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目白押し 12

 続けて。促す声も不機嫌そうだ。


「えっと、それからは、家に帰らないで、公園とかで寝て」

「東条七海のことは知ってる?」

「え? ……それは、本人の、何を、ですか……?」

「そう警戒しないでよ。東条七海が昨日から入院してるのは知ってるか、ってだけ」

「え?」


 本当に知らないのだろう。

 例えば、ここで心優しきヒロイン(またはそれを演じる人間)であれば、東条七海の状態であったり、理由であったりを聞くのかもしれない。

 残念ながらツキカはそんな人間にあったことはないし、目の前の少女も違うようだが。

 右の頬を摩るような動きをして、ぐ、と口を閉じた。

 ココの【気がする】ならば何を考えているか即座にわかっただろうが、あいにく他の誰も持ちえない能力だ。だから、ツキカはその表情から推察するしかない。


「なんでそんなに怯えてるのかしらね。心当たりでもあるの?」


 メイからは終始怯えが見えている。それは自分の【目】に関することでもあり、受けてきた仕打ちからの周囲へのものであり、そして人外への恐怖がほとんどだ。

 今の彼女のそれは、どれになるのか。


「……あの、公園で、私の【目】の手術を担当してくれた先生に、会って……ベンチで、お茶を飲みながら、少し話したんです」

「何を」

「…………復讐は、何も生まないって」

「へえ……は? 綺麗ごと吐いていっただけ?」

「な、内容としては、ほとんどそうです。ただ、ただ、私の【目】って、おかしいんです、よね。【見透かす】とか、目に関すること、おかしいんですよね?」


 目を隠していたタオルが下げられる。

 この場にいるココを除いて、基本的には日本人しかいない。佐伯母も少なくとも外見は一般的な日本人だ。黒髪、黒目。至って普通の、一般的な。


「……そうね、嘘偽りなくはっきり言うなら、明らかにおかしいわ」


 美しい青緑の、宝石らしくカットの入ったような煌めく右【目】の虹彩。


「先生が言ったんです。【目の敵にする】なんて、ひどい話ですねって」


 その言葉に呼応するように、右【目】がかすかに発光する。


「じゃあ、私のせいで、七海は」

「ストップ」


 ツキカの制止で、メイの右【目】はふっと色を失い、本来あるべき黒に戻った。

 創作よろしく、能力発動の際にはそうなるのだろう。中二病なら憧れてやまないだろうが、ツキカはその手の創作物とは縁遠かった。


「【目を射】られでもしたらたまったもんじゃないのよ。落ち着きなさい。あと、勝手に自分のせいにするのはいいけど、それで泣き喚いたりしないで。正直、面倒なのよ、そういうの」


 ばっさりと言われ、メイは視線を床に落とした。

 ツキカにすれば、メイもココも同じものなのかもしれない。人にあらざる力を持った、化け物。望まなかったにしても、他人事である以上、そう思われてもおかしくない。

 しかしどういうわけか、特にツキカには嫌悪や恐怖はない。奇異の視線も、憐れみもない。そう感じ取れる。


「で、あんたはどうしたいの」


 漠然とした質問だった。メイの視線は上がらない。

 正直に言えば、逃げることしか考えていなかった。母親のもとに戻っても、また辛い思いをするだけ。なまじ親として期待してしまったことで、さらに顔を合わせたくないと願って、無謀な公園での野宿を敢行した次第だ。

 学校も論外だ。味方はいなかった。小学校も、中学校も、高校も。先生もクラスメートも誰一人、見て見ぬふりをするだけの、他人。

 唯一思い浮かんだのは、幼い頃に離婚し、その後会うこともなくなった父親。

 優しかった記憶はある。少し気弱だったことも。だから、母と離れたことも、中学の頃に知った。

 もし、父が味方でいてくれるなら。


「……お父さんに、会いたい……!」


 絞りだした言葉を、興味なさげに相槌を打ったツキカは、身を乗り出してメイの視界に手のひらを入れた。


「ここは何でも屋だから、その願いは可能な限り叶えてあげるわ。ただし、お代は貰う。当然よね。でも今のあんたは何も持ってない。そうでしょ?」


 言葉のとおり、金銭はない。手持ちの物も到底価値あるものとは思えない。

 メイは手のひらをじっと見つめ、混乱する頭でひたすらに考えた。

 家にもこれといって何もない。自分の部屋の物は、全て母が選んだ母の趣味の物で、自分で選んだ物も買った物もない。しかし、これから頼りたい父に、対価を押し付けるわけにもいかない。

