2-21
ミリアはすぐさま、救急箱を持ってくると頬を手当てしてくれた。始終神妙な顔つきで手当をするものだから、どう声を掛けてよいかわからず微動だにせずに手当が終わるのを待った。
「はい、終わりましたよ。しばらくは痛いでしょうが、我慢してください」
「わかったわ。ありがとうミリア」
尚も神妙な顔つきで私を見つめるミリアにまたしてもどう声を掛けてよいかわからない。なにかに怒っているようなその表情は綺麗な顔立ちのためか迫力がある。
「……前世なんて、そんなに怖いものですか? だってお嬢様はこんな私にも優しいじゃないですか」
やっと口を開いた彼女が言った言葉は、私のためを思っての言葉だった。
ミリアはおそらく、私の頬をこんな風にした人物に気づいている。それは、今までの父と私の様子を見て私たちの間にどのような隔たりがあるのかミリアなりに察した結果だろう。だがミリアの主張は、この国の人間であればすんなりと受け入れられるものではない。
この国の人々はあの皇帝がどれ程非道なことをしたのかをよく理解している。それがたとえ本当は全てが事実無根であったとしても、ほとんどの記録にそう書かれているのだからそれがこの国では常識であり事実なのだ。
そんな人物が生まれ変われば、また何を仕出かすのかわからない。
もしかしたら、もう一度この国を掌握しようと企むかもしれない。と、思うのは当然なのだ。
しかも私は公爵令嬢。
下手に地位のある人間に生まれてしまったおかげで、途方のないそんな目的でさえ場合によっては叶えられてしまう。
だから、父のしたことは一貴族、一公爵として正しい行いなのだ。そしてそれはこの家を守ることにも繋がる。
「でもねミリア。私はこの国にとってもベルフェリト家にとっても、爆弾のようなものなのよ」
どうにかミリアに分かってもらえるよう、優しく諭すように告げる。しかし、私の答えにさらに顔を歪めたミリアは、理解できないとでもいうように私を見つめた。
「公爵家の人間で、王子と婚約しなければならないような娘がこの国の過去の禍根、歴史上最大の汚点の生まれ変わりなんて。本当に厄介なお荷物よ、私なんて」
「やめてくださいっ!!」
「ミリア……」
彼女がこんな大声を出すことなど初めてだ。そこまで彼女が怒っていることに少しだけ嬉しく思ってしまうのは、おそらくそれがすべて私を思ってのことだから。
しかし、いずれ彼女との別れが来る。そのときのために、私はそこで心に釘を刺した。これ以上、彼女に心を許してはいけないと。
「私の好きな人を、お嬢様をそんな悪く言わないでください!」
ガバっとミリアが私をきつくきつく抱きしめる。私を包み込む温もりにまたもやその優しさに気を許しそうになる。
「私がお嬢様を守ります。どんな事があっても、何があっても!」
その激情に、普通であれば心打たれ彼女の友愛に感激するのだろう。
しかしその言葉を聞いた瞬間、私の心はスッと冷たくなった。
ああ、懐かしい。
遠い昔、誰かが私にそう言ってくれた。
『僕が必ず、あなたを守ります!』
脳裏に蘇るあの時の優しくも決意が籠った声。
だから、その言葉は信じられないのよ。
ごめんね、ミリア。