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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
82/293

82話

「教官、ここは確か、五百人は入れる講義室だよね?」


「…はい。その通りです。現在、映像と音声どちらも隣の部屋に送れるよう魔道具の設置が完了したところです。外にいる者は皆隣の講義室に入らせますので。」


「そうか。ならそれでいいよ。とりあえず最初の講義はここでするけど、そのあとは外でやろう。私が即席の机を作るから。」


「…お手数をおかけします。」


教官とヴェルムの会話の通り、本館で一番広い講義室にも関わらず満員だった。寧ろ廊下にはみ出ている者がかなりいるため、臨時で魔道具を借りてきた。映像を送る魔道具と、音声を送る魔道具。この二つを同時使用することで、となりの講義室でも聴講出来るようにした。


この案は製作科に大賛成され、試作品でもある二つの魔道具の調整のために、魔道具部門から数名派遣されてきている。


新人を含めた座学が必修の者たちに向けた講義のつもりでいたヴェルムは、数日前の会話を思い出していた。







「お願いします!」


教官室にヴェルムが現れると、多数の教官から取り囲まれた。そして、自分の講義もヴェルムにやってもらえないかと打診してきたのだ。


ヴェルムが講義を代わる事で、教官たちの講義内容に変更がされてもいけないと考えたヴェルムは、最初は断った。

だが、教官たちも負けていなかった。


より良い講義とするために、ヴェルムの力を借りたいと言い出したのだ。

何よりも今後の後進の育成のためにと言われれば、ヴェルムも頷く他ない。


これによって二日間の講義と訓練を受け持つことになったのだ。







「さて、では始めようか。」


ヴェルムが講義室に入ると、騒がしかった講義室は一瞬で静寂が支配し、準騎士たちは一糸乱れぬ動きで立ち上がった。


ヴェルムが教壇までたどり着くと、教官の大きな声が響く。


「敬礼!…直れ!本日より二日間、団長による講義と訓練が行われる。お前たちは世界の誰より恵まれている事を自覚し、成果を出せ!」


教官は言い終わるとヴェルムに頭を下げて、ではよろしくお願い致します、と言った。


ヴェルムが頷き軽く手を挙げると、教官は、着席!と号令をかける。


これまた一糸乱れぬ動きで着席した準騎士たちを見て、ヴェルムは満足そうに笑った。


「今日から明日までよろしくね。私の話がどこまで面白いかはわからないけど、眠ければ寝ても構わないし、飽きたら抜けても良いからね。ヒトは興味を持った物にしか集中が続かない生き物だから。」


誰も笑えないジョークから始まった講義だが、準騎士たちの表情は真剣そのものだった。聴講生としてこの場にいる準騎士など、メモに凄い勢いで書き続けている。


最初の講義はグラナルドの歴史についてだった。

グラナルドの歩んで来た道は、即ちドラグ騎士団が歩んで来た道だ。

その団長であるヴェルムの言葉は、正に歴史の生き証人としての言葉だった。


当時起きた事件、戦争。その背後にある国々の思惑、そして表向きの歴史と事実。


実に様々な視点から語るヴェルムの講義に、準騎士たちはすぐに引き込まれた。


「実は丁度その頃、私は音楽という文化に興味があってね。先ほど言ったように、建国前や建国当時なんかはよく大陸や他の大陸も旅して回ったから、様々な音楽文化に触れたんだ。そんな時にこの相談を受けたものだから、思わずそう言ってしまったわけ。君たちの中に、"ラ"を持つのはどのくらいいる?」


数人が手を挙げる。その中にはフォルティスもいた。


「おや、意外と多いんだね。途絶えてしまった家も多いけど、今でも残る旧家は強い権力を持つ家が多いからね。ヒトというのはそういった継いできた物を尊ぶ傾向にあるから、それも理解出来るんだけどね。」


「東の国がこの大陸に攻め込んだ時は、元々分かってはいたんだ。だけどあそこまで占領下の民を蔑ろにするとは思わなかった。あの時、先代国王が戦争を起こしたのは間違っていなかったと今でも思っているよ。現に、今グラナルドの領土となった旧東の国の国民たちは、己の文化を守りつつ、平和に暮らしているんだから。」


