(最終話)栗田さん謎の反転
朝、か………。
窓の外。
野鳥達の囀る挨拶で目が覚めた。
今、何時だ?
枕元へ手を上げるが指先には何も当たらず。
変だな。
腕を伸ばし、ようやくスマホを探り当てた。
充電コードを抜き、目を擦りながら液晶をタップ。
起きるには少し早い時間。
だが、シャワーを浴びて髭を剃るなら話は変わってくる。
本日のバイト先。コンビニでの接客業務だから、流石に身だしなみを整えないとマズい。
職が見つかるまでの繋ぎと気軽に始めたが、昨今の芳しくない求人事情。このまま契約社員に納まりそうで嬉しくなかった。
もうちょっと給料が高ければなぁ。
在り来たりな望みを思いながら頭を掻いた。
「ん?」
指先の違和感。
何故に髪の毛が絡み付く?
先週、切ったばかり…………なの、だが?
ちょっと待て。
絡むどころじゃない。明らかに長すぎるっ!
「何だぁっ!?」
慌てて布団から跳ね起きる。
ハラリと視界を遮る長い黒髪。
頬や首筋、胸元へと垂れ落ちた。
「あなた、どうしたの?」
リビングの方から聞こえる妻の声。
「急に大きな声を………」
部屋を覗くなり、陽子は不自然に声を詰まらせた。
暫し俺を見つめた後。
「また、変わったの?」
ポツリと呟いた。
まさか………。
両手を広げて見る。
明らかに指が細く短い。
自分の胸に手を当てる。
柔らかな膨らみが二つ。
「そんな馬鹿なっ!!」
叫んだ声は不自然に甲高く。
俺は立ち上がり洗面所へ走った。
ずり落ちそうになるズボンと下着を指で掴みながら。
「うそだろ?」
鏡を一目見るなり、膝から崩れ落ちそうになった。
ガラスの表面に映る人物。
それは中年の男性ではなく。
中学生くらいの少女の姿。
右腕を上げてみる。
鏡の女の子も、寸分違わず同じ動作。
これが現状だとするならば。
次に起こす行動は一つしかない。
洗面所から再び寝室へと舞い戻った。
スマホ、どこだ?
布団の横に………あった!
畳の上から拾い上げロックを解除。
液晶画面に指を走らせ、あのサイトへのブックマークを叩いた。
だが…………。
「入れない?」
接続エラーだと?
生年月日の入力。顔認証までは進むが、その先で弾かれた。
もう一度やってみる。
失敗。
念のため再度挑戦。
ダメだ。
やはり先に進めない。
何度やっても結果は同じだった。
「お父さん。由喜ちゃんに戻ったの?」
娘と妻が怪訝な表情で様子を伺っていた。
「朝起きたら、こうなっていた」
訳がわからないよと本気で首を捻った。
昨夜はお酒を口にしていない。
小説を投稿サイトへアップした後、歯を磨いて布団へ潜り込んだ。
就寝前、携帯には充電ケーブルを挿しただけで、起動はしなかった。
ましてや性別を変化させるサイトには、あれから一切アクセスをしていない。
「春佳。お前の目には、どう映っている?」
「どう見ても、あの時と同じかなぁ」
近くに腰を降ろし、しげしげと間近で顔を観察。
「うん。由喜ちゃんだねぇ」
両手で俺の頬をさすりながら娘は頷いた。
「これは夢か?」
「さぁ。現実っぽいけど」
落ち着け。
まずは落ち着いて考えろ、俺。
これが現実だと仮定してだ。
どうやら今は女性の姿らしい。以前と同じく十四歳くらいの。
次に、あのサイトには接続が不可能だった。
それは現時点で、元に戻る方法がない事を意味する。
つまり。
暫くは、このままって…………事なのか?
マジで?
冗談抜きに?
