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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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30話

その日、ドラグ騎士団本部南門で、門番の騎士は困り顔をしていた。

別に何か問題があった訳ではない。しかし、一人の客(?)が居座っていた。それは大柄な男で、腰に長剣を帯びている。見た目の年齢は四十代後半といったところか。がっしりとした身体つきから、武術を身につけている事は想像に難くない。


その男は門の前で座り込み、目を閉じている。門番が話しかけても反応しないのだ。これはどうしたものか、と門番も頭を抱えていた。


それは今朝、陽が昇ってすぐの時間だった。







「失礼。ここに深蒼の長髪の男がいると聞いて来た。取り次いで貰えないだろうか。」


まだ人々が活発に動き出してすぐの時間に本部に現れた男は、門番にそう言った。

門番は名前を尋ねるが、その男は自身の名前は口にしなかった。どう見ても怪しいため、一応知らせは走らせたが、本部から来た返答はよく分からないものだった。


「おい、おそらく二番隊隊長の事だろ?そうじゃなくても多分二番隊の連中だろ。青い髪なんてそう珍しくもないし。二番隊はほとんど青系の髪だしな。深蒼なんて隊長くらいだろ。だが、隊長の名前出さないのは怪しい。どーするかなぁ。」


門を守る四人の騎士。その内二人は本部側、二人は外側にいる。本部側にいる騎士は小声でこの男を誰何していた。


「なんだ、ここにいる訳ではないのか?いるかいないかだけでも聞けないか。」


そう言ってきた男に門番が困った顔をして、


「いる。だが、今は出ている。本日中には戻る予定だ。明日また出直して来てもらうことは可能か?」


と返す。しかしそれを聞いた男は、なら此処で待つ、と座り込んだ。それ以来ずっとそのままである。







この事態が動いたのは昼過ぎだった。魔物討伐に出ていた二番隊が戻ったのである。


戻ったのが西門であったため、南門である此処に連絡が来たのはもう少し経ってからだったが、二番隊が戻った知らせを持って来たのが二番隊隊長だった事に門番は驚いた。


「やぁ、お疲れ様。どうも僕を探している人が来ているって?名前は?」


二番隊隊長アズールが門番に話しかける。


基本、門番は隊に所属していない騎士団員がする。必ず一名は隊員が共に門番をするが、門番専属の者はいない。色々と理由があるのだが、大きな理由としては、毎回同じ者だと出入りの者との癒着関係になりやすいからだろう。


アズに話しかけられた門番も、まだ隊に所属していない若い騎士だった。自身と比べるべくもない地位が上の存在に話しかけられた門番は、緊張しながらもハッキリと答えた。

男が朝からいること。深蒼の長髪の者を探しているらしいこと。名乗ってもらえなかったこと。

アズはその報告を聞きながら、門の外に座り込む男を見遣った。しかし、アズにはその男の記憶はない。かといって放置するわけにもいかない。アズは門を少し開くよう指示した。


「失礼、貴方がお探しなのは、僕でしょうか。もし違いましたら此処には他に深蒼の長髪の者はおりませんが。」


そう言って話しかけたアズ。座って目を閉じていた男はその声に目を開け、ゆっくりとアズを見上げた。それと同時に次第に大きく開く目。驚いているのか、口も一緒に開いており、パクパクと開閉している。アズはその様子を見て、湖の魚のようだ、と考えながら男を観察する。

しかし、アズにはやはり見覚えがなかった。


「…ハッ!すまない、驚いて固まってしまっていた。まさかこんなに大きく立派になっているなんて。久しぶりだな。俺を覚えているか?」


男は我に返ってから、アズに挨拶をする。が、その声を聞いてもアズには見覚えがない。


「すみません。僕はいつ何処で貴方にお会いしたのでしょうか。人違いではありませんか?」


アズは眉尻を下げながら男へと問う。実はこういった、アズ自身に記憶のない自称過去の友人はよく現れるのである。その殆どが女性なのはアズだけだが、他の隊長や隊員達もそういう事はある。

そういった者は、門で必ず騎士団の誰々の友人である、などと言うため、門番もまさかこの男がその類いだったとは思わなかった。

自然と門番四人の警戒度が上がる。


「ん?あぁ、覚えてないのか。そりゃあそうか。何十年前だって話だからな。お前は、王国北方民族の村にいただろう?その時会っただろう。お前はまだ小さかったが、たまたま取引でお前の村に行ってた俺ともう一人が、一緒になってお前の村を守るために戦っただろ。お前の親父さんはどうなった?無事に生き延びられたのか?」


