23話
建国記念祭二日目、王族は通常、歴代国王が眠る墓所を訪れる。墓所の中央に立つ、一際大きな墓碑に全員が黙祷する。昨日、王族内で大きな問題が起こったばかりではあったが、この儀式だけは何としてもやる、と国王が言い放ったために現在王族全員でこの場にいる。
しかし、真剣に黙祷していない者が一定数いた。当然、国王を引きずり落とそうと画策している王太子や王妃である。他にも、第二王子や第一王女がその中に含まれる。
なんとも寒々しい雰囲気の中、国王が代表で墓碑に向かって口を開く。
「偉大なる歴々の国王、そして王妃達よ。どうか許してほしい。私は代々の尊き契約を、今代で終わらせようとしている愚かな王になってしまった。このまま行けば、この国の礎である契約が終わるであろう。それも、全ては私が至らぬ所為。私の死後、お歴々の元に逝く事は許されぬであろう。しかし、それもこのままならば、だ。最後の最後までこの国の存続の為、死力を尽くすと誓おう。幸いな事に、次代は無事に育っていた。他でもない、お歴々の生涯の友のおかげだ。彼の事をそちらで語り合えるよう、残りの時間に全てを賭ける事を誓う。どうか見守っていてほしい。」
黙って聞いていた王太子は、遂に国王が王位を譲る気になったのだと喜んだ。第二王子や第一王女も、これで口煩い者がいなくなると喜んだ。もう王族の義務、などといった事を言われずに済む、と。
しかし、王妃の頭は疑念で埋め尽くされていた。
何故?昨日までは近衛騎士団長と息子の言葉に呆れてため息を吐いていたではないか。一晩で心変わりしたのか?それなら何故そうと言わない?歴々の生涯の友とは?そもそも、この国の礎となる契約とは何だ。
そんな事を考えていた為、ユリア第二王女の覚悟を決めた表情を見ていなかった。
「どうやら動くようですな。護国として動きますかな?静観は得策ではありますまい。」
騎士団本部の団長室で、セトがヴェルムに話しかける。ヴェルムがどう答えるか分かった上で聞いているのがよく分かる、揶揄いを多分に含んだ表情だった。
「分かりきっている事を聞くのは止めてくれるかい?既に近くにいた零番隊は招集しているし、今日動く事になっても大丈夫だよ。街の警備が少し手薄にはなるけど、その辺は隊長達に周知してある。休憩が減るだけだと、二つ返事で受けてくれたよ。今回はガイアが全て受けてくれるようだね。」
意地悪な笑顔を浮かべるセトに、対処まで済んでいる事を話すヴェルム。この二人はいつもこうしてふざけ合う。二人の関係を知らない貴族がこのやり取りを見て、執事の分際でと怒鳴った事がある。セトは意に介さずに無視していたが。
「全く。自身の子育ての失敗を我々に押し付ける形になる事を国王は分かっておられるのか。いくら友でも、頼るのと依存するのは違いますからなぁ。」
セトの毒舌は今日も絶好調のようだ。国王の事をこの様に平気で言う者はなかなかいない。セトは、国王の前でも平然とこの様な言い方をする。それも仕方ない。ヴェルムと同じく建国からこの地を護る者の一人だ。国王とは言え、王族は皆建国王の子孫でしかないのだから。
セトは建国王にも毒舌を披露していた。その子孫など丁寧にする訳がない。寧ろ、主人であるヴェルムにこの態度なのだから考える意味は無い。
「そうだね。ゴウルもそういう所は直らなかったね。子どもの頃からちゃんと言っていたんだよ。周りをしっかり見なさい、とね。無駄だったようだね。」
苦笑しながら返すヴェルムも、国王に対して遠慮が無い。
普通なら不敬罪で処罰されるような内容でも、この二人には関係の無い話だった。
「さて、零番隊が集まるのももう少しかかる。それまで私は出かけるよ。今回の件が起こる前から、サイとデートの約束をしていてね。街を周るから。後はよろしく。」
ヴェルムはそう言って立ち上がり、執務机に広がる資料を軽く指で叩き、セトに向かって微笑んでから姿を消した。
残ったセトはため息を吐き、やれやれと肩をすくめた。
「アイル、資料を私の机に。それからお遣いを頼みます。我が主人は家族を大切にする癖に、こうして古い家族はこき使う我が儘さんのようですな。育て方を間違えましたかな?」
