22話
建国記念祭。それは、グラナルド王国が初めて国を宣言した日の祝いである。建国王は三つの街を治め、苦しむ民の救済を掲げて戦った勇者だ。
建国記念祭が初めて行われたのは、建国した一年目の事だった。この日を忘れないように、と始めたものである。今では、他国の使者や大臣などが訪れるため、記念祭数日前から首都は盛り上がりを見せる。何故なら、他国は皆一様に、財力やグラナルド王国との友好を見せつける為に派手なパレードで到着する。元々の国民性が派手で騒ぎ好きな南の国は、このパレードで特に注目を集める。
南の国は魔物を調教する技術が秀でており、パレードも魔物を騎獣として派手に装飾し、太鼓や笛の音で大騒ぎしながら城へ向かう。
今年は南の国の王女が参加しているらしく、例年よりも更に派手だったという。また、南の国はグラナルド王国と昔から仲が良く、通商も互いに関税を撤廃する程だ。
南の国はグラナルド王国の他にも国境で隣接する国が多い。それは、大陸中央の大国グラナルド王国より南東に、小国が乱立しているからだ。南西部でグラナルド王国と繋がっているため流通に問題は無い。何より、小国同士で小競り合いを続けており、国境付近は治安が悪い。この事をどうにかするべく、南の国王女が来たという噂があった。
建国記念祭にパレードを行いながら歩くのは南の国だけではない。西の大国も使者が来る。西の大国は宗教国家だ。天竜を崇める国で、竜族は天竜の遣いとして大事にされている。軍隊も竜と共に戦う竜騎士が主戦力となる。国民の殆どが竜はパートナーだと言う。
この西の大国がグラナルド王国の建国記念祭に訪れるのは、国王に挨拶するのとは別にも目的がある。その目的のために軍で来訪する。
また、北の大国もパレードがある。亡くなったとはいえ、旧イェンドル王国出身の側室がいた国王に、その旧イェンドル王国領地を現在治めている北の国が挨拶に来るためだ。北の国は国土が広く、険しい山脈に守られているため、外敵からの侵略が多くは無い。しかし、雪が地面を覆っている季節が長いため、食糧が豊かではない。海に面している地域では、寒いからこそ栄養を溜め込んだ魚介類を食べられるが、内陸部は麦も高価だ。また、薪を切るための木も少ない。そんな北の国を救ったのは、グラナルド王国の魔道具だった。北の国の山脈で採れる鉱石を使って、グラナルド王国で加工する。薪を使わず部屋を暖められる魔道具は、北の国の冬の凍死者を半分以下まで減らした。
そもそも、その魔道具を求めて結婚したのがイェンドル王国だった。そのイェンドル王国が寒さから救われ、豊かになった事で起こったクーデター。それを知っているが故に、北の国とも魔道具を取引する事に難色を示したグラナルド王国だったが、北の国はイェンドル王国とは国力が違った。今までも鉱石を食糧や薪と交易してきた信用も有り、グラナルド王国は北の国との友好を深める決意を固めた。それ以来、特別仲良くなる訳ではないが、特に問題もなく交易は出来ている。
しかし、パレードで来るのはこういったグラナルド王国と仲の良い国だけだ。現在もグラナルド王国を恨んでいると噂の東の国は、普段は多少貿易するものの、建国記念祭に使者等が送られる事は無い。おめでとうございます、という書状が届く程度だ。
そんな建国記念祭だが、祭の過ごし方は身分によって大きく変わる。
王族は、三日ある記念祭の二日目、つまり建国記念日に儀式がある。これは、二代目の国王が始めたものである。内容としては簡単なもので、今年も建国記念祭出来たのは先祖のおかげです、と墓参りするだけだ。代々の国王が眠る墓所は、王族だろうと国王とその妃しか眠っていない。中には、妃は別の場所に眠っている場合もある。その理由は単純だ。ヴェルムと友となったがどうかの違いである。
歴代の国王たちは、代によっては政略結婚の妃のみ娶り、側室を持たなかった者もいる。そして、その妃とヴェルムの相性が悪く、仲良くなれない事もあったのだ。この墓所は普段、ヴェルムがよく訪れる場所である。現王族たちはこの建国記念祭の二日目にしか訪れない。そのため、ヴェルムが友と言葉を交わすための場に眠るのも嫌だろうという国王側の気遣いによって、ヴェルムと友になれなかった妃の遺体は別の場所に埋葬される事もある。
建国記念祭の過ごし方に戻ろう。
貴族は、力ある貴族がパーティーを開き、その寄り子や付き合いの深い貴族が集まる。建国記念祭初日は国王への挨拶があるが、夜はパーティーでの情報交換に勤しむ。二日目は昼からは茶会、夜はパーティーだ。そして三日目の昼間は殆ど出かけない。何故なら、夜に王族主催の舞踏会があるからだ。そこでは他国の使者や大臣たちも参加し、大きく盛り上がる。ある意味この国の新年祭に値する祭であるため、王族も気合を入れてパーティーを主催する。