「最近の話で言えば、あの南方戦線には理由があってね。皆んなも知っての通り、今代国王のゴウルダートは侵略をしないつもりだったんだ。先代が拡げた国土を安定させるためにもね。だけどカルム公爵家がグラナルドの民を人身売買で他国に渡している事が分かった。まぁ、零番隊のおかけでほとんどの民は救出されたわけだけど、それでも犠牲は出た。更に、魔石を利用した魔物の強制進化の件もある。あれの出処は西の国だけど、今はその技術をカサンドラが封印した。研究所は今頃、燃え滓になっていると思うよ。」


ヴェルムが語るグラナルドの歴史は、準騎士たちにとって知らぬ事ばかりだった。教官も驚いていた事があったため、ドラグ騎士団で働いて長い教官でも知らない事が幾つもあったようだ。


歴史の講義が終わると、溢れた準騎士たちと合流し休憩も兼ねた移動が行われた。

向かう先は本館の外にある訓練場だ。


準騎士たちは先ほどの講義を聞いているうちに熱くなった己の身体を冷ましながら、それでいて興奮冷めやらぬ様子で移動していた。


「団長の講義ってこんなに自然に頭に入るんだなぁ。今まで座学は苦手だったけど、これからは真面目に受けようって思ったんだ。続きが気になるって言うか、なんて言ったら良いか分からないんだけどさ。兎に角、面白かったよな!」


このような言葉を紡ぐ者が多く、誰もがそれに同意した。


「流石相棒じゃの。人を惹きつける力は並大抵のもんじゃないわい。」


フォルティスもご機嫌だった。ファンガル家が代々継いできた先祖からの言葉も、ヴェルムの話によって腑に落ちた事が幾つもある。人は全ての事柄を後世に遺す事は出来ないのだろうな、などとぼんやり思うフォルティスだった。











「じゃあ次は魔法についての講義だけど、この中に魔法が苦手な者はどのくらいいる?」


そんな言葉と共に始まった魔法の講義。準騎士の中には魔法をほとんど扱えない者もいる。己の無能を恥じるようにオズオズと手を挙げる準騎士たちに、ヴェルムは笑顔を向けた。


「恥ずかしがる事はないさ。仮に今出来なくても、いつか出来るようになる。確かに魔法は才能が必要だ。これは世間でもそう言われているし、魔法を使うのが主になる職に就くためには相応の才能と努力がいる。だけど、ここはドラグ騎士団だよ?君たちが心配しなくても、君たちより才能がない者が今では零番隊にいたりする。私はそんな彼らにこう言い続けたんだ。今の失敗は、いつか自分にとって大事な時に一度でも成功すれば、失敗ではなく経験と呼べる。と。厳しい言い方をするかもしれないけれど、君たちには言っておくよ。絶対に魔法を使いこなせるようになる。何故なら、出来るようになるまでやらせるから。この世に絶対は無いけれど、これだけは言える。君たちは絶対魔法を使いこなす。覚えておいて。」


ヴェルムのこの言葉に励まされた者は多い。ヴェルムとしては、出来るようになるまでやれ、と言っているだけなのだが。

しかし、出来ないから見捨てられるという心配はなくなる。ドラグ騎士団から追放されるのは、上を目指す事を止めた者なのだ。


ヴェルムは無意識にその事を皆に教え込む。

彼はヒトの、見て盗め、という言葉が嫌いなのだった。寧ろ、見るな、感じろ、とよく言う。

魔法ほど感覚的なものも中々ないため、そのように言うしかない。


もちろん、理論立てて説明する事は出来る。だが魔法を行使するのは術者なのだ。

目に見えぬ物に対してヒトは想像力で補う。その時点で能力に差があるのは仕方のない事だ。


「では少し実演しようか。先ほど手を挙げた君。ちょっと前に来て。」


魔法が苦手だと挙手した準騎士が前に出てくる。その表情は不安げだった。


「君の属性は水に偏ってるね。では、水球の魔法を使ってみて。」


水球は初歩の魔法である。水属性魔法の根源は、水を生み出し操る事。魔力が覚醒したばかりの子どもは、水を手から生み出す練習をする。次にその水が流れていかぬよう手に留め、水球のような形を作る事にシフトする。


