82.完全攻略
第7層の守護者に挑んだはずの俺たちは、迷宮の管理者ベビンの介入でドラゴンと戦うはめに陥った。
ギリギリの死闘の果て、なんとかドラゴンを倒したと思ったら、再びベビンが現れた。
「ベビン、貴様ぁっ!」
奴の顔を見た途端、とてつもない怒りが湧き起こり、俺は拳を握って立ち上がった。
「おいおい、そんな目で睨まないでくれよ。そりゃあ、少しばかりイレギュラーな――ブベラッ!」
ペラペラ喋り始めた奴に瞬時に駆け寄り、思いきりぶん殴ってやった。
俺の拳はしっかりとその顔面を捕らえ、奴が2回転ほど地面を転げ回る。
しかし実際は大して効いていないらしく、頬を押さえながらすぐに立ち上がった。
「いたたたっ。ひどいじゃないか、急に」
「ひどいのはてめえだっ! ドラゴンなんかと戦わせやがって。ほとんど死にかけたし、実際に1人は死んでたんだぞ!」
「そうは言いながら、ちゃんと生き残ってるじゃないか? 致死的なダメージを受けてもその場で仮死状態になるだけで、戦闘終結後に蘇生する仕組みになってたんだよ。けっこう良心的だろ?」
「ふざけんなっ! それを知らなかったから俺たちは死の恐怖に脅えたし、リューナを死なせた責任に苦しんだんだぞ。そもそも7層で8層守護者と戦わせるなんて、汚ねえじゃねえか!」
俺が大声で怒りのたけをぶちまけると、ベビンが平気な顔で言い訳をする。
「まあまあ、それは君たちが強すぎて、面白くないって話になったからなんだ。7層の守護者はサイクロプスとミノタウロス2匹ずつなんだけど、それだとすぐ倒しちゃうだろ?」
「すぐに倒して何が悪いんだっ!」
「それじゃあ、見ていて面白くないんだよ。だいたい君たちがおかしいんだ。6層のライノサウルスとゴリラだって簡単に倒しちゃうし」
「こっちは命懸けでやってんだぞ。それを面白いとは何事だ! 誰だそんなこと言ってんのはっ?」
「もちろん、迷宮神ヌベルダス様だよ。まあ他の神々も見ているけどね」
「迷宮神、だと?……迷宮が神々の娯楽だっていう噂は本当なのか?」
「もちろんそれだけではないよ。でも迷宮に挑む様子を、神々が見て楽しんでいるのもまた事実なのさ」
そんな話をしていたら、カインが俺を呼ぶ声がした。
「デ、デイル様、見てください。ドラゴンが……」
そう言われてドラゴンに目をやると、遺骸が黒い霞に変わって地面に吸い込まれつつあった。
「ベビン、これはどういうことだ?」
「ああ、さっきも言ったよう、この8層はまだ造営中なんだ。だからドラゴンもすぐに魔素に再変換して、造営に使われるんだよ」
「俺たちはまだ素材剥ぎ取ってねーぞ……」
「それについては申し訳ないとしか言えない。鱗を1つだけ残すから、それを討伐証明にすればいい。それから代わりに、いくつか有用なアイテムを準備してるから、それで我慢してくれたまえ」
「アイテム、だと?」
「ああ、こっちに来てくれ」
仕方なくベビンの後に続くと、壁の一角に水晶が設置されているのが見えてきた。
「君が水晶に触れれば、保管庫が現れるよ」
また何かをされそうで怖かったが、今さら気にしてもしょうがないと思い直し、水晶に触れてみた。
すると目の前の岩壁の一部が消え失せ、棚のような空間が現れた。
その中にあったのは槍と杖、剣の鞘、そしてドラゴンの鱗だった。
「まだマジックアイテムを手に入れてない者に、行き渡るようにした。左から風の魔槍、雷撃の杖、収納の鞘、そしてドラゴンの鱗だ」
「ふーん、カインには槍、リューナには杖が合いそうだな。しかし、収納の鞘ってのはなんだ?」
「どんな大きな剣でも収まる鞘さ。その馬鹿みたいに大きな剣を近づけながら、”入れ”と念じれば収まるよ」
そう言われたリュートが鞘を手に取り、背中に吊っていた塊剣を取り出し、それに近づけた。
するとふっと塊剣が消え、鞘から剣の柄が生えた。
「うわっ、本当に入った」
半信半疑でやっていたリュートが驚いていた。
身の丈ほどもある塊剣が、今は腕の長さぐらいの小剣になっている。
次に鞘の柄を掴んで引き出すと、元の塊剣が現れる。
今まで持ち運びに苦労していた塊剣だが、今後はずいぶんと楽になるだろう。
「その鞘には剣の状態を修復する機能もあるから、切れ味も良くなるよ」
なんとまあ、砥石の機能もあるってか。
俺は呆れながら風の魔槍を取り出し、カインに渡してやった。
それは彼が普段使っているものに近い銀色の短槍だった。
カインの肩ぐらいまでの長さで、所々に風を模した装飾があしらわれている。
「どうだ? それで風を操れそうか?」
「いえ、まだよく分かりません。なんとなく風を操れるような気はしますが……」
「そうか。少し慣れたら風精霊と契約してみればいい」
カインと話をしていたら、シルヴァが口を挟んできた。
(いや、主よ。その槍を使って我に”進化”の呪文を唱えて欲しい。そうすれば我と槍がつながって、両方の力が上がるような気がする)
「お前が槍と契約するってことか?」
