2-22
この間のパーティーの翌日、ビスティーユ侯爵令嬢のナタリー様にすぐさま出した手紙の返事が来ていたのは、父に打たれた翌日の朝であった。
その内容は2人きりでお茶会をしたいというもの。
昨夜の最悪な気分を晴らす、嬉しい知らせだった。
早速返事を書いて了承の意を告げる。
そしてここはビスティーユ侯爵邸。
予定通り彼女と会うことができたのは、手紙が届いてから5日後だった。その間ほとんど家族と口をきくことはなかったが、いい加減慣れてきたのかそこまで憂鬱な気分にはならなかった。何より彼女と会うことができるという希望に逸る気持ちでいたからだろう。
「ごきげんよう、ビスティーユ嬢。本日はお招きいただきありがとうございます」
「ごきげんよう、ベルフェリト様。こちらこそ、来ていただけてとても嬉しいですわ」
馬車から降りると早速ビスティーユ嬢が出迎えてくれた。
恐らく彼女も私と同じように楽しみにしていてくれたのだろう。
すぐに庭へと案内してくれる。
青々とした大きな木の木陰に置かれているテーブルセットの上にはすでにティーセットが用意されている。
そこでしばしお茶を嗜む。
紅茶の種類は、シッキムというものらしい。銘柄は…確かメイビスとか言うメーカーだったかな?
ここではちゃんとメイドがどの銘柄でどの種類の紅茶か言ってくれるようだ。まぁ、ミリア以外のメイドであれば誰でも教えてくれるのだろうが。
と言っても、もうすでに銘柄を忘れかけている私では、帰る頃には種類までも忘れてしまっているだろう。本当にこういうのを覚えるのは苦手なのだ。
スッと一口含むと、思いのほか口当たりがよく美味しく飲める。だがしかし、やはり他の紅茶となにが違うのかさっぱりわからない。美味しいと感じられるのならば味の違いくらい分かるはずなのだが。自分で自分がわからない。
「あの、お口に合いませんでしたか?」
下から覗き込むように不安そうな表情のビスティーユ嬢がこちらを見つめる。どうやら私自身に対し唸っていたのが、彼女には紅茶に対して唸っていたように映ってしまったらしい。
慌てて訂正する。
「いいえ、違うの。私ったら紅茶に関して味の違いがよく分からなくて……。どれもおいしいとは思うのだけど……」
そう言ってもう一度紅茶を見つめる。
その様子がおかしかったのか、ビスティーユ嬢がクスクスと笑った。
「私も正直言って紅茶の味の違いなんてわからないのです。やはり前世が平民だからなのでしょうね」
「え、えぇ。前世では紅茶なんて飲む習慣なかったもの」
きっとその共通点が嬉しかったのだろう。
本当に嬉しそうに笑う彼女に、少しだけ罪悪感がつのる。
彼女のその喜びは嘘で出来上がったものだとしたら、彼女はどう思うのだろう。
そう考えると、彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
その気持ちを晴らしたくて、無理やり話題を変える。
「ねぇ、ビスティーユ嬢。平民の暮らしってどんなものだったの?」
「あぁ、そうでしたね。でも、その前に」
人差し指をピンと立てて、こちらに向けるビスティーユ嬢。
どこか小悪魔的に笑う彼女の無邪気さには人を惹きつける魅力がある。
その仕草はとても可愛らしく、しかし何を意味しているのか理解できずその指をじっと見つめてしまう。
「?」
「うふふ、約束したでしょう。私の前では平民として接する、と」
「あっ」
そういえばそんな約束をしていたのをすっかり忘れていた。
しかし、どうしよう。
平民のように接すると言っても、どうすれば……。
助けを求めるように彼女を見つめる。
「わかっていますわ。まだ、そんなに思い出しておいででないのでしょう。ですから、これは私からの提案なのですが」
そこで一呼吸置くと、嬉しそうな声色で話を続けた。
「まずはお互いのファーストネームを敬称なしで呼んでみませんか? あと、敬語もなるべく禁止で」
今度は人差し指を自分の顔の横に立て、満面の笑みで提案をしてくれる。
普通の令嬢同士であれば身分の違いからお互いを呼び捨て、かつ敬語もなしで会話をすることなどほとんどしない。
しかし、それは貴族同士の会話の話。
平民であれば階級なんてないし、会話だって相手の歳によって変わるだろうが、親しければ敬語なんて使わない。
流石は人生2回目。
いや、これはもしかしたら彼女の天性の才能なのかもしれない。
人の心の内に入ってきているはずなのに、それが「いつの間に」と思うほど自然と行われているものだから、コミュ障の私でも拒絶反応を全く感じない。
そしてきちんと相手に配慮している。
社交界で浮いていると話していたはずなのに、彼女に令嬢が集まっていたのはこの心地良さと人当りの良さがあるからだろう。
なるほど、割と彼女も危険人物かもしれない。
浮いていると言っていたから、彼女も私と同じように人と接するのが苦手な部類の人間かと思っていた。
しかし、おそらく彼女の言う”浮いている”というのは、彼女が前世の事で壁を感じているというだけの事なのだろう。
傍から見たらどこの令嬢とも仲良くなれる、世渡り上手に見えるのではなだろうか。
それは正確には浮いているとは言わないが、それを本人が感じているのならば違うなんてことは言いきれないことだ。そこには突っ込まないほうが良いだろう。




