episode95〜逸らす感情〜
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「あら? ルクナリオ殿下、どこかにお出かけですか?」
(何だ? あの不自然な手は…)
アルネは視点の合わない方向を向きながら、仏のような表情で無を貫いていた。
「いいえ、失礼致しました。そんな事を殿下に聞くなんて、野暮でしたわね。皆、それぞれの道へ進み、そして迷う」
「ん?」
「そうやって人は、歩んで行くのでしょう。その時に何があろうとも… 」
「んん? アルネ、様子が… 」
「人類、皆同じですから」
「は?」
「限りある人生、小さな事は気にしない。えぇ、気にしないが吉」
(やばい… 何なんだこれは… まずい方向へと流れて行ってないか?)
「真っ当に、そして真っ直ぐに生きていく」
そう、アルネは悟りを開いていた。
その笑みが恐怖をそそる。
(アルネ… 一体、何を考えている? いや、絶対おかしい… そんなはずはない。あの時、確かに想いは伝わったはずだ。まさか、あそこまでして伝わってないなど… あり得るのか? それともこれは、照れ隠し?)
その心の疑問に、真っ当に応える者がいた。
デイルだ。
「あいつならあり得るぞ? 少なくとも照れ隠しではない。お前… 今までアルネの何を見てきた?」
「何を? 何って…… 俺は思い過ごしをしていたのか?」
「さぁ? もっと深く… いや、逆だな。考え過ぎるな。あいつに関しては、考え過ぎると深く落ちるだけぜ?」
デイルのその言葉に、どんな意図があるのかわからないでいた。
しかし、何故かしっくりと腑に落ちた気がした。
ルクナは、ひとつため息を吐くと、本題へと入った。
「アルネ、聞いているかもしれないが、近々隣国へと行く」
(そういえば、そんなこと誰かが言っていたような… )
「そして、そこにいるという祈祷師に会いに行く。
とても当たると言う予言や、助言を貰い受けに行くんだ。それに、リランの言う元大聖女で弟子のジルコも探しにな」
「えぇ、そうですかそうですか。ふ、ふふふふふふふふふふふ」
「アルネ… 」
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こうして、意図が通じ合わないまま、アルネ達は隣国へと出発する事となったのだ。
そんな状況の中、2人は馬車に揺られていた。
しかし、厳密には3人であった。
そのぎこちなさに、ヴィカは空気と化していた。
ルクナはこの空気感から、一刻も早く脱出したかった。
応えも本音も聞けていないこの状況。
気まずさだけが、後を引いていた。
勇気を振り絞る声が聞こえる。
「アルネ、その… この間のことは… 」
「えぇ、とても良い天気ですね」
外に顔を向けたまま、会話を放つアルネ。
それが会話になっていないのは、言うまでもない。
もどかしさが言葉を遮る。
「アル… 」
「ヴァーネル王国でしたっけ? 私初めてで… 」
「アルネ!」
ルクナは強い意志を持って、アルネの顔を覗いた。
しかし、その表情を見た瞬間、一気に同様の紅色へと染まってしまった。
びっくりしたアルネは、その顔を背けるようにして、しどろもどろを表す。
「あ、え、えっと… な… に?」
ついでに意識も戻った。
「あの時の俺は… いや、俺には何の偽りもない」
「えぇ、そうね。一国の殿下様にとっては、口づけなんて日常茶飯事なんでしょうね? でも私はっ… 」
「誤解するな!」
「え?」
「初めて… だった」
「ん? 初め… て?」
ルクナの表情が、更に赤くなっていった。
「そうだ。アルネが初めてなんだ…」
「初めて? 18歳で?」
「あぁ」
「超大国の王子が?」
「… あぁ」
「あれが? 本当に初めての?」
「… そうだ」
「嘘でしょ… 」
「何だ? 悪いか?」
その言葉に、アルネは思わず口を覆っていた。
「悪くない悪くない… 悪くないよ? 全然… ふふ」
その下には、隠しきれていないニヤつきが顔を出していた。
「アルネ、聞いてくれ。この言葉に偽りはない。俺が心に決めてるのはただ1人。今までも、この先も。アルネ、俺は… 」
あと一歩だった。
しかし、その瞬間、2人の視界は揺れた。
グラリと傾く身体は、横に大きく倒れてしまった。