 どうしたら、どうしたら。

 汗がだらだら流れるほど考える様を見て、手のひらが引っ込んだ。


「そういえば、佐伯沙織って女が、娘を探してくれって依頼に来てたわね。確か総額百万の提示だったかしらね。娘の命掛かってるかもしれないんだからって、全財産要求したら、残念ながらお引き取りいただいたわけだけど……あんたはあんたの命に、一体どれほどの価値があると考えているか、教えてくれる?」


 母のエピソードには、諦めと理解が浮かぶ。あの人はそうだと、メイにはよくよくわかっていた。必要なのは娘ではなく、自分を目立たせる存在。きっと、今も娘が行方不明になり、悲嘆に暮れる母親という形で酔い痴れていることだろう。

 あの人にとって、娘の命は百万円だった。全財産なら相当貯め込んでいるのに、出せるのは、母にとってのはした金。

 ああ、と。いつの間にか声が出ていた。


「……百万円、です」

「それでいいの? もっと価値ある人間だって思ってもいいかもしれないわよ。過大評価しても許される年齢だし。まあ、対価が上がるからそれを良しとできるかは別だろうけど」

「百万円で、いいんです……母から得られて、確実に支払える金額が、それなので……」


 つまらない。

 母親に心底支配された反応は、限りなくつまらなかった。では、なんと答えたらツキカのお眼鏡に適ったのかといえば、実のところ答えはない。

 自分で自分に価値をつける。

 この行動だけが、彼女の求めるものだった。

 しかし残念なことに、メイはどこまでも被害者のままであるようだ。つまらない。

 そんな思考を読んだわけもないだろうに、メイは続けた。


「『今の私』の価値は、それでいいんです」


 瞬き、ゆらりと天井に向くツキカの視線。


「……言うじゃない。で、依頼は『父親に会う』でいいのかしら」

「はい。あの、母には見つからないように、したいです」

「そんなヘマすると思われてるなんて心外……って、まだ会って一日も経ってなかったわ。じゃあ、仕方ない。その依頼、引き受けましょう。きっちり百万、払ってもらうわよ」


 ひどい話だ。

 正常な判断のできない高校生相手に、百万円を吹っ掛けた。常識人がいれば、真っ先にメイは保護され、ツキカは警察の世話になっていたことだろう。

 しかしこの場にそんな人間はいない。約一名は人間ですらない。

 契約書を交わさなかったのは、ツキカの良心などではない。単純に、佐伯メイが父親と再会したところで、異質な【目】を持つ限りバックレはできないとわかっているからだ。

 さっきの話しぶりからすれば、執刀医の言葉だけで能力が発動したのだろう。であれば、日常生活なんてまともに送れやしない。ココがいる限りは、彼女を逃がすことはなさそうだし、制御を教授されるにしても、その居所を掴んでいられる。

 ツキカは、確かに汚い大人であった。

 立ち上がり、メイのタオルを掴み取ると、扉の前で無言の置物となっていたココの目元のタオルと交換した。


「じゃあ、父親の行方から探してくるから、今夜はここに泊まりなさい。こいつもいるけど、置物だと思って気にしないで」

「え、え、でも」

「直視しなけりゃ大丈夫でしょ。それに、目もないし。ココ、私が開けなさいって言うまでこの扉の前から動かないで。あと会話してもいいわよ」

「了解した」


 メイが父の名前を告げるより早く、ツキカは扉から出て行った。

 扉の閉まる音。ずっと正座したままなのに足が痺れたとも言わないココ。そして瞬きするたびに、超長髪の子供と、脳と骨格標本を行き来する様を見てしまい震えるメイだけが、部屋に残された。

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