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32、霜月11月 その4 海藤先生の身の上話

ある日の放課後。急に降り出した雨の影響で普段よりも生徒がまだ校内に残っている。図書室や教室で自習をする者、空き教室で友達とおしゃべりする者など様々だ。そして、2-Gではなぜか海藤零の身の上話が始まろうとしていた。


 事の成り行きは、先生が教室にいる生徒にいつものごとく仕事を押し付けようとしたことから始まる。簡単に了承した私たちは、その代わりとして先生の昔話を聞きたいと言い出した。主に恋と夏希が。

「どこまで話したっけなぁ」

と先生もそれなりに乗り気で話そうとしていた。だが、恋の言葉でその顔色を変えた。

「あーそっから先か。こっから先はやめとうこうぜ暗い話だけだから」

そう言って逃げようとする先生を、柚樹と都の二人で抑え込んで適当な椅子に座らせた。どうしても逃がすつもりはないらしい。

「まあ清藤がいるから最初からな」

そうして、先生の過去の話が始まった。


 そもそも子どもが嫌いで、人と関わるのが嫌いで、何をやりたいかなんてわからなくて、とりあえず自分のことはわかっとくか的な感じで大学の心理学部に入ったんだ。そこそこ有名な学校で学部だったから周りは意識高いやつばかり、俺は周りからは浮いていた。まあそんな浮いている連中で集まってわいわいするのは嫌いじゃなかった。

「なー零。これわかるかー。俺まったくわかんなくてさー」

「あ、お前もかー。俺もわかんねぇんだけど」

「あ? お前ら講義中何聞いてたんだよ」

そう言ってよく頼り頼られしていた。運がいいことにお互いに得意なものは違った。だからこそここまで仲が良かったのだろう。

「ほらここはこうだろうが」

「ああ、なるほどさすがは零。わかった気になるわ」

「わかった気じゃなくてちゃんと理解しろよ」

大学に行けば自然とやりたいことは見つかってくるとはよく言ったもので、俺自身もそうやって勉強していくうちに、これでやっていきたいなと思うことはあった。

「それにしても、今日の講義後ってあれだろ。就活の話」

「大学生活1年目にして就活の話ってのもな」

「それだけ学生生活は短いってことだろ」

そうして俺たちは笑い合っていた。あんな事件があるまでは。


 それは夏休みも明けてしばらく経った頃合いだった。よくつるんでいた一人が退学することになった。当初から親に反対されていてなんとか進学にこぎつけたが、ついにその親から完全に支援が途絶えたからだ。

「もっとやりたいことはあったんだけどな」

そう言って笑っていた奴の顔は思った以上に晴れやかだった。

「これからどうするんだ」

「実家帰って家業の勉強かな」

「大学やめても勉強かよ」

そうして俺たちは笑い合っていた。笑ったまま俺たちは別れた。また連絡すると言って。しかし、奴からの連絡はまったく来なかった。几帳面で約束したことは必ず守る奴だったはずだ。忙しいのかと思ってしばらくはこちらからも連絡はしなかった。しかし、2週間経っても連絡は来ず、いよいよ心配になってきたころ、1本の電話が見知らぬ番号からかかってきた。電話をとると相手は奴の母親。2日ほど前から奴が戻ってきていないそうだった。ケータイは家に置きっぱなし、とりあえず電話帳の友達の欄の1番上にある俺にかけてきたとのことだった。それから数日、探せども探せども奴は見つからない。そしてそのまま時は過ぎ去った。


「で、俺は教員養成講座を取ったんだよな」

そうして先生は締めくくった。私たちは思い思いに息をつく。

「じゃあ先生は、そのいなくなった友達のために先生になったの?」

真澄がぼんやりと聞く。それに対して先生はきょとんとした後、笑って答えた。

「いや、普通に心理学やっていく過程で面白そうだから取っただけだぞ」

「え、あ、じゃあその友達の話は…」

「3か月後に短期留学をしてたとか言ってひょっこり戻ってきたぞ。今じゃ、某有名大学の教授と高校の非常勤講師の二足のわらじだ」

そんな言葉にみんな裏切られたような顔をする。その表情を見ながら先生は笑う。

「だいたいそんなもんだよ。そんな感動話なんざないからな。まあ当時めちゃくちゃ心配したことに変わりはないんだがな」

そういって、教室を出ていく先生。そして思い出したように戸口から顔を出して私たちに向かって言う。

「というわけで俺の話はしたんだから、ちゃんと手伝っていけよー」

その言葉にみんなが異口同音に言う。

「誰が手伝うか!」


 今日も平和な放課後の風景だった。


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