このパーティーに呼ばれる事は大変な名誉であり、貴族でも呼ばれない者もいる中、職人や商人などが呼ばれる事もある。そこで庶民が叙爵される事も過去にはあったため、そのパーティーに呼ばれる事の重大さが分かるだろう。名を上げたい庶民にとっては、このパーティーに呼ばれるだけで将来が約束されたようなものだ。このパーティーに推薦する資格を持つ貴族がいて、その貴族から推薦を受けた職人や商人が参加。推薦した貴族と共に国王に挨拶をするという流れだ。そこで王族から気に入って貰えれば更に栄達のチャンスがある。
このパーティーに呼ばれるために普段から腕を磨く職人や、顔を売る商人は履いて捨てる程いる。その中でも呼ばれるのは一握りだ。それでも、諦める理由にはならないため、グラナルド王国の国民は皆向上心に溢れている。
そんな国民だが、厳密には身分が存在する。全ての人を指して国民と呼ぶが、大きく二つに分けると市民、町民になる。これは、納税する額によって決まる。簡単に言えば、大きな店の商人や成功した職人、城や貴族に仕える者は基本的には裕福だ。そういった者は市民街に住み、居住税を支払う事で市民権を得る。逆に、給与が少ないために市民街に住めない者は多くが町民だ。これは、首都の中でも、〜町と区分けされているためについた通称だ。その町民の中では更に細かい分類があるが、正式ではないために公的な場では通じない。
市民の中には、町民の身分にある者を庶民と呼ぶ者もいる。貴族は、市民も含めて庶民と呼ぶ者もいるが。
そしてこの市民か町民かで建国記念祭の過ごし方が変わる。
市民は貴族のパーティーに参加する者も多い。また、商人は商売のチャンスである。仕事で忙しくない市民など殆どいない。
逆に、町民はその仕事によって大きく異なる。貴族や市民の家に下働きとして仕える者は当然忙しいし、商売を営む者もそうだ。しかし、生産、加工の職に就く者は大抵が記念祭の間は休む。どこも職場が休みになるからだ。
グラナルド王国は他にも祭があるが、この建国記念祭は特別と考える者が多い。そのため、首都アルカンタは外に向かえば向かうほど人が多く賑わいを増すようになる。これは普段からでもあるが、祭はその差が更に拡がるのである。
建国記念祭一日目の今日、犬の獣人族の青年とエルフの女性が商業区の屋台通りを歩いていた。この屋台通りは、祭の間は内容が変わる。普段は労働者向けにガッツリお腹に溜まる物が売られているが、今は酒と摘みの屋台や、甘味の屋台が多く出ていた。
「なぁ、こないだ零番隊が北の国で集合して何か任務があったって話聞いたか?」
手にかき氷を持って歩く獣人族の青年が、隣を歩きながらプラム飴を齧るエルフの女性に話しかけた。エルフの女性は眉尻を下げながら、知ってるよ、と答える。明らかに困り顔だったが、その理由に思い当たる事のない青年が首を傾げた。
「なんかね、うちの隊長のためだったみたいなの。クルザスさんが言ってたから確かだと思うけど、正式に発表とかされる訳じゃないだろうから。広めて良いから言ったんだろうとは思うんだけど、私から聞いたって言うならもう少し情報が集まってからにしてくれない?」
クルザスとはリクの副官である。いつもリクの天真爛漫な言動に振り回される苦労性な人である。実力は確かで、四番隊の諜報面の部隊長を勤めていた事もある。
エルフの女性はそのクルザスから聞いた話だと前置いて獣人族の青年に語る。自然に盗聴防止結界を張っている辺り、本当に難しい話であるようだ。
三番隊や五番隊を中心に、諜報を主とする騎士団員は皆、腹話術を習得している。これは、盗聴防止結界を使っても唇の動きを見られると何を話しているかバレるためだ。敢えて違う会話の口の動かし方をしながら、腹話術によって本題を話す。昔、こういう伝達方法がある、と揶揄う目的でヴェルムが当時の三番隊隊長に伝えたところ、本気にした隊長が諜報隊の隊員に腹話術を訓練させた。これにより、逆に唇の動きを読み取らせる事で敢えて誤情報を流したりする事に役立つ事が判明。それ以来ずっと、諜報隊必須スキルとなっている。
「なるほど。リク様のためか。ということは、イェンドルの元宰相の関係だな。零番隊が動いたって事はとっくにケリはついてるのか。俺も行きたかったなぁ。零番隊が確実なのは分かるぜ?なんせ世界最高戦力だ。普段は自分の国戦力だと思ってる他国も多いだろうけど、実はうちの団員なんて知らないだろうしさ。それでも、俺たちの隊長なんだからさ。俺たちが助けたかったって思うじゃん。」
