第四十六話 休戦
精霊や妖精が話しかける相手は、遥かな昔の魔法全盛期だった頃ならともかく、こんな時代が進んだ現代では物珍しさが先に立つ。
これもまた王族の特権というやつか。
その割にどうして今頃……今頃になって顔を出した、ロバート殿下よ。
あんたちょっとばかり長い間、自分の妻と子を放置しすぎたんじゃないのか?
ロアッソは胸内で、今ここに居ないロバートに向かい毒づいた。
多分、目の前にいたら拳が出ていただろう。
それは六年間もの間、彼女たちを見守ってきた、彼ならではの怒りだ。
この母娘はこれまで世間や周りや、望まない権力などの軋轢により、さんざん苦しんできたのだ。
ついでに帝国を守ると言われている、戦女神ラフィネにも祈った。
戦女神と炎の精霊は長い間人が知らないはるかの遠い場所で、いがみ合いをしてきたという。
しかし今、精霊の血を引く人間が、戦女神の守護する土地に庇護を求めているのだ。
神様たち。そろそろ喧嘩するのやめてお互いの信徒を救ってやってくれませんかね?
そんな料理人の小さな願いは、意外なところで聞き届けられたのかもしれない。
眠れないと言いながらディーノがベッドに戻り、ロアッソも後片付けをして、眠りに入る。
その夜、セナとディーノが眠るベッドの上では、戦女神の放つ輝きとされる金色と、精霊の放つ青い光がそれぞれ弧を描くようにして、母娘の上にせわしなく舞い上がっていた。
早朝に近い朝、ロバートはアレックスと共に、宿泊しているホテルギャザリックのスイールームで、長方形の板のような形をした魔導端末を指先で弾いては、さまざまな情報を洗い出していた。
『忘れていた名前が、こんな時に戻ってくるなんて思っていなかっただけだから。気にしないで』
そう言ったときの彼女の顔が、どれほど切なそうに揺れていたか。
『アーバンクル公爵家レイナ様』
あの名詞を耳にした時の、驚きに満ちてこちらに向けた瞳孔が精一杯開かれていた彼女。
『あなたの結婚を邪魔する気はないの。でも、その家に関してはもっと深く調べた方がいいと思う。私が言えることはそれだけ』
確実にそこには何かがある、と分かっているが言い出せない。
言えば何らかのトラブルがあの母娘を襲う可能性に満ちているからだ。
セナはあの場で最大限、できる限りのアドバイスをくれていたのに――!
「クソっ! あの場所で気づいていれば!」
「そうやって自分を責めるところだけは、一人前だなおまは」
「アレックス!」
アーバンクル公爵家の家系図を画面越しにずっと追いかけながら、しかしそのどこにも、ローエングリンというセナの家名と関わるものがない。
これは帝国の貴族院が発行している貴族名鑑だから、情報の信頼度は高く、改ざんされているとは思えないものだったから、そこに望みのものがないことを知り、ロバートは悲嘆に暮れていた。
かたやアレックスは、そんな親友を目の前にして焦り過ぎだ、と冷ややかに視線を向ける。
彼もまた魔導端末と女王の用意したレポートと首ったけになりながら、一つ一つの情報を洗い出すことに専念していた。
「俺は思うんだがな」
「なんだ言ってみろ」
「おまえ、このまま朝を迎えたら、その足でアーバンクル公爵家に向かうべきじゃないのか」
「そこで間抜けにも、オタクと関わりのある女性から気を付けた方がいいと言われたのですが、なんて言えとでもいうのか」
「いやいやそんなことは言わないよ。婚約者の家のことについて、もっと詳しく知りたいと望むことは、何もおかしくない」
「そんな話を持ち出した時点で、何かやましいことでもあるのか、と相手が探られている気分になるだろうな。下手をすれば国際問題だ」
「今回、いきなり彼女の元を訪れたのは国際問題にはならないのか?」
「おまえ……。セナは爵位を持っていない!」
「そこだよ。もし爵位を持っていた。あるいは過去にそういった身分であった女性だったとしたらどうだ」
「……。パルスティン公爵家の係累、というあれか」
「そうだな。おまえの聞いた彼女の経歴はどこまでだ?」
ロバートは過去を思い出す。
ミア・パルスティン公爵令嬢。彼女の経歴もまた、報告書にあったはずだ。
バルシャード高等学院を卒業し、聖リンセイニ大学に……。
「バルシャード高等学院。そこに何か秘密があるかもしれない」
「思い出したら少しはいいことがあるだろう?」
アレックスはにやりと口元を歪めた。
いたずらっ子そうな微笑みをすると、彼は魔導端末を操作する。
見る見る間に、バルシャード高等学院の卒業生名簿がでてきた。
ミア・パルスティンはつい八年前に、バルシャード高等学院を卒業している。
その年の卒業生のなかに、セナという名前で始まる生徒はいなかった。
行き詰まったのか、とロバートはアレックスの手元見てそう感じた。
しかし、有能な親友は、「入学生名簿だってあるだろう」とやり返してくる。
その中にはセナ、という名前から始まる生徒が一人だけいた。
「セナ・オルブライト……伯爵令嬢? 公爵家とどうつながる」
「それこそ、おまえがさっき確認していた公爵家の家系図を見るべきだろう」
ちょっと待てと言い、ロバートは魔導端末に指先を走らせる。
そこには先代の公爵の妻から伸びる家系図があり、妻の数台前。彼女の祖母に当たる女性がオルブライトの名を持っていた。




