41話
五番隊隊長スタークの趣味は菜園の手入れである。これは団内で周知の事実であるが、実はスタークは団員からそれはもう感謝を贈られる存在である。
それはなぜか。料理長が常日頃から団員に、スタークに感謝しろ、と言うからだ。
本部の食堂で給される食事は、王族が普段食べる物よりもクオリティが高く、栄養価や含有魔素量、見た目に味と全てが世界最高峰だ。これに関してはグラナルド王国第二王女であるユリア・ラ・グラナルドも認めている。寧ろ、ユリアは本部を離れる事になった時、食堂の食事が食べられない事を大いに悔やんだ。それを見た国王が、そこまで言うなら食べてみたい、と言ったのはまた別の話。
食堂には食の番人とも呼ばれる肝っ玉母ちゃんが存在する。全ての団員の母を自称する彼女は、疲れ果てて食事に来る団員には愛という名の大盛りを、落ち込んだ様子の団員には愛という名の喝を入れる。いつでも明るく元気な食の番人を見て、団員は美味しく食事を摂る事が出来るのだ。
そんな食の番人である彼女に、団員は食事を終えた後トレーを返す際、ご馳走様でした、と挨拶する。
この挨拶は、団長であるヴェルムが広めた挨拶である。食前にはいただきます、食後にご馳走様でした、こうして食事や作った者に感謝を捧げるのだ、と。
新人騎士が最初に教えられる団内規則の一つである。
そして、ご馳走様でしたと言われた食の番人や料理長が必ず返すのだ。
スタークに感謝しなさい、と。
そんな訳でスタークは本部内を歩けば頻繁に声をかけられる。スタークとしても、昨日のキャベツが美味しかった、嫌いなピーマンが食べられた、野菜炒めが一番好き、などと言われれば嬉しくもなる。
その気持ちをより菜園へと傾けるのだから、更に品質が向上する。団内で正のスパイラルが生まれていた。
スタークは南の国出身である。実家は農家だ。
当時南の国は不作が続き、同盟国であるグラナルド王国から食糧援助を受けていた。
スタークは農家の三男だったため、十代で口減しに村を追い出された。それからは冒険者として活動していたが、偶然にもパーティメンバーに恵まれた。それから十年、パーティメンバーと共に活動を続け、遂にはパーティランクがAとなる。
冒険者ギルドでは、個人のランクとパーティでのランクを分けて制定する。これは、個人のランクが足りずとも、パーティでそのランクなら依頼を受ける事が出来る様に整えられたものだ。
個人ランクはBだったスタークだが、パーティメンバーに個人ランクがAの者がいたため、パーティランクはBとされていた。
しかし、そんなパーティにも解散の時が来る。リーダーの男性と治療師の女性が結婚を理由に冒険者を引退したのだ。
まだ二十代で将来も有望のエースパーティが解散するのは困ると、冒険者ギルド側もかなり待ったをかけた。しかし、それに冒険者とは自由な者だと頑として解散を押し通したのがスタークたち残される面々だった。
結局、二人の結婚をメンバーで見届けた後、他のメンバーを入れても今までの様にはいかないからと、一人また一人と散っていった。
冒険者を引退した者もいるし、ソロで活動を続ける者もいた。スタークも、ソロで活動を続ける事を決めた者の一人だった。
それから数年、ソロでAランクまで上がる程にスタークは実力をつけた。しかし、自身の実力の限界も感じていた。特別Sランクを目指していた訳ではない。しかし、このままでは老いていくだけの身体に悔しい気持ちはあった。
そんな時に出会ったソロの冒険者の男と意気投合。ペアで依頼に出掛ける日々が続いた。
そしてある時、男から大事な話があると言われ向かった男が泊まる宿にて。スタークは人生を変える決断をする事になる。
「なぁスターク。俺らが組んでもう二年か?前から言おうと思ってたんだが、お前には魔法の才能がある。今の実力のままじゃ限界が来ると思ってるんだろ?どうだ、魔法を学んでみないか?」
宿の部屋に招かれたスタークが聞いたその言葉に、どう返したのかは分かるだろう。
あれよこれよと言う間に、男から一人の女性を紹介されたスターク。これが、スタークとスタークの師匠、零番隊隊員でもある、ゆいなとの出会いである。
女性は名をゆいなと名乗った。東の国より更に東、島国から来たと言う。
島国ではゆいなのような者を"くノ一"と呼ぶらしい。
黒髪黒目故にこちらの大陸では目立つが、普段は魔法でこちらに馴染む色に見えるよう誤魔化しているらしい。
スタークはゆいなから様々な事を学んだ。一緒に組んでいた男も、ゆいなをスタークに紹介した後別れを告げて何処かへと去った。
スタークには確かに魔法の才能があった。この世界に産まれた者は須く魔力を持つ。だが、農家の出身であるスタークは魔法の使い方をしっかりと学んでいなかった。出来る事は俗に生活魔法と呼ばれる類の物だけで、攻撃防御支援、こういった魔法は使おうともした事がなかった。
