01話 種族転生
魔国ゼルグラグド城下町の民家の裏だった。
目を覚ますと、目の前には青色の鱗が特徴の竜人族・ルクスが立っていた。
ルクスはガルアーグに向かって“同じ竜人族が”と口にした。
黒色と紫色の鱗に鋭い爪、背中に生えた大きな翼に腰から伸びる尻尾。
それは魔界で戦った人型の竜の種族・竜人族そのものだった。
「……どういうことだ?」
ガルアーグはまだ信じられなかった。
さっきまで人間として、魔界の魔族らと戦闘を繰り広げていたのに、今は魔族の姿だ。
何か夢でも見ているのだろうか?と自分の手の表面を見つめていた。
「お待たせ~!」
女性の声が遠くからした。
声の方向を見ると、白のローブを着てフードを被った赤い肌の若い女性が立っていた。
片手には大きなバスケットを持っており、中には木の実やビン、パンが入っている。
「あ、こっちです!」
ルクスは女性に大きく手を振った。
「良かった、気が付いたのね」
「さっき目を覚ましたんですけど、まだ混乱しちゃってるみたいで……」
女性はガルアーグの前でしゃがみ、その大きな瞳でガルアーグの目を見た。
「まず、怪我を診させて?」
「……」
女性はガルアーグの体を見てみるが、傷ひとつないことに安堵の表情を浮かべる。
「良かった、特に怪我とかはしていないみたいね!」
魔族とちゃんと話すのは初めてだった。
人間に化けて王族や民の命を狙う魔族とは話をしたことはあるが、悪意の塊で言葉よりも攻撃を仕掛けてくることがほとんどだった。
「おっかしいな~、さっきまで息してなかったし、まるで死んでいたように冷たく動かなかったのに……」
ルクスは腕を組んで難しそうな表情を浮かべた。
「生きているという事実があるだけで良いことじゃない。貴方たち、お腹は減ってない?パンを持ってきたの、非常食用だから少し硬いのだけれど、良かったら食べてね」
彼女はそう言い、ルクスに二人分のパンを渡した。
「もう、人間たちはいないんですかね?」
ルクスは背後……民家から表の方角を心配そうに見つめた。
「分からない、大きな争いは一旦落ち着いたと思うの」
「……そっか、よかったぁ」
「でも油断は禁物。バルザグド様が倒されてしまった以上、人間たちに情報は行っているはず。そうなったらまたいつ攻めて来るかは分からない」
女性は少し険しそうな顔をして立ち上がった。
「私は、他に傷ついている人のところへ行かなくちゃ。ふたりとも無事でよかったわ、じゃあね」
「あ、はい! ありがとうございました!!」
女性は去って行き、ルクスは深くお辞儀をした。
魔王バルザグドが倒された。
その情報は大きかった。
自分の命と引き換えに、人界の為に最大の貢献ができた。
少しの安心感で、ガルアーグはほっと息をついた。
「おーい」
「……?」
ルクスはガルアーグの顔を覗き込み、片手に持ったパンを差し出していた。
「さっき貰ったパン、食べよ」
「……」
ガルアーグはパンを静かに受け取り、口に運んだ。
パサパサと硬いパンだった。竜人族の鋭い牙で焼き菓子のようにサクサクと食べる事ができた。
「家はどの辺りなんですか?」
ルクスは優しい表情で尋ねるも、ガルアーグは答える事ができなかった。
何かを察したルクスは、そっと口を開く。
「良かったら、俺んちに来てください」
★★★
歩いてすぐのところに、ルクスの家はあった。
小さな一階建ての家だった。
リビングにはテーブルと椅子が2つ。
隣の部屋にはベッドが2つあった。
「あちゃ、窓とか割れちゃってるなぁ」
「誰かと住んでいるのか?」
「ああ、うん。でも気にしないで! さぁさ、座って座って!」
ガルアーグは椅子に座ると、ルクスは水を出してくれた。
水を飲み、警戒心を少し解いたガルアーグは、自分の事を少し口に出した。
「名乗ってなかったな。 俺の名前はガルアーグだ」
向かい合って座り、水を飲んだルクスは安堵の表情を浮かべた。
「よかった、全然喋ってくれないから嫌われちゃったのかと思ったよ~」
「……すまない」
魔族と普通に会話をしている。
それはまるで、人間同士で会話している時となんや変わりは無かった。
「改めまして、俺はルクス。 竜人族同士、よろしくね」
「よろしく」
ふたりはテーブルの上で握手を交わした。
「ガルアーグ…さんはさ」
「ガルアーグで大丈夫だ」
「あ、ありがとう。 ガルアーグは人間たちと戦ったりしたの?」
なんて答えるべきか、一瞬戸惑った。
この国の兵としてか、旅人としてか、記憶喪失としてか、どう演じていくべきなのだろう。
真実を語るなどもってのほかだ。
「……戦った」
ひとりの魔族として、そう答えることにした。
「やっぱりそうだよね、あんなところで倒れていたんだもん」
「ルクス、お前も戦ったのか?」
「僕? いやいや! 無理だよ! だって僕、兵士じゃないし、それに……強くないからさ」
苦笑いを浮かべるルクス。
魔国ゼルグラグドは、魔界の中でも戦闘に特化している国。
ガルアーグがこれまで魔界で接触した魔族はほぼ戦闘員だったから、魔界の住民とこうして話をするのは初めてだった。
ルクスは立ち上がりキッチンに向かうと、収納を開けて何かを探している。
「……昨日、人間たちがきた時に食糧全部持ってっちゃって、作ろうと思っていたスープの具材がないや。てか、全然食糧ない!」
昨日……。
そうか、魔界に来て魔国ゼルグラグドに侵攻し、魔王と相打ちになった。
この出来事はすべて昨日1日の出来事だったのだ。
「ガルアーグはこれから、どうするの?」
「うーむ……」
異界の門へ行くか?
だが人間に会っても説明する前に攻撃を喰らうだろう。
まずは魔界侵攻作戦の状況を情報収集しながら、魔界について、
そしてこの姿をもとに戻す方法がないかを探すべきだろう。
「もし行く宛がないならさ、ウチにいなよ」
「え……?」
「昨日の戦いで疲れてると思うし、魔王様が亡くなった今、魔国ゼルグラグドは不安定な状態にある。このままひとりっての僕自身とても心細いし、同じ種族として協力できたらな~なんちゃって……」
魔界の情報を持つ魔族がいれば、情報収集はやりやすい。
それに、魔国ゼルグラグドの中に休める宿があるのはとても大きい。
「いいのか?」
「勿論だよ!」
笑顔を見せたルクスからぐぅとお腹の音が鳴った。
「あ……はは、なんか安心したらお腹すいちゃった」
「……」
「南に木の実の成る丘があるんだ。僕はこれからそこに行って木の実を採って来るからさ」
「俺も行く」
「へ?」
口が咄嗟に開いていた。
「水とパンを貰ったし、このまま何もしないわけにもいかない」
借りを返すのもそうだが、この目で魔界の状況を探れるチャンスだ。
魔国ゼルグラグドに、ゼルグラグド領の周辺状況をこの足で調べに行こう。
「ありがとう!」
「もう出発するか?」
「うん、じゃあ行こっか!」
ルクスは籠を背負い、肩掛け紐のついた布袋を斜めにかけた。
同じ布袋をもらい、ふたりは家の外へと出た。




