第六十四話 偽りの愛の終わり
二人の会話を酒の肴にでもするかのように楽しんでいたディノッソは、ついでに、と付け加える。
「もう一つ面白いことを教えてやる。その時間には、セナは死んでいた。急性肺炎だったそうだ。書類を見れば分かるがな。生きていくためにどれほど大変だったことか、そう思うと早くて手を打ってやれなかったことに、無念すら感じる」
「そんなことが私には関係――っ!」
「黙れ! あれはワシの親族でもある! これまでは法律が邪魔をして大公家の内情に踏み込むことができなかった。しかし今は違う! たまたま……本当に偶然だ。王国のホテル・キャザリックでは移民の地位が低い。それをどうにか是正しようと、ロバート殿下と話を重ねてきた。ホテル側が彼らの身分を証明することで、王国の国籍を手に入れることができないかと画策して来た」
「そして――不審な死がこの数年でいくつも見過ごされてきた。調査を行ってみたら……こういうことだ。悪事を働くことはできない。そういうことになる、女公爵。そしてレイア。残念だよ」
わなわなと女公爵の顔が震え、それまで聞いたことのない罵声が飛び出した。
どんな悪人すらも怯えてしまい、背が凍りそうなその叫びは、今度は魔力を帯び、ディノッソとロバートを襲おうとする。
天井からきらめきが数条放たれ、彼女の顔面を襲った。
目がくり抜かれ、高い鷲鼻はへし折れ、金歯で豪華だった前歯は砕けて水晶に入れ替わる。
それは同様に憎しみを発したレイナも似たような目に遭い、顔の半分を水晶へと変えていた。
非道な悪女たちの裁きはまだまだ続きそうだった。
百に近い質問が行われた。
天井にはもう数個しか水晶は漂っておらず、セナの殺害に際しての容疑はほぼほぼ固まりつつある。
二人の罪人はこれから爵位を奪われ、魔力を封じられて路地裏で力尽き果てて死ぬ野良犬のように、みじめな死を迎えるだろう。
そこまで見届けると、ロバートは静かに椅子を立った。
どこに行く、とディノッソが語りかける。まだ最高のエンドが見れていないのだ。
ショーを最後まで見ずに去るのは彼の中ではマナー違反に当たるらしかった。
だが、ロバートはいかに罪人とはいえ、もう罪を認めた人間を虐待し、悲痛の嘆きを上げさせてそれを楽しむ趣味の悪さを持っていなかった。
「もうその者たちの罪は暴かれた。あとは好きにされたらいいだろう。俺にはもうここにいる資格はない」
「ふんっ、つまらんやつだ。見届けていくのも、為政者として大事だとは思わないのか」
「為政者? そんな話をするならば、あなたは反吐がでるほど酷い悪人だ、皇弟殿下」
「それはおまえの方だろう、王太子殿下。元婚約者が犯罪者だと分かったら、いきなり手のひらを返したのはどこの誰だ? おまえではないか。どちらが偽善者の仮面を被っているか、見れば一目瞭然だと思うがな?」
室内には、偽善者、という言葉に反応してロバート、助けて……と哀願するレイナのくぐもった声が響く。
王太子はそれを聞いて、顔をしかめた。
「ああして、懇願されているぞ、助けないのか? それでもおまえは王族か? 偉大なる慈悲のこころを持っていないのか、王太子殿下。仮にもおまえの婚約者だぞ。ああ、元、だったな」
セナに関する犯罪を認めた時点でレイナは公爵家に属する権利を失った。
いまはまだ公爵令嬢だが、いずれただの犯罪者となるだろう。
「元かそうでないかは関係ない。婚約者を信じ切れなかった時点で、俺に彼女をどうこうする権利はもう、ない。俺は薄汚い裏切り者だ」
「はっ、こいつは面白い。みずから愚か者だと認める王族は見た事がないぞ、ロバート!」
ディノッソは最高のショーだ、とうれしそうに拍手を重ねた。
いつかこの皇弟とは対立するときがくるだろう。だが、今ではない。
拳を握り込むことで怒りを抑え込むと、自分のこころをセナに重ねる。
彼女のくぐってきた苦難を考えたら、この罪人たちの華やかな十年は数百倍の痛みとなり、当人たちを罰しなければ許されることはないだろう。
ディノッソが言うように、レイナは革の拘束から解放されることを願っている。
全身を飾る水晶を取り除いてくれと嘆いている。だが、それはもう叶わないことだ。
「愚か者で結構だ。俺はこいつらに殺された令嬢の墓に、花を添える生き方を望む。あなたのように、弱者をいたぶる生き方など真似たくもない」
「だが、王座に就くならば、これもいい勉強だと思うくらいにならなければな……まあ、いい。墓の位置は部下に訊いて勝手に行け」
そしてディノッソがもう一つ持ってこさせた箱には、新たに数個の水晶が輝いていた。
ひゅっ、とそれを目にしたエリンとレイラの喉が鳴く。それは言葉を失った、けだものたちの悲鳴だった。
「ロバー……トっ!」
「君が罪を償うことを祈るよ、レイナ」
最後通牒を告げるようにして、ロバートはレイナの儚い希望を断ち切って扉を閉めた。




