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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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81話

少年は首を傾げた。


まただ。どうしてそんなに?


彼の思考は昨日からずっと同じ疑問を繰り返す。

その理由は一つ。昨日からやたらとドラグ騎士団の大先輩である他部署の者たちから、良いなぁ、とか、頑張れよ!だとか色々と声をかけられるのである。


新人が先輩方から羨まれる理由が一つも見当たらない少年は、他にも同じように声をかけられたという同じ新人騎士の同期たちに相談した。


「ねぇ、昨日から先輩方に色々と声をかけられるんだけど、何か知らない?」


「あぁ、あれか。俺も気になって教官に聞いたんだけどよ。どうも、団長の講義が羨ましくてしょうがないらしいぞ。俺ら新人に講義するって決まった途端、各部署からも講義の要請が入ったらしい。そんな凄いのかね、団長の講義とやらは。」


「え?じゃあ、今日の講義は団長の講義なの?」


「あぁ?お前聞いてなかったのかよ。昨日教官から言われただろ?講義で寝ないようにしっかり寝て来いって言ってたぞ。」


「え?嘘!ほんと?うわぁ、どうしよう。」


「今知ったんだから良いだろ。これからその講義だぞ。ほら、さっさと食って行こうぜ。」


少年は同期の中でも一番の仲良しとなった、大柄の槍使いの男と昼食を共にしていた。同じテーブルには他の準騎士たちもいたが、二人の会話を聞きながらも何も言わなかった。


食堂ホールを出て行った二人に視線をむける事なく、準騎士たちは食事を続ける。だが、その表情はどこかもどかしさを感じるように落ち着きがなかった。


「おいおい、お前ら落ち着かんか。」


そんな準騎士たちに声をかけたのは、新人と準騎士どちらも視界に収めていた教官だった。


「あ、教官。いや、しかしですね。なんというか、見てられなくて。」


「そうですよ。何と言うのが正しい表現か分かりませんが、その、勿体無いと言いますか。あれでは子どもの初等教育で各専門分野の世界的権威が講義するようなものじゃないですか。」


準騎士たちはここぞとばかりに思っていた事を言う。

教官は片方の眉尻を上げて聞いていたが、ため息と共に下げた。


「お前らな。その心配はよく分かる。ただでさえ忙しい団長殿の貴重な時間を割いてしてくださる講義だ。無駄にする事があってはならん。だがな、いつかその講義の内容を本当に理解し、助けられる時が来る。その時に気付くんだ。自分はとても恵まれた環境にいる、とな。それに、何故五隊や各部署の者が激励だけで済ませていると思う?俺と同じ考えだからだよ。つまり、お前らもまだまだって事だ。丁度いい。座学がある者だけの予定だったが、任務の無い者は一緒に講義受けて来い。許可はとっておく。」


教官の言葉にポカンとしていた準騎士たちだったが、最後の言葉で狂喜した。


さすが教官!着いて行くっス!

よ!やるときゃやる男!

カッコいいです!

憧れます!


教官も満更ではない。次々に囃し立てる準騎士たち。

だが、ここが何処だか忘れてはならなかった。それに気付かないとこうなるのだ。


「お前ら!騒ぐなら別の場所に行けや!今日は宴じゃねぇんだぞ!」


「「「「「「ハッ!」」」」」」


そう。ここは食堂。粗相をすれば零番隊や五隊の隊長であっても怒鳴られる、料理長の聖域。

彼はきっと、ヴェルムが騒いでも怒鳴るに違いない。


準騎士たちは一斉に立ち上がり敬礼した後、教官にも敬礼してドタドタと去って行った。教官はそれに対し座ったままの敬礼と苦笑で返した。


騒ぎが落ち着いた頃、教官がヴェルムに先ほどの話の許可を取ろうと立ち上がる。そしてヴェルムの事を探すと、なんとヴェルムが教官を見ていた。


目礼をしてから近づこうとする教官に、念話魔法が繋がる。


(大丈夫、許可するよ。あくまで新人を含めた、入ってすぐの子たちが受講生だから、彼らは聴講生という扱いにするけどそれでも良いかい?)


教官は驚いたが、表情には出さずにヴェルムに向かって頭を下げた。


(ご迷惑をおかけします。どうぞよろしくお願い致します。)


顔を上げるとヴェルムは笑顔で教官を見ており、それから頷いた。

教官はもう一度頭を下げてから食堂ホールを後にする。

講義室の変更の届出をせねばならない。予定した人数よりも遥かに多い人数が詰めかけるはずだ。広い講義室にせねば廊下まで立ち聞きの準騎士で溢れかえってしまう。


教官は一人廊下を歩きながら、成長していく教え子たちを思ってつぶやいた。


「こないだまではお前らが心配される立場だっただろうが。いつの間に団長殿の講義を聞きたがるようになったんだ。」


口では文句を言っているように聞こえるが、その表情はまるで正反対だった。

教官は言う事を聞かない己の頬を手で隠しながら歩く。かなり怪しい人物になってしまったが、誰も見ていないので問題は無い。もし見られていたら、滅多に笑わない教官が一人で笑いながら歩いていた!と噂になる事だろう。











