34.3層突破
3層を探索し尽くした俺たちが、とうとう守護者に挑む日が来た。
3層の守護者は暗殺蟷螂2匹と剣刃甲虫1匹の組み合わせだ。
最初に出くわした時は、とんでもなく手強いと思った魔物たちだが、俺たちも強くなった。
バッチリ準備を整えて守護者部屋に侵入すると、おもむろに奴らが現れた。
アサシンマンティスはレミリアとサンドラがそれぞれ相手をし、それ以外の全員でビートルを倒す作戦だ。
レミリアとサンドラは、すでに独力でマンティスを倒せるほどになっているので心配はない。
そしてビートルの突進をカインが受け止めた時点で、この勝負はほぼ決まったようなものだった。
すぐさまリューナの竜人魔法”ビートルさん転んだ”が発動する。
土柱にはね上げられ、無様に腹を見せたビートルに火球と魔力弾が降り注ぐ。
しばしあがいていたビートルも、やがて動かなくなった。
残ったマンティスは、魔法で援護するまでもなく、前衛陣が叩き伏せていた。
終わってみれば、とても守護者戦とは思えない一方的な展開だ。
これで俺たちは、4層への侵入資格を持つ上位3%に仲間入りしたことになる。
攻略後、さっそくギルドへ報告に行ったら、”なんとなく予想してたわ”というアリスさんの引きつった笑いに出迎えられた。
これで俺の強化レベルは6に上昇し、ギルドの実績ポイントもとうとうBランクへの昇格要件を満たした。
ただし、Bランクになるにはギルドの試験に合格しなければならない。
一般にCランクで一人前の冒険者とされるが、Bランクになると半ば貴族に近い存在となる。
税金が半分になり、行った先々で手厚くもてなされるそうだが、その分義務も増える。
厄介な魔物が発生した時は優先的に駆り出されるし、移動にも制約が付くって話だ。
それだけにBランクへの昇格には、多大な実績ポイントと試験が必要になる。
しかし俺たちは当面、昇格試験を受けるつもりはない。
多少、税金が減るからといって、制約を受けるのもどうかと思うのだ。
まあ、それはおいおい考えればいい。
ちなみに他のメンバーの強化レベルも、やはりひとつずつ上昇していた。
経験と生命力をたっぷりと蓄えた俺たちは、名実共にトップパーティになったと言えるだろう。
ちなみに3層の地図情報は全体の4割が未踏破部分と認定され、金貨30枚での買い取りを提示された。
しかし2層とは難易度が段違いなので倍額だと吹っ掛けたら、少し値切られて金貨50枚に落ち着いた。
やはり言ってみるものである。
深部で見つけた宝石が金貨60枚で売れたのもあって、俺たちは3層でも蓄えを大きく増やすことができたのだった。
3層を突破してからしばらくのんびりしていたら、2日目にトップパーティの”天空の剣”からコンタクトを受けた。
リーダー同士で会食したいとの申し出だ。
どんな話を聞けるのか興味があったのでそれを受け、指定された場所に赴いた。
そこには”天空の剣”のリーダー アルベルトが待っていた。
アルベルトは生粋のエルフでありながら、トップパーティのリーダーを務めるという稀有な存在だ。
この人族優先の社会でエルフがトップを張り続けるなんて、かなりの苦労があるのは想像に難くない。
しかし彼は優れた剣士でありながら、精霊術も使うらしく、その実力でもってトップパーティをまとめているって話だ。
「やあ、呼び出しに応じてもらって感謝する。私が”天空の剣”のリーダー アルベルトだ」
「初めまして。”妖精の盾”のデイルです」
アルベルトは金髪で碧眼の、理知的な容姿を持つイケメンエルフだ。
エルフの常で見た目は若々しいが、トップパーティをまとめるだけの落ち着いた雰囲気を漂わせている。
そんな彼が接触してきた理由は、一体なんなのか?
「4層探索者に新たなパーティが加わったと聞き、ぜひ話をしておきたいと思ってね。4層の先輩としてアドバイスできればとも思っている」
「それはどうも。しかし私たちは運良く3層を攻略できただけの、しがない弱小パーティですよ」
「ハハハ、3層がラッキー程度で攻略できるとは、今まで知らなかったよ」
俺の謙遜をアルベルトが軽く笑い流した。
軽くお茶を飲んで、また彼が喋り出す。
「ところで君は、4層の情報を詳しく知りたいとは思わないかね?」
「もちろん知りたいとは思いますが、それは自分たちの目で確かめていくつもりです」
「ああ、当然そうだろうね。しかし、経験者のアドバイスを聞けば、効率的に探索が進むだろう?」
何言ってんだ、こいつ。
俺にアドバイスでもして、尊敬させようってか?
