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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
29/293

29話

全体が灰色の集団が歩いていた。その数は百名ほど。

統一された灰色の鎧に、馬に乗る者の背には二頭の竜が向かい合う刺繍が入ったマントがある。

その集団は、マントと同じ柄の旗を掲げながら進んでいた。


目的地に到着したらしい集団は、先頭を行くマント付きの者が手を挙げると、それから二歩で同時に止まる。

集団の眼前には大きな門があった。


「我ら天竜国ドラッヘ騎士団!約定に従って今年も参った!門を開けられよ!」


先頭の者がそう叫ぶと、鉄格子の門が"左右"に分かれて開く。


「ようこそお越しくださいました!私がご案内致しますのでどうぞ!」


門番とは別の者が、鉄格子の向こうで待っていた。その者は黒を基調に青の差し色が入った隊服を来ていた。

そう、ここはドラグ騎士団本部。案内は二番隊隊員だ。


「出迎えに案内、感謝する!」


灰色の集団の先頭がそう返してから手を挙げる。集団は同時に歩き出した。







「あぁ、今年も始まってしまうね。実に面倒くさい事だよ。しかも今年は飛び入りまであるんだろう?だったらあっちでやってくれないかな。うちは抜きでさ。」


ヴェルムは団長室の窓からその光景を見ていた。随分と嫌そうである。ため息を吐きながらそう言うと、レースのカーテンを閉めた。


「誠に。そもそも約定とはなんの事でしょうな。こちらはその様な約定を交わした覚えはありませぬが。」


ほっほ、と笑いながら答えるのはセト。今日も楽しそうだ。

ヴェルムは執務机に戻り、紅茶を口にする。いつもは美味しそうに飲む紅茶も、今日はなんだか苦そうだ。


そんな微妙な雰囲気の団長室に、ノックの音が響く。


「失礼します。二番隊隊長、ドラッヘ騎士団の方がお見えです。」


セトが扉を開けると、アズに続いてマントを靡かせながら大柄な男が入ってくる。続いて二名の騎士が続いた。

三人共、灰色の鎧を身に纏っている。


「ふん、今年こそどちらが天竜様の僕に相応しいかケリを付けに来てやった。まったく、引きこもり騎士団のためにわざわざ来てやったのだ。有難く思え。」


入ってくるなりそう言ったマントの騎士。ヴェルムはそれをため息で出迎えた。


「貴様!副団長を座ったまま出迎える等、言語道断!やはり引きこもり騎士団など天竜様の僕として相応しくない!さっさと名を変えろ!」


マントの騎士に着いてきた二人の騎士の内、一人が騒ぎ出す。入室前からそうだったのだろうアズは、眉尻を下げて空気となっている。


「おい、貴様が発言する許可を出したつもりはない。如何に正しい事とはいえ、口を慎め。」


マントの騎士がそう言うと、騒いでいた騎士は黙った。

ヴェルムは苦笑してから立ち上がり、彼らの前まで来てから口を開いた。


「やぁ、いらっしゃい。また負けに来たのかい?このよく分からない催しが始まって十年ほど。毎年惨敗しているのによく続くね。私は毎回、我が騎士団は天竜の僕などでは無いと言っているはずだけれど。まさか、真の天竜の僕とは記憶力に難があるものなのかい?それなら私は願い下げなのだが…。」


ヴェルムの特大の煽りを受け、マントの騎士はこめかみに青筋を浮かべる。顔が真っ赤になっている所を見るに、ヴェルムの煽りはクリティカルヒットしたようだ。


「き、貴様!…まぁ良い。その余裕も数刻の話だ。全員が叩き伏せられて惨めに泣かぬようにな。行くぞ。」


何とか怒りを収めたマントの騎士は、二人を連れて出て行く。空気となっていたアズもそれに続こうとするが、ヴェルムから待ったをかけられた。


「アズ、君はもう良いよ。案内は別につけたから。君はここで少し休んで行くといい。」


ヴェルムの言葉にあからさまにホッとした表情を浮かべるアズは、どうやら余程精神にきていたようだ。先ほどの様子からして、ここまでの道中散々な言われようだったことは想像に難くない。