「お?少年じゃないか!」


少年が講義室変更の知らせが貼り出された、本来講義が予定されていた講義室の扉を見つめていると、後ろから声をかけられた。


「フォルティスさん!それからバルバトスさんも!」


少年はパッと笑顔を見せた。血継の儀の夜以来、フォルティスと本音で話した事が切っ掛けで、少年はフォルティスと仲良くなった。その関係でバルバトスとも仲良くなり、今では二人から孫のように可愛がられている。


「閣下、バルバトス卿。お疲れ様です。」


槍使いの男は、ファンガル伯爵の推薦で入団試験を受けた。つまり、目の前にいるフォルティスの推薦を受けた男なのだ。


最近はなんとか言葉も崩せるようになってきたものの、相変わらず閣下呼びな事がフォルティスには不満だった。


「お主はいつまで経っても学ばんな。儂はもう閣下ではないぞ。せめてこのバルバトスと同じように呼ばんかい。」


「も、申し訳ありません。か、フォルティス卿…。」


また閣下と呼びそうになった男だが、ギリギリ許された。

彼の父はファンガル領軍の部隊長。その槍捌きは領軍一とも呼ばれ、ファンガル領軍の精強さを象徴する人物である。

その息子である彼は冒険者として活動していたが、世界一の槍使いになるという目標を父に話した所、真面目な顔でドラグ騎士団に入団するよう言われた。


そんな経緯があって入団した彼だが、最近やっと父が言った意味が分かってきた気がした。


お前の見ている世界は狭すぎる。槍を使うというのはどういう事か、見てくると良い。世界を知るのだ、息子よ。


父の言葉はしっかりと覚えている。正直、入団当初はこんなものかと思った。だが、入団試験で互角の戦いをしたはずの相手と訓練で再戦した時に気付かされたのだ。

試験の時は自分にバレないよう手加減していたのだと。


一度も相手に一撃入れることが出来ずに地に転がったのは、今でも歯軋りしたいほど悔しい。

だが、今隣にいる少年は入団してからメキメキと実力を伸ばし、今では自分と互角とは言えないまでも、食いついてくる事が出来るほどの実力を持っている。


冒険者ランクCの自分とだ。これは異常な事である。だが、それが堪らなく嬉しいと感じた。少年は彼にとってかけがえのない存在となったのだ。


「講義室が変わったのか。という事は、先輩方も講義に出られるのだろうな。」


バルバトスが張り紙を見て言う。少年はそれに頷いた。


「バルバトスさん、なんでそんなに団長の講義は人気なんですか?昨日から先輩方にずっと声かけられるんです。良いなぁとか、頑張れよーとか。」


少年は疑問に思っていた事を問うた。


バルバトスはフォルティスと目を合わせた後、少し考えてから口にした。


「これは儂の考えだぞ。それでもいいか?」


最近、バルバトスは口調が変わった。少年が聞いた限りでは、どうも親族が訪ねて来たそうだ。その親族から、新人騎士なのにそんな偉そうな口調なのかい?と聞かれたらしい。少年は、親族とはいえ英雄に対してそんな事を言って大丈夫なのか?と不安になった。

だがバルバトスは、この親族に言われた事を真摯に受け止めたようだった。

それ以来、爺さんのような言葉遣いは見ていない。


「はい、気になっていたので、他の方の意見が聞きたいのです。」


少年は頷いてから期待に満ちた目でバルバトスを見つめた。

話は移動しながらで、とバルバトスが言うと、四人は歩き出す。


「団長殿はな、ここの誰よりも各分野に精通した知識を持たれておる。先日、錬金術研究所の所長殿が行き詰まった研究が、団長殿の一言で解決したと仰っていた。騎士団の皆は、誰よりも優れた団長殿に追いつくのだ、と必死なのだ。それは、この騎士団の絆の深さを見れば分かるな?」


「はい。最初は不思議でしたが、最近はフォルティスさんのおかげで、僕もその一員になれたら良いと思えるようになりました。」


「うむ。だからこそなのだ。皆は団長が頼れるような存在になるために、それぞれの分野を必死に極めようとしておる。零番隊などが良い例だろう。彼らはある意味、団長殿が出来ない事を代わりに成しているのだから。」


少年だけでなく、槍使いの男も真剣に聞いていた。フォルティスも黙って歩いているが、その耳はこちらに傾けられている。


「矛盾してはいるが、団長殿の力になるために団長殿の力を借りてさらに強くなろうとしておるのだ。そしてそれは、いつかきっと実を結ぶ。そう信じておるからこそ、今回の件になったのだろうな。」