「はあ、有用なアドバイスには興味がありますが、ただで教えてもらえるってもんでもありませんよね?」
「いや、別に何かを寄越せと言うんじゃないんだ。ただ、お互いに情報を共有したり、連携を取ったりできないかと考えていてね」
「連携ですか? でも大人数で動くと10人ルールに引っ掛かりますよね」
実はこの迷宮では、11人以上の集団は魔物と戦闘ができない。
そんなことをしたら、魔物が大量発生するからだ。
これは過去、いろいろと検証されてきたのだが、10人で戦ってる分には何も問題ない。
しかしそこに1人でも加勢すると、突如として魔物が大量に発生し、冒険者が死亡もしくは逃走するまで止まらないそうだ。
ちなみに使役獣も、ちゃんとこの頭数に数えられる。
ただし迷宮の中で複数のパーティが遭遇する場合もあるので、戦闘に参加しなければ同じ空間に11人以上いても、見逃してもらえるらしい。
俺たちは今、6人と5匹で探索しているが、どうやらチャッピーとバルカン、ドラゴのように直接戦わなければ勘定に入らないようだ。
ちなみにこの仕組みを上手く利用すれば、他のパーティを大量発生に巻き込むことも可能だ。
しかし仕掛ける方も命懸けだし、タイミングが難しいのでめったに無いって話だ。
いずれにしろ俺たちはすでに大所帯だし、いろいろ秘密を抱えてることもあって、他のパーティと協力する余地は無いと思っている。
「もちろん、同時に戦おうというのではないよ。しかし例えば、交互に戦うだけでもずいぶん負担は減ると思わないかい?」
「うーん、まだ実際に潜っていないので、そこまでする必要があるかどうか分からないですね。だいたい”天空の剣”ほどのパーティなら、単独で潜った方がいいんじゃないですか?」
そう指摘すると、アルベルトが不愉快そうに言う。
「4層の探索が進んでいないことは、君も知っているだろう。大量の殺人蜂が出てくると、そこで探索が止まってしまうんだ。しかし君たちはキラービーの毒針を大量にギルドへ持ち込んだと聞く。そんなパーティと共闘できるのなら、手を組む価値は十分あると考えている」
やっぱりキラービー対策か。
大方そんなことだろうとは思っていたが、ずいぶんと虫のいい話だ。
「なるほど。たしかに私たちはキラービーに強い方ですが、別に探索に困っているわけでもありません。つまり、あまり共闘する意味が見い出せないんですが、何か私たちにメリットありますかね?」
「それはもちろん、戦闘頻度が減って探索が楽になる。ウチには魔法使いが私も入れて3人いるし、屈強な戦士も揃っている。こんなに心強いことはないだろう?」
「でも、分け前はどうなるんですか?」
俺は最も肝心な部分を聞いてみた。
「分け前は、冒険者ランクと人数の比率で計算すればいい。なんだったらキラービーは全てそちらにあげてもいいよ」
アホか、こいつ。
そんなことしたら、Aランクを多く抱える”天空の剣”の取り分が圧倒的に多くなる。
そんな話を受けられるはずがない。
「ハハハハッ、全くお話になりませんね。あえて私たちを誘ったからには、もうちょっと評価されていると思ってたんですがねえ……このお話は無かったことにしてください」
「な、ちょっと待て、待ってくれ。それなら、いくらならいいんだ? うちのメンバーを納得させられるような証拠があれば、相談に応じようじゃないか」
この期に及んで、まだ上から目線かよ。
「アルベルトさん、冒険者の技倆とか能力って、それぞれの宝ですよね? そちらにも独自の技能とか戦法なんかがあると思いますが、ウチも一緒なんですよ。しかし、もし共闘することになれば、お互いにそれを晒さなきゃなりません。正直、こっちの分け前が3分の2でも組む必要性を感じませんね」
アルベルトにそう言い放つと、俺は席を立った。
彼は口をあんぐり開けたまま固まっている。
そりゃあ、俺みたいなガキにあんなこと言われれば、驚くだろう。
もうちょっと丁寧な言い方をした方が、後々しこりも少ないのかもしれない。
しかしアイツは、完全に俺を舐めているのだ。
短期間で3層を突破してきた俺たちを、まるで新人みたいに扱いやがって。
おそらく連中は4層攻略に行き詰まっていて、俺たちをキラービーの露払いに利用しようと考えたのだろう。
俺たちはみんな若いから、大先輩の言うことを聞くとでも思ったんだろうな。
どの道、俺たちはいろいろと他人に見せられない戦い方をしてるから、他のパーティと組むつもりなんてこれっぽっちもない。
むしろ、断りやすい条件を出してくれて助かったと思うほどだ。
そんなことを考えながら歩いていたら、ふいに声を掛けられた
「おい、待てや、こら!」
2019/4/3
後の方で辻褄が合わなくなるので、アルベルトを弓使いから剣士に変更しました。




