第六十二話 水晶刑
その額には青く透明に輝く水晶が、両方の眉の間にその存在を示すかのようにして、埋め込まれている。
悲鳴は怒号となり、自分は無実だと訴える女公爵はどこまでも見苦しい。
「……安心しろ。質問は残り百近くある。それはお前にも同じことだ、レイナ」
「嫌、嫌よ! 違う私は何も知らない! 私は何も関わってない! 全部決めたのはお母様なの!」
また一つ、透明な音が世界に鳴り響いた。
母親と同様にして、娘もまた同じ位置が、今度は黄色に染まった水晶で彩られていた。
愚か者が、とディノッソがつまらなさそうにつぶやく。
質問の数が減ってしまったと、おもちゃを取り上げられた子供のように彼はぼやいていた。
レイナは母親と同じく、革のベルトでひじ掛けと椅子の脚に両手両足を固定されてしまう。
ロバート、助けて、ロバートっ……と、とめどなく溢れる涙とともに、婚約者に助けを求めていた。
「助けを求めても無駄だ。これは王国が介入できる問題ではない。婚約以前に、お前たちには公爵家を無法に乗っ取った容疑がかけられている。これからそれについてゆっくりと話をしようではないか。なあ、女公爵?」
「おのれっ! なぜ今になって、なぜ今になって私たちを苦しめるの!」
「今? 別に今じゃなくてもいつかわかったことだ」
女公爵エレンは口の端から血の泡を噴き出しながら、射殺すような目つきで皇弟を見、そしてロバートを見た。
呪いの言葉が憎しみの感情とともに吐き出される。
「将来の母親となるこの私を助けないなんて、なんて恩知らずな息子なの!」
と、すさまじいばかりの怒号に、鼓膜が破れそうになる。
彼女の怨嗟の声はスイートルームの壁を打ち破り、はるか帝都の端にまで届きそうなほどだった。
「あなたの息子になった覚えはない」
「なんですって! お前のために私の娘がどれほど苦労して美しくなろうとしたと思っているの!」
「美しさなど求めていない。俺が欲しかったのは、俺とともに歩き俺とともに生きてくれる、そんな家族であって、権力や財力、神の力にすがろうとするあなたたちには、何も魅力を感じない」
「この裏切り者! 卑怯者、一度婚約をしておきながら、まさかそれを覆す気なの!」
確かに。それは正論のように思えた。
ロバートが言葉に詰まりそうになると、すかさずディノッソがそれを援護する。
「公爵家と王家の婚約は、それぞれの家を代表しての家同士の約束だ。お前たちが、約十年前に何をしたかを思い出してみればいい」
「私たちが何をしたというのだ! 私たちは――っ!」
新たなる呪いの言葉を発すれば発するほどに、その罪は暴かれていく。
魔力を失うということは魂の一部が削られるということだ。
魂が削られるということは、途方もない想像もできないほどの痛みを、その都度肉体の奥深くに刻み込まれることになる。
水晶は、エリンとレイナが助かりたいばかりに、過去の悪行を否定するごとに、その肉体深くにうずもれていく。
恐ろしいところは、どれほど深く水晶は肉体をえぐったとしても、一切の血が流れないというところだ。
水晶は血の一滴すらも、肉体の外へと逃げ出すことを許さないでいた。
こんな仕打ちを受けたなら、どんな悪人も自分の行いの悪さを恥じ、痛みと苦しみの狭間でありとあらゆる真実を口にすることは疑いようがなかった。
「ちなみに一つ訂正しておく。先ほどの、王国の令嬢が襲われたという話は間違いだった。ついでもう一つ訂正しておこう。運転手は十年前に逮捕はされたが即日、釈放された。そして今は行方不明になっている。誰が殺したんだろうな、女公爵?」
「違う、私は殺していない。あの男には金を渡して、帝国からさっさと去るように命じただけ!」
また一つ。水晶がエリンの肩を貫いた。今度は赤い炎のような水晶だった。
それは共犯関係だったにも関わらず、無情にも殺されてしまった運転手の悲痛の叫びのようにも思えた。
「誰が殺した? あなたは確かに殺してない。殺すように命じただけだ。違うか?」
「……」
無言を貫いても嘘であれば、正しいと認めなければ、もしくは彼女が犯人でなければ。
水晶は天井から落ちてこない。
その時だった。レイナも同様にいくつかの違う質問をされ、それを否認して水晶にまみれている。
そんな彼女が痛みに根負けし、泣きながら真実を話し始めたのは。
「……もういいわ。こんな痛みを味わうくらいなら、全部話してあげる。セナを殺すように命じたのはお母様よ。運転手を殺すように命じたのも、そう」
「これもおかしな話だ。レイナ、お前は当時まだ十六歳に過ぎなかったはず。どうしてそんなこと知っている」
ふふふっ、とどす黒い笑みが紫色に染まった唇を突いてでた。
薄気味の悪い、何もかもを道連れにしようという娘の狂気が、そこには詰まっていた。
「調べが足りないんじゃないですか殿下。あの男は、姉のリズの恋人だった……。そうでなければあんな無茶苦茶なことを引き受けるものがいるはずがない。そうでしょう?」
「なるほど。それは下調べが足りなかった確かにお前の言うとおりだ。だがそうなると、今の公爵家に連なる正当な者、全員が共犯だったということになるな」
「そうよ! だから私だけでも見逃してくれたら――何もかも全部しゃべってあげる!」
「おまえ! レイナ……っ」
醜い裏切りが始まった。母親は娘を罵り、娘は母親を人ではないと罵倒する。
言葉の端に嘘があれば、水晶はそれに反応し、二人の肉体に新たな水晶の花が咲いた。




