第1話・助けようと思った美少女がラスボスだった話
僕には、お人好しという悪癖がある。
だから、ダンジョンという特殊な環境にいないはずの女の子をつい助けてしまうのは必然だった。
でもその時は、僕が絶世の美少女になるなんて夢にも思わなかったんだ。
「おーい、アシュ。ちょっと遅れてるぞ、頑張れ」
荷を持つ僕に声をかけてきたのは、パーティのリーダーであり、前衛を務める剣士のフレットだ。
元は僕と同じポーター出身で、年は5つくらい上。たぶん、20歳ぐらいだと思う。
ポーターとは、荷物持ちのこと。
冒険者の中でも最底辺の職で、何の技能もなくても、布のリュックひとつあれば始められる。
だから初期投資はほとんどいらない、けれどその分軽んじられることも多い。
これまでに何度か、タダ働きで終わったこともあるんだ。
僕たちが入ったのは山奥にあるダンジョン。
フレットが買ってきた情報では、このダンジョンは、まだ発見されたばかりで探索が進んでいないそうだ。
見つかったばかりのダンジョンは管理する者がいないから――実力や金のない冒険者が無許可で冒険を行うのに最適な場所なんだ。
このダンジョンは炭鉱を模していて、地面にはレールと呼ばれる金属の棒が奥まで続く、中は暗闇でどんな構造か見えなかった。
「皆、はぐれないように進もう」
フレットは声をかけたあと、さらに念を押す。
「もしはぐれたらすぐに引き返してこの場所に戻って来るように。戻って来れなきゃ、死んだってみなす。もちろん報酬も無しだ」
シビアだと思う。でも死んだ仲間のためにいつまでも待つわけには行かないから仕方ない。
基本的にポーターは隊の中心に配置される。行軍でもダンジョンでも物資は生命線だからだ。
もしもの時はメンバーの命より物資が優先される場合もある。だから基本的に危ない事態にはならない、はずだった。
ダンジョンを入って間もなく、いくつかの宝を手に入れた僕たち。出てくるモンスターもフレットたち前衛が隙なく倒してくれる。
コツコツと足音を立てた行軍も順調ならどこか軽快に聞こえる。
緊張もだんだんと薄れ何もないことが当たり前になって来た。そんな時だった。
それは本当に何の前触れもなく、音も何もなく、忍び寄って来た。
「うわ、何!?」
僕の足にヌメヌメした紐のような物が何かが絡みついた。
くるぶしのあたりから足全体に巻き付き、ゾクッとするような冷たさが肌を這っていく。
そして強い力で一気に引っ張られた。
一瞬で隊から引き離され、僕の身体は地面を離れて宙に浮いていた。
「敵は荷物狙いだ! まずい! ポーターを助けろ!」
フレットが声を張るが、僕は仲間とどんどん引き離されていく。
(僕の代わりは誰でもできる……どうにか、荷物を守らなきゃ)
僕は空中で慌てながらも、リュックの紐を携帯していたナイフで切った。
ぼとん、と音を立てて地面に落ちる。
(これで僕が食べられても、仲間が困ることはないよね)
僕はそのまま釣り上げられて、花の蕾の中に取り込まれる。
足に感じていた、ひんやりとした感覚が全身を覆う。
恐怖も痛みもなく、冷たさとリュックがなくなった軽さだけが印象的で、ああ死んだんだと他人事のようにそう思った。
花は徐々に花弁を閉じていき、僕の視界から光が失われた。
べちょ、という擬音と共に外の冷たい空気を感じた。息を吸って、吐く。どうやらまだ生きてるみたい。
目を開けると月の光によく似た不思議な明るさを感じる。花が咲き乱れその香りが全身を包む。
現実離れした空間がそこにあった。
あれ?天国かな、ここ。
うーん、とりあえず生きてることを前提にしよう。死んでて全部無意味でも、ただの笑い話だ。
そう思って、周りをよく見てみる。中心部の大きな透明な花がオブジェみたいに印象的で……
「女の子! 中に誰かがいる!?」
助けなきゃ……そう思った瞬間にはもう足を踏み出していた。
そう頭より先に身体が動いていたんだ。
僕は、目の前の少女を助けること以外、何も考えていなかった。
