第四十五話 女神と精霊
いつどこでどうやって、息子に何を語るか。
それは、彼女が決めることなのだ。
なぜなら、この子の母親はセナただ一人なのだから。
ロアッソは言葉を言い換えることにした。
ディーノが眠れないと不安がるので、温かいミルクを入れてやりながら、文面を頭で整える。
それを受け取り、ふーふーと冷ましながら、ディーノの髪色はまた青い鱗粉を零していた。
「これを飲んだら寝るんだ、いいな」
「いいけど、うん。でもさっきの話だけど」
「あー……そうだな。友達っていうのは、もし何年も離れていたとしても友達なんだ。わかるか?」
「友達? 初等学院に入ってから、エミルやセレンに会ってないから寂しいかな」
「それなら休みに入ってから遊びに行けばいい」
「そうする」
ディーノはここしばらく遊んでいなかった友人たちの顔を思い出して、心に安らぎを感じたらしい。
嬉しそうに顔を笑顔で綻ばせた。
「話が逸れたが、友達っていうのはいつ会っても、別れたときとまた同じように、話ができるもんだ。ロバートとアレックスは、ディーノがたまたま新聞に載ったから、懐かしくなって会いに来たんだよ」
「僕は、あれ好きじゃない。みんなから、からかわれるもの」
と、ロバートは母親のセナが新聞記事を切り取り、小さな額縁に入れて誇らしげに今の壁に飾ってあるのを、指さした。
それはロバートもアレックスも報告書で目にしていた、あの写真だった。
「みんなが見るからロバートやアレックスも見たんだよ。だから懐かしくなって会いに来たんだ。友達同士だったら悪ふざけもする。他から見たら仲悪く見えて、実はそうじゃないことだってよくあるもんだ」
「そうなの?」
「そうだとも。他の人間には分からないことだって、友達同士じゃよく分かることもあるのさ」
なんだかよくわからない、という顔をディーノはしてみせる。
まだ人づきあいが少ない彼には、無理もない。
そしてロアッソは適当に返事を返している自分を、馬鹿野郎と罵っていた。
これは嘘だ。
俺はとんでもない大嘘をついてしまっている。
ロアッソはディーノのことについて、その髪の色と瞳の色からまさかとは思っていたが。
彼は、間違いなく王族の血を引いているらしい。
ディーノへ逃げた方がいいかもしれない、と頭のどこかで告げているのは、伝説にある、王族と契約をしたとされる、空と太陽が交わる意味を持つ炎の精霊かもしれない。
状況はかなり切迫している。
理解をしながら、それでもやはり神様達に待って行って欲しい、と自分ではそんな特別な力を持たない料理人は、心の中で静かに祈った。
「ディーノ、おじさんと約束してくれないか」
「……約束? どんな?」
「いや、難しいことじゃない。多分、ママはここ数日でどこかにお出かけするわよって言いだすんだ」
「そうなの? どうして?」
きょとんとして、ディーノは首を傾げた。
それは、頭の中で誰かの言う、どこかに逃げたらいいかもしれない、という言葉が現実になるからかもしれない、とふと思えた。
「ママは多分、そう言うはずなんだ。だけどな、おじさんはその前にママと話がしたい。だからママがもしそう言ったら、俺に教えて欲しいんだ」
「いいけど、それはどうやってすればいいの?」
あれだよ、とロアッソはリビングの壁に吊ってある、大きな貝殻がついたネックレスのようなものを指差した。
それは軍隊時代、救援を呼ぶために兵士たちが使った、避難信号を発する発信機だった。
「出かけて行く時に、あれを首にかけて、出かければそれでいい」
「それだけでいいんだったら」
今からでも首にかけておく。
忘れそうだから。
ディーノがそう言って、首飾りを胸にかけそれをシャツの中へと落とした。
それでいい。もし何かあった時自分がセナの元に駆けつけてやれる。
「あとこれって、何? おじさん分かる?」
「あん?」
これ、と言い、ディーノが示したのは窓ガラスに映る自分の姿。その髪の上にふわふわと舞っては消えていく、さきほどから出ては消えてを繰り返している、光の鱗粉のようなもののことだ。
その説明を忘れていた、ロアッソは小さく胸内で舌を鳴らした。
子供にとって真っ先に不安に感じるほど、すぐに教えてやらなければならないのに。
「それはその、妖精の鱗粉、だな」
「妖精……? どこから来た妖精? 見たことないよ」
「俺はある」
「あるんだ」
へえ、凄い、とディーノが感心して見せる。
妖精というよりそれは、戦場で見た、皇弟殿下を守るために戦女神が降臨したときのそれにそっくりなのだが。
「どこで見たとかはまぁこの際置いといて。王太子殿下がやって来られた影響だろうな」
「えいきょう? なんで?」
「この家に祝福を残していかれたのさ。お前やお母さんが幸せになれるようにってな。だからそれは気にする必要はない。そのうち消えてなくなる」
「ふうん。いつくらい?」
「早ければ今夜のうちに消えてなくなる」
「残念」
もっと長く一緒にいたかったのに。
この子達、僕に何かを話しかけてる気がする。
ディーノがそう言い、ロアッソの顔は驚きと悲しみに満ちたものへと変わった。




