32.迷宮の暗殺者
ひょんなことから偽竜のドラゴを手に入れた俺たちは、彼を荷物持ちとして迷宮に連れていくことにした。
ことに荷運び用のカゴを着けてやったので、運搬能力は大きく向上している。
こうなると行きたくなるのがオーク狩りだ。
なぜならオークの肉は、100オズが銀貨7枚で売れる高級肉だからだ。
ちなみに1オズってのは金貨1枚の重さで、俺の体重が2000オズ弱ってとこ。
しかし今までのメンバーで運べるのは、せいぜい5000オズに過ぎなかった。
これでも銀貨350枚とそれなりの稼ぎだが、オーク1匹からはだいたい1000オズの肉が採れるのだ。
つまりオーク5匹分しか持てなかったわけで、それ以上は捨てるのが実にもったいないと思っていた。
これにドラゴの積載能力が加わったら、どれぐらい持ち帰れるだろう?
それを試すべく、俺たちは2層深部に潜った。
まず3層入り口の水晶に跳んでから2層に戻り、オークを探し回る。
しばらくするとシルヴァから3匹発見の報が入り、そこへ案内してもらった。
そして出会った3匹のオークには、レミリア、サンドラ、カインがお相手だ。
すでにオークリーダーを倒した俺たちにとって、オークなどものの数ではない。
100を数える頃には3匹のオークは倒され、その後は淡々と解体をしてまた次を探した。
結局、3回の戦闘をこなすと、全員の荷物が満杯になる。
ちょっと無理をしてなんとか9匹分のオーク素材を持ち帰ると、魔石が銀貨90枚、皮が450枚、肉が540枚で売れた。
合わせて銀貨1080枚、つまり金貨11枚弱の大収入である。
ちなみにオーク肉は大量に持ち込んだため、100オズで銀貨6枚に値切られた。
そりゃあ、いっぺんに供給しすぎても、消費しきれないわな。
これでも俺たちが2層攻略中に頻繁に供給したおかげで、オーク肉がこの町の名物になっており、以前より消費量が増えてるんだけどね。
翌日にはリュートのケガも良くなっていたので、再び3層に潜った。
ソルジャーアントの群れをいくつか殲滅しながら進むと、また洞窟芋虫を見つけた。
ここで俺たちは、新しい戦法を試すことにする。
まず油壷を取り出して、キャタピラーの群れの中に投げ込む。
それを追うようにチャッピーの火炎弾を撃ち込むと、その周辺に火が着いてキャタピラーが逃げ惑った。
慌てるキャタピラーにバルカンの火球をお見舞いすると、まず1匹が息絶えた。
続いてこっちに向かってきた1匹をカインが盾で受け止めると、サンドラが魔力斬で深手を与える。
そのままリュートとカインも加わって、キャタピラーを仕留めてしまった。
俺もレミリア、シルヴァと組んでキャタピラーを狩った。
レミリアとシルヴァが、それぞれ向かってきた敵の突進を、ヒラリと躱す。
目標を見失って動きを止めたところに火球を撃ち込んでやると、じきにそいつらは息絶えた。
こうして分断して各個撃破してやると、今回はケガ人も無く倒すことができた。
キャタピラーの攻略法を確立できたので、その後の探索も順調となり、2日間で3層序盤を探索し尽くした。
ここで1日休養を挟んでから、中盤の攻略に取り掛かった。
中盤では新たに殺人蜂という魔物が登場する。
こいつは猫ぐらいの大きさの蜂で、10匹程度の群れで飛び回り、隙を見せると毒針で攻撃してくる。
2層の麻痺蝙蝠に似たような存在だが、動きが素早くてより厄介だ。
こんなのに囲まれでもしたらかなりヤバいのだが、俺たちには散弾という対抗手段がある。
最近は土精霊の協力を得たリューナも、単独で散弾が撃てるようになり、2人で撃ちまくりだ。
キラービーの防御力は大したことないので、散弾を当てるだけでバタバタ落ちてくる。
落ちた奴にはすかさず前衛がとどめを刺し、魔石と毒針を回収する。
この毒針には武具としての需要があるらしく、1本銀貨3枚で売れた。
ちなみに魔石は3枚なので、3層にしては美味しい魔物と言っていいだろう。
もっとも、そんなことが言えるのは俺たちぐらいのもので、他のパーティはけっこう苦労してるらしい。
毒針をギルドで売却した時にこんなやり取りがあった。
「キラービーの毒針を20本なんて珍しいね。ずいぶん貯めてたのかい?」
「いいえ、1回潜っただけの成果ですよ」
「1回の探索でこんなに?……君たちは効率のいい狩り方を知っているようだね」