ほっほっほ、と笑いながら部屋を出て行くセト。見送るアイルは相変わらず無表情で、しかしその顔にどこか呆れが見えた気がした。
「やぁ、サイ。約束通り街に出ようか。準備しておいで。」
転移魔法でサイがいる四番隊隊舎に跳び、サイの執務室の扉をノックする。扉を開けたのはサイ本人だった。驚いた顔をしている。
「団長…?いえ、でも、今は城の件で騎士団全体が更に慌ただしくなっておりますし…。もちろん、団長とお出かけするのは楽しみにしておりましたから、否は無いのですが…。よろしいのですか?」
緩くウェーブした長い金髪を揺らしながらそう言うサイ。とりあえずヴェルムを部屋に招き入れ、湯を沸かす魔道具に水を入れる。出かけるなら準備の間ヴェルムを待たせる事になる。出かけないなら紅茶を飲んでお話でも。そんなつもりで湯を沸かしたが、ヴェルムが出かける事を誘ってきたのだ。全てのスケジュールを把握している団長が、本当に忙しいなら誘いに来るはずがない。サイはそこまで考えてから、まずはヴェルムにソファを勧めた。
「あぁ、ありがとう。相変わらずサイの部屋は不思議だね。可愛い動物の置物の横に、竜をも殺す毒草が観葉植物のように置いてある。それでいて、部屋中良い香りがして心が落ち着くしね。この部屋はサイの事をよく表しているね。」
ヴェルムの褒め言葉なのかよく分からない言葉に、サイはとても嬉しそうに笑顔を見せた。街を歩けば十人中十人が振り返る美貌を持つサイだが、この様な笑顔を見せる事はあまりない。普段はもっと穏やかな笑みを浮かべるサイだが、親しい家族の前ではこういった華やぐ笑顔を見せる。家族に向けられたその笑顔を見た者が、一目惚れ(或いは惚れ直し)するのはよくある事だ。
「サイには昨日から迷惑をかけたからね。それに、元々約束していただろう?私は家族との約束は破らないよ。最優先事項だからね。国が滅びの道を辿っていても、私は家族を優先するよ。最初からそういう契約を友と結んだのだから。さぁ、準備しておいで。私はここで待っているよ。紅茶は私が淹れるから良いよ。」
ヴェルムはそう言って空間魔法から茶葉を取り出し、一緒に茶器を机に並べる。
サイは礼を述べてから隣の私室に下がって行った。
「ふふ、団長とお出かけなんて久しぶり。服は決めてあったから、急がなくちゃ。」
そんな独り言を零しながら、サイは気分良く着替えを始めた。この表情はまるで、恋する乙女のように輝いていた。
「まずはどこに行こうか。サイは最近何に興味があるのかな。」
ヴェルムと共に騎士団本部を出て、祭で賑わう商人区に来ていた。サイの執務室を出る時からヴェルムにエスコートされて来たサイは、ご機嫌であった。
「では、僭越ながら。私、隊員から聞いて以来ずっと行ってみたかった喫茶店がありますの。ご一緒してくださいますか?」
エスコートされているため、半歩後ろを歩くサイがヴェルムを少し見上げながらそう言うと、しっかりと顔を向け頷いたヴェルム。
「もちろん、サイが行きたい所に私も連れて行ってくれるなんて。嬉しいよ。」
吸い込まれそうなほど深い漆黒の瞳で見つめられ、落ちない女性は滅多にいない。普段ヴェルムは認識阻害の魔法を使用しているため街では民の意識に残らない。しかし、家族に対しては効かないようにしているため、騎士団員はそれをいつも見ている。騎士団員はヴェルムに惚れるという事もないが。
「嬉しいです…!あちらですわ。参りましょう。」
頬を紅に染め先を急かすその姿に、街の者は皆見惚れていた。
建国記念祭は冬のため、サイは薄茶色のコートを羽織っている。これは羊型の大型魔物から採れた羊毛で、保温保湿性に優れた最高級品である。中は数日前から悩みに悩んだオシャレ着だ。白のニットに紺のロングスカート、普段使いとは違うフレームレスメガネ。黒のマフラーはヴェルムの瞳の色を意識している。こちらはリクが編んで日頃の礼にとプレゼントしてくれた物である。
二人がたどり着いたのは、落ち着いた様相の古い喫茶店だった。蔦が絡みついたデザインの扉を開けると、カランッとベルの鳴る音が心地良い。