なんだかなぁ、とボヤく青年。かき氷をかき込んで痛くなった頭を押さえてため息を吐いた。
「そうね。でも、それに関してはクルザスさんから言われたわ。今後何かあった時に、一番に頼られる隊になれば良いって。そもそも団長は私たちを信用してないわけじゃないもの。それはアンタも分かるでしょ?たまたま今回は零番隊が最適だったってだけよ。寧ろ、零番隊に任せた方が後々楽に済ませられる事があったんじゃない?今回はそのついでだったって方が自然よ。」
女性がそう言うと、頭を押さえていた手を離してまたかき氷を食べ始める青年。そりゃそうだよな、と頷いている。
そんな二人が屋台通りを歩いていると、顔見知りの屋台の店主が声をかけてきた。
「おう、お二人さん!良かったら持ってけ!リク様は今日は仕事なんだろう?持っていってやってくれ。お仕事お疲れ様です、って伝言も頼むな!」
それは、リクが普段よく寄る屋台だった。ゴツい見た目の店主のオヤジからは想像つかない、動物が可愛くデフォルメされたデザインの焼き菓子を作って売る屋台だった。普段は近所の子どもや主婦に人気の屋台である。
「なんてったって、リク様は俺の恩人だからな!全く売れなかったうちの菓子を、あんなに嬉しそうな顔で食べてくれるんだ。三番隊みんなにご馳走するからよ。裏にとってあるんだ。持ってってくれや。」
青年と女性は驚いたが、これがうちの隊長だ、と誇らしくなる。見た目が子どもだからと侮るなかれ、うちの隊長は凄いんだぞ、と胸を張りたい気持ちになる。こんな風に街の者から好かれるリクの事が、二人はもちろん三番隊全員の自慢だった。きっと、他の隊はそれぞれの隊長が自慢なのだろう。しかし、三番隊だって負けてない。いや、一番隊長を愛しているのは三番隊であるという自負がある。その事でよく他の隊と喧嘩する事もあるが、基本的には隊長自慢の言い合いだ。他を貶す事はしない。だって、他の隊長も素晴らしいからだ。うちの隊長が一番だが。
そんな事を考えて二人が隊舎に戻ると、丁度巡回の交代前の時間だったようだ。今から巡回に行くという隊員に土産を渡し、自身らも次の交代で巡回に入らねば、と隊服に着替える。
二人とも着替えから戻った時、隊舎のラウンジにはリクがいて、二人が持ち帰った焼き菓子を前にお預けを食らった子どものようになっていた。
「あ!二人とも!待ってたよー!これ、どしたの?おじちゃんのとこで買ってきたの?」
リクは元気に二人を呼び、興味津々な顔で尋ねる。
「えぇ、屋台のオヤジさんから、隊長にって。お仕事お疲れ様ですって伝言も受けとりました。これからどこかに行かれるのでしたら、持って行ってお裾分けしては如何ですか?」
代表してエルフの女性が答えると、リクは満面の笑みで大袈裟に頷いた。隊員たちが初めてリクのこの行動を見た時は、可愛さに感極まった者と、それを通り越して首が取れるんじゃないかと心配した者の二つに分かれたという。
「ありがと!今から団長のとこ行くの!三日目に団長と一緒にお店巡りしようって誘おうと思って。もし大丈夫だったら、その時にお礼言いに行くね!」
そう言ってから焼き菓子の入った袋を持ち、部屋を出ていった。
その後ろ姿を見送る隊員たち。
"あぁ、今日も隊長が一番輝いてる…!"
隊員の気持ちが一つになっていた。
三番隊のアイドルのおかげで、特別忙しい今日も乗り切れそうだ。巡回や休みで街に出ている者には悪いが、後で自慢しよう。その場にいた者全員がそう考えている事には、誰も気付かなかった。
お読み頂きありがとう御座います。山﨑です。
今回は説明が長くなってしまいました。どうしてもファンタジー小説というものは説明が必要な箇所が多く、長くなってしまいがちですね。言い訳にしないよう、短くとも伝わりやすい説明を書けたらと思います。
最後に登場した動物の焼き菓子ですが、縁日等で売られているキャラクターの人形焼きをイメージして頂ければと思います。
作者自身が昔から、キャラクターを使うだけでこんなに高いなら、キャラクターじゃない物でたくさん入っている方が良い。等とませた事を言う子どもだったので、あまり食べた事はありません。しかし、大人になってから食べてみるとあれはあれで良いものですね。美味しかったです。
変なプライドを発揮せず、食べてみれば良かっただけの話ですが。
みなさんはプライドが邪魔して買えなかった物などはありますか?もしあるのなら、今なら素直に買えるかもしれません。そしてその良さに気付けたなら、一つ幸せになれるかもしれませんね。
作者も、みなさんを少しでも幸せな気持ちに出来る作品が書けたら、と思います。
またお会い出来ることを楽しみにしております。