男の口から出てきた言葉に、アズは顔を青くした。しかしそれも一瞬で、アズは男を伴って本部の外、つまり首都アルカンタの街へ出て行く。

まだ若い門番は、今のアズしか知らないため首を傾げている。アズが騎士団に来た頃を知っていた隊員の門番だけがアズの後ろ姿を不安げに見ていた。







「すみません、まさかあの村の関係者だとは思わず。失礼しました。」


アズと男は小さな喫茶店に入った。この店は店員が初老の男性と息子夫婦でやっている。嫁はアズの事でキャーキャー言わないため、アズもよくこの店を利用する。

二人分の紅茶を注文したアズが、店員が下がったのを見てから言った。


「いや、俺もあんな人前で悪かった。あの時小さかった坊主が、まさか世に名高いドラグ騎士団にいるとは思ってもみなかった。本当に無事でよかった。それで、親父さんは?」


男も頬を掻きながら謝り、アズがドラグ騎士団にいた事に大袈裟に驚いてみせる。それから、一番聞きたい事だったのか、アズの父親についてまた尋ねた。


「わざわざ探して頂いてすみませんが、父はあの時の怪我でそのまま…。僕がこうしてドラグ騎士団に身を置いてもらえたのも、父のおかげです。」


困った笑顔でアズがそう言うと、男は勢いよく頭を下げた。


「重ね重ねすまない!まさか、あんなに強かった親父さんが亡くなったなんて…。本当に何と言っていいか…。しかし、坊主の今を見たらきっと親父さんも誇りに思ってくれるだろうな。いや、いつまでも坊主は失礼か。騎士様だしな。失礼した。俺はムド。冒険者をやっている。改めて名を伺って良いだろうか。」


男、ムドはそう言ってアズに握手を求める。その握手に応えながら、アズは名乗った。


「そう言えばあの頃は互いに名乗ったりしませんでしたね。改めまして、ドラグ騎士団二番隊隊長、アズールと申します。よろしく、ムドさん。」


アズの名乗りに驚いてまた口をパクパクさせるムド。ムドという男はなんとも表情豊かな事だ、とアズは思う。そして、アズにはその名に覚えがあった。


「何を驚いているんですか、ムドさん。そちらこそ、Aランク冒険者だとは思いませんでしたよ。首都より北側で活動しているんですよね?噂は首都でも流れてきますよ。」


まだ口をパクパクさせているムドにアズがそう言うと、知っていたのか!と言ったきりまた口をパクパクさせるムド。

アズもなんだか楽しくなってしまい、そのムドをしばらく眺めていた。


結局、注文した紅茶が届くまでパクパクしていたムドだったが、落ち着きを取り戻してからは普通に会話出来ていた。


「なるほどなぁ。まさかあの"焔海の両壁"がアズだとはなぁ。いや、お前の事もあっちではよく噂になってるよ。前もいつだったか、俺たちの手が回らないとこの魔物討伐に来てくれただろ?本当に感謝してるんだ。俺もいい歳だしな。そろそろ引退も視野に入れてるんだが…。北方は冒険者が多くないからな。なかなか辞めさせてもらえない。」


王国北方は、多数の民族が暮らしている。そのため、大きな街がたまにあるくらいで、他は殆どが各民族が独自の生活を守っている。その民族が取引などしやすくなるよう大きな街が出来たため、その領主は商取引での税だけを民族から徴収している。街に暮らす者は別だが、様々な民族から統一した税を徴収するのが難しいからだ。


そんな背景もあって、北方は冒険者が多くない。殆どが大きな街出身で、たまに民族から飛び出してきた若者がいる。普段はそれで困る事はないが、魔物が増えたりすると人手が足りなくて困る。

Aランク冒険者は、グラナルド王国首都であるアルカンタにも十名ほどしかいない。頂点であるSランクなど、国に数名いれば良い方だ。


そんな事情があれば、ムドが冒険者を引退出来ないのも納得がいく。しかし、年々衰える身体に、いつか大きな失敗で命を落とす事になるかもしれない、とムドは言う。

アズはそんなムドを心配そうに見ながら話を聞いていた。




結局二時間ほど話していたが、ムドがそろそろ切り上げるかと言うので解散した二人。最後にアズはいつでも訪ねて来てほしいと言った。それを笑顔で受け再会を約束するムド。二人は互いに笑顔で別れた。







