恋する乙女を怒らせてはいけない
「おーっす、リオン。ケガは大丈夫そうだな」
「リオンさん、こんにちは」
「レグルスもリーゼもいらっしゃーい」
レグルスとリーゼが帰還石を使ってうちにやって来た。
わたしがぶっ倒れている間にレグルスはグロッソ村に帰ってたけど……元気そうだね。でも一応確認しておかないと。
「えーっと、レグルスは大丈夫? 最後かなりメンタルしんどそうだったけど」
「ん? あれはリオンが瘴気フっ飛ばしてくれた辺りでかなり軽くなったぞ。環境のせいで気が弱くなってたみたいだな」
「なるほど?」
全身に浴びていれば不快にもなるし、原因がなくなれば回復には向かう、ってことかな。それにしたって全然引き摺ってないのは……結構タフだねぇ。
後でこそっとリーゼにも聞いてみたけど、特に強がってるような様子もなかったそうだ。一安心である。
「ところでリオン、あれからバートル村には行ったか?」
「いや、まだだよ」
わたしのケガのせいで未だに結果報告が出来てないのである。
さすがに時間が経ちすぎているし、汚染状態は治ってないけど感染する様子は見られないし、腕は動かなくても体は動くのだからいい加減行かないと、とは考えていたところだ。
「そうか、それなら丁度良かった。いや、リーゼも行ってみたいらしくってさぁ。やっぱ同じ獣人の村だし気になるよな」
「うんうん、そうだね」
その続きのレグルスの言葉を聞いて、わたしはピキリと固まった。
あわわわわ、ど、どうしよう。リーゼはバートル村には連れて行かない方が良さそうと思っていたのに……!
しかしリーゼはニコニコと笑顔で――いや違う、これは『ぜひ連れて行ってくださいね?』と言う無言の圧力だ……!
わたしはほんの数瞬だけリーゼと見つめ合っていたが……負けました。ぐすん。
と言うことで翌日、バートル村へと向かったわたしたちである。
メンバーはわたしとウル、レグルスとリーゼ、そして……ゼファーである。いやうん、置いて行けなかったしね……。
フリッカは「地神様のお世話をしています」と、まだまだ調子の悪い地神をフィンと一緒に見てくれるらしい。日帰りの予定だけど、地神を放っておくのも不安だったので渡りに舟な提案だったよ。今度何かお礼しなきゃ。
ひとまずは結果の報告と、出来れば約束の家畜は受け取っておきたい。
出来れば、と付けたのはゼファーの存在が原因である。
『神子がモンスターを連れ歩くなどどう言うことだ!』と怒られても仕方のない行為だ。下手をするとドラゴンに恨み辛みが溜まっていて『殺せ!』とまで言われるかもしれない。
でもわたしはゼファーを殺すことは出来ないので、そのようなことを言われたら逃げるしかないのだ。住人たちの信用を失うのは惜しいけど、わたしは責任持って預かると決めたのだ。今更放棄などする気はない。
などと、ビクビクしながらバートル村へと訪れてみれば――
「まさかドラゴンを従えるなど……これが創造神様の神子の力なのか……」
「……はい?」
何も説明していないのにティガーさんに褒められ、わたしが唖然とした。
「小さいとは言えドラゴンはドラゴンであり、そしてドラゴンは強者だ。その強者を従える程の力を持つ方であれば敬うのは当然だろう?」
まさかの骨の髄まで『力が全て』理論。……脳筋にもほどがない!?
詰られることも覚悟してたからそれよりは全然ありがたいけどさぁ! しかも力で従えたわけじゃないから騙してるみたいな気分になるよ……。
とにもかくにもめちゃくちゃはしゃぐ住人に迎えられて(さすがに一部の人は顔をしかめていたけど)、興奮した住人に囲まれたことでまたウルが不安定になったり。
内も外も宥めながら経緯を説明していき。
「そうか、地神様が……。風神様でなかったのは残念だが、それ自体はとても喜ばしいことだ」
「えっと……引き続き他の神様も探して行きますんで、風神様が見付かったらお知らせしますね」
「……よろしく頼む。俺たちは今後も神子様に協力することを約束しよう」
こうして、特に大きなトラブルもなく報告は終わった。
報告は終わった、のだけれども。
外に出たところで……一つの戦いが始まろうとしていた。
「あなたがエリスさん、ですか?」
「ん? そうだが。お前はリーゼだったか」
リーゼがすすっとエリスに近付き、話しかけたのだ。
わたしは内心「ひぇっ」としていたけれども、怖くて止めることは出来なかった。
「……従兄であるレグルスを賭けてリオンさんと戦い、良い勝負をしたそうですね。……是非、あたしとも手合わせしてみませんか?」
バートル村の人たちは戦いが大好きだ。なのでエリスはここで二つ返事で頷くもの、と思ってはいたのだけれども。
わたしの袖をちょいっと引っ張り少しだけ距離を離してから、小声で尋ねてくる。
