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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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24話

老夫婦の喫茶店を出た後、ヴェルムとサイは次なる目的地に向かっていた。今度はヴェルムの案内だ。


「こちらは…。商業区の裏通りですね。ヴェルム様、そろそろ目的地を教えてくださってもよろしいのではありません?」


ヴェルムにエスコートされながら歩くサイは、視線だけで辺りを見回してから問う。どうやら商業区の裏通りというところまでは分かるが、それ以上は予想がつかなかった。


「さて、なんだろうね。逆に、何だったら嬉しいかな。サイは私に何を期待するのだろう。」


二人して言葉遊びをしながら進む事少し。ヴェルムが目的地を指差すと、サイはそれを見て首を傾げた。

それは、古ぼけた鍛冶屋だった。ショーケースは燻んでいて中がよく見えない上、店の入り口である扉は傾いている。また、掲げられた看板も文字が掠れてほとんど読めない。本当に営業しているのか分からない見た目をしていた。


ヴェルムは困惑するサイを見て微笑みながら扉を開ける。扉は軋みながら嫌な音を立てて開いた。

扉の上部に取り付けられたベルも、埃か錆か、美しい音を響かせる事はなかった。


店内は薄暗かった。とても営業をしているようには見えない。それに、店番もいなかった。

ヴェルムは気にせず店の奥へと向かう。サイもそんなヴェルムに着いていくことしか出来ない。廊下を突っ切ると、最奥にまた扉があった。その扉も古く傷だらけだが、造りがしっかりしているのか傾いていない。中からは何か硬い物を叩くような音が響いていた。


「今日来る事は伝えてあったのに、相変わらずここに篭っているのか…。それとも態とかな。まぁどちらでもいいか。サイ、入ろうか。目的地はここだよ。」


ヴェルムは呆れ顔をした後、サイに言った。

ここまで来て店主の顔を見ないのもおかしいし、ヴェルムがここを目的地と言うならそうなのだと、サイも必要のない覚悟を決めて頷く。ヴェルムは、まるでこれから決戦に臨むかのような気合の入れ方のサイを見て呆れ顔が苦笑に変わる。

ヴェルムが扉を開けると、そこは広い部屋だった。今まで暗い店にいたのに、そこは別世界のように明るかった。部屋のそこかしこに灯りの魔道具が設置されている。

部屋の奥に一際存在感を放つ巨大な炉があり、轟々と火を噴き出している。炉の前で真剣な表情で槌を握る男がいた。その男の顔を見てサイが固まる。まさかそんな筈はない、と首を振るが、二人の入室に気付いた男が顔を上げサイと同じく固まる。

先ほどまで部屋中に響いていた槌の音も止み、耳が痛くなるような静けさが部屋を支配していた。


「いや、今日サイを連れてくる事は言っておいただろう?何故君まで固まっているんだい。そんな生き別れの家族に偶然出会ったみたいな顔をして。ほら、帰っておいで。」


沈黙を破ったのはヴェルムだった。先程も言っていたが、今日ここに来る事は店主に伝えているのだ。他に人の気配がしないこの店内において、店主はこの男以外有り得ない。しかし男とサイは見つめ合って固まったままだった。


諦めたヴェルムは、二人が解凍するまで待つことにした。空間魔法から紅茶とクッキーを出し、埃が積もった椅子に浄化の魔法をかけて座る。二人が動き出した時のために、もう二脚綺麗にするのも忘れない。


結局、先に解凍されたのは火のそばにいた男の方だった。

ヴェルムの方を向いてから、寛ぐヴェルムを見て呆れ顔をした。


「なんでおめぇがそんな寛いでんだ!というか、いつ来た?まだ約束の時間には早ぇだろ?」


男はそう言った後、壁にかけられた仕掛け時計を見る。約束の時間は過ぎていた。それも、そこそこ過ぎている。


「あ?遂に壊れちまったか?こいつも古いからなぁ。今度直すか…。」


素なのか態となのか。勿論、時計は壊れていない。

ヴェルムはクスリと笑ったが否定はしなかった。現状を楽しんでいるようだ。


「はっ…!?な、何故ここにいらっしゃるのですか!?てっきり何処かで亡くなったものとばかり…。」


次にサイが解凍された。火が遠いからだろうか。時間がかかった。既にヴェルムは紅茶の二杯目を飲み干したところだ。


「さて、注文の品は出来ているかい?今日はそれを受け取ったら帰るよ。あぁ、サイは置いていくから、二人で語らうと良い。」


ヴェルムがそう言って立ち上がると、男は時計を見て傾げていた首を戻し立ち上がった。そして部屋の奥に設置された棚まで行くと、小さな木箱を持ってくる。


「おら、注文の品だ。おめぇにしちゃ洒落た品を作らせると思った。まさかサイサリスに贈るもんだとはな。今日連れてくるって聞いた時点で予想出来た事だった。チッ、おめぇに振り回されるのはこれが最後だからな!おら、さっさと帰りな!」