アズはソファに座りセトから紅茶を受け取ると、礼を言ってから長い長い息を吐いた。


「お疲れ様。別に毎回来なくて良いんだけどね。記念祭に合わせて使者が来るから、護衛も兼ねてついでなんだろうけど。」


ヴェルムもソファに座りセトから新しい紅茶を受け取ると、そう言って眉尻を下げた。


「団長、天竜の僕の座を賭けて争うという意味が分からない理由で模擬戦をしていますが、そもそも天竜である団長の姿を見れば解決するのでは…?」


紅茶を飲むヴェルムに向かってアズがそう問いかけると、苦笑したヴェルムに代わってセトが口を挟んだ。


「アズール殿。そもそもの発端となった時、貴方は遠征で本部におられませんでしたからな。丁度模擬戦が始まった年、西の国、つまり天竜国ドラッヘの王太子が記念祭に来ていた事はご存じですな?」


アズはセトに向かって頷き、当時を思い出す。


「あの時は確か、南の国境線で魔物が出ていましたね。その討伐と王国民の救助に向かっていましたから、本部にはおりませんでした。帰ってきてからそんなことがあった、とは聞きましたが。」


アズは当時、隊長ではなかった。それどころか、隊員ですらなかった。厨房の下働きだったのだ。雑用係として二番隊に同行していたのだ。


余談だが、その時に討伐や救助の手伝いをして二番隊への入隊が決まり、それから一気に才能を開花させ隊長まで上り詰めた。アズはリクより少し年上だが、まだ二十代である。


「あの時、我が騎士団の名を聞いた天竜国の王太子が、その名は天竜様の僕を自負してのことか、と言ってきまして。それで模擬戦が行われました。当時、グラナルド国王も随分と調子に…おほん、乗り気になっておられましてな。まぁ後で我らが団長からこってりと絞られたようですが。」


ほっほと笑うセトだが、言っている事はなかなかに危ない内容だった。


「まぁ、そういう事。一度向こうの国王と話を付けに行っても良いかなとは思っているよ。いい加減、鬱陶しいだろう?最初は団の訓練になるかと思って見てたんだけどね。ここ最近は特にレベルが落ちているみたいだから。今日はさっさと片付けて、向こうまで跳ばそうと思ってるよ。」


ヴェルムがなんて事のないように言うと、困り顔のアズは寒気がした気がして真顔になった。無意識に背筋も伸びている。


相変わらずセトはほっほ、と笑っているし、ヴェルムも微笑んでいる。

アズは渇いた笑いで誤魔化すしかなかった。











結果だけ言えば、例年通りだった。

つまり、ドラッヘ騎士団の惨敗である。


模擬戦は、集団戦と個人戦を行なった。集団戦はスターク率いる五番隊が鉄壁の守りを見せ、地中からの不意打ちにて司令官を討ち取り、混乱したドラッヘ騎士団に向け総攻撃。後は一瞬だった。


個人戦も、ドラグ騎士団は隊長格が出ることなく、各隊の部隊長や小隊長などが蹂躙した。


この模擬戦で一番忙しかったのは、ドラッヘ騎士団の治療部隊かもしれない。


「なぜだ。なぜ勝てん!貴様らそれでも誇りあるドラッヘ騎士団か!」


ドラッヘ騎士団副団長のマントの騎士が喝を入れるが、それで立ち上がれるなら苦労はしない。

今は最後の個人戦が終わった所だった。副団長に着いて団長室へ来ていた騎士二人も、今は治療部隊の世話になっているようだ。


散々な結果に憤る副団長に、近付いてる者がいた。


「あの、もしよろしければ我が騎士団からも治療隊がお手伝いしますわ。こちらには治療が必要な者はおりませんので…。」


四番隊隊長、サイサリスだった。別に彼女は嫌味を言いに来たわけではない。少なくとも、サイ自身はそう思っていない。

しかし、何事も受け取り手次第である。

侮辱されたと感じた副団長は、必要ない!と叫んだ後、テーブルと椅子を出して優雅に紅茶を飲むヴェルムに向かって歩き出した。


ヴェルムの元へ辿り着いた副団長は、その勢いのままヴェルムに提案してきた。


「最後の勝負だ。こちらは私が出る。そちらも副団長を出せ。」


長年戦いに身を置いてきた副団長は、相手の強さは見れば分かる。しかし、ドラグ騎士団の団員たちは分からないのだ。さらに言えば、隊長格やヴェルム、その横にいる執事など、逆に何も感じなかった。それが彼を傲慢にしていた理由なのだが、ここに来てまだドラグ騎士団副団長を見ていない事に気がついた。


