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彼の居なくなった席をぼんやりと見つめていた。
馬鹿か。
馬鹿なのか私は。
どうして、あんなに傷つけるようなことをしたんだ。
いくら彼の好意を終わらせたいと思っていたとしても、彼の気持ちを考えてればもう少しうまくできたはずだ。穏便に彼の気持ちが無意味なものなのだと、悟らせることだってできたはずなのに。
でもそうしなかったのは、彼との関係に亀裂を走らせることができる、と少しだけでも思っていたから。そうやって先を急ぎ過ぎた結果、私は彼を深く深く傷つけた。
自分の欲望のために、彼の気持ちを軽んじたから。
そうして、彼が居なくなった後こんな風に落ち込んでいるのだから世話がない。それでも、この沈んだ気持ちを切り替えることはできなかった。
これじゃあ、私が恨んだ彼らと同じだ。私の気持ちを軽んじて、私を蔑ろにした前世の周りの大人たちと。あんなに嫌っていた人達と同じことをしてしまうなんて。しかも、自分の欲望のためという、彼らと動機は全く一緒なのだから皮肉なものだ。
なんだか、もうどうでも良くなってきたかも。
そうしてしばらくぼうっとしていた。
ふと、下をみると彼の頼んでくれたケーキが私の前に置かれていた。
おもむろにスプーンを手に取ると、ケーキを少しだけ切り分け、口へと運ぶ。
「おいしい……」
絶妙に合わさった甘酸っぱさが程よく口の中に広がってすごくおいしい。
こんなにおいしいものだったなら、彼と一緒に食べればよかった。
きっと私がこうして感想を言えばすごく喜んでくれただろう。その後だって、あの話はできたはずなのに。
せき止めていたものが、次々に零れていく。それは、きっとこのケーキが、私を想って連れてきてくれたこの味が、彼の優しさが詰まったものだったからかもしれない。
だからこそ、私が泣くのは間違っている。それでも、頬を伝う雫を止めることはできなかった。
1つ食べ終わると、彼が残していったケーキを自分の方へ手繰り寄せ、またしても口に頬張る。もうケーキの味なんてどうでもよかった。
ただ、彼の優しさをこれ以上無視していたくなかった。
静かに2人分のケーキを淡々と口に運びながら、味わうケーキの味はいままで食べたどのケーキよりも甘くておいしくて、少しだけ塩辛かった。
***
それからも、私たちの昼食会は続いていた。しかし、私とヴァリタスとの間に会話は一切無くなってしまった。
メドビン嬢はその変化に敏感に気づいてしまっており、私たちに気を遣っていつも以上に言葉数が多くなっていた。そんな彼女に申し訳なく思いつつも、ついぞ私たちが言葉を交わすことはなかった。
「ちょっと、どういう事なの?」
放課後、ナタリーに無理やり校舎裏へと連れ出された。
「いやだわナタリー。私たち女の子同士なのよ」
頬を両手で包み、冗談っぽくそういうと、か物凄く冷たい視線がこちらに飛んできた。
いやだわ、冗談なのに。
「昨日今日でこんなに態度が変わるなんて、貴方たち、なにかあったの?」
誰もが私たちの行動に違和感を持っている。当然だ。彼は昨日まで私に始終笑顔で話し掛けていたのだから。
「良い変化だと思わない? 今日はメドビン嬢とちゃんと会話していたもの」
彼女たちがそのことに対し物凄く気になっていることは分かっているものの、素直に昨日のことをどうしても話したくなかった。
「とぼけないで。ちゃんと話して」
彼女の真剣な瞳が私を射抜く。これ以上は誤魔化せない。
でも……。
「別に……。ただ話をしただけよ」
顔を背け、冷たく言い放つことしか私にはできなかった。どうしても、なぜだかどうしても彼女に昨日の事が言い出せなかった。
「ただ話をしただけで、あの王子があそこまで冷たくなるわけないでしょ!」
しかし、ナタリーはどうしてもその理由が聞きたいらしく、私に声を張り上げた。その気迫はいつもの温厚な彼女らしくなくて、そこでやっと彼女が多少怒っていることに気づいた。
それはきっと、私を思ってのことなのか。はたまた、彼を思ってのことなのか。どちらにしろ、彼女が興味本位で聞いているのではないことだけはわかった。そんな優しさを見せられたら、私は正直に話すしかないじゃない。
「言ったの」
「言ったって、何を?」
「『貴方が私に向ける好意はおかしい』って、はっきり、言ったの」
「……。具体的に話して」
それから、昨日あったことを前世の事を伏せながらナタリーに洗いざらいは話した。聞き終えたナタリーは、今度は大きなため息を吐いた。
「確かに私は殿下がなぜあなたのことをそこまで好きなのか、知っておくべきだと言ったわ。でも、その気持ちを聞くだけで良かったでしょう? どうしてそんな風に人の気持ちを壊すようなことしたの? そんなの絶対に間違ってるし、賢いあなたならそんなのわかっていたはずよ。あなた穏便に婚約破棄したいのでしょう? どうしてそんなこと……」
彼女の言っていることは全部正しい。だから、彼女の疑問に淡々と答えるしか、今の私にはできなかった。
「チャンスだと思ったのよ」
「チャンス?」
「彼に嫌われるチャンス」
そう言った後、少しの沈黙が流れた。
少しして、息を大きく吸う音が聞こえると次の瞬間彼女は大きな声で私に言い放った。
「ばっっっか、じゃないの!!」




