episode85〜魔の者〜
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「いや… 何があってもおかしくはなかった。警戒が少し緩んでしまった… アルネ… 何故こんな事に」
それは、僅か数分前の事だった。
数日の時を経て、帰国への扉が見えてきた。
「あっ! 見えてきたわ!」
シュリが、嬉しそうに声を発する。
その大きな国に聳え立つ城の先が、小さく旗めく国旗として捉えることができた。
「シュリさん、随分と目が良いのね」
「もちろんよ! 愛する我が国。それにこんな上空からなら、すぐにわかっちゃうわよぉ〜」
「ふふ、嬉しそうですね」
「確かにこんな高さから、我が国を見下ろす機会は初めての事です。こんな事早々ないですからね」
ヴィカも嬉しそうにそう言う。
彼だけではなかった。
その国の出身者なら、自身の愛する我が国をこの様な形で拝めるのは、一生心に刻まれる事だろう。
バジリスクこと、ジャグモの背に乗ったこの帰路は、想像していたよりも遥かに速かった。
「そりゃ、私の故郷! お店にも早く顔を出したいし、それに早く愛弟子達にも会いた… 」
シュリは、アルネのふと見せた表情に、言葉を止めた。
「アル… ネ、ごめん。あなたも故郷に… 」
「へ? 何故シュリさんが謝るの? 私だって、この国が好きよ? それに… 何だか懐かしさを感じるの」
(それはおそらく… )
「… そう。アルネ、身体を休めたら、また私のお店に来てちょうだいね。新作の構想がもう溢れんばかりに私を包み込んでいるの! あなたに着せたいものもたんまりとあるのよ!」
そう言って、シュリは身体を捩らせた。
「え? わ、私に? またあの… 濃厚なお店に?」
「待ってるわ」
そう言いながら、バチンと目配せをした。
「さぁ、あと少しだ。そろそろ、地上へと降りて徒歩に変える。でないと、国中が大騒ぎに成りかねないからな。このまま行けば今日中には、到着するだろう」
(更には、うちの狙撃部隊がジャグモを打ちかねん… )
ルクナのそのひと言に、再び足を進めようとした。
しかし、その一歩が地に着く事なく、アルネの身は浮いた。
「え?」
いや、落ちていたのだ。
「ルク… ナ?」
その見たこともない真っ暗な空間に、どうすることもできなかった。
辺りを見渡しても、自分以外の姿は見えない。
何の光も存在も感じない。
「どういうこと? 何が起こってるの? 皆は… 」
どのくらい時が経ったのか。
いくらもがこうが、叫ぼうが、なす術もなく、アルネは落ちる感覚を受ける他なかった。
音として、振動として何も伝わらないのだ。
すると、アルネはふと気が付いた。
自身では無い、そして仲間達の誰でもないその存在を。
もちろんそこには到底、人が佇むような空間ではなかった。
ましてやアルネのように体勢を崩しているわけもない。
まるでそこに地面があるかのように立つ、何かが視界に入る。
(何… かが、立ってる?)
光も何もない暗闇の中、その者だけは何故か見えた気がした。
それが人なのかわからない。
「誰!?」
アルネは一気に殺気立たせた。
「お前か… 」
「え?」
そして次の瞬間、視界にルクナが映った。
まるで強制的にこじ開けられたかのように、目を見開いていたアルネ。
ルクナ達が、必死な形相で言葉を発していた。
何が起こったのかわからない。
しかし、その場に全員が居たことは確かだった。
あの男以外の全員が。
「アルネ! 大丈夫か!?」
「ルクナ? … え? えっ!? えっ!?」
ルクナが横たわるアルネを、優しく抱き抱えている。
その手は湿っていた。
「一体何があった?」
「私… えと…… っは! あいつは!?」
そう言いながら、アルネは周囲をきょろきょろと見渡した。
「あいつ? 何かを見たのか? 誰か他に… いや、ここには俺ら以外はいないはずだ」
「……… 何者なの?」
アルネの言葉に、ルクナは従者達へと視線を飛ばした。
しかし当然の事ながら、皆は思い当たる節はなかった。
「すまない。少し休んでからにしようか」
「いいえ。大丈夫よ。疲れてないし、それに今、何故だか脳がギンギンに活発しているの。鮮明に覚えているわ。くっきりはっきりばっちりとね! だから、問題ないわ」
「そう… か。アルネ、お前は急に倒れて、意識を失っていたんだ」
「そうだったのね。とても信じられないと思うけど、聞いてくれる? 何だかとても重要な気がしてならないから」
「あぁ、もちろんだ」
そう言いながら、ルクナはこくりと頷いた。
「私はとある場所に落ちたの。辺りは真っ暗で当然誰も何も見えなかった。暗闇… あれは、幽谷とはまた違う暗さだったわ。いや、 ’空間’ と呼ぶべきね」
「空間じゃと?」
その言葉に反応するリラン。
「えぇそうね。あれは… 」
「お前… 」
そう言いながら、そっと近づきアルネに触れた。
「そうか… 話してみぃ」
(リランさん?)
