第二十三話 花火
それからの時間はまるで牢獄で死刑の執行を待つ、死刑囚になった気分だった。
いや、そうなる可能性もある。
自分の身分がバレたら、王家に対する不敬罪が適用されてもおかしくない。
身分を偽り、帝国の女が王国の王太子のお見合いに列席して、踊っているのだから。
詐欺も甚だしい。
次のダンスを受けてしまい、逃げることを選ばなかった自身の愚かさを、セナは恥じていた。
愚か者である自覚はできていた。
口実はなんでもよかった。セナはこの場にとどまり、彼との素敵なひとときを楽しみたかった。
今の気分を味わうだけでよかったのだ。
この先、これほど素晴らしい体験をすることは、もうないだろう。
舞踏会が終わったら、ロバートと踊れる機会は永遠にやってこない。
深夜になれば、この舞踏会は終わりを告げる。
朝にはいつものように清掃係に戻り、昨夜体験したことはすべて嘘だった。素晴らしい思い出になったわ、とミアに自慢して、彼女をおおいに悔しがらせれば、それで親友への義理もたつ。
今はまだ――目を覚ましたくなかった。最高の夢の中で彼とのダンスを楽しみ、時間を過ごしたい。
二人は更にさまざまなダンスを踊り、ワインの杯を重ね、また踊った。
セナの背中を支えている彼の手は、時間とともに上へと移動して、ドレスの生地が隠していない素肌にそっと置かれたとき、直接触れ合っただけで、セナの心は上気した
とめどない興奮がセナの内側から顔をのぞかせ、つないだその手はゆっくりときつく握られていた。
二人の距離は曲目を追うごとに近くなり、密着した。
セナとロバートは互いに目をひとときたりとも、そらさなかった。
周囲のカップルたちは、二人の世界を彩るだけの、色鮮やかな秋の森のような木立でしかなかった。
その次のグループダンスが始まったとき、踊ることに少しの疲れを覚えた二人は、そっとうなずいて、ダンスフロアから離れた。
バーに行き、またワインを飲んだ。
時間は加速したように過ぎ去っていく。
ここでは女神ラフィネの恩寵も、どうやら気を効かせてくれないらしい。
真夜中が近づいてくるにつれてダンスフロアに流れる音楽のリズムは緩やかになりつつあった。
セナの心はとてもテンポの勢いのあるリズムを刻んでいた。
まるで、恋に浮かれてしまった小娘みたいに。
きらびやかな舞台、あれからいっときたりとも離してくれない、自分を抱きしめててくれる彼の腕、ワインの勢いと、彼の深い真紅の瞳が生み出す、情熱のまなざしがセナに生きている喜びを与えた。
そして今ほど嬉しさで心が躍り、胸が絶え間なく高鳴り、全身を愛される歓びが駆け巡り、彼に触れらた場所が敏感になったことはない。
異性のことを、彼ほどに強く意識したこともまた、セナには無い経験だった。
騎士団にいたためか、ロバートの肌は白磁というよりは日に焼けていたが、それもまた彼のよさを強調していた。
力強くたくましい腕、魅力的な口元、ダンスでパートナーに身を預けてこれほどに安心したことはなく……彼の視線は魅惑的でセナをつかんで離さない。
彼はその気になれば、指先ひとつを鳴らすだけで、セナの人生を崩壊させることができることを、セナはもう意識していなかった。
いつのまにか気が大きくなってしまい、セナはそれをワインのせいにした。
これはセナが今まで知らなかった、彼と触れ合うことで初めて生まれた感情だ。
「無理をさせたかな? 少し疲れた顔している」
「いいえ、殿下。まだ大丈夫」
今は二度とやってこない。明日に昇る太陽が、いまここにやってこないように、とセナは女神に祈った。
ロバートは肩を寄せると、そっとセナにささやいた。
「深夜になる前に、パーティーは終わりを告げる。その後も、夜会が朝まであるが、花火が上がる。少なくない数の用意してある。見に行かないか?」
「一緒に? でも」
セナはそのとき周囲の自分たちに対する視線を、すこしだけ気にした。
ロバートの示した先には、中庭がある。
そこを利用してスイートルームと寮の合間を行き来するから、セナは地理には詳しい。
殿下にエスコートされてそこに行けば、衆目は自ずと集まるだろう……そう思ったのだが。
「誰も俺たちのこと気にしてないよ」
「ですが」
「一緒に見よう。俺は決めた」
強引に言うと、セナはロバートの熱い息をすぐ側に感じた。
彼の吐息が耳にかかり、頬を撫で、興奮のあまり肩を震わせてしまう。
拒絶はできなかった。
セナは黙って彼の手を強く握り返し、彼もまた彼女が痛くないていどにそれに応じた。
熟年の夫婦のように、セナが微笑むとロバートもまた情熱的な笑みを口元に浮かべて返した。
オーケストラの演奏が終わり二人はそっとバーから席を立った。
中庭にたどり着くまでの間、ロバートはセナの髪に顔を寄せて、その香りを嗅いだ。
誰もいない場所に彼女とともに行き、魅力的な唇を奪いたい。
そんな強い衝動に、突き動かされそうになるのを、ロバートもまた、抑えきれないでいた。
彼女に出会うまでの今夜、ロバートは自分がどう舞踏会を過ごすのかを、無為に考えていた。