スタークはゆいなとペアを組み、大陸中で冒険者として活動を続けた。そして貪欲に技術を吸収した。
スタークの現在の諜報術や魔法技術は、全てゆいなから教わった物だ。
そうして数年が経った頃、ゆいなが唐突にグラナルド王国に向かう事を提案した。それまでも目的地は話し合って決めてきたが、提案は互いに出していた。しかし、今回はどうもそういった気軽な提案ではなさそうだと感じたスタークは、理由を尋ねた。ゆいなは答えなかった。ただ一言、行けば分かる、と。
大陸西部の小国が乱立する地帯に居た二人は、それからグラナルド王国を目指して旅を続けた。しかし、それから目的をスタークから聞く事も、ゆいなが語る事もなかった。
スタークには確信があったからだ。ゆいなが自分に悪い事をする事はない、と。寧ろ自分にプラスになる事ではないかと、楽しみにしてすらいた。
そして遂に二人はグラナルド王国に入る。しかしそれでもゆいなは目的を語らなかった。更には、目的地はグラナルド王国首都アルカンタであると言う。国境を越えた事で目的地に着いたと考えていたスタークは、ガッカリとした気持ちと、まだ旅が続けられるという喜びで半々だった。
それ程にゆいなとの旅が充実した物だった事と、目的地に着けばこの二人旅は終わるのだという予感があったからだ。
結局、そのまま首都までダラダラと旅を続けた二人。そしてドラグ騎士団本部に案内され、初めてスタークはゆいなの所属を聞かされる。冒険者は表向きで、本来はドラグ騎士団零番隊所属である、と。このように才能ある者を騎士団まで導くのも任務の内だった、と。
「騙していたようで済まない。だが、スタークに伝えた技術や私の考えは嘘ではない。君を弟子だと思っているのも本当だ。」
そう言ったゆいなに、スタークは笑った。それはもう、たっぷり五分は笑った。そして大きく息をついた後、ゆいなに頭を下げた。
「師匠。これまで数年世話になった。俺、いや私はドラグ騎士団に入団し、師匠と同じ零番隊を目指す。そうしたらまた師匠と肩を並べて戦う事が出来るだろうか。今度は自分の為ではなく、誰かを護るために。」
そう言ったスタークに、ゆいなは涙を流して頷いた。あぁ、君ならすぐさ。そう呟いて。
「隊長!この胡瓜どうですか!?めちゃくちゃ美味そうですよ!」
「いや隊長!俺が採った胡瓜の方が美味そうでしょう!お前のはきっとほとんど水分しかないぜ!」
「なんだと!?お前のなんか中スカスカかもしれないだろ!」
「はぁ?んなわけあるかよ!スターク隊長が育てた胡瓜だぞ?そんなもんが出来るわけねぇだろ!」
スタークは声をかけられ顔を上げるが、自分を置いてきぼりにして進む会話に苦笑いを浮かべる。
「お前たち、くだらんことで喧嘩をするな。それに、胡瓜は元々ほとんど水分だ。寧ろ水分が無い胡瓜は不味いぞ。」
スタークがそう言うと騒いでいた二人は、そーなんですか!?隊長さすが詳しい!などとまた騒いでいる。
今日も朝から五月蝿い事だ、と呟きながら、どうせなら休憩にするかと立ち上がるスターク。そこで菜園の端から自分を見つめる者がいる事に気付いた。
相手もスタークが気付いた事に気付いたようで、軽く手を上げながら近づいて来た。
「よう、スターク。元気にしてたか?相変わらず早朝からご苦労だな。」
それは、ゆいなを紹介して何処かへと去った、スタークの元相棒だった。
彼とはスタークがドラグ騎士団に入団してすぐ再会した。その時、彼からも騙す様な形になって済まなかった、と謝罪を受けている。スタークはそれに、良き出会いをありがとう、と返している。
「あぁ、久しぶりだな。これは日課だよ。そして恩返しだ。世話になっている騎士団へ少しでも還元出来たら良いと思ってやっている。後は趣味だな。こんな広い菜園になるとは思ってもみなかったが。」
初めてスタークが菜園を始めたのは、料理長が趣味で自家栽培している薬味などの小さな植物が植えられた、小さな畑が始まりだった。それが今では訓練場よりも広い敷地を占拠しており、騎士団本部の胃袋をここで満たすまでになった。
「あぁ、知ってるか?この菜園の野菜で作った飯が美味すぎるってんで、支部の奴ら必死で働いてるらしいぞ。本部に異動出来るかもってな。」
スタークは初耳だったのか、目を丸くして驚いた。
「なんだそれは。まぁ、我が子同然の野菜や果実がそう思ってもらえるのは素直に嬉しい。皆が更にここを帰る場所だと認識してくれているみたいでな。」
恥ずかしげもなくそう言えるスタークだからこそ、隊員達は着いてくるのかもしれない。そんな事を考えながら男はニヤリと笑った。
「それとな、零番隊もしょっちゅう帰ってくるようになってるんだぜ。お前の愛しの師匠も帰って来てるしな。」
男の言葉を聞いてスタークが男に詰め寄った。
「本当か!?ゆいなが帰って来てるのか!あぁ、無事に帰ったのだな。心配はしていないが…。そうか、帰ったのか。」
