3-43
「じゃあ、お昼のときあんなに話が盛り上がっていたのもその恋愛小説の話だったって事なの?」
「はい、あの手の小説って殿方には理解し難いこととかがたくさんあったみたいで。そのことについて話していたらつい、私の方に熱が……」
あははっと自分に呆れながら困り笑顔をするセイラ。
ああ、だからあんなに楽しそうに話していたのね。
しかし、今はそんなことはどうでも良い。
嫌われていない、ということは分かった。しかし、まさか彼が私に歩み寄ろうとしているなんて考えてもみないことだったから、理解が追い付いていかな。
私のために恋愛小説を読んでる、ですって?
どうしてそこまでできるの?
あの時分かったはずでしょう。
あなたの気持ちに私が応える気なんてないことを。
なのにまだ私を想って行動しているなんて……。
「あっ!」
と、そこで何かを思いつたようにセイラが声を上げた。
1人考えにふけっていた私は、その声に思わずパッと顔を彼女の方に向けた。
「今思ったのですが、もしかしたらヴァリタス殿下ってあの恋愛小説で乙女心を学んでいるのかもしれません」
「えっ、えぇ⁈」
「だって、いつも私に聞くことって主人公の令嬢の事ばかりなんですもの。なんでこの時怒ったのか? とか、どうしてこんなことして彼女は喜んでいるのか? とか」
楽しそうに笑う彼女とは裏腹に私の心は芯まで冷えていく。
彼の執着の底知れなさはやはり異常だ。
それに恋愛小説が好きな人には悪いけど、あんな作り話を参考に女心を探るなんて、はっきり言って引くわ。私は物語にいるような普通の令嬢じゃないし。
いや、でもちょっと待って。
この状況、非常にまずいのでは?
だって私は彼女たちの愛読する恋愛小説から”悪役令嬢”を学んだのよ。もし、これから私が”悪役令嬢”を演じるときあの察しの良いヴァリタスなら気づくかもしれない。
いや、きっと気づく。
「あの~、セイラ様。もしかしてヴァリタス様が読んでいる小説の中に、悪役令嬢が出てくる小説って」
恐る恐る聞いてみると、セイラはパッと笑顔になり答えた。
「はい、あのジャンルは面白いものばかりなので、是非にとおすすめしましたからもちろんお読みになったと思いますよ! それがどうかしましたか?」
あああああああああああああ。
やっぱり読んでるぅ。
セイラ様は私の計画を全く知らないし、知っているはずもない。
だから勧めるのはしょうがない。
でも、それによって私の計画が破綻しはじめてしまっている。
仲良くなってくれたのはものすごく良いことだけど、まさかそんな障害を生んでいるなんて。
ああ、どうしよう。
「?」
頭を抱え、挙動不審に悩む私の反応に何も知らないセイラは不思議そうに頭を傾けた。
***
「なんとも色気のない進展の仕方ね」
次の日、セイラから聞いた話を朝一番にナタリーに報告するとそんな返事が返ってきた。いやまぁその通りではあるけど、そうじゃない。
「どうしよう。もし”悪役令嬢”を演じているときにヴァリタス様にバレたら」
「大丈夫よ、だって標的はセイラ様でしょう? 彼に気づかれないようにすれば良いだけの話じゃない」
「いやいや、でも最終的にバレるじゃない!」
「でもその時にはあなたへの好感度なんてゼロになっているわけでしょ? それなら別にバレようがバレまいがどうでも良いじゃない」
いやわかるよ? ナタリーの言いたいことは。私だってそこらへんの令息相手ならこんなに不安にならないわよ。でも相手はあのヴァリタスなのだ。
それに加えて昨日セイラから聞いた話から垣間見えた彼の尋常じゃない執着の片鱗。もう私なんかがどうにかできる相手ではない。
もし計画の前段階で彼にバレればこの計画は駄目になってしまうし、彼の執着が益々ひどくなる可能性もある。これはより慎重に行動しなくてはいけなくなるわ。
それに計画も練り直さないといけないし。
「どうしよう……。セイラ様が私に虐められているとヴァリタス様に相談することで、2人の仲を進展させる予定だったのに」
「ああ、そういえばそうだったわね」
ええ!
なに? 忘れてたの?
だからさっきあんなに軽く言っていたのね。
「でも別にそんなの無くても良いんじゃない? いま仲良くなっているのだし丁度良かったじゃない」
それはそうかもしれないが。彼の好感度は今も私に向いたままだ。そして、その強度は増している。
このままでは彼らはただの友人だけで終わってしまうだろう。
それでは駄目だ。
どうにかしてアクションを起こして、彼らの仲が進展するように仕掛けないと。
「今度の市井見学会、ただ2人きりにするだけじゃ駄目よ!」
「また何かするの? あと一週間もないけど」
「ああ、そうだったわ! どうしよう、時間がないじゃない」
今からでも考えられる計画を……。
と、思っていても今すぐに思い浮かぶわけもなく。
「今回は良いんじゃない? 貴女、計画立てても全然それ通りに進められてないし」
アウツッ。相変わらず一番痛いところを突いてくるわね、ナタリー。
でも確かにその通り。今回は残念だけど諦めた方が良いのかも。
それにしてもいつも以上に鋭い言葉だったわね。
でもナタリー。あなたのそういうところ、最近ちょっと好きになってきたわよ。