「はあ、まあ都合のいい技を使ってますが、普通の魔法でも狩れないんですか?」
「キラービーはすばしっこいから、魔法を当てるのが大変なんだ。だからたまに持ち込まれても、せいぜい2,3本だよ」
普通はキラービーを見つけたら、一目散で逃げるらしい。
毒を食らって体を壊す奴もたまに出るので、キラービーに遭いたくないばかりに2層へ戻る冒険者も多いとか。
以前、俺たちが”嵐の戦斧”に襲われたのは、実はキラービーのせいだったのかもしれないな。
こうして順調に3層中盤の探索が進んでいたが、好事魔多し。
少し警戒心が緩んでいたところに、とんでもない強敵が現れた。
珍しく何も魔物がいないという部屋があったので、何気なく中に入ったのだ。
シルヴァの探知能力を信頼しているがゆえの無警戒だったが、突然、強烈な殺気を感じた。
本能的にリューナを抱いて横っ飛びに逃げると、寸前まで俺たちがいた空間にガキンッと何かが突き立てられる。
ゴロゴロ転がって距離を取り、見上げた先には巨大なカマキリがいた。
俺より頭2つは長いスマートなその身体は、4本の細長い足に支えられており、胸元には凶悪なカマを構えている。
周辺の岩石とよく似た灰色系の体の上に乗っている三角形の頭が、俺たちを油断なく睨めつけていた。
こいつが噂の、迷宮の暗殺者か。
「暗殺蟷螂だ。気をつけろ!」
すぐにカインとサンドラが、俺とマンティスの間に割って入った。
「ご主人様、肩から血が!」
さらに俺のケガに気づいたレミリアが、悲鳴を上げながら俺に駆け寄る。
言われて初めて左肩に痛みを感じて目をやると、オークの革鎧ごと肩が斬られ、血が出ていた。
オーク革の鎧が役に立たないほどの斬れ味とは、凄まじいものがある。
「大丈夫だ、レミリア。今はアイツに集中しろ。治療は後でいい」
彼女を制止しつつ、バルカンの火球をマンティスに放つ。
しかしそれは余裕で躱され、マンティスがカマを上げて威嚇してくる。
「とりあえすカインが正面を押さえて、残りは奴を囲め。カマが鋭いから気をつけろよ。リューナは散弾を撃て」
みんながマンティスを囲む間、カインが気を引くために盾で圧迫する。
するとマンティスが盾にカマを突き立て、金属質な音がした。
しかし、さすがに硬化処理を施したオーク革の盾までは切れず、カインがそれを押し返す。
包囲網が完成すると、それぞれがマンティスを攻撃し始めた。
こんな時こそ、使役スキルによる情報共有が活きてくる。
他のメンバーの行動とか位置関係がなんとなく分かるので、連携が取りやすい。
マンティスも細かく位置を変えて攻撃しようとするものの、カインのプレッシャーを受けて動きが鈍い。
俺とリューナはカインの後ろから散弾を撃っていたが、ほとんどダメージは入らない。
細身の割に装甲は硬いようで、リューナに魔力弾を撃つよう指示し、俺はバルカンの火球を準備した。
奴の動きを見極めつつ、チュドンと胴体に火球を撃ち込む。
命中した火球がジューッという音を立て、マンティスの腹に食い込んだ。
まだ浅いが、それなりに効果があるようだ。
そこで、バルカンが作れるだけの火球を撃ち込むことにした。
リューナの方はまだ命中弾が出せていない。
オークより細身で、さらにちょこちょこ動くので、狙いが付けづらいんだろう。
サンドラ、レミリア、リュートはマンティスの脚を攻撃している。
脚もそれなりに硬いが、魔鉄製の武器はそれなりに通じているようだ。
そんな攻防をしばらく続けていると、ふいに変化が訪れた。
3発目の火球がマンティスの腹に食い込むと、奴の動きが鈍った。
その隙にサンドラが渾身の一撃を振るい、足を1本切り落とした。
これでもう素早く動けなくなったマンティスが、カマを振り回して最後の悪あがきをする。
「リューナ、魔力弾を腹にぶち込め」
「はいです、兄様」
リューナが放った魔力弾が奴の腹に命中し、ズブズブと食い込んでいく。
すると、ようやくマンティスの体が地に落ち、やがて完全に動かなくなった。
広い部屋に、仲間たちの歓声が響き渡る。
ひと息入れた俺たちは、マンティスの素材剥ぎに掛かった。
こいつは魔石の他に、カマが武器の素材になるらしく、ありがたく剥ぎ取らせてもらう。
それから部屋の中を探しまわると、数人分の装備が見つかった。
おそらく何人かの冒険者がこの部屋で奇襲を受け、命を散らしたのだろう。
