84.旅立ち
ガルド伯爵の遺留工作を躱すため、俺は魔大陸にある植民地跡の調査を申し出た。
魔物の圧力に負けて放棄された植民地跡の再建可能性を探る、というのが表向きの目的だ。
しかし別に俺は国に仕えるつもりはない。
下手をすれば奴隷狩りの片棒をかつがされる可能性もあるのだから、いつでも関係を切るつもりでいる。
そのうえで魔大陸までの足と、あちらでの拠点を確保するのに都合がいいと思っての提案だ。
こうでもしないと優秀な冒険者を出国させてくれないし、伯爵の立場も考えてのことだ。
伯爵が国と交渉する間は、資金稼ぎと2軍の強化に勤しんだ。
金儲けとしては7層へ潜って魔物を狩り、その素材を売るのが一番効率が良い。
たまに見つかるサイクロプスの目玉は、最高の商品だ。
その一方で2軍の連中にもいろいろと後押しして、強化レベルを上げさせた。
俺たちが完全攻略を果たした時点で、2軍はすでに自力で4層に到達していた。
しかしさすがに深部のニードルスパイダーには手こずっていたので、一緒に潜って厳しくしごき、無理矢理4層を攻略させた。
さらに商売組の連中にも1軍の引率で攻略をさせ、レベルを上げている。
おかげで今、俺たちの強化レベルはこんな感じになっている。
レベル13:俺、カイン、レミリア、サンドラ、リューナ、リュート
レベル8:ヒルダ、チェイン、アレス、ジード、アイラ、ザムド、ナムド、ダリル
レベル7:シュウ、ケンツ、レーネ、ガル、ガム、メイサ、ケシャ、アニー、キャラ、カレン、ケレス
レベル4:セシル、ミント、リズ
まず1軍は7層の攻略とドラゴンの討伐でレベルが3つ上がっている。
同様に2軍も3、4層の攻略で3つずつ上げさせた。
そして商売組もインチキ気味のパワーレベリングで、2つずつ上げてある。
これなら魔大陸で何かあっても、生き延びられる可能性が高いだろう。
ちなみに冒険者ギルドのランクだが、俺を除いて全員Cランクに留めてある。
もうじきこの大陸とはおさらばするので、余計なしがらみを作らないためだ。
2軍の底上げと並行して、彼らにもオーガ革の鎧を新調した。
いきなりオーガ素材とはちょっと贅沢過ぎる気もするが、2軍もけっこう稼いでいたのでそれを費用に充てた。
魔法職と商売組、そしてレミリアとサンドラ以外にはオーガ鎧を支給してある。
あまり鎧に頼らない鬼人のカインとアイラにも、改めて短パンと胸当てを支給した。
そんなことをしているうちに、ようやく伯爵から連絡が届いた。
王宮との交渉は上手くいったようで、無事に俺への調査命令が下った。
それに伴って俺は晴れてSランク冒険者となり、リーランド王国の調査官として魔大陸へ赴くことになる。
当然、魔大陸に渡る船は国が手配し、向こうで活動するための物資や資金も提供される。
この話が決まると、俺はしばしばガルドとセイスを往復して準備を整えた。
そしてガルド迷宮の完全攻略から2ヶ月後、とうとう魔大陸へ出発する日がやってきた。
今は魔大陸行きの船に、向こうで活動するための各種物資を積み込んでいるところだ。
荷物の中にはドラゴ用の馬車も入っており、当然ドラゴも連れていく。
積み込みは他の者に任せ、俺はヒルダ、キャラ、カレン、メイサと別れの言葉を交わしていた。
彼女たちはこの国出身なので魔大陸に行く理由がなく、今後もガルドでの冒険者支援を続けてもらう。
なのでアイスとグレイは、こっちに残していくことにした。
「デイルさん、あんたには本当にお世話になった。この恩を返すために、俺たちもガルドで活動を続けていくよ」
「ああ、よろしく頼むぞ。だけど別に、あんたらの生活を犠牲にする必要はないんだ。あんたらなりの人生を楽しんだうえで、強く生きてくれ」
「ありがとう。デイルさんこそ奴隷狩りを無くしたいからって、無茶をしないでおくれよ。もし必要なら、いつでも応援に駆け付けるからさ」
そう言って抱き着いてくる今日のヒルダは、妙にしおらしかった。