散々な言い様の男に苦笑し、木箱を受け取るヴェルム。ひどく丁寧な手つきで箱を開けると、そこには東の国本島でしか見られない植物、鬼灯をモチーフにした腕輪が入っていた。素材はアダマンタイトのようだ。アダマンタイトは魔法の伝導率が良く、また柔軟性のある硬さを持っているため、魔法を主体として戦う者のサブウェポンとして持つ短剣やナイフ、杖などの素材として好まれる。しかし、希少金属であるために非常に高価なのが入手難度を上げている。その上、このアダマンタイトを加工できる職人が多くない。どの国にもそれなりの数はいるとはいえ、鉄製品のように個人に合った調整まで熟せる職人は世界でも数人だ。


「うん、良い出来だね。やはり君に任せて正解だった。まぁそういうことにしておいてあげるよ。」


ヴェルムには男が素直になれない部分がある事は筒抜けだった。男は鬼灯のモチーフで依頼を受けた時点で、サイに贈る物だと気付いていたのだ。頑固で偏屈で素直でないこの男は、それを気付かれるのが嫌だった。ただそれだけだ。


「サイ、これは私からの贈り物だよ。今日はサイが騎士団に来た日だろう?つまり、私の家族が増えた記念の日でもある。普段から世話になっている礼だよ。毎年だと毎日のように誰かに贈らねばならなくなってからは期間を空けてはいるけれど。今年は丁度…。」


「ヴェルム様、何周年でも構いませんの。それに、女性に年齢に繋がるような事を仰るのはマナー違反ですわ。ですが、ありがとう御座います。一生の宝物にします。これは…鬼灯ですか?確か、東の国本島でしか見られない植物ですよね。とても綺麗です…。本当に嬉しいですわ。」


普段、ヴェルムの話を遮る事など絶対にしないサイ。しかし今回は譲れない場面だったようだ。たまにこうして強硬姿勢を見せるから面白い、とヴェルムは思う。


「この鬼灯は茄子の親戚のようなものでね。夏に花が咲く。これは実をモチーフにしてもらったものだけれど。そして、これは別名サイサリス。そう、サイと同じ名だね。東の国では、花一つ一つに象徴する言葉がある。花言葉と言われるものだね。この鬼灯は、不思議、心の平和、という意味があるよ。サイと出会えた不思議、共に過ごす事で訪れる心の平和。正に君の事を表した花だと思っているよ。ちなみに、鬼灯は薬にもなる。解熱作用などがあったりするよ。ほら、治療部隊を率いるサイにぴったりだろう?」


怒られたのにケロッとしているヴェルム。そのまま鬼灯の説明をした。その後ろでは説明を聞いていた途中からジト目に変わった男がいる。サイは腕輪に目を奪われていて気付いていない。早速手首に着けている。笑顔で何度も手首を返すその姿は、幸せそうだ。


「それには魔石も埋め込んである。空にしてあるし、陣も刻んであるから武器でも魔法でも好きなもん入れな。」


男はヴェルムをジト目で見る事は止めないまま、ぼそりと腕輪について説明する。


それからヴェルムは二人を残して部屋を出た。しかし、男が扉まで着いてきた。そしてサイに聞こえないようにわざわざ小さな声で話しかけてきた。


「鬼灯の花言葉は、確かにさっきの二つもある。だが他にも、偽り、誤魔化し、この二つもある。ある意味、おめぇとサイサリス二人に合う花だなぁ。えぇ?まったく。…ま、今回は感謝しといてやる。次は依頼料倍で取るからな。」


確かに、花言葉は敢えて先の二つを伝えた。他のものは伝えずとも良いと思ったからだ。この二つはサイには似合わない。そう思っただけだというのに、この男は深読みしているようだ。


