2-13
今日は良い収穫があった。まさか前世が平民だった令嬢に会えるだなんて。平民といっても私が求める農民の娘ではないかもしれないが、それでも彼女からは確実に今までよりか良い情報を得られるだろう。
ルンルン気分がおさまらず、思わずケーキが並べられているテーブルに自然と足が向かってしまう。
(わぁ、どれもすごくおいしそうね)
品を損なうようなことは決してしないが、できれば好きなものを好きなだけ食べてしまいたい。今はそれほど気分が高揚していた。
「エスティ……」
ふとこの会場では決して聞こえるはずのない声に驚き、声のした方向をバッと振り返った。なんとそこには熱を出して欠席したはずのヴァリタスが私のすぐ近くまで来ていたのである。か細い声で私の名前を呼んだ彼は、今にも倒れそうなほど覚束ない足取りだ。
「ど、どうしたのですか!? ヴァリタス様」
はぁはぁと息荒げに近づいてくる。顔も結構赤い。その様子から察するに、相当熱があるはずなのにどうしてここに来たのだろう。
「……エスティがっ、参加すると聞いて、……駆けつけたのです」
「駆けつけたって、どうして?」
「どうしてって……。だって付き添いには、婚約者である私が、必要じゃないですか」
とぎれとぎれに発する声には熱が籠り、はぁはぁと吐く息の荒さからその深刻そうな症状に私でさえ心配になるほどだ。たかがパーティーのエスコートごときでここまで頑張る必要などどこにもない。別に今日がエスコートをする初めてのパーティーでもないし、今日は私たちにとって別に特別な日でもなんでもない。
それなのに、どうして彼はここまで必死になっているのだろう。
「しかし、殿下は熱があるのでしょう? こちらに来られるのは無理だと聞いていたので他の方に頼んでしまいましたわ」
彼を安心させるために言った言葉だった。しかし、彼は信じられない事実を告げられたように目を見開いて驚いていた。
「代理とは誰ですか」
「え?」
「誰のエスコートで、こちらに来たのですか」
声を荒げながらも鋭い眼光で見つめる彼に、すこし身じろぎする。その様子に気圧され、一瞬言葉に詰まったが別に後ろめたいことなどないし、正直に答える。
「ガーベル伯爵子息ですけど」
するとヴァリタスは苦しそうに表情を歪ませた。
「はぁ……」
「で、殿下!?」
体が前のめりになって倒れそうになる彼の体を慌てて支える。服の上から触ってみただけでも熱があるのが伝わってきた。一体どれ程の高熱なのだろう。無理してまで来るなんて、いつも冷静沈着な彼らしくない。
「とにかく、別室へ行って休みましょう?」
「……一緒に、来てくれますか?」
「はい、もちろんです」
ほっとしたのかガクッと彼の体から力が抜ける。このままでは私まで倒れてしまいそうだ。
すぐに会場内にいた使用人を捕まえ、休憩できそうな部屋を案内してもらう。私だけでは支えきれなかったため、声をかけた使用人も一緒に運んでくれた。
「では、こちらでお休みください」
「ありがとう。助かったわ」
笑顔でお礼を言うと、彼も笑顔でお辞儀を返してくれた。薄暗い中、小さなベッドの上で横になる彼はいつもの余裕そうな彼ではなくて、なぜか妙に嬉しい。
「エスティ、どこにもいかないで。そばで手を握っていてください……」
「はいはい。大丈夫ですよ、私はここにいますから」
か細い声で私に縋るそれには微かに涙声が混ざっている。そんな彼に少しばかり母性本能を擽られながら、望み通り彼の手を握った。やはり驚くほど熱い。全く本当に彼はどうしてしまったのか。こんな馬鹿な無茶はしないような人なのに。
(もしかして、なにかあった?)
しかし、体調の悪い彼にそれを問うのは可哀そうだ。とりあえず、今は安静にしておくのが良いだろう。
「エスティ……」
「? どうしたのですか? 苦しいのですか?」
なおも眠らない彼に問いかける。水か薬でも持ってきたほうが良いのだろうか。立ち上がろうとしたが、彼は病人とは思えないほどしっかりと私の手を握り、潤んだ瞳で私を見つめている。
「あなただけは……私の……。私だけのもので、居てください……。あなただけは……」




