2-11
「そ、そういえばエスティ嬢、あなたと同じ平民を前世に持つ貴族がいるらしいわよっ」
やっとフィーネ嬢に開放された姫様が声を荒げながらも衝撃的な情報を私に告げる。
フィーネ嬢を警戒して一定の距離を保つその姿はもはやこの国のお姫様とは思えない程の疲弊っぷりだ。
そんな彼女に同情の1つも持たずに、持ってきてくれた情報に食いつく。
「ほ、本当ですか?」
「ふんっ。仲間を見つけたみたいで嬉しそうね。やっぱり平民は平民同士で戯れたほうが宜しいのでは――――」
「その方はどこの方なのですか!」
「ちょっと!! 話は最後まで聞きなさいよ!」
もう姫様の嫌味なんてどうでもよい。
早くそれが誰なのか言えと口走りそうになるのをなんとか堪え、姫様に詰め寄る。
「そんなにその方がどなたなのか知りたいわけね」
ふふふ、と不敵に笑っている。これは何かを企んでいる顔だ。
「そうね、それならあなたなりの誠意ってものを見せて――――」
「それって確か、ビスティーユ侯爵令嬢のナタリー様ではないですか?」
「ちょっと! どうして言うのよ!!」
今度割って入ったのはフィーネ嬢だった。どうやらフィーネ嬢もその情報を掴んでいたらしい。勿体ぶる姫様とは違いすぐさま教えてくれる。さすがこの中での年長者。
「確かこのパーティーにも出席していたはずですよ、よければ紹介いたしましょうか?」
「いいんですか? ぜひ!」
後ろでキーキー騒ぐ姫様に目もくれず、私たちはビスティーユ侯爵令嬢を探すためその場をあとにした。姫様もついてくるかと思っていたが、大して興味もなかったのだろう、いつの間にか姿が見えなくなっていた。
フィーネ嬢とは顔見知りだということもあり、彼女についていきながらビスティーユ嬢を探す。彼女の居る場所にあてがあったのか、フィーネ嬢の足取りに迷いはなく、ものの5分程で彼女を見つけることができた。
この国での一般的な栗色の御髪に栗色の瞳。しかし流石は貴族と言えばよいのか、やはり容姿は整っており、どちらかといえば可愛らしい印象を受けるお嬢様だ。黄色のドレスには所々パールが散りばめられており、後ろでお団子でまとめられた髪、そしてその佇まいからどこかしっかりとしたお姉さんっぽさを感じる。
「ごきげんよう、ナタリー様」
「まぁ、フィーネ様! ごきげんよう」
フィーネ嬢に物応じせずに対応する姿を見るとやはりしっかりとして度胸のある令嬢であるように感じる。しかし、この感じはもしかしたらすこし親しい間柄なのかもしれない。
「あなたとお近づきになりたいとおっしゃる方がいたので、紹介しに参りましたわ」
「ごきげんようビスティーユ嬢、初めましてエスティ・ベルフェリトです」
「まぁ、ベルフェリト様! はじめまして、ごきげんよう。こうしてお話できて光栄ですわ」
さっそく紹介に預かり、失礼のないよう挨拶をする。ぎこちない私とは対照的に慣れた感じで笑顔で挨拶を返してくれた。
「ここでは何なので、あちらのテラスへ移動しませんか? 」
「えぇ、そうしましょう。ベルフェリト様もあちらでよろしいですか」
「え、えぇ。私はどこでも…」
今挨拶したばかりなのにもうすでに心を開いているような対応。これがコミュ力の高い人間たちなのか。
……というか、私の能力が低すぎるだけなのだけれど。
本来であれば率先して動くはずの公爵令嬢の一人が尻込みしているせいで、その役回りを押し付けられたビスティーユ嬢のなんとしっかりしたことか。
テラス席に着くと早速本題である、前世の事について尋ねた。
「あの、ビスティーユ嬢の前世についてお聞きしたいのですが……」
「え、前世の事、ですか?」
途端に彼女の表情が曇る。フィーネ嬢に不安そうな視線を送ると、フィーネ嬢は優しい微笑みで彼女に頷いた。その返しに安心したのか、彼女の表情が和らぐ。