準騎士が作った水球は、二十センチ程の大きさだった。

だが水球の表面は絶えず揺れており、綺麗な球状とは言えなかった。


「すみません、これが限界です。」


彼は魔法で水を生み出し飛ばす事は出来ても、その場に維持する事は苦手だった。


「ううん、充分だよ。じゃあ私が外から助けるから、自分の魔力がどう動いているかを感じて。さぁもう一度。」


ヴェルムが優しく言うと、彼はもう一度水球を生み出した。先ほどと同じように表面が揺れているが、ヴェルムが手を翳すと綺麗な真円の球状になった。


見ていた準騎士たちから騒めきが漏れる。

これまで綺麗な水球など、二番隊の中隊長クラスにならないと見られない。


「君の魔力はどう動いてる?感じられるかい?」


「はい、団長の魔力で私の足りない制御力が補助されています。」


「うん、良いね。じゃあ、一つずつで良いから私から制御を取り返すんだ。私の魔力に君の魔力を添わせるようにして。そうそう。上手だ。さぁ他の場所も。」


ヴェルムに導かれるまま、彼は真剣な表情で己の魔力を操る。準騎士たちは固唾を飲んで見守った。


「そう。良い感じ。さぁ次だよ。ここが君の一番苦手なところだね。手から離れれば離れるほどに制御が甘くなるのは、君の想像力の問題だよ。見てごらん、既に取り返したところはこんなに綺麗だ。なのに頂上だけ不格好だね。全て綺麗にしないと収まりが悪くないかい?そう、この部分だけ制御しようとしないで。他と均一にするようなつもりで。…そう。ほら、上手く行った。」


彼が水球の制御を見事取り戻すと、準騎士たちから一斉に歓声が沸いた。


すげぇ!なんつう制御力だ!

あんなに苦手だったのに!

おい、すげぇ時間たったようでまだ二分しか経ってないぞ。

おめでとうー!


まるで己の成功のように騒ぎ出す準騎士たち。それに驚いて水球を地面に落としてしまった彼も、嬉しそうに笑いながら涙を流していた。


「まぁ、驚いて制御を失うようじゃまだまだだね。でも、君は一つの未知の世界に足を踏み入れたんだ。今まで自分が苦手だと自覚していた事だけに、解決しようともがいてきたんだろう?その経験が今の成功なんだ。ほら、私の言った通りだろう?もう過去の失敗は失敗と呼ばないんだ。自信を持ちなさい。さぁ、もう一度水球を出して。」


彼は涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだった。だが、それでも笑っていた。

もう一度生み出した水球は、それはもう見事な、どこから見ても真円となる球体だった。







それからヴェルムは数人の制御を見た。水球の彼と同じように指導し、その全てを完成まで導いた。

一人に充てた時間はほんの数分。だが、彼らにとっては何より長くて濃い数分になったに違いない。


「じゃあ次だね。君、前に来て。」


呼ばれた準騎士がヴェルムの元まで走る。その目は期待と不安が入り混じっていた。


「君はどうやら制御力には問題がなさそうだね。でも、出力が弱い。違うかい?」


準騎士は驚いた。そして顔を伏せて肯定した。


「君は魔力量が多くないみたいだけど、それは魔法の出力には関係がない。」


彼はまた驚いた。魔力量がないから持続力もなく、節約するために出力が出ない。そう思っていたからだ。


「同じ悩みをもつ者は多いだろう?だから次は、魔力量とは関係なく出力を上げる方法について教えるよ。勿論、魔力量が多いほど大きな魔法が使えるのは間違いない。でもね、零番隊には君よりも少ない魔力で、ガイアとの魔法戦に勝った者がいる。つまり、大事なのは別のことなんだ。」


同じような悩みを持つ者は多い。魔法は誰でも使えるが、魔法戦を行うほどの魔法を使用するとなれば話は別だ。

より効率的に魔法を使用せねばいつか魔力切れを起こす。魔力切れを起こせば目眩や頭痛が襲い、完全に魔力が無くなれば最悪死ぬ。その前に意識を失うだろうが、戦闘中にそうなればどの道死ぬ。