ナイフで茎に切り込みを入れて少女の入った花を切り倒す。
妙に柔らかい茎は意外と簡単に倒れた。次は、透明な花びらに覆われた少女を外へ出さなければ。
少女を傷つけないように、慎重に、そっとナイフを入れていく。
中から溢れ出した蜜が僕の手や顔に飛び散り、服の残骸ごと肌に染み込んでいった。
ぬるりとした感触。甘い香り。
身体中がべたついて、不快なはずなのに、なぜかそれが気にならなかった。
助け出した少女はちゃんと体温があって温かかった。良かった、まだ生きてる。
「ぅーんっ……」
甘く、どこか色っぽい声が耳に届く。
少女のまぶたがゆっくりと開き、そこから覗いた瞳は――まるで蒼い宝石のようだった。
一度も日差しに晒されたことがないような、白く滑らかな首筋。
貴族でさえ持ち得ないような光沢を宿した、淡い青の髪。
そして彼女の体から漂う香りは、周囲に咲く花のそれとは違う、濃密で甘い芳香だった。
僕の胸がドクンと音を立てる。
全身が熱を帯びて、息が浅くなる。
「え、えーっと……」
何か言おうとするけれど、うまく言葉が出てこない。ただ彼女を見つめることしかできなかった。
「ふぅ……600年ぶりの外の空気だ。君が出してくれたのか。ありがと」
彼女の第一声に、僕は思わず目を見開く。
600年って……どういうこと?
おじいちゃんのおじいちゃんのさらにおじいちゃんでも届かないよ!?
その口ぶり、妙にしっかりして落ち着いてる。
「え、えっと……大丈夫? 怪我とか……」
僕の問いかけに、彼女は少し首を傾げたあと、微笑んで答える。
「うん、元気だよ。それにしても……」
ふわりと髪が揺れる。
その目が僕をじっと、それでいて柔らかく見つめてきた。
「アシュ。君ってば、ほんと優しいんだね」
「な、なんで名前を――」
言葉を失う僕に、彼女はさらりと言う。
「私はリアリス。まあ、“魔王”って呼ばれることも多いかな」
その瞬間、空気が変わった。
「……魔王?」
まるで冗談みたいな響きだった。でも彼女の目は、冗談じゃない輝きを放っていた。
「うん、封印されてたんだ。君が来なかったらあと、数百年は続いてたかも」
つまり女の子を助けようとして魔王の封印を解いちゃったってこと?
「あ、大丈夫。世界を支配したり、破壊する趣味はないよ」
「ただ、魔王は倒すと特典があるんだ。だから、魔王は狙われる。はぁ、めんどくさい」
リアリスは心底厄介なことのようにため息をつく。
「そ、それって……勇者とか、絶対来るやつじゃない……?」
僕が知ってるおとぎ話では魔王は勇者に倒されることになっていた。
「あはは、来るね〜。しかも一人じゃないよ。軍隊を組んで全力でやってくる。でも、私は戦うの好きじゃないから、できれば来ないでほしいんだ」
「戦うの好きじゃないんだ。魔王って聞くと危ないイメージだったけどそんなことないのかも……」
「それで一度、本気だしたら、酷いことになってね」
軽く笑うけど、その酷いことってどうなったの!?
……聞いたらまずいと肌で感じる。だけど気になって仕方なかった。
「そういうわけで、君にちょっとだけ、お願いがあるんだ」
リアリスは正面に向き直してまっすぐ僕の目を見る。真剣な話と感じた。
「……お願い?」
「うん、具体的には――私の“眷属”として、手伝ってほしいの」
「……けんぞく?」
なにそれ?聞き慣れない単語に混乱する。
「うん、アシュ。君はもうすでに私の眷属なんだ」
「なにそれ、聞いてないよ!?」
思わず突っ込みを入れるが、リアリスはケラケラ笑いだす。
「だって、私の花の蜜に浸かっちゃったじゃん?」
「あ、あのヌルヌルした甘い蜜?」
「あれ、600年熟成された魔王の因子が詰まったエキスだから」
それ、なんかすごく貴重なものっぽい……
「それを全身に取り込んだら眷属化は避けられないね」
そ、そんな。死んだとは思ったけどまさか、人間捨てることになるなんて……
どうして、こうなったー!?