その二人のやり取りが何なのかわからずただ首を傾げて待っていた私であったが。次のフィーネ嬢の言葉でそれを理解した。
「前世のお話ですし、私がいては話難いこともあるでしょうから、あとはお二人でお楽しみくださいませ」
おおっとぉ。
またしても気を配れないコミュ障の悪いところが出てしまったようだ。そりゃ前世の事はあまり話したがらない人もいる。そして私たちが今話そうとしていることは「前世が平民」だったこと。位が高く、そんな事情を持っていない人の前で話をするのは少しばかり気が引けるのは当然のことなのだ。
フィーネ嬢の気遣いに心の中で何度も頭を下げながら感謝する。
「ありがとうございます。フィーネさま」
「いいえ、これも未来の妹のためですから」
去り際にお礼を言うと柔らかい笑顔で返してくれた。
本当にやさしいお方だ。
笑顔で去っていく彼女の背中にもう一度感謝を伝える。やはり彼女とはあまり仲良くしないほうが私のためだ。どうしても彼女に甘えて余計なことまで話してしまいそうになる。それがいつか現実となりそうですごく怖い。
***
(相変わらず、心を開いてはくださらないのね)
エスティとナタリーの二人と別れたあと、遠目に彼女たちを見守りながらいつものように思い詰める。
はじめて会ったのは確か4年前。その時からパーティーなどでは度々あっているが、いつまで経ってもエスティは心を開いてはくれなかった。
それが関係のない令嬢だったなら別に放っておけばよいのだが。エスティは第2王子の婚約者、つまり未来の妹になる子だ。
そんな相手とは仲良くしていたい。それに、会うたびに彼女のふとした表情や一人でいるときに遠くを見つめる瞳がひどく寂しそうで辛そうで、どうしても放っておけない。
もし手を離したらどこか遠くへ行ってしまいそうな。そして二度と会えないようなそんな淋しさを持った人だと、会うたびにいつも思う。
どうすればその憂いを晴らせる?
どうすればその淋しさを埋められる?
そう思っても今の私と彼女の間柄では、そこまで干渉することはできない。だからこそ第2王子に期待しているのだが。
(まさか熱を出して欠席されるだなんて)
よりにもよってあのお姫様が参加するパーティーで欠席するなんてなんて間の悪い人なのだろう。しかし、体調不良ならば仕方がない。
そう思いながらもため息を漏らした、その時だった。
「どうした、フィーネ。なにかあったのか?」
後ろからの声に驚き勢いよく振り向く。
そこには愛しい婚約者であるベリエル殿下が立っていた。
「あらベリエル様、挨拶回りはもう終わったのですか?」
「あぁ、それよりどうしたのだ? なんだか落ち込んでいたようだが」
「えぇ、少し」
そう言いながらもう一度彼女たちに視線を戻す。
私の視線の先を追いかけどうやら私の憂いの原因に気づいたのだろう、彼女の名前を小さく呟いた。
「ベルフェリト嬢……か」
「えぇ、どうしてもまだ心を開いては下さっていないようでして」
そうか……。と呟くと顎に手をあて深刻そうに考える。本来ならば自分で考えるべきことなのだろうが、一緒に考えてくれる彼の行動が嬉しくて仕方がなかった。
「分かった。ヴァリタスにも探りを入れてみるよ。彼女の好きなものとかを、ね」
お茶目に笑うのは私の前だけ。
普段だったら人前でこんな風に笑ったりしないだろう。
その気遣いが私のことを思ってのことだと思うと心が弾む。
「ありがとうございます、ベリエル様」
笑顔で返すと彼も同じように笑顔で返してくれる。
きっと私はこの国で一番の幸福ものだ。
彼といるといつもそう思えて、幸せだった。
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