じゃぁ、今後の生活は…………。
「陽子。今日は何月何日だ?」
「八月二十九日よ」
「月曜日だっだよな」
スマホを持ち直し、スケジュール表をタップ。
「やっぱり、そうか」
そんな気がしていた。
「すまん陽子。学校の制服を用意して欲しい。クリーニングから戻って来てるよな?」
俺はその場で衣服を脱いだ。上から下まで。
「クローゼットに入れてあるけど、どうするの?」
「今日は二学期の始業日なんだ。この時間なら急げば間に合う」
着ていた物を脇に抱え、全裸でお風呂場へ。
脱衣所の洗濯籠へ服を放り込むと、扉を開けシャワーの栓を捻った。
水がお湯へと変わる間、髪の毛が濡れないよう手早く纏めた。
出来れば洗髪したいが、乾かす余裕は流石にない。
ボディソープを泡立て、顔、脇、胸、お腹と、洗うというより汗を流すだけで精一杯。
「あなた。前に来ていた服、用意しておいたから。ココに置くわよ」
「助かるっ!」
約十分で風呂場を離脱。
バスタオルで体を拭く時間すらもどかしい。
適当に切り上げ、洗濯機の上に重ねられた女性用の衣服へ手を伸ばした。
ショーツ、キャミソール、靴下、上着、プリーツスカート。
昔取った杵柄というべきか、滞りなく着替え完了。まさか、コレらをもう一度着る羽目になるとは。
目前の鏡に映るは、憮然とした表情でセーラー服のスカーフを整える我が身。
「親の因果が子に報いって………どんな因果だよ」
セルフ突っ込みが出来る程度に、精神力は何とか回復。
後は髪に櫛を通して完了なのだが、今はポニーテールに括るしかなく。しかも以前より少し長くなっていやがる。
「鞄はどこだ? どこへ放り込んだっけ?」
捜索する事数分。
自室の隅から何とか発掘。
今日は授業がない筈だから教科書は不要。
「陽子。学校への連絡を頼む。今日から復学すると伝えてくれ」
こんな事もあろうかと、退学届は出さず休学に留めておいた。
予感が的中するも、全く嬉しくはない。
「後、本当に悪いが、バイト先のコンビニにも退職の連絡をして欲しい」
「え? そっちも?」
露骨に嫌そうな返答。
「病気とか失踪とか蒸発と理由は任せる」
あの職場。人手不足なので抜けるのは心苦しいのだが。この状況に至っては、どうしようもない。
「行って来る」
下駄箱からシューズを取り出し、靴紐が解けている事に気付いた。
爪先を入れ急いで結び直す。
「鍵、よろしくっ!」
リビングへ叫ぶなり、玄関を開け飛び出した。
身体が軽い。
階段を一気に駆け降りるも、勢いを付け過ぎた。
フワリと派手に翻るスカートの裾。
露出する生足の太股。
「やばっ!」
慌てて押さえ込むも手遅れだった。
玄関を掃除中のマンション管理人と鉢合わせ。
「お、おはようございますっ!」
赤っ恥を掻きながら、逃げるようにエントランスを走り抜けた。
ある程度は予想していたが。
外に出るや、肌が焼けそうなくらい強烈な日差し。
しぶとく居残る残暑の空気を掻き分けるように先を急いだ。
なぜ、こうなった?
どうして、この姿に?
アスファルトを蹴りつけながら、頭の中で問いを繰り返す。
システムのバグ?
それとも仕様なのか?
性別の再反転理由。どれだけ推論を重ねても見当がつかず。
ただ、一つだけ気になる事があった。
それは今日という日付。
謀ったかのように学校の夏休み明け。
もし意図的だとしたら、誰が何の目的で?
仮にそれが判ったとしても。
男に戻れるかは別の話なんだよなぁ。
今回は何ヶ月掛かる?
まさか数年?
それとも数十年?
最悪この姿のまま………………。
私は何故にこのような、辛い務めをせにゃならぬのか。
ずっしり足取りが重くなった。
恐怖の目で未来を眺めるなと、誰かが言っていた気がする。
走るのに疲れ飽き始めた頃。
チラホラと通学路には同じ制服の姿。
もう大丈夫かな?
そう思い速度を緩めた矢先。
視界に入った交差点にて、木村さんらしき女子生徒が一人。
気のせいかなと思いきや、大きく手を振られてしまった。
ヤバい。
長期欠席の言い訳を何も考えていない。
えっとぉ~。
親が急病。
誘拐監禁。
短期海外留学。
記憶喪失で放浪。
さて、どれにしようかなぁっ!?
この先に待ち受ける教室での人間模様。学校生活。今から憂鬱な気分で胸焼けしそうなのだが。
溜息混じりで仰ぎ見た天上に雲はなく。
蒼く澄み切った晩夏の空が、際限なくどこまでも広がっていた。
どこまでも…………。
今回で一旦、連載を終了します。
これまで『栗田さんの憂鬱な美少女生活』をお読み戴き、篤く御礼申し上げます。
正直、ここまで話が長くなるとは想定外でした。
色々と脱線がありましたが、最後まで執筆できた事に、正直ほっとしています。
この続きはいずれ書きたく思いますが、起承転結の『起』と『結』だけの状態でして、真ん中の部分は現在思案中です。
もしご興味がございましたら、気長にお待ち戴けると幸いです。
ではまた、ご縁がありましたら宜しくお願いします。