「段々と目が慣れてきたのか、何かの気配を感じたわ。でも… 目に見えるまではわからなかった。
あれは人のような何か。顔ははっきり覚えてないけど、これだけはわかったわ。それは黒い… マントの…… 」
(マント?)
「いや、違うわ。背中にあったあれは、まるで羽根のようなそんな… 」
「羽根? マントのような羽根か?」
「えぇ、とても大きかったわ」
ルクナの質問に頷くアルネ。
「それって… まさか」
ハルザは、更に血の気が引いた。
「魔の者か。いや、魔の精霊と言うべきだろう。その羽根は黒く大きい。暗闇の中でよく見えなかったのはそのせいだろう。あれだけの存在感だ。普通の場所なら一発でわかる」
リランの確信あるその言葉に、驚く一同。
「魔の精霊だと?」
「信じられない… 本当に存在していたなんて」
(魔の精霊… ? そう言えばそのような事言ってたな? やはり。でも、それにしては何というか… )
そう思いながら、アルネはその暗い空間での出来事を話した。
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そこは幽谷とも違う、深く暗い場所だった。
闇を纏ったようなそんな空間。
その男は、淡々と話し始めた。
まるでアルネを知っているかのように。
「前回の大聖女もユマンであり、すぐに命が尽きたからな… 彼女を知った時には、既にその力は違う場所へと遷移していた」
(何っ!? 急に語り出した! 怖い! … それに何だか独特な言い方だな)
「次ももしユマンだったとしたら、また逃す前にと思っていた。まさかこんな近くにいたとはな」
(何を言っているのかさっぱりだし。逃す前とか怖い事言ってるし。どこよここ)
「そうか。ここはある地下深くに存在する街だ」
(え? 街? … にしては暗すぎない? 全くもってそうは見えないけど)
「開けただろう? あの扉を」
(あの扉… 扉? って… ん? 待って… 地下? えっ! まさか王宮の地下にある、あの扉の事!?)
「そうだ」
(そことここは繋がっ…… ん? 待って。さっきから何だか… )
「会話か?」
「そう! 私、さっきから一度も声を出してないわよね!?」
アルネはやっと自身の声を発した。
「そんなもの必要ない」
「会話にならないわね」
「必要ないからな」
「… 意味不明よ。あなた… 誰なの?」
すると近くに突然、従者らしき者が現れ、声を荒げた。
『無礼者!』
「ギィヤァ! びっくりした! 何!? 誰!?」
『この方は我ら魔族の頂きに立つお方、ファジリアモルドアラベスクサルナンド魔王様であらせられるぞ!』
「…… ん?」
『んなっ! ファジリアモルドアラベスクサルナンド様の名を聞いても、驚かぬとは! もう一度言う! 心して聞け! このお方っ… 』
「あぁ… ごめん… わかんない… 」
『え? いや、だからこのお方は… 』
「… えぇと、ごめん。何喋ってるのかわかんないのよね。何語? 全然わかんないわ。頭にも入ってこないし。通訳してよ… 通訳」
その反応に、魔の王なる者が応えた。
「大聖女が、言語を理解できないだと? わからない言語などあるのか?」
「わからないものはわからないんだもの。あなたは誰で、そしてあの子は誰?」
「俺の名は、ファジリアモルドアラベスクサルナンド。この魔の世界の…… 王… だ」
「え!? 何で今、ちょっと照れた!? 躊躇した!? そして、名前が長い!」
「いや、自分でそう言うのも何と言うか… な」
「そ、そう… 」
(意外と謙虚なのかしら?)