もしや、ドラグ騎士団副団長は武闘派ではないのでは、と考えた末の行動だった。

しかし、返ってきた答えは予想と違う物だった。


「残念ながら副団長は出ているよ。彼女はほとんど此処に帰ってこないからね。外の仕事を任せているんだ。もし副団長レベルの相手と戦いたいなら、残念ながら此処にいる者では役不足だね。代わりに私が相手をしようか。」


ヴェルムは飲んでいた紅茶をソーサーに戻し、落ち着いた表情で言う。しかし、周りにいたドラグ騎士団員たちは何故か顔を青くしていた。その異様な雰囲気に、ドラッヘ騎士団副団長はたじろぎ慌てて言葉を発した。


「い、いや、いい!そちらの騎士団長に怪我でもあったら大変だからな。団長以外の者にしてもらおう。どうだ、私に挑む勇気ある者はおらぬか!」


言葉の途中から虚勢を張る事に成功したドラッヘ騎士団副団長。最後は鷹揚に手を広げて周囲に問いかけた。


しかし、ドラグ騎士団側は無反応だった。というより、ヴェルムに視線を向けている。ヴェルムは団員たちの視線を受けてため息を吐き、少し考えてから言った。


「カリン。おいで。副団長殿のお相手を。」


すると、誰もいなかったはずのヴェルムの隣にカリンが姿を現す。彼女は空間魔法を得意とする。今まで、ヴェルムの隣にいながらも別空間にいたのだった。そこから出てきただけである。


「はい、師父。お任せください。」


カリンはそう言って拳と掌を合わせ腰を折る。それから空間魔法を使いその中に手を突っ込んで、どれにしようかな、とご機嫌で何かを選んでいる。


「カリン、今触った物から右に三個目の物で戦って。何があった?」


ヴェルムの適当な指示に、右から三番目〜と歌いながら取り出すカリン。

出てきたのは、カリンの身の丈ほどの大きさの大鎌だった。


「ありゃ、ゴツいの当たっちゃいました。副団長さん、よろしくお願いしますね。」


そう言ってペコリと頭を下げたカリンは、訓練所の真ん中へと駆けて行く。

一連の流れを唖然と見ていたドラッヘ騎士団副団長は、我に返ると慌ててカリンについて行った。


始めの合図と共に駆け出すカリン。今までの模擬戦全てを見ていたのだから、通常通りやってはすぐに勝負がついてしまう。敢えて常人にも見えるスピードで相手に近づくが、相手からは余程速く見えるのか、目が追いついていない。このままではこの大鎌がその首を獲ってしまうわよ、などと考えながら、一度相手の前で止まる。


せ〜の!という可愛らしい声でやっとカリンの位置に気付いた副団長は、慌てて剣を大鎌に合わせる。

まさか大鎌に剣を合わせてくるなどとは思いもしなかったカリンは、その剣を真っ二つにしないよう、敢えて軌道を逸らして大鎌の刃が剣に当たらないよう調整した。


しかし、それが余計だった。大鎌はその瞬間、太くて長い鈍器に姿を変えた。

刃でなければ大丈夫だろう、その考えが逆に相手の剣を叩き折る事になった。刃で切っていれば剣は二つになるだけだっただろう。

しかし、鈍器と化した大鎌に当たった剣は砕けた。そして小さな破片勢いよく副団長に突き刺さり、彼は右半身の鎧を砕く事になった。


小さな子どもが大鎌を振り回し己の剣を砕くという光景を目にした副団長は、剣を振り下ろした格好のまま気絶していた。

ドラグ騎士団側は、あちゃー、と額に手をやる者が多い。反対にドラッヘ騎士団側は、信じられない者を見たという顔の者が多かった。


結局、サイがドラッヘ騎士団副団長を治療して事なきを得たが、その後目を覚ました副団長は口を開かなかった。







「さて、じゃあ送り返すよ。あぁ、これそちらの国王に宛てた手紙だよ。渡しておいて。そうそう、王城にいる使者たちもちゃんと一緒に送ってあげるから。それから、此処を調べてまわってる諜報の人たちも。じゃあね。」


