40話
「いや〜疲れた!お風呂いこ、お風呂!」
特別班と所長は騎士団本部の竜達が暮らすエリアまで戻ってきていた。任務の間、竜達は周辺で好きに過ごしていたが、任務が終わり帰還となった祭にリーダーの青年が竜笛を吹き、呼び寄せてから竜に跨り全員で帰還したのだ。
「先に報告でしょう?お風呂に入りたいのは同意だけど。」
一番隊の女性が風呂だ風呂だと騒ぐのに、五番隊の女性は報告が先だと嗜める。男性陣は苦笑いしているが、リーダーの青年が笑顔で一番隊の女性に向き直った。
「報告は僕がしておくから。先にお風呂に行ってきていいよ。あ、でも打ち上げは待っててよ?席を確保しておいて。」
はーい、と元気よく手を挙げる一番隊の女性。いいの?と言わんばかりの目で五番隊の女性も見てくるが、青年は頷くだけに留めた。
所長も含めた女性陣が大浴場のある本館へと移動するのを見送り、男性陣も動き出す。
「では僕は報告に。君たちも準備して打ち上げね。店の場所は聞いたから、現地集合で良いんだろう?」
リーダーの青年がそう言うと、二人の男性は頷いた。
「お前達が一番乗りだな。流石は特別班のエースチームか?」
本館の受付にて、青年が所長から預かった素材入りのマジックバッグを提出すると、奥から大柄な男が出てきてそう言った。
「あ、部隊長。お疲れ様です。僕らはこういう事には慣れてますからね。それに、速かったのは竜たちのおかげですよ。」
青年がそう言うと部隊長と呼ばれた大柄の男は笑みを深めた。
「今回は所長同伴だったんだろ?大変だったろ、あの人の護衛は。」
「いえ、それも慣れですからね。無理な注文を付けてこない分、街の錬金術師たちより楽できて良いですよ。今回も良い訓練になりました。」
「そうか?なら良いが。そうだ、ボーナス出てるぞ。どうせ今から打ち上げだろう。どこでやるんだ?」
突然打ち上げ場所を聞かれ首を傾げる青年だったが、素直に店を答えた。
「あぁ、あの店か。アズール隊長がやたら美味しかったと言っていたな。その時はアイルと団長と一緒に行ったらしいが…。そうだ、団員が行く時は言えばサービスして貰えるとも言っていたな。是非言ってみろ。デザートくらい出してくれるかもしれん。」
「そうなんですか?では言ってみますね。美味しいだろう事は既に分かっていますが、楽しみです。部隊長は行かれた事は?」
「俺は無いな。お前達が行って気に入ったなら教えてくれ。俺も行ってみる。」
「分かりました。ではまた。」
「あぁ、任務ご苦労。楽しんでこい。」
そのようなやり取りをして別れたが、最後に部隊長が浮かべた悪戯っ子のような笑みが気になってしょうがない。
まさか本当はびっくりするような不味い店?いや、二番隊のアズール隊長が美味しいと言っていたと部隊長は言っていた。ならばなんだ?