「つまり、団長様の知識や技術を身につけて団長様の隣に立ちたい、という事ですか?」


「まぁ大凡それで間違っとらんだろう。あくまで儂の考えだがな。」


少年は納得がいったようなそうでないような表情だったが、次いで飛んできたフォルティスの言葉に破顔した。


「ようは、相棒の事が大好きなんじゃろ。相棒のファンとも言えるな。」


四人は笑いながら講義室へ向かって歩いた。

最近この四人で過ごす事が増えた。だが、こんな景色も悪くないと、四人とも同じ意見だった。











「本日は団長殿の講義である。座学が必修の者たちは受講生、他の者は聴講生として扱う。よって、受講生は前に。聴講生はその後ろに座れ。聴講生はここから後ろだ。」


四人が講義室に着くと、既に多くの準騎士が集まっていた。

四人は受講生であるため、前から二列目に座る事が出来た。持ってきていた筆記用具を机に置く。フォルティスがナイフで鉛筆を削る事に苦戦していると、少年は笑ってその鉛筆とナイフを取り上げた。


「フォルティスさん、見ててください。こっちからこの方向に動かすんです。ナイフは親指で固定して。片手で動かすと安定しませんから、両手の親指を使って真っ直ぐナイフを動かすと、ほら。」


「おぉ、なるほど。助かったぞ。鉛筆削りなどやった事がなくてな。」


どういたしまして、と言いながら鉛筆とナイフをフォルティスに渡す少年。その光景に堪え切れなかったのか、バルバトスが笑い出した。


「お主ら知らんのか?鉛筆削りなる道具があるだろうに。ほれ、これだ。この穴に鉛筆を差し込んで回せば…、ほら。この通りだ。」


バルバトスの実演に、フォルティスは、おおー!と声をあげる。


「バルバトスさん、僕もそれ持ってますよ。でも先が鋭くなり過ぎる事があるのであまり使わないんです。ナイフの方が子どもの頃からやっていて慣れているというのもありますが。」


少年の言葉にバルバトスは、そうだったか、と返す。

フォルティスはバルバトスが持つ鉛筆削りに興味津々だったが、既に負けず嫌いが発動してしまっているようで、ナイフで慎重に鉛筆を削っていた。


「バルバトス卿、更にこんな物まであるんですが、見た事はありますか?」


槍使いが出してきたのは、小さな魔石が嵌め込まれた魔道具だった。


「ん?魔道具?この流れで出てきたという事はまさか…?」


「はい、そのまさかです。こうしてこの穴に鉛筆を差し込むと…。この通り、回さずに鉛筆が削れるんです。」


鉛筆削りの魔道具だった。

魔道具は高価だ。どんなに小さく単純な作りの物でも、一般的には高価な部類に入る。魔道具専門店が、商業区の市民街に近い位置にしかないのもそういった理由だ。


「こ、これは画期的だ。しかし、これは売れんだろう。市民層は兎も角、貴族は自分で鉛筆削りなどせん。フォルティスを見れば分かるだろう。使用人がやるのだ。だったらそこに高価な魔道具を導入する貴族などおらんだろう。需要はあるのか?」


バルバトスの疑問は尤もだ。だが、槍使いは笑顔で肯定した。


「はい、おそらく売れないです。まぁ、商家や市民層には売れると思うんですがね。でもこれ、売るために作った訳じゃないんですよ。」


槍使いがそう言うと、バルバトスは首を傾げた。だが、それまでナイフに集中していたフォルティスから声をかけられた。


「そ奴は親子で手先が器用でな。そのくらいの魔道具なら作るんじゃよ。自分で。」


「え、それ手作りだったの!?僕も欲しくて父に相談しようかと思っていたのに…。売り物じゃなかったんだ…。」


フォルティスの言葉に最初に反応したのは少年だった。彼の父は商人である。伝手を使って手に入れられないかと考えていたらしい。


「ん?いるか?それならお前の分も作ってやるよ。」


「良いの!?やったぁ!」


無邪気に喜ぶ少年と、それを見て笑う槍使い。仲の良い兄弟のようなその光景だったが、ふと槍使いの表情が固まった。


「ん?どうしたの?」


そんな槍使いを訝しんで少年が問う。そしてその視線の先を追うと、槍使いの方へ身体を向けている少年から見て後ろ、つまり教壇を見て右に座る英雄二人を見ている事が分かる。

少年が後ろを見ると、そこには物欲しそうな顔をした英雄が二人いた。


「わ、分かりました。お二人の分もお作りしますから。でもこいつが先ですよ。お二人はその後です。それでもよろしいですか?」


「もちろんじゃ!すまんの!」


「あぁ、後で良い!楽しみにしている!」


喜んでいる英雄二人を見て、槍使いは頭を抱えたかった。だが、少年の兄貴分を自認している彼は、その弟分である少年を前にして自分の発言を翻したくない。

しばらく寝る暇を削るしかなさそうだ、とため息を飲み込んだ。

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