「そして、奴は俺の側近だ。名はない」
「名がない?」
「この世界には俺以外、名を付けていないからな」
「そういうもんなの? それにしてもあなたの名前、最初の部分しか、ほぼ聞き取れなかったわ。ファジーで良いわね。私はアルネ。知っての通り大聖女よ!」
「… っ!」
「え? 何でそんな驚いてるのよ? さっき知ってるふうに言ってたじゃないの」
「いや… こんな堂々と自身のことを言える事に、驚いている」
「…… ほぅ。てかさっき魔の世界においてってそう聞こえたけど、えっ! 何!? 魔族って存在するの!?」
「その通り… しかし、俺達はまだ… 」
「魔族って… 」
(来たか… この説明… 何度した事か… しかし、誰ひとりとして信じてはくれなかった。おそらくこの者も… )
「新種?」
「え?」
「だって、私達が知ってる中にいない種族なのよ。いつの間にそうなったのかしら? 新種誕生できたって事よね? でも、最近出来たものじゃなさそうね? ずっと大聖女を探してたって、そう… 」
「お前… 」
「ん?」
「俺達が怖くないのか?」
「え? 何で? 全然怖くなんかないけど? … まぁ… 顔は陰湿ね。それに急に語り出すところは、怖いからやめた方がいいかも」
「陰… 湿… お喋り」
ファジーは、ちょっぴりコンプレックスを突かれた。
「それで? 何で大聖女を探していたの?」
「俺達はお前の言うように、厳密にはまだ種族ではない… そうなりたいと願っているだけだ。そして、そうしてもらうために大聖女を探していた」
「え!? 私を? そう… そういうことだったのね。おかしいと思ってたのよ! 本当にまだ完全な種族じゃないなら、納得がいくわ。でもあなた、精霊にしてはとてもそうは見えないけど… 」
「それは… これを見ればわかる」
そう言いながら、後ろを向くファジー。
その臀部からは、長い尾が出ていたのだ。
「えっ!? し、尻尾?」
物珍しそうにまじまじと見る。
そしてそれを、ちょこんとつつくアルネの目は、輝いていた。
「あっ… ちょ… 」
そのまま指先で、なぞるように触る。
「んっ… あ… お、おい。安易に触れるな… よ」
少し頬を赤らめて言うファジー。
「やだ可愛い! 尻尾が生えてる! ふふ」
そして更に触れようとしたが、すぐさま隠されたのだ。
その残念な表情に、不思議な表情を重ねるファジー。
しかし、今度はアルネの方を向いたファジーの首元に目が行った。
「ん? その首飾り… 」
アルネはその不揃いで切先の鋭い物が、いくつか並んだ首飾りが気になった。
その1つ1つに、見覚えがあったのだ。
「こ、これって… まさか」
「あぁ、これか… 良いだろう? 昔、ある種族からもらったんだ」
イカす輩がここにいた。
「その種族ってもしかして… いや、もしかしなくてもヴァンパイア族でしょ?」
「んあ? そうだが?」
「いや… あ、うん… でもそれ、よく消えないでいるね?」
「消えないで? どういう事だ?」
「あ、そうか、ずっと暗い地下にいるからね? その牙、太陽の光を浴びると消滅するから」
「何だとっ!? そんな注意事項聞いてないぞ!」
「まぁ浴びなければ… 良いのではないかしら?」
魔の王なる者は、それを気に入っていた。
魔の者の特有のセンスなのか、魔の王独特な趣味なのか。
「そう、完全な種族にしてもらうために私を探してたのね。でもそれって… 私達と同じ目的ね!」
「私達… あの者達の事か。それに同じ目的とは、どういうことだ?」
「私もあなた達、魔の精霊を種族にする為に探していたのよ! それに、私はある精霊を種族にした事があるわ!」
そう言いながら、アルネは拳を作り、張った胸に叩きつけた。
少し咽せる。
そんなアルネは、実績と信頼を得ようとしていた。
「まぁその当時は、無意識で気が付かないかったんだけど… 」
(いや、本当は今でも実感がないのだけれど… )
「あなたも、私と何年か一緒にいればきっと… 」
「一緒にいる?」
「そうよ。だってその精霊達は長年、村人としてずっと一緒に過ごしていたから… それとももっと手っ取り早い方法が何かあるのかしら?」
「そうか… それだけでもなれるのか… 」
「ん? どういう事?」
「いや… 他の方法ならある。というかむしろ、俺はその方法しか知らなかった。時間が惜しいからな」
「えっ!? そうなの!? それって何?」
「アルネ。其方が私の妻になれば、すぐに我々魔族は誕生する。いや、厳密にはすぐに寝屋を共にすればの話だがな」
「ねっ、寝屋!? えっ!? そ、それって一緒に寝るってこ… 」
「あぁ、子を成せばという事だ」
「子ぉ!? えっ!? ちょちょちょっちょっと待って! 急に大胆な! てか、聖女と魔の精霊って相性悪いんじゃ… 」
(いやっ! 違う! そこじゃない! 何言ってんのよ私! 動転し過ぎて何を聞いてんだ!)