青年は混乱しながらも、どうせ本館まで来たならと大浴場へと向かった。
「お待たせ〜!」
最初に風呂に向かった女性陣が最後に来た。これはいつもの事である故に男性陣は気にしない。
「すみません、遅れてしまって。私がモタモタしたせいで。」
所長が男性陣に頭を下げると、三人は揃って首を横に振る。
「いえいえ、むしろ今日は早い集合ですのでお気になさらず。普段はもっと待ちますから。」
一言余計な言葉を追加した三番隊の男に、一番隊の女性の肘打ちが刺さる。
ぐぅ、という声と共に沈み込む男に、特別班の面々は呆れ顔だ。この光景が当たり前の特別班は、唯一心配そうに見る所長が新鮮でならなかった。
「いらっしゃい!何人だ?」
筋骨隆々の壮年の男性が出迎えた。凡そ料理人には見えないその男性に、特別班の面々は驚いた。いち早く復活した五番隊の女性が、六人です、と返事をする。好きなとこに座んな!と元気な声が返ってきた。店には他の客がいない。昼食とも夕食とも言えない時間帯だからだろうか。それとも、東の国の料理はまだ浸透していないからだろうか。
店は入り口からしばらくは土間になっており、これは他の店と変わらない。しかし、客席が並ぶ土間をコの字に囲うように高くなっており、そこでは土足で上がる事は許されなさそうだ。数カ所に平たい石が置いてあり、そこに草履が置いてある。東の国本島では、家は土足で上がらないと聞く。この店も東の国の料理を出すと聞くので、文化も東の国基準となるのだろう。
そんな事を青年が考えていると、若い女性が冊子を持って現れた。
「ご来店有難う御座います。こちら品書きとなっております。それから、こちらお手拭きです。どうぞ。」
「ありがとうございます。」
青年が渡されたお手拭きを持つと、温かい。グラナルド王国ではお手拭きが出てくる店は多い。肉体労働がメインとなる故に、手を綺麗にしてから食べるようにという衛生概念が広まっているおかげだろう。しかし、このように温かいお手拭きが出てくる事は無い。保温するにしても魔道具が必要な上、その場で作るなら湯を常備せねばならない。お手拭きに料金を取るわけではないので、コストに見合わないのだ。
「はぁ〜、気持ちいい〜。」
一番隊の女性が溶けていた。手を拭いた後のお手拭きを広げて顔に乗せている。
「こら、みっともない事しないで。」
五番隊の女性が嗜める。一番隊の女性は、はーい、と言いながらゆっくりお手拭きを取った。
その一連の流れを見た男性陣は、お手拭きを広げて両の掌に乗せた所で止まった。英断だ。
「ほら、注文を決めよう。どれも美味しそうだよ。」
「そういえば、うちの隊長が来た時はアイルと揉めたらしい。なんでも、麺とか出汁?について。団長は笑って見てるだけで答えてくれないから、只管予想してたんだと。」
「なにそれ?アズール隊長とアイルが東の国の料理について考察してたって事?それとも喧嘩かしら。」
青年、二番隊の男、一番隊の女性と話しだす。特別班の五人はこの大陸出身のため、東の国の文化に明るくない。しかし、団長が気に入っているため食堂ではよく東の国の料理が出される。団員にもそれが原因でハマる者が多いが、箸の練習で躓く者も多いらしい。
「ご歓談中失礼します。間違っていたらすみませんが、皆さんはドラグ騎士団の方々ですか?」
途中からアズールとアイルの話になっていた特別班に、先程の女性店員が声をかけた。
「そうですけど。どうかしました?」
一番隊の女性が訝しげに聞くと、青年が、あっ、と声を出した。
「なに、どしたの。」
訝しげな表情のまま青年を見る一番隊の女性。彼女は出先で自身の所属がドラグ騎士団だとバレる事を苦手としている。それは、彼女が所属する隊、一番隊の体調が国民に絶対的な人気を誇っているからだ。他の隊長たちも人気が高いが、ガイアが女性に人気なせいで、同じ女性である自分が嫉妬されるのだ。ガイアに魅力を感じていない彼女には、本当に迷惑な話である。今日は他に客がいないため気を抜いていた。
「いや、報告に行ったら部隊長から、ドラグ騎士団の者だと言えばサービスしてもらえる、って聞いてたの忘れてたからさ。」
青年がそう言うと、より一層訝しげになる一番隊の女性。しかし、店員が聞いてきたのは全く違う理由だった。
