00話 ガルアーグの死
轟音と共に、巨大な玉座が真っ二つに砕けた。
舞い上がる瓦礫の中、ガルアーグは大剣を構え直す。
『……しぶとい人間だ』
低く響く声。
崩れた玉座の向こうから、二本の角を生やした赤黒い肌の大男が姿を現した。
魔国ゼルグラグドを統べる魔王――魔王バルザグド。
全身には無数の傷が刻まれ、流れ出た血が床へ滴っている。
それでも、その眼光に衰えはなかった。
ガルアーグもまた満身創痍だった。
砕けた鎧。
額から流れる血。
握りしめた大剣にも、激しい戦闘を物語るように無数の刃こぼれが生じている。
魔界の国の勢力の中で頂点に君臨すると言われる、魔王バルザグドが大魔王城へ向かう。
その情報を受けたガルアーグは、アルセリア王国騎士団を率いて魔界南東にある魔国ゼルグラグドへ侵攻した。
勇者レイシスが大魔王を討つまで、ここで魔王バルザグドを食い止める。
それがガルアーグらアルセリア王国騎士団に与えられた任務だった。
『人間の騎士よ、まだ立つか』
バルザグドの拳に炎が集まる。
『ならば、跡形もなく消し飛ばしてくれよう!』
床が弾けた。
一瞬で距離を詰めたバルザグドの拳を、ガルアーグは大剣で受け止める。
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃。
足元の石床が砕け、身体ごと後方へ押し飛ばされる。
ガルアーグは床を蹴った。
振り下ろされた大剣をバルザグドが腕で受け止める。
金属を叩きつけたような音が響き渡った。
『ぬぅっ!』
剣と拳。
互いの攻撃が壁や柱を破壊し、戦場は玉座の間から長い廊下へと移っていく。
バルザグドが腕を振るう。
ガルアーグは身を沈めて躱し、そのまま懐へ踏み込んだ。
大剣を横薙ぎに振り抜く。
バルザグドの脇腹から鮮血が飛び散った。
『……ッ! 人間風情が!』
炎を纏った蹴りがガルアーグを襲う。
大剣で受け止めた瞬間、身体が宙へ浮いた。
背中から壁へ叩きつけられる。
「がっ……!」
肺から空気が押し出された。
視界が揺れる。
それでもガルアーグは剣を支えに立ち上がった。
「……必ず、お前を倒す」
静かな声だった。
怒りでも、憎しみでもない。
ただ自分に与えられた使命を果たす。
そのために、ガルアーグは再び大剣を構える。
『……気に食わんな』
バルザグドの表情が歪んだ。
膨大な炎が噴き上がった。
爆発。
ガルアーグは咄嗟に横へ飛ぶ。
背後の壁が吹き飛び、夜の冷たい風が城内へ流れ込んだ。
二人は崩れた壁を越え、そのまま城のテラスへ飛び出す。
眼下にはゼルグラグドの城下町が広がっていた。
燃え上がる建物。
立ち昇る黒煙。
遠くから響く戦いの音。
だが、ガルアーグにそれを眺めている余裕はない。
バルザグドがゆっくりと振り返る。
『これほど俺を本気にさせた人間は……貴様が初めてだ』
炎がその巨体を包んでいく。
ガルアーグは呼吸を整えた。
もう身体は限界だった。
腕が重い。
立っているだけでも意識が遠のきそうになる。
だがそれは、相手も同じだろう。
次で決める。
ガルアーグは残された魔力を大剣へ注いだ。
幼い頃から魔力には恵まれなかった。
どれほど鍛錬を重ねても扱えたのは僅かな光魔法だけ。
それでも構わない。
残っている全てを、この一撃へ。
淡い光が刃を包んだ。
「これで終わらせる」
バルザグドの表情が険しくなる。
『……ふん』
次の瞬間。
二人が同時に地を蹴った。
「おおおおおッ!」
光を纏った大剣が、バルザグドの胸を貫いた。
『ぐ……ッ!』
バルザグドの目が大きく見開かれる。
ガルアーグは剣をさらに押し込んだ。
「これで――」
『……ふざけるな』
低い声が聞こえた。
バルザグドがガルアーグを睨みつけている。
『人間ごときが……!』
その右腕に炎が集まり始めた。
先ほどまでとは比べものにならない。
周囲の空気すら歪ませるほどの炎が、掌の中へ圧縮されていく。
「――ッ!」
ガルアーグはバルザグドの胸から剣を抜こうとする。
だが掴まれるように剣が抜けず、間に合わない。
『貴様だけは――!』
炎が爆ぜた。
凄まじい爆発がガルアーグの胸を直撃する。
身体が宙へ投げ出された。
遠ざかっていくテラス。
バルザグドの姿。
何もかもが、ゆっくりと遠ざかっていく。
――ここまでか。
