60.フェアリー商会
パラライズバットとコボルドとの戦闘で死に掛けてから2日間、新人たちは訓練に取り組んでいた。
今日も迷宮には潜らず、いつもの原っぱに来ている。
シュウたちは魔法攻撃力の乏しさを補うために、魔法の練習をしていた。
すでに散弾とか魔力弾のお手本は見せてあるので、それを自分で身につけようとしている。
しかし、そこそこ魔法が使えるのはレーネとセシルだけで、しかもセシルは商売が本業だ。
レーネだけで散弾は撃てないので、シュウとケンツに手伝わせたんだが、これがなかなか上手くいかなかった。
俺がそれなりに指導したにも拘わらず、なかなか会得できない彼らの表情がどんどん暗くなってくる。
もう少し彼らなりに考えさせようと思っていたのだが、このままでは進まないので、助け舟を出すことにした。
シュウ、ケンツ、レーネ、セシル、リューナ、そしてチャッピーを集めて話をする。
「なあ、チャッピー、エルフって精霊術が使えるんだよな?」
「うむ、人族の魔術とは異なり、精霊の力を借りて行使する独自の魔法じゃな」
「だよな。それならエルフってのは、精霊と交信できる能力が高い種族だと思うんだ」
それを聞いたセシルが反論する。
「デイルさん、それはごく一部の精霊術師だけです。ほとんどのエルフは一生、精霊とは無関係で過ごすんですよ」
「それは知ってる。そのために人族に侮られ、迫害されてるのも事実だ。だけど、精霊を紹介してくれる人がいたらどうなる?」
「そんな人、聞いたことありません」
「いや、目の前にいるんだ。実は俺のバルカンは、リューナに紹介してもらった」
「はい、私が紹介したのです」
リューナが誇らしげに胸を張る。
「精霊を紹介って、そんなことどうやって?」
「すでに話したように、リューナは竜神と精霊の加護を受けた、竜人魔法の使い手だ。細かい制御はまだちょっと苦手だけどな…………そしてリューナは強化レベルの上昇に伴って、精霊との交信能力を得たんだ。それで俺はバルカンを紹介してもらったわけなんだけど、それは彼女と感覚を共有できたからなんだ」
「あっ、そうか。リューナちゃんと感覚を共有すれば、私たちも交信できるかもしれないってことですね?」
ようやくレーネがそれに気がついた。
「そうだ、たぶん精霊を認識できるはずだし、上手くいけば契約も結べるだろう。ところで、実際に契約できるとしたら、お前たちはどの属性を選ぶ?」
「え、それは土属性の土精霊ですよね? リューナちゃんは石の弾を作ってもらってるんだから」
「うん、レーネはそれでいいだろう。けど、セシルには水精霊を狙ってもらいたい」
「なぜ私は水属性なんですか?」
「セシルにはこれから商売をやってもらうだろ。その時に氷を作れると、食料の保存とかに便利だと思うんだ。リューナ、氷って作れるよな?」
「はい、ウンディーネさんにお願いすれば作れるのです」
「なるほど、それは便利そうですね」
「しかも氷の弾を撃てば、自衛もできるからな。その辺はリューナと一緒に研究すればいい。まずはレーネとセシルに精霊を紹介してやってくれるか? リューナ」
「はいです、兄様」
その後、リューナが感覚を共有すると、レーネとセシルから驚きの声が上がった。
そりゃあ、急に精霊が見えるようになればびっくりするわな。
しばらく待っていると、2人とも無事に契約を済ましたようだ。
俺の指示どおり、レーネはノームと、セシルはウンディーネと契約を交わした。
「よしよし、それじゃあ2人は魔法の練習を続けてくれ。それにしても、バルカンみたいに実体化しないのはなぜなんだろうな?」
「デイルは特殊な使役スキルで契約して命名したから、受肉までいったんじゃ。普通はせいぜい交信して、力を借りるぐらいなんじゃぞ」
「そんなもんか?」