「眷属と言っても、契約的ななにかじゃない。私の一部を取り込んで、変質しちゃうんだ」
何がどう変わるの?
「……そろそろ自分の変化に気がつかないかい?」
リアリスは、少し意地悪な笑みを浮かべる。
でも、意識すればすぐに自分の変化に気がつくことになった。
「あれ?なんか、リアリスが少し大きくなってる気が……あと、声も少しおかしい?」
自分の声が、まるで声変わりを巻き戻したように徐々に低い声が出しづらく感じている。
普通に話してるはずなのに、少女が無理して男の話し方をしているような、そんな感覚。
それに物が大きく感じられるし、手もなんだか小さくなってて、荷を持つために付いたマメが綺麗さっぱり消えていた。
「ふふふ、まあ、鏡でも見てみようか」
リアリスはまるで手品のように、縦長の鏡を取り出し、それはむくむくと大きな鏡に成長した。
僕は、はじめ鏡から目を背けていたが、無言の圧力に屈してゆっくりと鏡の中に目を向けた。
息が詰まる――そこに映っていたのは。
「ええ、これが僕!?」
鏡の中の自分を見た瞬間、思わず声が漏れた。
確かに面影はある。でも――
ポーターとして鍛えた筋肉はすっかり消え失せていて、身体全体がひと回り小さくなっている。これじゃポーターとして荷物なんて運べそうにない。
顔つきも、ほんのりあどけなさを残していて、小麦色の肌をした活発な半裸の少女のようだった。
これが自分だなんて信じられない。いや、信じたくなかった。
体つきは華奢なのに、なぜか柔らかい丸みがあって妙に色っぽい。
中性的で、儚げで――それでいて、どこか魅力的な姿だった。
「どう? まだまだ未完成だけど可愛いでしょ」
リアリスの言葉に思わず納得してしまった。自分で言いたくはないけど――可愛い
でもそれを認めてしまうと何か壊れて、作り替えられてしまうような。
……鏡の中の自分は目を離してくれなかった。
まだ男っぽさの残る不完全な身体が、さらに次の変化を予感させる。
ここから肌が白くなったり、胸が膨らんだり……想像するだけで変な気分になってきた。
鏡の中の少女がわずかに微笑み、それを見た僕まで嬉しくなってしまう。それが、自分が別物になってしまうみたいで……少し怖かった。
「それじゃ、今後の方針を伝えるね」
散々ニヤニヤしていたリアリスの声が少しだけ真剣みを帯びる。
「私の唯一の弱点である聖剣。これを持つ勇者を止める必要があるんだ」
「えっと……どうやって?」
思わず聞き返す僕に、彼女はさらっと、とんでもない方法を口にした。
「女の子の色仕掛けでも使ってダンジョンに誘導すれば良いよ。私は普通に戦うと弱いんだけど、ダンジョンと紐づけされてて、連携すれば勝てるんだ」
あまりに軽く言われて、しばらく言葉が出てこなかった。
女の子として色仕掛けで?
……そんな騙し討ちの片棒を担ぐ役割やりたくなんてない
でもたとえ魔王でも、困ってるリアリスを見捨てることもできないよ。
そんな僕をよそに、リアリスは淡々と説明を続ける。
「現在この世界には5本の聖剣が存在する。それを全部集めること。それが私たちの勝利条件さ」
“私たち”――その言葉が茨のように心に絡みつく。
ただ、巻き込まれただけなのに、彼女の計画の一部になってる。
「どうして……どうして僕だったの?」
自分の変化が怖くてそう問いかけていた。何か、こんな運命になった理由があるはず。
「たまたま、じゃないかな? ここ、ただのダンジョンに食われた人間の死体置き場なんだよ。確かに、封印は弱ってたけど」
「まぁ、どうしても理由をつけたいなら……」
リアリスは少しだけ目を細めて、楽しそうに笑った。
その笑顔が、僕には魔王の呪いのように見えたんだ。
「君がどうしようもない、お人好しだったからさ」
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