ドラッヘ騎士団の治療が終わると訓練所に集め、ヴェルムが一息で言い切ると同時、転移魔法が発動してドラッヘ騎士団の姿は消えた。

同時に、王城にいた西の国の使者や、首都中の西の国の諜報員が姿を消した。


ヴェルムが解散を指示し、それぞれに行動を開始した時。ヴェルムが、あっ…、と何かを思い出した。


「如何なさいましたかな?」


代表でセトがそう問いかけると、ヴェルムは人差し指で頬を掻いてから魔法を使用した。


「彼らが乗ってきた馬を一緒に送るのを忘れていただけだよ。今追加で送ったから大丈夫。」


そう言ってから一瞬の間を空けて、ドラグ騎士団員は皆で笑う。

団長おっちょこちょいだ〜、よっ忘れん坊の団長、そんなに早く帰らせたかったんですか〜、などと言いたい放題言っている。


「師父、馬さん達が可哀想ですよ。急に跳ばされたら。馬さん達は悪くないんですから!」


カリンが腰に左手を当て、右手の人差し指を立てて言う。セトは何かを察したのか、少し距離を空けた。


「あぁ、そうだカリン。今日のあの戦いはゼロ点だよ。レイ点じゃなくてゼロ点。これは今から修行のやり直しかな。今日の夜からね。」


ヴェルムの一言固まるカリン。それだけは勘弁してほしかった。調子に乗った事をすぐ謝りながらヴェルムを追いかけるカリン。

団員達はそれも笑いの種にしながら、迂闊な事を言わないよう心に誓った。


しれっと離れて笑っているセトと、その隣に無表情で立つアイル。表情は正反対だが、考えている事は同じだ。

それからアイルの転移魔法で二人とも消えた。二人にはヴェルムを団長室で出迎えるという大義名分がある。如何に双子と言えど、己の身の安全が最優先である。仕方がない。


ある意味、いつも通りの騎士団の日常が戻ってきていた。







「結局、乱入は無かったな。近くまで来てはいたみたいだけどよ。」


夕食時、ガイアがそういえばと話題にしたのは、乱入予定だった者の話だ。


「あれ?ガイちゃん知らなかった?近衛騎士団は今、王太子と王家直轄領の視察に行ってるよ?なんかね、南の国の王女さまが視察をお願いしたんだって。そしたら王太子もついて行くって。近衛は着いてきなきゃだから、うちには偵察だけ来てたみたいだよ〜。もちろん、その偵察は全部今日のことは忘れてもらったから大丈夫!」


ご機嫌でスプーンを振り回してそう言うリク。最近少し元気が無かったが、ヴェルムと二人で何やら出かけたらしく、その日からはいつも通りになっていた。


「リク、スプーンを振り回すのはお行儀が悪いですわ。ガイアも、肘をつかないの。」


サイが二人を注意すると、リクとガイアは声を揃えて、は〜い、と返事をする。


「へへ、怒られちった」


ガイアがウインクしながら小声でリクに言う。


「へへ、おこられちった」


と、リクもウインクを返す。二人でクスクス笑っていると、サイがまた二人を呼ぶ。

変な言葉遣いをするからリクが変な言葉をつかう、などと説教が始まる。それを見たスタークがボソリと、


「サイはまるで二人の母親だな。」


と言うや否や。それまでガイアとリクを説教していたサイがスタークの方へ向き直った。


「スターク、後で話があるの。寝る前で構わないわ。部屋で待っていて頂戴。」


死刑宣告だった。スタークは慌てて、いや何でもないんだ、などと言っているが無意味だった。それを見てガイアとリクがスタークを揶揄い、サイにまた怒られる。空気となっているアズは、なんとかサイの目に留まらぬよう必死だ。

しかし、カオスはそれでは終わらない。


「サイ、スタークと飲むのかい?良いなぁ。私もご一緒したいところだけど。この後カリンの修行を見なきゃいけないからね。」


隊長格とヴェルム、セトが囲むテーブルの横。零番隊が使うテーブルでカリンがビクッと反応する。恐る恐る振り返ると、隊長格と和かに話すヴェルムの姿。しかし、一瞬カリンを見て微笑んだその顔を見て、カリンはテーブルに沈む。その肩にはアイルの励ましを込めた手が乗っていた。

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