう努力をしてきた。いつ何が起こるか分からないからな。そこに一切の遠慮は必要無い。そこに金に糸目を付けてはいけないんだ。地下の核シェルターもその為だ。色々金持ちのやる事は分からんだとか揶揄されてはいるがあれは必要不可欠なものなのさ」
「はあ……」
「アレは君と同じ特色者だ。私の安定を崩しかねないあの化け物の良い対策になってくれるだろう」
「化け物とは……一体?」
真乃の疑問に天衣は即答した。
「桜月麗紗。桜月財閥の令嬢で世界最大の災害、更に言うなら私の敵だ」
*
*
*
「は~やっと終わった」
「おつかれー」
真乃は同僚の吉良榎葉と共に会社を後にしていた。彼女も真乃と同じく凍牙を襲撃した特色者だ。今日も赤い髪をポニーテールに結っている。
「疲れてんな。またあのクソオヤジの安定トークでも食らったのか?」
「……何で分かったの?」
「やっぱそうか~。顔で分かるわ~」
真乃を同情の目で見る榎葉。
彼女達は一応天衣の秘書……という立場なのだが。クソオヤジと呼んでしまう程度には忠誠心が無かった。
「にしてもあいつ……桜月財閥令嬢の桜月麗紗ちゃんだっけ……を敵とか言ってたな。特色者とは聞いたけどそんなヤバい子なの?」
「しらねーよそんなの。あ、そういや一つ忘れてたわ」
「何?」
突然立ち止まって不穏な事を言う榎葉に真乃は怪訝な顔をする。
だがその内容は彼女にとってさして重要では無かった。
「レポートん中にあの金髪のガキの事載せとくの忘れた」
「えー、別にいいでしょそれぐらい。いくら特色者とは言ってもあんな子供一人に何が出来るっていうのよ。放っておけばいいの」
「随分侮るなお前……それがフラグにならない事を祈るぜ」
「この私がそんな油断をすると思って? それよりどっか居酒屋で酒飲も~」
「おう、付き合うぜ」
容姿も性格も全く異なる二人だが仲は良かった。
仕事の出来は雑だったが……。
*
*
*
黒萌に識英天衣の情報を貰った日のその翌朝。
「ふわあ~……眠っ……」
私は眠い眼をこすりながらベッドから起き上がった。
ふと枕元を見ると、何故か携帯がそこに落ちている。
「ん? 携帯……? 何でここに……?」
あ、思い出した。
昨日は黒萌がくれた情報を凍牙に送ってから寝たんだったな。
普段はちゃんと充電器に差してるんだけどそのまま寝落ちしたのか。
ていうか凍牙あいつ大丈夫かな……。
結局識英天衣の弱味とか無かったんだよな……。
送った反応も(ありがとうございました)の一言だけだったんだよな……。
因みに屋敷の使用人全員とは一応RAINを交換している。
もちろん耕一郎も。あの人とは特に話す事も無いんだけどね。
そんな風に凍牙を微妙に心配していると、麗紗からのRAINの通知が携帯の画面に表示された。
あの子のRAINは相も変わらず異様に多い。
今度は何だろう……。
そう思いながらRAINを開くとそこには。
(先輩、凍牙を知りませんか?)
(今朝から居ないのですが……)
と、表示されていた。
屋敷に凍牙が居ない!?
一体何があったんだ!?
まさか……もう識英天衣が動いたのか……!
私は焦りながらもRAINで私も見てないと送信した。
そして大急ぎで台所からパンを取って素早く腹の中に収める。
「おいおい、そんなに慌ててどうした琥珀? まだ時間に余裕は……」
「ごめん急用が出来た。今日学校休むね」
「なっ……! 琥珀お前何があった!?」
急にそんな事を言われたらそりゃ流石の親父でも慌てるか……。
でも事情を説明する訳にもいかない。
「本当にごめん……言えない事情があるの。でもどうしても行かなきゃいけないんだ……」
私がそう言うと、親父は少しの間考え込んでから頷いた。
「分かった。連絡は入れておく。行ってこい。でも何をするのかは知らんけど無茶だけはするなよ……!」
「当たり前でしょ! ありがとう! 行ってくる!」
「おう!」
私はパジャマから適当に動きやすい服に慌ただしく着替えて髪も整えずに家を出た。
凍牙……!
頼むから早まらないでくれ……!
私は財閥の支社に向かって全力で走った。