「やはり!先日ヴェルム様とご一緒に来られた二番隊隊長様とアイルくんのお話をされていたものですから。盗み聞きのようになってしまい申し訳ございません。ヴェルム様は私と店主の命の恩人です。それどころか、当店のために色々と手を尽くしてくださっております。ヴェルム様はいつも、ドラグ騎士団は私の家族、と仰っておられますから、ドラグ騎士団の方々がご来店された時は目一杯お返ししようと話していた所です。」
女性店員の話を聞くにつれ、一番隊の女性の眉間から皺が取れた。特別班の面々がホッとしていると、所長が女性店員に声をかけた。
「あれ?もしかして、国境線の村で助けた子ですか?先ほどの店主。」
その声を聞いてその場の全ての目線が所長へと向いた。その時、店の奥から店主が出てきた。
「おい、注文聞くのにどんだけ時間かけてんだ…って、どうした。」
「父さん。父さんはこちらのお客様とお知り合い?ドラグ騎士団の方々なんだけど。」
その場の空気が何なのかよく分かっていない店主に、娘である女性店員が声をかける。少しだけ首を傾げていた店主だったが、すぐに何か思い出した。
「あっ!所長さんじゃあないですか!その節は本当に色々と世話になりました。まさか所長さんが来てくれるだなんて。今日はサービスしますんで、ゆっくりしてってください。」
店主のヴェルムに対する態度よりも丁寧なその言葉を聞いて、女性店員は驚いていた。特別班の面々も、滅多に研究所から出てこない所長が街の料理屋の店主と面識があるなどとは思いもよらず。
女性店員を見て、大きくなりましたねぇ、などと呟いている所長に若干引いている。
色々とゴタゴタしたものの、無事に注文を取って下がった女性店員を見送ってから、代表でリーダーの青年が口を開いた。
「所長、店主さんとはお知り合いですか?」
所長はその質問が来ることが分かっていたようで、眉尻を下げて笑った。
「団長が助けたんですよ。まぁそんな人はいくらでもいますからね。私が関わったのは、この大陸で東の国特有の野菜や果物を育てる土壌を整えるための薬を作ったことでしょうか。皆さんのお話を聞いていて、もしかしてこの店かなとは思っていたんです。店主とお会いしたのは開店前ですから、もう随分前になりますね。」
特別班の面々が、へぇー、と口を揃えて感心していると、所長はクスクスと笑った。仲が良いんですねぇ、と呟くと、顔を見合わせて全員で笑った。なんだか特別班に一人班員が増えた気がした。
出てきた料理は豪華だった。任務完了の打ち上げだと話すと、追加で品を増やしてくれたのである。アズールとアイルが熱い論争を交わした原因の蕎麦も出された。本部の食堂では見たことのない料理もあり、六人はどれも美味しいと言いながら楽しく食べて飲んでいた。
東の国本島で作られるという酒は、甘みもあるが度数も強く、酒に弱いリーダーの青年は早々に遠慮していた。
「このお猪口?っていうの、私好き!強いお酒だからこそ少しずつ飲めるし、何より口当たりが良いもん!この入れ物、なんだっけ?これとセットで売ってないかな〜。」
一番隊の女性は酔っているらしく、お猪口と徳利を振り回している。
「徳利よ、徳利。私も欲しいわ。でも、これに入れるお酒も手に入れないとじゃない?」
五番隊の女性は少しも顔色が変わっていない。どうやら酒には強いらしい。
「徳利と猪口なら研究所にありますよ。たくさんありますから好きなのを持っていってください。お酒も、少しでしたらお分け出来ますよ。」
所長が何の気なしにそう言うと、女性二人はガバッと音がしそうな勢いで所長を見る。その勢いに若干気圧されながらも、所長は笑顔で頷いた。
まだ外は明るいが、大宴会になっていた。
そんな店に新たな客が入ってくる。実はドラグ騎士団所属だと分かった段階で、女性店員が店主の指示で閉店の札を下げ暖簾を回収していた。よって、客が来るはずは無いのである。
「すみません、本日貸切でして。」
女性店員が頭を下げるが、入ってきた客は店内を見渡して特別班の面々を見つけ、ニヤリと笑ってから言った。
「大丈夫大丈夫、あの子達の先輩だよ。あんたかい?うちの団長に助けられたって料理人は。」
その一言で女性店員はこの客がドラグ騎士団関係者だと分かった。すぐに頭を上げると、特別班の面々が座る席へと案内する。
客は女性だった。しかし随分と大きい。赤い髪を一つに縛り下げているのもそうだが、何と言ってもその顔に注目が集まる。赤い塗料だろうか、顔の至る所に複雑な紋様が描かれている。
その客が特別班が座る席へと近づくと、何事かと顔をあげた。そしてその客を見て一斉に立ち上がり敬礼する。所長はニコニコとしたままだった。