「という事がありました。それによって報告が遅れました事、申し訳ない事です。」


アズは頭を下げた。目の前にはヴェルム。場所は団長室である。


「大丈夫、ちゃんと副隊長が持ってきたよ。毎回隊長である君が報告書を持ってくる必要はないんだよ?これは他の皆んなにも言える事だけど。他に用事があるなら部下に任せても、私は怒ったりしないよ。」


苦笑しながらそう言うヴェルムに、再度頭を下げるアズ。


「いやはや、我が主人は皆に愛されておりますなぁ。」


ほっほ、と笑いながらセトが茶々を入れるが、ヴェルムがスルーした。


「まぁ、北方の冒険者不足は前から城では問題になっていたしね。王位継承の問題が片付いたら、二番隊を中心に支部をもう一つ増やそうか。それならアズも安心出来るだろう?地元の護りは自分の手で出来た方が良い。」


先程ムドから聞いた話をヴェルムにしていたアズだったが、まさかそのような提案をされるとは思わず目を瞬いた。


「よろしいんですか?是非やらせてください。何かあってからでは無く、様々な民族をいつも護れる支部にします!」


アズが元気に言うと、ヴェルムは笑顔で頷いた。準備だけしておくようアズに指示すると、アズは再々度頭を下げた。







アルカンタには冒険者ギルドが複数存在する。あまりに広い街のため、首都北部をメインに活動する者は北側のギルドを、南は南の、といったように使い分けられている。

アルカンタ北支部と呼ばれる冒険者ギルドでは、ムドが依頼達成報告のために受付にいた。


「おう、これ頼む。」


ムドがそう言って受付に出したのは、今回ムドが受けた護衛依頼が完遂されたという証明書と、ムドが冒険者である事を示すネームタグである。そのネームタグは金色で、ランク毎に色が変わる。そのため、Aランクはゴールドランクとも呼ばれる。


周囲の冒険者は、この辺りでは見慣れないムドの事を観察していたが、そのネームタグの色を見て騒めいた。アルカンタ北支部ではAランクは滅多に見ない。それは、首都の北部は穀倉地帯で、魔物被害や盗賊の出没などが滅多にないからだ。よって、低ランク帯の冒険者が多い。

そんな中にムドが現れたために、今まで怪訝な顔でムドを見ていた者たちもすぐに顔色を変えた。

Aランク冒険者というのは、冒険者たちにとって憧れの存在なのである。


「あぁ、護衛中に出た魔物は全部護衛した商人に売ったから無いぞ。護衛依頼の報酬さえ貰えりゃそれでいい。」


ムドはそんな周囲を気にせず、受付に追加の情報を伝えた。受付をしていた若い女性も、ムドの言葉に従って黙々と作業を進めていた。


思いの外早く終わった依頼達成報告に、ムドは機嫌良く受付を離れる。そのままギルドを出て行こうとするムドに、声をかける者がいた。


「おい、お前Aランクなんだって?ちっとツラかせよ。」


それは大柄の男だった。ムドも大柄だが、その男はムドより縦も横も大きい。その巨躯は周りの者を圧倒していた。


「あ?なんだお前は。悪いが今急いでてね。人を待たせてるんだ。また今度な。」


ムドは一瞥しただけでそう言うと、出口に向かって歩を進めた。

しかし、大柄の男は馬鹿にされたと感じたのか、ムドを止めるため肩を掴もうとした。その瞬間、ムドはその場の誰の目にも止まらぬ速さで大柄の男の手を叩いた。

バチーン!という音と共に手を叩かれた大柄の男は、一瞬何をされたか分からなかった。だが、遅れてやってきた激しい痛みに声をあげた。


「いてぇ!何しやがる!…ゆるさねぇ、ぶっ殺してやる!」


大柄の男は背負っていたバトルアクスを掴み、ムドに向けて振り下ろす。その巨躯から生み出される惰力は、普段魔物を両断するのに存分に力を発揮している。今回はその標的がムドになった事に、周りの冒険者はムドが真っ二つに断たれる姿を想像した。


しかし、当然そのような結末にはならなかった。

それもそのはず、ムドはAランクの冒険者である。後ろから放たれた攻撃とはいえ、少し右に移動して大柄の男に背を向けたまま、左手の指二本でバトルアクスを止めた。

人間離れしたその技に、周囲はさらに騒がしくなる。


「おい、それを俺に向けたって事は、死ぬ覚悟は出来てるんだろ?相手してやるからついて来い。あぁ、こいつの仲間はいるか?最後の挨拶だけしとけ。もう二度と会えないからよ。」