「確かにな… 子は成せぬと言われている」
「そ、そもそも、よ、嫁にする必要なんてないんじゃないかしら? それに子が成せないってわかっているなら尚更… 寝屋なんて」
アルネの目は、ぐるぐると渦の中を彷徨っていた。
「そうだな… しかし、誰も試した事がないというだけで、実際には真相はわからぬからな」
(な、何を言っているの?)
「試してみるか? そうだな、今からでも… 」
その近づく姿に退れない、後退りをするアルネ。
「え? いや本当… 何を言っ… 」
「俺と… 」
そう言いながら、アルネの頬を長く柔らかい尾をくすぐらせた。
「へ? え? えっ!? なっ! 何言ってるの!? アホかぁっ!!」
「何故だ?」
「何故ってそりゃあ、あんたの事好きでもないし、そんな行為、したくないからに決まって… 」
「そんな行為とは?」
揶揄うような笑みを浮かべながら、ファジーは更に近づいた。
「そ、それは… さっき言ってた… その… 寝… 」
「それに、好いていないとダメなのか?」
「そ、それは、その為だけにそういう事をする人もいるかもしれないけど… 少なくとも私はそう… だから。嫌よ」
「そうか… ではお前に好いてもらえれば問題ないのだな?」
「え? いやはぁ… それは無理なんじゃないかしら?」
「何故そう思う? 先の事はわからぬ。案ずるな、善処する。大丈夫だ。俺は優しい」
(えぇー! 何この自信。さっきは魔の王って言うのに、照れてたくせに… 何なの)
「待って! ねぇ? そこまでしなくてもさ、一緒に居れば、それでけできっと、ほら、そのうち… 」
「時間が惜しいと言ったであろう。其方らユマンには、時間がない。一刻も早く… 」
「人はぁっ!」
アルネのその突然の大きなひと言に、ビクつくファジー。
側近は、咄嗟に剣を抜いていた。
「え?」
「ひ、人は… 私達ユマンは… そんなすぐ相手を好きにならないわ」
(あぁ! もうっ!)
「じっくり時間をかけて… 相手と過ごしていくうちに… 好きになっていくもの… だから。それに… す、好きになるとも限らないし… 」
「え? そうなのか? じゃあどうすれば… 」
「考えるわ! えぇ! 考える! 一緒にね、考えましょう! とりあえず、仲間のところに返して欲し… 」
その瞬間、アルネは何か不思議な感触に包まれた。
そして気が付いた時には、心配を溢れんばかりに取り乱したルクナがいたのだ。
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そして現在は、とても機嫌の悪い表情を溢れんばかりに浮かべるルクナがいた。
「… という事なんだけど… ね? 嘘のようで… でもはっきりと鮮明に覚えているの。信じてく… っ!?」
「… 信じない。そんなふざけた戯言… 」
「ル、ルクナ?」
困惑したアルネが、周囲の従者達に視線を移した。
しかし、誰しもが伏せるばかりで目を合わせてはくれなかった。
(いつもなら、真っ先に信じてくれるのに、一体どうしたのかしら?)
そんな中、その場の空気を割ったのはリランだった。
「魔の王に会っただと? しかし、アルネの身はずっとここにあった。どういう事だ?」
「で、でも確かに私はあの場に… 」
「… 意識だけが飛んだ? もしくは連れて行かれたか?」
「えぇ… 怖い事言わないでよ」
「兎にも角にも、これ以上ここに居るのは危険かもしれない」
「えぇ。あと少し。早く帰国しましょ」
こうしてアルネ達は、腑に落ちない心を抱えながら、先を急ぐ事にした。
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