ベルの鳴る音を聞いたのか、奥から白髪の老婆が出てきた。見た目からはかなりの高齢に見えるが、その背は真っ直ぐに伸びており、黒いエプロンをするその姿は、首から下を見ていれば老婆だと気付かない程だ。
「おやおや、まさかサイサリス様…?この様な所にお越しいただき、誠にありがとうございます。二名様ですね。お好きなお席にどうぞ。」
老婆はサイサリスの事を知っているようだった。ドラグ騎士団は民に根付いた騎士団である。首都に暮らすものであればその顔を知っていてもおかしくはない。
ありがとうございます、と礼を言ってから入り口から一番遠いテーブル席に着く。普段、騎士団の者は皆、こういった店に入る時は入り口に近い席に着く。それは、何か問題が起こった時にすぐ建物を封鎖出来るようにするためだ。基本的には単独行動をしないドラグ騎士団だが、プライベートでもすぐ動けるようにという思いからの行動だった。
今回は、祭の影響もあってか店内に客の姿は無く、また店の場所が人通りの多い場所では無い事から、これからも客が訪れる気配がしないからという理由の他に、この二人が揃っていて、何か問題があったところで入り口までの距離などなんの問題にもならないからだ。
メニューを置いて店の奥に消える老婆を見送った後、サイは微笑んだ。ヴェルムが店内を見渡し、気に入った様子だったからだ。また、サイにとってもこの店は好みド真ん中だった。
「落ち着いた良い雰囲気の店だね。素朴でいて、店の調度品は質の良い物ばかり。ご夫婦で経営されているのかな。奥に男性がいるようだね。サイ、見てごらん。メニュー表の絵。本物と見間違えそうな程精密に描かれているよ。専門の画家に頼めば幾らかかるか分からないような出来だよ。身内に画家がいるのか、ご夫婦のどちらかが絵を嗜むのか。どちらにせよ、芸術の方面の才を伸ばせる環境という事は素晴らしい事だね。」
ヴェルムが言う事は正しかった。町民の中にはその日暮らしが精一杯の生活をしている者も多い。絵や音楽といった、芸術の方面に進む事が出来るのは一部の裕福な者だけだ。学ぶために既に成功した人物へ師事しなければならないし、そもそも楽器や絵の具が高い。また、どちらも楽譜やキャンバスに紙を使う事が多く、その紙が高い。何を取っても金のかかる分野だ。
貴族には絵画や音楽を教養といって学ばされる家もある。しかし、それは少なくとも伯爵家より上になるだろう。
子爵や男爵といった爵位の低い貴族は総じて、あまり裕福ではない。稀に商売で成功している家もあるが一握りだ。
そういった金の無い貴族は、芸術に関しては一つに絞っている事が多い。あくまで、それ専門という形をアピールする。絵が出来ない事を、うちは音楽専門でやっておりますので、と流すのだ。
市民でもそういう家は多い。貴族の家に奉公に出るのに、何か一つは出来た方が良いからだ。
何にせよ、メニュー表の絵は素晴らしかった。サイもヴェルムに言われて見てから、感動して絵ばかり見ている。
「ご注文はお決まりですか。先にお水をお持ちしました。まだ決まらないようでしたらごゆっくりどうぞ。」
先ほどの老婆が盆にガラスのコップを乗せて戻ってきた。
サイはそこで注文を決めていないことに気付いたが、ヴェルムもまだのようであるし、そこまで焦っていない。二人とも笑顔で老婆に礼を言い、いえいえ、と老婆が返す。そこで隊員から聞いた話を思い出したサイは、ヴェルムに話しかけた。
「そう言えば、ここはパスタが絶品だと隊員から聞きましたわ。ヴェルム様、何になさいますか?」
普段はヴェルムを団長と呼ぶサイだが、プライベートでかつ外にいる時は名前で呼ぶ。団長と呼ばれてすぐ思い浮かぶのは、首都に住むものならほとんどがヴェルムの存在を思い浮かべる。ほとんど表に顔を見せないため顔を思い浮かべる者は多くないが、それでも諸々の危険を回避するためにも名前で呼ぶ。特にサイは、こうしてヴェルムを名前で呼ぶ瞬間が好きだった。
ヴェルムが、そうなのか、ではパスタにしようかな。と言うと、老婆は微笑んでメニューを示した。
「こちらのパスタは当店自慢の一品で御座います。特に拘りなど無ければこちらをお召し上がりいただくのが一番かと思います。」