ムドは機嫌悪くそう言うと、掴んだバトルアクスを放さないまま、バトルアクスごと大柄の男を引き摺って歩いていった。向かうのは訓練場だろう。

冒険者ギルドには大小の差はあれど、殆どの支部に訓練場がある。それは、悪天候で依頼が受けられない冒険者や、仕事と仕事の合間に自主訓練を行うための他、こういった冒険者同士の争いの決着をつける時にも使用される。


大柄の男を引き摺ったまま訓練場に来たムドは、男と一定の距離を空けた後、腰の長剣を抜いた。


「ほら、雑魚がAランクに楯突くって事の意味を教えてやる。仲間に別れは済ませたか?じゃあ行くぞ。」


男はムドに引き摺られる形でここまで来たのだ。別れの挨拶などしていない。そもそも、このまま死ぬつもりなど無い。野次馬として集まった冒険者も、ムドと対峙する男も、まさかムドが言うように殺すつもりは無いだろうとタカを括っていた。


しかし、その予想は覆される。周囲が気付いた時には、大柄の男の肩から腰にかけて大きな傷が出来ていた。

そして数瞬遅れて鮮血が舞う。

何が起きたか分からないまま、大柄の男は血に沈んだ。


「ふん、雑魚が喚くからこうなる。俺の剣は同族を切る為にあるんじゃないんだけどな。」


あまりに速い太刀筋だったため、血など一切ついていない長剣だが、軽く残心した後ボソリとそう言って鞘に収めた。

唖然とする周囲に見向きもせず立ち去るムド。


実は、冒険者同士の諍いで死人が出ることは、多くはないが少なくもない。殆どの場合が、見た目で侮った低ランク帯の冒険者が、高ランクの冒険者に難癖をつけて返り討ちに遭うパターンだ。

つまり、今回と同じである。


実力差があるのに何故人死にが起こるのか。それは単純に、強い冒険者がこれ以上絡まれないための防衛策だった。

重症を負わせると、その仲間が恨んで襲ってくるかもしれない。それは二度手間なのだと考える冒険者が多い。

一人殺しておけば、後で襲われたとしてもまた殺せばもう次は来ない。大体が最初の一人で躊躇するため、また襲われる事は滅多に無いが。


その様な事情から、高ランク冒険者は同業を殺害した事がある者が多い。経験のない者は余程周りに認められているか、人が良いかの何方かだろう。


ムドが去ったギルドでは、大柄の男の遺体を片付けた後、ムドについてそれぞれが話していた。

何者だったのか、太刀筋が見えなかった、などと好きに話しているが、その誰もが恐怖を滲ませていた。

そこで初めて受付の女性からムドの名前を聞いた冒険者たち。そしてその名前に聞き覚えのある者が絶望する。


「ま、まさかあの人が…?ほんとにムドって言ったのか?やばい…!死んだのが一人で運が良いのか…?いや、俺たちもいつか殺されるかもしれねぇ!」


このように叫び取り乱す者もいた。

また、別の者も、


「マジかよ!知らなかった!まさかあの人がグラナルド北方の怪物、"破壊王"だったなんて!護衛依頼受けてたって言ってたじゃねぇかよ!あの人は討伐しか受けないんじゃなかったのかよ!」


と、ほぼ錯乱状態で叫んでいた。

それを聞いた周囲の冒険者は口々に、"破壊王"ってあの…?などと言って恐怖している。


"破壊王"とは、ムドに付けられた二つ名である。それは、魔物の原型が分からなくなるまで破壊された姿を見た冒険者が言い始めた。

ムドは加減が苦手であったため、なんでもやり過ぎる。森に出向けば木々を薙ぎ倒し、洞窟では崩落させ。ドラゴンすらも狩るという腕だが、素材が貴重な魔物にそんな者を送る依頼者はいない。

だが、どんな相手も必ず倒すムドは、依頼成功率が高いため、北方の街では英雄扱いされている。


そんなムドに喧嘩を売ったのだ、仕方ない。そんな雰囲気になりつつあるアルカンタ北支部。

次にムドが来たら手合わせをお願いしよう、と明るい声を出す者もいた。

ある意味、切り替えの早い冒険者らしい姿なのかもしれない。

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