「私は偽りは言わないよ。誤魔化す程行き当たりばったりな生き方もしていない。君の勘違いじゃないかな。じゃあ、またね。」


そう言って微笑んで転移魔法で消えた。男は、チッと舌打ちして部屋に戻る。そこには腕輪を色々な角度から眺めるサイがいた。

しかし、男が部屋に戻るとすぐ真顔になり、深く頭を下げた。


「叔父様。まずはご無事で何よりです。まさかヴェルム様の元におられるとは…。私が騎士団に入って随分経ちますが、その間叔父様の存在は知りませんでした。大地と植物を愛する一族に生まれ、鍛冶の道に歩む決心をして家を出た叔父様が、まさかグラナルドにいるとは思ってもおりませんでした。しかも、この腕輪を叔父様が作ったという事は、叔父様が伝説の鍛治師だったのですね。何も知らずぬくぬくと生きてきたようですわ。今の生活が幸せで気が抜けていたようですわね。本当にご無事でよかった。あの時から今まで、話したい事はたくさんありますの。今日は泊まって行っても構いませんか?」


叔父と姪の再会だった。少なくとも現在のグラナルド王国民が生まれる前から会っていなかった二人は、その長い年月を埋めるように遅くまで語り合った。あの頃とは何もかもが違う二人。しかし、元々サイとその両親よりも遥かに仲の良かった二人はすぐに当時の二人の関係に戻ったようだった。

夜、語っても語り尽くせない話に、今後もまた会う事を約束しそれぞれ床についた二人。サイは閉じていく瞼に逆らわないまま、ヴェルムに感謝して眠りについた。その寝顔はとても安らかだった。







「うん、今日も月が綺麗だね。さて、そろそろ向かうよ。アイル、カリン。今夜はこのまま休んでくれて良いからね。セト、行こうか。」


その日の夜、ヴェルムは団長室でアイルとカリンにもう休むよう伝えていた。二人も、毎年この日はヴェルムとセトの二人が出かける事を知っているため、素直に頷く。


「今年は何処ですかな?まだ昨年と同じの可能性もありますな。」


セトはいつもの執事服のまま、ニヤリと笑いながらヴェルムに問う。その様子はどこか浮かれて見える。


「楽しそうだね。私も楽しみだよ。さて、あの二人は…。うん、セトの予想的中だね。昨年と同じ場所にいるようだ。それじゃあ、行こうか。」


ヴェルムもどこか楽しそうに言うと、セトの肩に触れ転移魔法を発動させた。


二人が消えた団長室で、見送りをしたアイルとカリンの二人。同じタイミングで視線を交差させ、揃って頷く。


「アイル、師父たちは毎年何処に行っているの?誰かに会いに行ってるのは何となく分かるんだけど。何か知ってる?」


カリンはいつもの人好きのする笑顔で隣にいる双子の弟に声をかける。


「知らない。分かるのは毎年建国記念祭の二日目夜に行くこと。会いに行くのは必ず師匠も一緒なこと。相手は二人。毎年場所が変わるから、旅人か何か。多分、零番隊じゃない。でも、僕らが会ったことがない人もいるから分からない。」


いつも無表情で口数が多くないアイルだが、騎士団内では比較的話す。その中でもカリン相手だと口数が増える。人前だとアイコンタクトだけで意思疎通する双子だが、二人だけだとよく話すのには理由がある。と言っても、カリンがそう提案したからだ。

アイコンタクトだけでも十分互いの気持ちは通じるが、敢えて言葉にしよう、と。アイルはそれに付き合っているに過ぎないが、それでもちゃんと付き合っている辺りカリンとの関係は良好なようだ。

お互い任務で外に出ることも多く、一日顔を合わせない事もある。だが、それでもちゃんと互いを気にし合い情報の交換も小まめにする。二人は二つの個でありながら、一つなのだ。双子だからと、そう育てられたからではない。むしろ、互いにそれを望んで今の関係が出来た。

二人に共通するのは一つ。命の恩人であり偉大な父である団長に全てを捧げる。これがブレない限り、二人のこの関係は終わらない。返しきれない恩にどこまで返すことが出来るのか。二人の生きる意味の一つだ。


「私の予想は、他の竜族に会いに行ってるんじゃないかって。天竜かもしれない。聖竜。聖竜とじぃじみたいな眷属。」


カリンが自身の予想を話すと、アイルも頷き同意する。どうやら二人の予想は同じであるらしい。


ちなみに、ヴェルムもセトも誰に会いに行っているのかを隠していない。双子が何やら予想をしているのは知っているが、直接聞いてこないのでわざわざ教えていないだけだ。

というより、二人して双子を玩具にして遊んでいるとも言う。

騎士団で最も歳をとっている二人が、一番子どものような事をしている事実に気付く者は幸せなのか。気付かぬ事が幸せなのか。それは誰にも分からない。

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