ではそれとこちらを。そう言って別のパスタも頼んだヴェルム。それはサイが気になっていたパスタだった。迷っていたのに気付き、注文してくれたのだとサイは喜んだ。
「迷っていたんだ。こちらのパスタもとても美味しそうだからね。絵があまりに精緻で、思わず食べてしまいたくなる。もし良かったら、どちらも分けて食べよう。取り皿も一緒に出して貰っても良いかい?」
サイにはあくまで自分が食べたかったからと言う。そして老婆に取り皿を頼んだ。そこまでされて嫌とは言えない。いや、寧ろサイの理想通りの展開であった。どちらも味わえるなど幸せだ。しかも、ヴェルムは家族に無駄な嘘をつかない。つまり、同じ物が気になっていたという事だ。そんな些細な一致が幸せで、笑顔が溢れる。
「お褒め頂きありがとうございます。その絵は娘が描いた物でして。今は西の国に行っておりますのでここ数年会えておりませんが、たまにこうして絵が届くんです。店に飾ってある絵も、娘が描いたものです。どうぞ料理を待つ間、ごゆっくりご覧になられてください。」
老婆はそう言って、飲み物やデザートなどの注文をとった後店の奥に消えた。
店自慢の一品のパスタも、珈琲も。デザートのアップルパイも全てが上品で洗練された味だった。ヴェルムは食事が好きだ。ヒトが手をかけ工夫してきた料理に、ただの栄養摂取のための行為とは別の何かを感じる。初めて料理を食べた時、驚いて固まった事を覚えている。それは森で獲れたウサギの肉を焼いただけではあったが、それでも感動したのだ。近くに生えた香草をすり潰して振りかけただけの、料理とも言えないような肉が、その時は世界一美味しいと感じた。
店の料理も雰囲気も二人は気に入り、しばらく話をしていた。すると店の奥から背の高い老人が姿を現し、ヴェルムを見て涙を流した。それを見たヴェルムが何かに気付いた。
「おや、誰かと思えば。あの時の少年かい?当時の国境付近の村の。無事に首都に辿り着けていたんだね。こんなに近くにいたのに気付かなかった。という事は、君はあの時の約束を今果たしたという事か。」
なんとヴェルムはその老人を知っていた。しかも、会ったのは老人が少年だった頃のようだ。老人は涙を流しながら何度も頷き、遂には頭を下げた。
「あぁ、やはり団長様…。声を思い出すのに時間がかかってしまい申し訳ない事です。貴方様のおかげで夢を叶えられました。あの日あの時貴方様に出会わなければ、今の私は無かったでしょう。あの時死ぬはずだった私を救ってくださっただけでなく、こうして約束も果たしてくださった。私からの一方的な約束だったのにも関わらず。そして、妻はそちらのサイサリス様に命を救われました。直接診てもらった訳ではなく、広範囲回復魔法にて回復してもらった者の一人ですが、そのおかげで瀕死だった妻はその後別の騎士様に治療をしていただくまで命を永らえさせる事が出来ました。本日はそんな恩人お二人をお迎えする事が出来、誠に幸せで御座います。お二人に対するお礼です。お代は結構です。もし気に入られましたら、またお二人でお越しください。いつでもお待ちしております。」
老人は今は滅んだ旧東の国との国境線付近の村出身だ。その時村は食糧難に襲われていた上、大規模な盗賊に物理的に襲われてもいた。それを討伐し食糧を分け与えたのがヴェルムである。
当時少年だった老人は、自分のような子どもを救うため、誰もがお腹いっぱいになれるような料理をつくる料理人になる、とヴェルムに語った。そのためにまず首都に行くのだ、と。ヴェルムはそれを聞き、とあるレストランに手紙を書いて少年に預けた。首都に行くのならこの手紙を友に届けてほしい、と言って。中身は、少年に見込みがあるなら育ててやってほしい、というものだ。
そんな事を知らない少年は二つ返事で了承し、いつかヴェルムにも自分が作った料理を食べてもらうから、絶対に来てほしいと言った。
その約束が今果たされたようだ。
ヴェルムが椅子を勧め、他に客もいないため老婆も座り、サイとヴェルム、老夫婦の四人でテーブルを囲んだ。
思わぬ再会と好みの店との出会い。大切な家族との時間。沢山の幸せに包まれながら話に華を咲かせた。