昔、いろいろと噛みついてきた彼女と同一人物とは思えないほどだ。
俺は他の3人とも抱擁を交わし、船上の人となった。
すると、手の空いたカインが話しかけてくる。
「ようやく魔大陸へ渡るのですね、デイル様」
「ああ、向こうに着いて少し落ち着いたら、お前たちの故郷を回ろう。そして家族に無事な姿を見せてやるといい」
「本当に、本当にありがとうございます」
カインがそう言って涙ぐむ。
彼らが里帰りすることはすでに決まっている話だ。
俺は向こうで奴隷狩りを阻止する仕組みを作るつもりだが、そのためには向こうの住人の協力が欠かせない。
そのため、俺たちに縁のある集落を回って情報を集め、協力を打診しようと考えている。
その過程で仲間に里帰りをさせてやれば、まさに一石二鳥というものだ。
ここでサンドラも加わってきた。
「兄者、何を涙ぐんでおる。あの裏切り者を始末するまでは、泣いている暇などないぞ。我が君も力を貸してくれると言っておるし、腕が鳴るわい」
「サンドラ、手を貸すのにやぶさかではないけど、もっと素直に帰郷を喜んでもいいんじゃない?」
「いいや、あ奴の首を叩き切るまではゆっくりと眠れんわ。フハハハハハハ、待っておれよ、ジャミ~ル!」
自分たちを奴隷商人に売り渡した裏切り者に復讐することで、早くも頭がいっぱいらしい。
まあ、遅かれ早かれ、けじめを付ける予定ではあるのだが。
やがてレミリアとリューナも寄ってきた。
「また故郷の土を踏めるなんて夢のようです、旦那様」
「私もなのです、兄様。つい2年前まで、故郷に帰るどころか死にかけていたのに」
「それもこれも、みんなで頑張ったおかげさ」
そう言って2人を抱きしめた。
出会った時は貧相な少女だった2人が、今ではとても美しい大人の女性に成長した。
特に6歳くらいにしか見えなかったリューナは、誰にも見分けが付かないだろう。
ちなみに今この時点で、仲間の中に隷属の首輪を付けた者はいない。
迷宮を完全攻略してすぐに、全ての奴隷を解放したからだ。
もちろん使役契約はそのままだが、これで表向きは全て一般市民だ。
それに伴い、レミリアは俺を旦那様と呼ぶようになっている。
たまに今でもご主人様と呼びそうになるが、おいおい慣れていけばよい。
ただしリューナの方は、相変わらず俺を兄様と呼んでいるけどな。
「ご主人、荷物の積み込みは終わったよ。仲間もみんな乗り込んだ」
「ああ、ケレス、ご苦労さん」
魔大陸では植民地跡の調査だけでなく、商人として集落を回って情報を集めようと思っている。
そこで魔大陸で売れそうな商品なんかを、ケレスに揃えてもらった。
その積み込みも、ようやく終わったらしい。
するとこの船の船長のサリバンが寄ってきた。
「デイルさん、そろそろ出発しますが、準備はよろしいですか?」
「はい、船長。こちらの準備も整ったので、いつでも出発してください」
この船は一応、民間の船だが、王国とは密接な関係がある。
サリバン自身も昔は軍人だったらしく、今はこの船で魔大陸との交易を営んでいるそうだ。
今後も彼が定期的に魔大陸との間を往復し、俺の報告を持ち帰る形になる。
やがて船が埠頭を離れた。
船の帆がいっぱいに風をはらみ、水上を滑りだす。
こんな風に船の上から陸を眺めるのは初めてだ。
セイスの町並みと、遠くに見える山々が美しい。
ひょっとしたら、これがこの大陸の見納めになるのかもしれない。
しかしそうだとしても、俺は魔大陸の奴隷狩りをやめさせたい。
たとえそれが自己満足に過ぎないとしても、成し遂げてみせる。
ここからが俺の新たな挑戦だ。
完
ここまでで”迷宮探索は妖精と共に”は完結です。
次話は閑話とキャラ紹介のみです。
それ以降は舞台を魔大陸へ移し、続編の”魔境探索は妖精と共に”へ続きます。
タイトルの上のシリーズリンクからたどれますので、よろしくお願いします。