すると、横で見ていたケンツが話し掛けてきた。
「あの、兄貴。その精霊って俺たちには紹介してもらえないんですか?」
「当然、そう思うよな。だけどエルフじゃないお前らには、まだ交信する力が足りないと思うんだ。リューナはどう思う?」
「んー……兄様が言うように、2人には力が足りないみた~い」
「やっぱりな。しばらくは地道に修行するしかないと思うぞ。お前らはシルヴァに気流操作の方法を学んで、探知能力を高めるといい。シルヴァ自身が風の精霊みたいなもんだから、そのうち風魔法との親和性が高まるかもしれない」
そう言って将来の可能性を示してやったら、2人ともやる気になっていた。
こうして後衛の訓練方針を決め、2日ほど訓練を続けていたら、商売の準備も整ってきた。
ガルド伯爵に申請していた商売の許可証が、ようやく発行されたのだ。
このリーランド王国で商売をするには、おおまかに3種類の許可証がある。
食料品や生活に必要な雑貨を売買できる3級免状。
さらに様々な製品を作るための素材まで売買できる2級免状。
そして装飾品や嗜好品、武器など贅沢な製品も売買できる1級免状だ。
実際にはもっと細かい区分けがあって1級3種とかいろいろ分かれてるのだが、俺たちは食材と魔物の素材を扱うので2級1種の免状を取得した。
取得には金貨5枚も掛かったが、1度取得すればずっと使える。
普通なら更新の度に税金を取られるけど、俺は免除されるしね。
ちなみに商会の名前は”フェアリー商会”だ。
デイル商会とかにしたら、こっ恥ずかしいからな。
許可証が取れたので、まずは港湾都市セイスに赴くことにした。
どんな物の需要があって、どこで売れるかを調べるためだ。
しかし、一緒に行くメンバー選びで揉めた揉めた。
1軍メンバーが、みんな一緒に行くと言って譲らなかったからだ。
そりゃー、飯が美味くて華やかなセイスになら、誰でも行きたいだろう。
しかし新人メンバーの育成を怠るわけにもいかないので、俺が強引に決めた。
同行者はレミリア、シルヴァ、ケレス、セシル、ミントだ。
ケレスやセシルも多少は戦えるから、随伴はシルヴァだけでも良かったのだが、レミリアの同行も許した。
ていうか押し切られた。
普段は従順なレミリアなんだが、妙に押しが強くなる時があるんだよな。
まあ、彼女はいつも献身的に働いてくれるから、ご褒美ってことにしとくか。
残りの連中にはまたいずれと言って聞かせ、馬車で旅立った。
積み荷はオークの皮3体分と、オーク肉3000オズだ。
今朝、狩ってきたばかりで新鮮なうえ、セシルが氷で冷やしてるので肉の品質も良好だ。
いつもどおり2日でセイスに到着し、その足でゴトリー武具店へ寄る。
「いらっしゃいませ~、デイルさん。今回はお早いご来店ですねぇ」
「こんにちは、リムルさん。今日は商売の話をしにきたんですけど」
「あっ、この間話してた件ですねぇ。お父さん呼んできますぅ」
しばらくするとドワーフの親父が現れた。
「思ったより早かったな。今日は何を持ってきた?」
「昨日狩ったばかりのオーク皮です」
そう言って皮を渡すと、親父がしばらくチェックしていた。
「まだ防腐処理もしてないような新鮮素材だが、どうやったんだ?」
「氷で冷やしたんですよ」
「ほー、さすがトップ探索者だけあって芸が細かいな。処理してない材料の方が、加工もしやすいんだ。いくらで売ってくれる?」
「そうですね、3体分で金貨5枚でどうでしょう?」
「安いな。本当にそんな値段でいいのか?」
「親父さんにはお世話になってますから。代わりに、信頼の置ける同業者を紹介してもらえませんか? もう少し販路を拡げておきたいんですよ」
オークの皮は普通、ギルドに1体分を金貨1枚で売っている。