(いや、我はすでに主と契約しているから少し違う。おそらく我と槍が魔力の経路でつながり、契約に似たような状態になるのだと思う。使役リンクでつながった仲間なら、その力を使えるだろう)
「ふむ、そういうことか。たしかにこの炎の短剣とバルカンも、つながったみたいだしな」
(そのとおりだ、主。我と短剣が魔力経路でつながったので、主自身も強力な火魔法が使えるようになっているぞ)
炎の短剣のことをバルカンが補足してくれた。
どうやら俺自身にも、火魔法が使えるようになったらしい。
「分かった。それじゃあシルヴァをもう1段階進化させてみるか」
俺はシルヴァに風の魔槍を当て、呪文を唱える。
『我、デイルの名において命じる。汝の存在を解き放て、進化!』
するとシルヴァが光に包まれ、進化が始まった。
やがてそれが治まった先には、ひと回り大きくなった彼がいた。
暴風狼であることに変わりはないようだが、風の魔槍とつながり、より強い風魔法が使えるようになったみたいだ。
彼はそのことに、とても満足そうな顔をしている。
「さて、こうなると、次にやることはひとつだな」
(もちろん次は僕の番だよね~)
俺が雷撃の杖を手に取ると、すかさずキョロが駆け寄ってきた。
さっきから尻尾をブンブン振りながら、順番を待っているのは知っていた。
俺は何も言わずに杖をキョロに当て、再び呪文を唱えた。
『我、デイルの名において命じる。汝の存在を解き放て、進化!』
キョロの体が光に包まれ、それが治まるとふた回りほど大きくなった彼が現れた。
以前が狐サイズなら、今は狼サイズだ。
(うわー、凄いよ凄いよ、ご主人。今までより何倍も強くなった感じ~)
そう言いながら放つ雷撃は、たしかに今までよりも遥かに強力だった。
そんなキョロの進化を感じ取ったのか、近くに寝かせておいたリューナがようやく目を覚ました。
「ンッ、ウーン……あれ、私どうしたんだっけ?」
「リューナ、目が覚めたか。よかった、本当によかった」
俺はすぐさま彼女に駆け寄って抱き締めた。
「に、兄様?……そういえば私たちはドラゴンと戦っていたはずなのに……兄様は勝ったのですか?」
「ああ、そうだ。俺たちは勝ったんだ。だけど途中でお前は、ブレスを食らって死んだみたいになった。だけど実際には仮死状態になる仕組みだったらしくてな。おかげでこうしてまた、お前を抱き締められる」
「そうだったのですか……こうして一緒にいられるだけで、私は幸せなのです」
リューナが心底ほっとしたように、俺に頭を寄せる。
「俺もだよ。お前を失ったと思った時の絶望感ときたら、耐えられないものだった。だけどこうして生き残り、こんな物を手に入れた」
「なんなのですか、これは?」
俺が雷撃の杖を差し出すと、彼女がそれを受け取って興味深そうに眺める。
この杖は彼女の胸ぐらいまでの長さで、その一端に紅の宝玉が付いていた。
太さは親指よりも少し太いぐらいで、材質は何かの木だろう。
「これは雷撃の杖といって、すでにキョロとつながっている。おそらくリューナにも、雷魔法が使えるようになってるはずだ」
「その杖には魔力制御をサポートする機能もあるよ。だから竜人魔法も、ずっと上手く使えるようになってるはずだ」
俺の説明をベビンが横から補強してくれた。
なんと魔力制御まで向上するらしい。
今まで竜人魔法の制御に苦労してきたリューナにとっては、何よりのご褒美だ。
「本当なのです。この杖からいろいろな物が伝わってきます。ちょっと試してもいいですか?」
今にも大規模魔法をぶっ放しそうなリューナを慌てて押し留め、俺は改めてベビンに向き合った。
「さてベビン、これで終わりか?」
「ああ、これで全てだ。あとはそこの水晶で地上へ戻るといい」
「そうか。ちなみに8層侵入資格はこれで取れるんだろうな?」
「いいや、9層侵入資格だ。当たり前じゃないか、8層の守護者を倒したんだから。それで7層の守護者部屋への転移も可能になる」
「なるほど……ところで、8層はいつ頃でき上がるんだ?」
「分からないね。地脈から取り込む魔素の量にもよるし、迷宮に入り込む冒険者の数でも変わる」
「冒険者が多いほどいいのか?」
「ああ、そうだよ。いずれにしても、まだ何十年も掛かると思うけど」
「そうか。それならとりあえず完全攻略ってことだな? 俺たちは」
「そういうことになるね。改めて、おめでとうと言わせてもらおう、ドラゴンスレイヤー デイル」
そう言ってから、ベビンはスーッと石壁の中に消えていった。
おそらく自分の居場所へ帰ったのだろう。
それを見送ってから仲間たちに向き合った。
「聞いたとおりだ。俺たちはこの迷宮を制覇した。だから、次は別の目標を目指す」
「というと、いよいよ魔大陸ですね」
カインが俺の言葉を代弁する。
「そうだ、魔大陸へ渡って奴隷狩りを駆逐する……しかし、それは少し先の話だ。地上へ帰ったらまずは宴会だな。そして、改めて言わせてもらおう」
俺は一拍おいて、最後の言葉を口にした。
「みんなありがとう。お前たちと仲間になれて、本当に良かった」
次の瞬間、8層の広大な空間に、仲間の歓声が響き渡った。




