3-39
「もうっ、本当に鈍感なんだから。昨日の事で嫌われたのなら、どうして彼は今日も私たちと昼食を一緒にしたのよ」
「そ、それは……」
彼女の言う通りだ。
自分から進んで嫌いな相手と顔を合わせるようなことをするなど、彼の性格からしてあり得ない。しかも私たちは別のクラス。
わざわざあそこに出向かなければ、会う事などできないはずだ。
それでも今日、いつものように昼食を取ったのは……。
まだ、私の事が好きだから?
ブワッと顔が熱くなるのを感じた。
ありえない。
ありえない、ありえない、ありえない。
とんだ変態だと思っていたけれど、ここまでとは思わなかった。
普通あんな風に罵倒して、自分の大事な気持ち蔑ろにした相手のこと、まだ好きだなんてあり得る?
馬鹿?
馬鹿なんじゃないの?
ただ、それよりもあり得ないのは。
少なからず私は、そのことに喜んでいるということよ!
「あらまぁ」
うれしそうに小さく呟くナタリーの声は、それでもしっかり私の耳に届いていた。
もう、本当に恥ずかしい!
う~う~、と顔を隠しながら挙動不審ぎみに唸る私をみて、ナタリーは優しく微笑んだ。
「これでわかったでしょう? 彼をどう誘うのが正解なのか」
「へっ?」
今のどこに答えが?
「まさか、まだわからないの?」
いやいや、そんな冷たい目線送られても……。
わからないものはわからないわよ。
「はぁ~。本当に色恋に対してはお馬鹿さんなんだから……。良い? 答えは簡単、『仲直りしたいから一緒に市井見学会を周ってほしい』それだけよ」
仲直り!
その手があったか!
思わず手をポンッと鳴らして納得してしまう。コイツ、本当にわかっているのか? というナタリーの目線は置いといて、確かにそういえば彼は来てくれるかもしれない。
「すごいわ、さすがナタリー! 天才よ!」
「もう、大袈裟よ。というか、本当は1人でこの答えに辿りついて欲しかったわ」
思わず手を取ると、ナタリーは少し照れたように笑った。
「ああ、それとね。誘うのはあなたからじゃなくて、できればメドビン嬢にヴァリタス殿下を誘ってほしいってお願いした方が今後の展開的に良いと思うわ」
「なるほどね! 彼女が誘う事で2人の仲をもっと砕けたものにできるし、そんな伝言を私に逆らえない彼女に押し付けるような人なんだって私への好感度が下がる! まさに一石二鳥というわけね」
「貴方が嫌われるってことは想定していないけど、まぁ概ねその通りよ。それにしても、こういうことは何故か理解が早いのよね……」
私が立ち上がり、闘志を燃やしている様子をうんざりしながら見つめるナタリー。しかし、その冷ややかな瞳の中に少しだけ楽しそうな色が混ざっていた。
それから一週間経ったが、相変わらず私たちの仲はギスギスとしたままだった。
う~ん。この間はまだヴァリタスが私のことを好きなんじゃないかと暗に言われていたけれど。これってただ単に、一度習慣化してしまったことだから仕方なく一緒に昼食取っているだけなんじゃないの?
でもまぁ、これはこれでいいのかも。ぼんやりと目の前にいるヴァリタスとメドビン嬢を見つめながら、やる気なくそう思ってしまう。
なぜって?
目の前でその2人がものすごく楽しそうに会話をしているからよ。
一体どういう風の吹き回しなのかは知らないけど、ついこの間まで一切の会話が無かった2人とは到底思えないほどの盛り上がりっぷり。時々小鳥の囀りかと思うほどの微笑ましい笑い声も聞こえるし。
はぁ、一体何の話をしているのだか。
「お嬢様。顔、死んでますよ」
「へっ?」
ちょんちょんと肩を突かれ、顔を近づけたミリアに小声で囁かれてしまう。
いけない、いけない。
公爵令嬢たるもの、人前で死人顔をするなんてあってはならないわ。
まぁ、それに劣るとも勝らない失態をいくつも犯してはいるけどね。
それにしても、最近どうしてか2人を見ると胸の当たりがモヤモヤするのよねぇ。
なんだかそれに比例するように段々イライラしてくるし。
なにこれ?
私なんかの病気にでもなったの?
それとも思春期になると誰しもが通ると言われている反抗期みたいなものなのかしら。私には反抗しても仕方ない親しかいないからそんな時期は絶対に来ないものだと思っているし、それがどういうものなのかわからないけれど。
それとも、まさかしっ――――。
いやいやいやいや。
ないないないない。
そんなことあり得ない。
あり得るわけがない。
なんで私がそんな感情抱くのよ。
それもヴァリタス相手に。
だって私は昔から彼を嫌いになりたかったのよ。
それは今も変わらないはずなの!
それなのにその反対の気持ちを持ってどうするって言うのよ!
私の異変に、先ほどの顔芸のこともあってかミリアはどこか不審そうな表情になりながらも、どこか心配そうに見つめていた。
しかしナタリーといえば、そうやって1人でも不機嫌になっている私をニヤニヤと見つめていたのだが。
私はそんな彼女の様子に気づくことはなかった。