そんなスタークを見て男は笑う。もう少し弄って遊ぶかと思った瞬間、背後から殺気を感じて飛び退く。
「ほう?少しは反応できる様になったようだ。私の苦無を避けたのだからな。訓練は怠っていないと見える。」
ゆいなだった。零番隊の隊服を着たままということは、団長への報告が済みそのままこちらへ来たのだろう。
スタークがドラグ騎士団に入団して随分経つが、スタークは順調に出世し、今では五番隊隊長だ。しかし、ゆいなもただの零番隊隊員ではなくなっていた。スタークの横で冷や汗をかいている男が所属する部隊の隊長、つまり部隊長になっていた。ゆいなが部隊長を務める部隊は、ヴェルム専用諜報隊である。大陸中、世界中の情報を集める。複数隊存在する諜報部隊だが、その一つの部隊長となっていた。
今は本部に帰って来ているため、変装は必要ないようだ。黒髪黒目を晒している。
「まぁ此奴の事は良い。スターク、息災だったか。今日の仕事は何時に終わる?食事に行こう。積もる話があるんだ。」
髪が長く緩くウェーブしているが、戦闘に邪魔にならないのかと聞いた事があるスターク。その時はゆいなから、私も女なのだよ、との一言を授かっている。
そんな長い髪を後ろで束ね、スタークの元へ小走りで来るゆいな。スタークは満面の笑みで迎えた。
「あぁ、今日は休みなんだ。今は日課の菜園の世話をしていた所だ。もうすぐ終わるから、朝食を共にしよう。その後は少し休むだろう?ゆっくり話すのは夜でも良い。」
スタークがそう言うと、ゆいなは頷いた。では私も手伝おう、と菜園の仕事を手伝い始めた。
しれっと逃げようとしていた零番隊の男は見事に捕まり、先ほどまで言い争いをしていた新人騎士から尊敬の眼差しを受け質問に答えている。満更でも無さそうな辺り、この男はチョロい。
「スターク、君の願いが一つ叶ったな。」
「ん?あぁ、そうだな。確かに。いつの間にか、だが。」
「それでも成し遂げたのは君さ。さて、君にはまだ願いがあるだろう?それはいつ叶うんだい?」
「そう言うな、師匠。焦る事は無い。私たちにはまだまだ時間はある。それに、諦めたりはしないからな。その時をもう少し待っていてくれ。」
「ふ、仕方ない弟子だ。だが、いつまでも女を待たせるものじゃないぞ。甲斐性の見せ所だな。」
「いや、師匠の中で私の願いは何にされているんだ…?」
師弟の緩い会話が続く。それは確かにスタークが願った事だった。
"いつか皆が幸せになる野菜を作りたいって夢があるんだ。冒険者が何言ってるんだって笑うか?"
"いや、スタークらしいじゃないか。その皆の中に私も含むのか?"
"それはもちろんだ。俺の元仲間や去って行ったアイツ、そしてゆいな、君もだ。"
"ふふ、ならば楽しみにしているよ。夢は終わらない。終わらせるのはいつだって自分だ。だからスターク、君は夢を追い続ければいい。私はいつだって君の味方になろう。"
"そんな甘い事言っていいのか?仮にも師匠だろう?"
"む?仮にとは何だ。私は師匠だぞ。師匠だから言っているんだ。弟子の未来は師匠の未来。夢を語る奴は子どもだと言う者がいるが、大人になる事が臆病になって夢も語れないようになる事をいうなら、私は怖い者知らずの馬鹿のままでいい。"
"師匠って、ほんとに変わってるよ。くノ一はそんなに熱く語るものなのか?"
"ほう?君はくノ一を馬鹿にしているな?よろしい、では抜きたまえ。今から稽古だ。"
"え、いま?勘弁してくれ師匠!"
"問答無用!"
「懐かしいな、君と旅した日々が。」
「そうか?私には昨日の様に思い出せるが。師匠は違うのか?」
「ふふ、まさか。君との旅はその全てが鮮明に思い出せるよ。そう、君が間違えて私が湯浴みしているところに入って来た事もね。」
「ちょ、師匠!」
ははは、と笑うゆいなに肩を竦めるスターク。普段彼は真面目で冷静なイメージを持たれるが、ゆいなの前では本来のスタークだった。彼らの特別な絆がそうさせるのかもしれない。
お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。
今回はスタークがメインのお話となります。実は、本作品を読んでくださっている方の中に、作者のリアル友人がいまして。その友人から指摘を受けたのです。
"スターク、影薄くない?"
と。確かに、基本は短編集のような形で進めている関係上、スタークが出てくる回数が少ない事に気づきまして。
これはいかん!とスタークの過去編を先に持ってくる事と相成りました。
作者としてはスターク、気に入っているのですが…。読者の皆様はお気に入りのキャラクターはいらっしゃいますでしょうか。
因みに、その友人はリクが一番好きな様で。はいはい、ロリコ…、失礼、今日はこの辺にしておきましょう。
この作品が皆様の生活の一つの華となりましたら幸いです。