身体の感覚が消えていく。
脳裏に浮かんだのは、一人の男の笑顔だった。
『生きてまた会おう!』
勇者レイシス。
戦いの前に交わした約束。
――すまない。
守れそうにない。
ガルアーグの身体は、城下町の建物の向こうへと落ちていった。
そして、その意識は完全に途絶えた。
★★★
戦いの音が遠ざかりつつある城下町。
その上空を、一羽の黒い鳥が飛んでいた。
鳥は何かを見つけると目を光らせ地上に降り立った。
城下町の民家の裏には、黒焦げになった騎士が倒れていた。
数枚の黒い羽が宙を舞い、黒い煙と共に人の形へと変化していく。
やがてそこに立っていたのは、黒いローブに身を包んだ人影だった。
「…………」
人影は、騎士ガルアーグの亡骸を見下ろす。
そして静かに手をかざした。
黒い魔力が地面を這った。
黒く淀んだ光はガルアーグを囲み、地面には禍々しい魔法陣を描いていく。
やがて黒い魔力は完全にガルアーグの身体を包み込む。
人影はしばらくそれを見届けると、再び無数の黒い羽に包まれた。
一羽の鳥が夜空へ飛び立つ。
後に残されたのは、静まり返った民家と――。
そこに横たわる、一つの影だけだった。
★★★
「……ん……」
僅かに声が漏れた。
眩しい。
ガルアーグはゆっくりと目を開いた。
「……ここは……」
空が見える。
灰色の空に緑色の月が浮かんでいる。
身体を起こそうと地面へ手をつく。
その瞬間。
ガルアーグの動きが止まった。
「…………?」
手。
そのはずだった。
だが皮膚を覆っているのは、黒色と紫色の硬い鱗。
指先からは鋭い爪が伸びている。
「なんだ……これは」
身体を起こす。
違和感がある。
いや、一つではない。
身体中が、自分の知っている感覚とまるで違う。
背中が重い。
腰の後ろで何かが動いた。
「……っ!?」
振り返ると、巨大な翼が生えていた。
そして腰から伸びた、太い尻尾。
言葉が出なかった。
胸元へ手を当てる。
覚えている。
バルザグドの炎。
胸を焼き尽くすほどの熱。
城のテラスから吹き飛ばされ、落ちていく感覚。
自分は死んだ。
間違いなく。
なのに――。
「俺は……」
その時だった。
近くから、何かが崩れる音がした。
ガルアーグは反射的に振り向く。
「…………」
民家の角から、誰かが黄色く光る眼光でこちらを覗き込んでいる。
青色の鱗が皮膚を覆った、角と尻尾、そして翼を持つ青年。
あれは魔界の種族・竜人族だ。
青い竜人族の青年と目が合った。
「…………」
ガルアーグは戦闘の反動のせいか、今の状況に混乱しているせいかうまく体が動かなかった。
「…………」
互いに少しの沈黙が続き、青年が恐る恐る口を開く。
「あの……大丈夫、ですか?」
ガルアーグは眉をひそめた。
「……誰だ」
「わっ!」
突然口を開いたことに驚いたのか、青年が飛び上がる。
「生きてた……よかったぁ~」
「質問に答えろ」
「え……! あ、えっと、怪しい者じゃないです!」
青年は慌てて両手を振った。
「俺、ルクスっていいます! 近くに住んでて……周辺を見て回ってたら、ちょうどこの民家の裏に倒れていたのを見つけて……」
ガルアーグは警戒を解かない。
そんなガルアーグの姿を、ルクスは不思議そうに眺めた。
「それにしても……同じ竜人族がこんなところに倒れてるなんて」
「……何?」
「え?」
「今、なんと言った」
ルクスが首を傾げる。
「竜人族……ですけど」
ガルアーグはゆっくりと自分の手へ視線を落とした。
黒色と紫色の鱗に、するどい爪。
背中に生えた大きな翼。
腰から伸びる尻尾。
昨日までそこにあったはずの、人間の身体はどこにもない。
勇者は。
騎士団の仲間たちは。
魔界侵攻はどうなった。
なぜ自分は生きている……?
そして――。
なぜ、自分は魔族になっている。
何一つ分からない。
ガルアーグは、騎士として何十年も剣を握り続けたはずの手を見つめた。
そこにあったのは――。
鋭い爪と鱗に覆われた、竜人族の手だった。
プロローグ、読んでいただきありがとうございます。
次回からが本編になるので、読んでみて頂けると嬉しいです!
執筆初心者なもので、誤字脱字やアドバイス等ありましたら、ご指摘、ご連絡ほしいです!!!
週3(火曜、木曜、土日どっちか)で更新できたらなと思っております。
よろしくお願いします。