魔法戦において魔力切れは敗北を意味するのだ。


「君は火属性の魔力が多いんだね。なら炎柱の魔法を使ってみて。魔力は私が肩代わりするけど、普段通り使ってくれて良い。」


彼は頷いて炎柱の魔法を使用する。炎柱は初級とはいえ、初級の中でも難しい魔法である。ある程度魔力量があり、制御に優れた者でないと発動出来ない。


「じゃあ自分が思うように出力を上げてみて。」


ヴェルムがそう言うも、炎柱の見た目はそこまで変わらない。


「じゃあ皆んなからヒントを貰おうか。皆んなは、この炎柱の出力を上げると言われたら何を想像する?どうなっていれば出力が上がったと判断出来るだろう。」


ヴェルムが周りの準騎士に聞く。火属性魔法使いである準騎士がすぐに数名手を挙げた。

ヴェルムはすぐ指名し、準騎士たちは答えていく。


サイズを大きく

火の温度を上げる

もっと高くまで火があがるように


凡そこのような意見がほとんどだった。


「そうだね。出力を上げるということは、より理想に近い結果を生み出すために行うんだ。例えば相手が二人いるなら、この炎柱の出力をあげるのは横に大きくする事が良いだろう。じゃあ一人なら?そう、火力が上がって温度が高くなる方が良いだろうね。じゃあ、今回は温度でやってみようか。さぁ、温度を上げてみて。」


ヴェルムがそう言うが、彼は苦戦していた。温度を上げるために何が必要なのかが分からなかった。


「火が燃えるためには空気が必要だね。だからこうして風を送ると?炎柱が大きくなったね。でもこれじゃあ求めた結果じゃない。だけどよく考えて。君の目の前にあるのはただの火じゃない。魔法で生み出した火なんだ。空気の量を増やしてダメならどうすれば良い?」


彼には直ぐ分かった。今まで意識していた火に向けた手の先ではなく、もっと根源、自身の魔力を生み出している魔臓を意識した。

彼が想像したのは、魔力をただ沢山送り込む事ではなく、凝縮した質の良い魔力を生み出すこと。同じ量の魔力を送るなら、より質の良い魔力を送るべきだと気付いたのだ。


しかしその作業は難しかった。

額に大粒の汗を流しながら魔臓に意識を集中する。だが、今は魔法を発動している状態。そちらの制御にも意識を割かねばならず、中々上手くいかない。


しかし、ヴェルムが彼の腹に手を当てると周囲の気温がグッと上がった。


「魔力の質はこうやって上げるんだ。ただ集めて固めるのではなく、練り上げるようにして。そのままでは君の魔力量では直ぐに枯渇する。器が大きくないからね。でも、常に練り上げた密度と質の高い魔力なら?器がどれだけ小さくても、元の魔力より何倍、何十倍以上の魔力量に相当する魔力を持てる。そう、そうやって練り上げるんだ。」


ヴェルムが彼の腹に手を当てた途端、炎柱の色は橙から蒼に変わった。

ヴェルムが手を離すと元に戻ったが、少しずつ赤くなり、そして青くなっていく。


それを見た準騎士たちはまた歓声をあげた。蒼炎など、準騎士ではあり得ないのだ。


「ほら、出来た。これは君の制御力が成した結果だよ。つまり、制御力無くして出力は上がらないんだよ。外には魔力量でゴリ押す魔法使いはいくらでもいる。でも、その何割しか魔力がない者でも、圧倒的に勝つことが出来る。皆も制御力と並行して、自身の魔力を練って質を高めると良いよ。因みにだけど、蒼炎を目指して貰っては困る。目指すはここだよ。」


そう言ってヴェルムが彼の腹にまた手を当てる。すると炎柱は蒼から白に変わった。

これは一般に、お伽話に出てくるような魔法である。

聖焔と呼ばれるこの炎は、魂さえも焼き尽くし罪を浄化すると言われている。


勿論、そんな効果はない。全てを燃やし尽くすだけだ。


驚いて固まる準騎士たちを見て手を離したヴェルム。炎柱を消させると笑顔で皆の方を向いた。


「制御力は鍛えればこの様に他人の魔力でも扱える。戦いにおいて相手の制御を奪うのも技術だよ。だからこそ、一瞬で効果が発揮されるものではない魔法は、より制御力を求められる。持続する魔法の全ての弱点がこれだね。さぁ、どれだけ制御力が大事か理解出来たかい?では次にいこうか。」


ヴェルムの実演を交えた魔法の講義はこの後も続いた。


後日、五隊の隊員が準騎士からこの講義の話を聞いた。そして隊員たちは大いに慌てた。

それもそうだろう。士官クラスにならねば使えぬような魔法を、入団して数年の、この間まで新人だった準騎士が使ったのだから。


それからしばらく、隊舎に併設された訓練所は混み合った。士官クラスはしょっちゅう隊員からアドバイスを求められ辟易したとか。

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