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目白押し 1

とても久しぶりの投稿です。少し生活に慣れましたので、ゆっくり再開します。

 朝から涎を垂らした口も拭かずに、ツキカはこめかみを押した。

 昨晩の出来事、一生分の驚きを経験しただろう時間は全て夢だったという夢落ちを期待した彼女は、悉く期待を裏切られた。

 奪われまいと抱えた冷たいスフェーンの【肝臓】も、オークション会場の様々な匂いがこびりついたドレスも、扉の前に正座したままの化け物も。

 全部が認識できてしまった。

 時計を見れば午後一時半過ぎ。帰宅した時間が午前三時過ぎだった。つまり寝過ぎである。

 時間にして約十時間半の睡眠を摂ったツキカに対して、約十時間半の耐久正座を行ったココは瞬き一つせずに、未だ背筋を伸ばしていた。

 扉の前に座っているのは、誰かの襲撃を受けるとしたらたった一つの入り口であるその扉からしかないからであり、そして襲撃された時に致命傷を負っても問題ないのがココしかいなかったからである。

 外見小学生男子を真っ先に犠牲として扱うことに躊躇いはなかった。ツキカにしてみたら、起きていなくなるだろう自分の妄想だったのだから。

 とはいえ、結果的に妄想でも幻覚でもない、真っ当な現実そのものだと証明された。

 ゾンビは、存在するのだ。

 ベッドから降り、裸足で冷たいコンクリートの床を歩き出したツキカを、ココが目で追う。

 改めて明るい室内で見ると、ココは異常な外見をしていた。

 髪が伸び放題であることが功を奏しているが、隠れていない首や手などの肌は青白く、人形のように皺一つない。爪もマニキュアを塗っていると言われてもおかしくないほど黒々としている。

 とてもではないが、生きているなどと言えない姿。

 暗かったことを理由に気付けなかった自分を責めた。


「ツキカ。質問をしてもいいだろうか」

「お風呂入ってから。あと、昼ご飯食べながらならいいわよ」


 自室だからということだろうか。非現実のクリーチャーを前にしてもツキカはマイペースに言った。

 そのままココを足で脇に寄せ、扉から出ていく。

 風呂にも入らずベッドに帰るなんて、彼女は経験がなかった。べたついた髪や肌が気持ち悪い。



 *****



「何してんの」


 風呂から戻り、どういうわけかパンツスーツ姿のツキカが、部屋の扉の前に正座しているココへ問うた。

 彼女の部屋は、入って右手が寝室、左手が浴室、今いる場所がいわゆる居間にあたる、1LDKの物件だ。台所も居間に備えついてる。仕事場兼応接室兼、自宅。雑居ビルの三階は思いのほか居心地は良いものだ。

 相変わらずピンと背筋を伸ばしたままのココが、問いに反応する。


「君がオレにいてもいい場所を『扉の前』としか指定していなかった。だから部屋を変え、この扉の前に陣取った次第だ」

「ああ、そう」


 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップに注いで一気に飲み干す。

 別に苛立っているわけではない。ただ思考を整理するためにもクールダウンが必要なだけだ。

 お互いの視線がかち合っていても、どちらも何も言わない。

 外で車や工事の音がやかましく鳴っている間、十数分微動だにせず。

 十数分後、ツキカがコップを流しに置いて、髪を結い上げながら息を吐いた。


「えーっと、なんだっけ……八重洲ココに寄生してる【骨】君。とりあえずはあんたの質問に答えるわ。なんかある?」

「ある」


 ないはずもない。しきりに質問してもいいかと訴えていた。順番待ちができるだけまだ優秀なのだろうか。

 買い置きしていた総菜パンの一つを口に含めながら、指を折り始めたココを眺め、どんな質問が飛んでくるかを予想していた。

 金銭の話、ツキカの職業についての話、【肝臓】を買い取った理由や今後の方針などの決めなければならない山ほどのアレコレ、恐らくそれらの中のどれかを聞いてくるだろう。というか、他に質問される気がしない。

 いやに愚直な(骨ならばまあ、折れる以外に曲げようもないのも頷けるが)性格上、彼は仕事の話をメインにするに違いない。

 自分のことはよほどの誤認識がないかぎり、話したりしていなかったのだから。


「外に君を探している女性がいるが、オレがここにいていいのだろうか」


 いもしない第三者についての話を振られるとは思いもしなかった。

 もぐりと動いていた口が止まる。思い巡らせても今日は依頼がなく、ドアには休業の札を下げている。当日依頼が入ることは当然よくあり、しかし探しているという点に疑問が湧いてしまう。

 本当に、何の確証も確信もなかったのだが、パンを片手に窓際へ行き、人が行き交う歩道を見下ろした。

 個性なく歩くスーツの男、個性なき事に抵抗する制服の女子、箱を小脇に走り回る宅配の男性、暇を持て余した金持ち良さそうな化粧の女性。

 どれもよく見て珍しくもない光景だったが、一人だけビルの前を右往左往する女性がいた。

 真上からでは特徴は大して入ってこないが、歩調は大分焦っているようだ。


「誰が私を探してるって?」

「ビルの前を右往左往している女性だ。君を探している」

「そういう女が一人いるけど、なんで探してるって思うのか説明してくんない?」


 どうもココが嘘を言っているようには思えなかった。だからパンを口に詰め込み、ミネラルウォーターで流し込んで食事を済ませる。

 当の発言者はツキカの食事が終わるまで口を閉じていたが、一連の行動が済んだと見なして一度頷いた。


「そんな気がした」


 いくら何でもアバウトだった。

 昨日よりも解答らしからぬ解答をされたものだと頭を掻いたが、わざわざ探しているかもしれない客を外で歩かせるわけにもいかない。違っていたらそれでいいが、本当に探していたら問題なのだ。


「ココ、向こうの部屋に行って。また扉の前に待機。私がいいって言うまで出てこないでよ」

「了解した。では質問はその後に続けよう」


 あくまで質問はするつもりのようだ。諦めるなりしてくれないものかと内心悪態をついたが、優先すべきはココを隠すこと。どう見たって死体もしくは危篤状態の少年がいる状況で商談も応対もできたもんではない。

 彼もそれを理解してか軽く返事をすると、そのまま寝室へ向かっていった。

 ココが部屋に閉じこもる前に窓を開け、ツキカは女性に言葉を落とす。


「何でも屋をお探しで?」


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