これをギルドが防腐処理して外に売ってるんだが、倍以上の価格になるらしい。
俺の売値はギルドから買うよりも、3体分で金貨2~3枚は安いだろう。
それでいて俺は金貨2枚儲かるんだから、いいことづくめだ。
ただし、あまり派手に売りさばくとギルドの怒りを買うので、信頼の置ける店だけに留める。
「分かった。リムルに案内させよう」
「助かります。ところで、オークの肉も持ってきたんですけど、売れそうな所って心当たりありませんかね?」
ダメ元で肉についても聞いてみた。
「レストランか? 俺の身内がそこそこの店をやってるから、そこで聞いてみろ。リムル、”海の風亭”も紹介してやれ」
「はーい、お父さん」
その後、次回の希望素材を聞き、皮の代金をもらって店を出た。
そしてリムルさんの案内で知り合いの武具屋へ向かい、今後の素材売却について話を付けた。
最後に”海の風亭”というレストランへ案内してもらう。
ちょっと小洒落た造りだが、中流階級でも入れそうな雰囲気の店だ。
店に入って責任者を呼んでもらうと、ドワーフの女性が出てきた。
「あら、リムルちゃん。今日は何の用?」
「ご無沙汰してますぅ、カリナ叔母さん。実はウチのお得意さんで、食材を売りたいという方がいましてぇ」
「へー、なんの食材かしら?」
「初めまして。フェアリー商会のデイルと申します。今日は迷宮産のオーク肉を持ってきました」
「迷宮というと、ガルドからですか? 1週間近く経った肉なんて、使い物にならないんですけど……」
「いえいえ。まだ採取してから2日目ですし、魔法で冷やしてあるので、新鮮ですよ。こちらの見本を見てください」
俺がオーク肉の一部を渡すと、つついたり臭いを嗅いだりしている。
「本当に新鮮なお肉みたいね。でも本当にオークなの?」
「お疑いなら、調理して食べてみてください。ちなみにこちらのゴトリー武具店にも、オークの皮を納めたばかりですから」
「それは本当ですぅ、叔母さん。新鮮なオーク皮を加工できるって、お父さん大喜びなんですよぅ」
すぐにサンプルが厨房に持ち込まれ、軽く焼いて味を確認していた。
「この味は、たしかにオークね。久しぶりに食べたわ……これをどれくらい譲っていただけますか?」
「今、手元に3000オズあります」
「さすがにそんなには、さばききれないわね……その半分ならお幾らになるかしら?」
「2万1千ゴルでいかがでしょう」
「買ったわっ! 今後も定期的に納めていただくことは可能かしら?」
「はい、月に2回ほどであれば可能です」
「ぜひお願いします。次回はいつ頃来れます?」
交渉はトントン拍子に進み、定期的な納入を約束して店を後にした。
客の反応が良ければ、もっと量が増えるかもしれないとも言われた。
それから残りの半分を買ってくれそうなお店を紹介してもらい、交渉を持ち掛けた。
無事に商品を完売した俺たちは、その晩は宿に泊まった。
翌日は海鮮物の買い出しのため、早朝から港の市場へ出掛けた。
普段、迷宮都市ではお目に掛かることのない魚、貝、エビ類をたっぷりと買い込む。
一応、ガルドで買ってくれそうな店とは交渉済みで、彼らの希望も考慮してある。
その後は食材を定期的に氷で冷やしながら、まっすぐガルドへ帰った。
翌日の夕方にはガルドへ到着し、交渉済みの店へ海鮮物を持ち込んだ。
通常の馬車では4日以上も掛かり、かつ冷やす手段を持たないため、他では絶対に入手できない新鮮な魚介類だ。
原価の3倍でも飛ぶように売れた。
まあ、馬車はそれほど大きくないので、儲けも大した額ではないのだが。
こうして、快速馬車を使った新たな商売が始まった。
ただ迷宮を探索するだけでなく、商売による資金稼ぎなんかも模索していきたいもんだね。
肉3000オズは93kgに相当します。