すでに夕刻に近かったので、この辺で野営することにした。
まず近くの行き止まり部屋を確保して結界を張ってから、夕食を準備する。
温かい夕飯を食いながら、さっきの奇襲について話し合った。
「それにしても、さっきの奇襲はヤバかったな。逃げるのが一瞬でも遅れていたら、俺かリューナのどちらかが大ケガだ」
「本当にありがとうなの、兄様」
「ご主人様のケガを見た時は心臓が止まるかと思いました。おケガの方は大丈夫ですか?」
「ああ、チャッピーに治してもらったから、もうだいぶいいよ」
「あまり無理はなさらないでくださいね」
左肩の傷は、見た目はすっかり治っているが、動かすとまだ少し痛む。
チャッピーの魔法も万能ではないのだ。
「ところで、なぜ今回は襲撃を察知できなかったんでしょうか? いつもはシルヴァが警告してくれるのに」
「クゥーン……」
「うーん、これは推測なんだけど、あの魔物は魔法で気配や臭いを消してるんじゃないかな? シルヴァの探知能力も完璧じゃないってことさ」
カインの指摘にうなだれるシルヴァを撫でながら、推測を話してみた。
「おそらくデイルの推測どおりじゃろう。アサシンマンティスというだけあって、奇襲に特化していると見える」
「だろうな。あいつは入り口の上に身を潜め、冒険者が来ると後ろから襲うんだ。しかも俺たちみたいな後衛職を先に片付けて、パーティの力を削ぐんじゃないかな?」
「そう考えると実に恐ろしい敵ですね。何か対策を取らないと」
カインが顎に手を当てて悩み出したが、それはすでに考えてあった。
「それについては考えがある。あいつが臭いや気配を魔法で消しているなら、魔力が動いているはずだ」
「なるほど、それを儂が確認すれば、少なくとも奇襲は避けられるか」
「そのとおり。チャッピーは魔力が見えるし、姿も隠せるからな。これからマンティスが潜んでいそうな部屋は、チャッピーに偵察してもらいたい。頼むぞ」
「フヒヒッ、任せておけい」
これでマンティスの奇襲は防げるはずだ。
あとは奴の料理法だ。
「それで、もし奴が潜んでいるのが分かったら、とりあえず魔法で引きずり下ろす。俺とチャッピーで散弾でも撃ち込んでやればいいだろう。後はみんなで始末するんだけど、カインは今日、奴と立ち会ってみてどう思った?」
「そうですね…………最初は奇襲に動揺してとても恐ろしく見えたのに、実際はそれほど力も強くないし、動きも早くないんですよね。だからみんなで囲んで攻撃する分には、それほど難しくなかった、かな?」
「そうなんだ。アイツは奇襲に特化してるから、見た目ほど強くないんだよね。だから動きに慣れれば、サンドラやレミリアでも1人で対応できると思う」
最初こそ奇襲されてビビっていたが、冷静に見るとマンティスはそれほど強くなかった。
奇襲さえ潰してしまえば、むしろ楽な部類に入るんじゃなかろうか。
その後もいろいろと話していて、俺はひとつ忘れていたことに気がついた。
「そうだ、カイン。今日拾った装備の中に、槍があったよね。あれ、お前が使ってみないか?」
「槍ですか? 使えと言われれば使いますが……」
今日拾った装備の中に、俺の身長くらいの短槍があったのだ。
魔鉄製でこそないが、なかなかの逸品に見えた。
「今までカインには、早く盾の扱いに慣れてもらうために、あえて簡単なメイスを使わせていたんだ。だけど今日のマンティスとの戦いでも、立派に盾を使いこなしていたから、そろそろ別の武器を使ってもいいと思うんだよね。槍だったら、今までより遠くから攻撃できるし」
「それはたしかに良い考えですね。俺も攻撃に貢献できそうです」
「うん、相手によってはメイスが有効な場合もあるだろうから、そこは使い分けてくれ。いずれ魔鉄製の槍も手に入れよう」
「分かりました。明日からは槍とメイスを使います。地上に戻ったら、また訓練ですね、ハハハ」
これでまた俺たちの攻撃の幅が広がるだろう。
何よりカインが嬉しそうだ。
実は今までも剣や槍を拾うたびに、カインが寂しそうにすることがあった。
やはり男として、剣や槍を振るいたいって気持ちが強いんだろう。
それなら彼には、無双の槍使いを目指してもらおう。
そうすれば俺たちは、もっともっと強くなる。
1オズ31グラムなので、冒頭で持ち帰った肉は9000オズ=279kgになります。