「……ね、ねぇ……コレって、神子サマに不敬を働いたことで怒っている、のかな……?」
どうやらエリスもしっかりとリーゼの冷気を感じ取っていたらしい、小さく頬を引きつらせている。さすがに理由まではわからなかったようだけれども。
わたしは額に汗を流しそうになりながら、極力平静に答える。
「あー、リーゼはそんなことで怒ってないから」
「……そう、なのか……?」
嘘ではないよ。リーゼは勝手にレグルスの人生を賭けたことに怒っているのだから。……何だかんだでリーゼもわたしの扱いをぞんざいにしつつあるよね? 構わないんだけどさ。
不可抗力ではあるのだけれども……勝負を受けてしまったわたしも一緒に怒られている気分になってしまい、震えてしまいそうである。
「どうですか?」
「……う、受けよう」
念押しするかのようなリーゼの要請に、エリスはどもりながらも了承した。
長の娘であるエリスと、神子の連れであるリーゼが戦うと知って住人たちが興味を持たないわけがない。
戦いの舞台となった訓練場はわたしがゼファーを連れて来た時ほどではないけど賑わい、熱気がこもり始めていた。
中央で向かい合い、同じ槍遣い同士で同じ武器を構えている。なお、わたしの時とは違いちゃんと訓練用の槍だ。……今更だけど、わたしの時も模造槍を出しておけば良かったな。
エリスはここからでもわかる程に緊張をはらみ、リーゼは至って冷静に見える。ただし心の内がどうなってるのかは知らない。
審判役の人が双方の中心に歩み寄り……「始め!」の合図で火蓋が切って落とされた。
「はああっ!」
わたしの時と同様にまずエリスが先手で槍を繰り出した。
それをリーゼは極自然な様子で体をわずかに傾けて避け、そのまま流れるようにカウンターを入れる。
「……っ!」
槍はエリスの首のすぐ横を突き抜け、一瞬刺されたかと思ったのかエリスが顔を青ざめさせる。
その様は明らかな隙に見えたのだけどもリーゼは追撃せず、槍を引いてまた構え直した。
「このっ……! これならどうだ!」
「――フッ」
エリスが己を鼓舞する意味も込めて大きな声を上げながら攻撃をするのに対し、リーゼは静かなままでわずかな呼気を発するくらいだった。
しかしその槍捌きは冴えわたり、あと一歩のところでエリスには当てられないながらもかなり優勢に見えた。
「むぅ……おかしいな」
「ん? 何が?」
隣で観戦していたウルが首を傾げている。今の攻防に何か変なところでもあったのだろうか。
反対隣のレグルスは手に汗を握りながらリーゼを応援しており、ウルのささやくような呟きは耳に入っていないらしい。
「リーゼの攻撃がどれも逸れているのがな……」
「エリスが避けてるんでしょ?」
「いや、エリスに避けているような動きはない。となると……リーゼが当てに行っていない……?」
「――」
『ただの手合わせだからじゃ?』とか『実はリーゼがノーコンなのでは?』とかも脳裏に過ったけれども。
きっとどちらも違う。
リーゼは……精神的にエリスを追い詰めているのでは……?
エリスは懸命に声を出しているが表情を見ればわかる。あれは恐怖と戦っている目だ。
ライザさんとの訓練の結果が出ているのかリーゼはかなり強くなっていた。当てようと思えば当てられるのだろう。
でもそれをせずにあえて掠らせるだけに留めることで勝負を長引かせ、何度も、何度も、攻撃をぶつけているのではないだろうか。
ギリギリ当てないと言うのはそれはそれで技術が要るすごいことなのだろうけれども、悪く言えばあたかも嬲っているようで……。
リーゼ、恐ろしい子……!
「……あっ」
しばらくどちらも当たらない攻防が続き、それでもかなり精神を消耗していたエリスがバランスを崩してしまい、(おそらくまだ当てる予定のなかった)リーゼの攻撃により槍を取り落としてしまう。
……ある意味幸運だったのだろう、その場でエリスが降参することで決着は付く。
リーゼは唐突な終わりに不完全燃焼のような顔をしていたけどある程度発散出来たのか、『続けましょうよ』とは言わず試合後の礼をするのだった。
……うん、エリスには今度こっそりお詫びしておこう……。レグルスを賭けの対象にしたことは擁護出来ないけど、これはちょっと可哀想だったよ……。
なお、リーゼの戦い方に気付いてない人が多かったのか、リーゼに(気になる女の子として)声を掛けようとしている男性がちょこちょこ見られたけど、わたしがシャベルをスっと出すと途端にフリーズした。少しだけその反応が面白いと思ってしまったのはさておき。
きっと声を掛けない方がきみたちのためですよ……?
更にその後、事情まではわからないようだけれども、不要にエリスの心を削る戦い方をしたことに気付いたウルに釘を刺され、リーゼはしょんぼりしていましたとさ。
……普段はいい子なんだけどなぁ……。