「か、カサンドラさん!お久しぶりです!どうしてこちらに?」
皆と違い殆ど飲んでいないリーダーの青年が代表で挨拶すると、客、カサンドラはニヤリと笑った。
「ほら、任務完了の打ち上げだろう?そんなの良いから座った座った!あぁ、お姉ちゃん、この椅子借りるよ。」
敬礼など必要ない、と手をしっしと振った後、隣の席の椅子を勝手に持ってきて座るカサンドラ。
その間に女性陣が猪口をカサンドラの前に置き、カサンドラが猪口を持つと酒を注いだ。
「済まないね。ほんと、気にしなくていいからさ。あんたたちがここで打ち上げしてるって、四番隊の部隊長から聞いてさ。私も報告でこっち来てたから、ついでにあんたたちの顔でも見ていこうかと思ってね。そしたら何だい、あんたまでいるとは思わなかったよ。」
特別班の面々に向けて言いながら、最後は所長に向けて言うカサンドラ。所長はそれを受けて、ふふふ、と笑いながら言葉を返す。
「カサンドラは相変わらずね。今日までこの班が私の護衛任務でね。素材採取するにはこの班が一番だもの。しかも、打ち上げにまで誘ってくれるのよ?優しいわよね。」
どうやら気安い仲らしい。カサンドラはそんな所長を見て、ふん、と鼻を鳴らす。猪口に注がれた酒をクイっと飲み干し、お代わりを注ぐ五番隊の女性に礼を述べてから徳利を取り上げ、彼女に酒を注いでからそのまま自分の元へ徳利を置いてしまう。
後輩に一々酒を注がせる事のないよう、手酌で良いというアピールなのだが、その分かりにくい優しさに気付いた所長はクスクスと笑っていた。
「なんだい、相変わらず気味が悪い笑い方だねぇ。そのダサい魔道具もどうにかならないのかい?今なら普通のメガネに見えるやつ作れるだろう。」
カサンドラがそう言うと、分かりやすく所長が拗ねた。頬を膨らませて、怒っています!とアピールしている。
「これはこのままで良いの!ヴェ、団長が作ってくれたんだから!」
どうやら所長の可愛らしい一面が見られそうだと、特別班の面々は静かに動向を見守る。それに気付いていながらカサンドラは更に煽った。
「なら新しいの強請ればいいだろう?それに、そのメガネ作った後、かけたあんたを見て団長も笑ってたんだろう?怒るとこだろう、そりゃ。」
「そうだけど!いいの!団長が私のために作ってくれたんだから!そもそもこれ、団長の鱗だよ?おいそれとくださいって言えないの分かって言ってるでしょう!」
カサンドラのいじわる、と膨れている所長。こんなに感情が動く所長を見たことがない特別班は、カサンドラに尊敬の眼差しを送る者と所長へ同情の眼差しを送る者に分かれていた。
カサンドラが乱入した事で更に盛り上がる打ち上げ。任務で戦った魔物の話や、カサンドラが過去に倒した魔物の話など、大いに盛り上がっていた。
「そういえばカサンドラさん、炎帝になってから冒険者としては何か変わった事ってあります?」
一番隊の女性がカサンドラに聞く。
カサンドラは表向き冒険者として活動しており、零番隊である事は伏せられている。零番隊自体表向きには存在しない隊であるため、そこまで騒がれたりはしない。しかし、随分と前になるがカサンドラは一番隊の隊長だった。だからガイアはカサンドラに頭が上がらないのだが。
カサンドラが一番隊隊長だったのはもう随分と昔なので、グラナルド王国民の記憶にはない。その頃の国民は皆墓の下だ。それこそ、特別班の面々が産まれるより前の話である。
「うーん、別に?ただ、所属国を決めるって話は全部断ったね。後は貴族どもの勧誘が鬱陶しい。それは隊員みんなそうみたいだけどね。あんたも聖帝だったろ?その頃はどうだったんだい?」
突然のカサンドラのぶっ込みに、特別班は唖然としていた。
しかし、言われた本人は何も気にしておらず。
「ん?そうね。あの頃も貴族とかうるさかったわね。死にかけのお爺さんの治療、不老不死にする依頼、薄毛を治すって依頼もあったわ。」
所長は昔、冒険者のトップ、帝の地位に就いていた。各属性を扱う頂点の存在で、Sランクでも突出していないとなれない地位である。
そんな聖帝を捕まえて薄毛の治療とは…、と呆れるカサンドラ。所長との付き合いは長いが、薄毛の話は聞いたことがなかった。ドラグ騎士団古参のカサンドラでも、所長の事はまだ謎が多いらしい。
特別班の打ち上げは、伝説の人物二人の話を聞ける大変有意義なものになったようだ。
夕飯時になれば客が来るだろうと、一同が解散するまでこの打ち上げは盛り上がっていた。