「ぅわっ!!」
「ぎゃっ!」
身体に衝撃が走った。
しかし、意外にもアルネの身体には、それほどの痛みはなかった。
ルクナがその身を投げ打って、アルネを守ってくれたからだ。
更には、ヴィカがその2人の身を覆っていたのだ。
壁には壁がある。
「アルネ!? 大丈夫か!?」
「えぇ… 」
アルネは混乱しながらも、正直にそう応えた。
「一体何事だ!?」
馬車が横転したのは、身を持ってわかった。
しかし、問題は何故そうなったのかだ。
「お2人ともお怪我は!?」
少し遅れて、痛みから耐え返ったヴィカが2人を案じた。
「あぁ。大事ない」
「私も大丈夫」
その言葉に、胸を撫で下ろすヴィカ。
「とにかく一旦、外に出ましょう」
そして3人は、馬車からその身を抜け出した。
ヴィカが状況把握をするために、手綱を引いていた御者へと説明を求めた。
「どうやら、深いぬかるみにはまったようです」
「ぬかるみにか? それで、車輪が取られたと… 昨夜、この辺は雨が降ったのか?」
しかし、ふとアルネの様子に気が付いた。
その表情は、先程とは打って変わって青ざめていたのだ。
「そんなはず… 」
「アルネ? 一体どうした?」
「そんなはずないわ… だって今朝、出発前に確認してもらったもの!」
「確認? … もしかして、精霊にか?」
「えぇ。この先、危険がないか、先回りしてひと通り… その時は道は真っさらで、雨などの痕跡も… ましてや、ぬかるんだ場所なんてなかったわ。ねぇ、もしかして道を変えたりとかは… 」
「それはない。計画通りの最短距離だ」
「じゃあ私が道を間違え… いや、私より遥かに詳しい精霊達にお願いしたのだから、それはないわ」
「では… これは一体… 」
「… 考えられることは、その後に作り出した可能性でしょうね」
ヴィカのその言葉に、アルネは急に走り出した。
長いスカートが邪魔だ。
アルネはそれを捲り上げ、横で強く結んだ。
そして、既に泥のついてしまっていたスカートは、この後、更にそれを重ねる事となる。
アルネは目を閉じ、そのままキョロキョロと辺りを見回すような仕草をした。
瞳を勢いよく見開くと共に、ある方向を指差した。
「あった! あれだわ!」
予想通り存在していたその穴は、まるで即行で造られた井戸のようであった。
その穴に、迷いなく身を投下させるアルネ。
「アルネ!!」
ルクナはその破天荒な行動に、肝を冷やした。
アルネは、先の見えない真っ暗な底へと落ちていく。
急いで、駆け寄ったルクナは、その穴を覗き込んだ。
すぐ側には、突然現れたデイルがいた。
「おい! このままだとまずいぞ!」
「デイル!? 一体どういうことだ!? アルネは何故あんなことを!?」
ルクナの焦りが止まらない。
一方アルネは、一直線にその暗闇の中へと落ち続けていた。
「え? ん? あれ? えぇー!? やば! これっ、どこまで落ちるの!?」
それは、予想だにしなかった深さだった。
流石のアルネも焦った。
まるで、底なしのようだった。
辺りに光りはない、先の見えない暗闇。
アルネは身を食いしばるように、空中で身体を縮めた。
穴を覗き込むルクナ達は、必死に声を掛けていた。
しかし、何かに気が付いたデイルが、突如ルクナ達の身体を後方へと引っ張った。
ぐぃっと身を外に弾き出される感覚と同時に、大きく渦を巻く風を感じた。
次の瞬間、深底から突風が巻き起こった。
それは、どこかで見たことがあった光景だった。
月華の泉だ。
「そうか! 耳飾りだな!」
ルクナは、思わず声をあげた。
穴からは、ものすごい勢いで吐き出されるアルネの姿があった。
アルネの身体は、いつの間にか明るい日差しを浴びながら、宙をくるくると舞っていた。
そして着地もままならないまま、その身は吐き出される事となった。
本来なら、地面へと強く叩き突かれても、おかしくはなかった。
しかし、それが最小限となったのは、何よりも精霊達の力であった。
「アルネ!」
ルクナ達は急ぎ、アルネの方へと向かった。
「痛た… はぁまいったまいった」
全身泥だらけになりながらも、なお立ち上がる。
今では裾だけだった服の汚れは、その身全体を覆っていた。
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