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【書籍化決定!】その公爵令嬢は、殿下の秘密を宿す  作者: 秋津冴
第三章 舞踏会

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第二十一話 淑女の秘密

 それは傲慢な貴公子の言葉だ。

 しかし、セナが心から待ち望んでいた言葉でもある。

 甘い囁きに抗えないものを感じた。


「俺と共に過ごしてくれないか? 君を行かせたくない」


 優しい息遣いがセナの頬をそっと撫でていく。

 それは彼女に次なる興奮を覚えさせた。


 セナは必死で彼から、その場を去るための理由を考えた。

 それに反抗するかのように、無意識は彼女の意思をすり抜けて肉体をその場に留めた。


 その手は再びロバートの腕へと伸びていき、彼のたくましいそれを掴んだ。

 周りには新しいカップル達が生れていて、曲目は二番目の躍動感あるリズムを奏で始めた。


 頭の先からつま先まで、そのリズムは身体を刺激して、それはまるで稲妻が駆け抜けていくような感覚を覚えさせた。

 ステップへと歩き方が移行するまでに、どうにか逃げるべきだ、とセナは考えたが、それはもはや敵わないものだった。


 歩く速さはやがてセナの脳から理性を失わせていき、どこかに消し去ってしまった。

 大勢のカップルが仮面をつけて舞い、色とりどりのドレスが視界を埋め尽くし、美しい音楽が本能を刺激する。

 

 そして、ロバートという最高のパートナーの腕に抱かれ、セナは極上の幸せを体感していた。

 やがてダンスが終わり、三曲目の時間だと司会者が宣言する。


 それは王国風のダンスの楽曲であり、セナは知らないかもしれないと、ロバートは彼女を見下ろした。

 視線を受け取り、自分が踊れる内容だと示すように、セナは軽くうなずいた。


 二人は微笑み合い、カップルたちの合間に加わって、時折、パートナーを変えては、また一つのカップルに戻った。

 他の女性たちとロバートがパートナーを変えて踊っている合間にも、セナは彼からその目を離そうとはしなかった。


 セナの跡を追いかけるうにして、ロバートもまた視線で彼女を追いかけていた。

 いくつものカップルたちが合間にいるというのに、二人とも、ずっと互いが一つのままでいるように感じていた。


 それから数曲を踊り、ようやくダンスフロアの中央からロバートはセナを連れ出して、併設されているバーカウンターへと向かう。

 彼の腕にみずから腕を絡め、セナは王太子のエスコートを受けて、会場の視線はいままさに、彼女だけに注がれている。


「この手を離したら君はどこかへと消えてしまいそうだ」


 返事をしたらどこにも行けなくなってしまう気がして、セナは無言を通した。

 ロバートはワインを注文し、ダンスフロアの中央に目をやりながら、なるべく周囲の視線からセナを守ろうとしていた。


 二人分のワインが運ばれてきて、ロバートとセナはそれを互いに手にした。

 会場にはわずかながら、マスコミの関係者も招待されている。


 セナが意図せずとも、自分がエスコートをしたことで、世間の衆目にさらされる可能性もあった。

 ロバートはその辺りのことを暗に心配し、自分から距離を置きながらも警護しているボディーガードたちに、マスコミを遠ざけるように合図をした。


 そんなこととは知らないセナは、ロバートが会話を試みようとするも、それをすべて無言で通した。

 それは気恥ずかしさが先に立ち、そうさせていたのだが、ロバートの評価は違った。


「通路でもそうだけど、君は本当に無口だな」

「……話題があれば、話します。殿下」


 その返事にロバートの頬は無意識に柔らかくなる。

 彼の知る周りの女性達。


 姉や妹、従姉妹たちはそのほとんどが、会話を愛している女性ばかりだ。

 ついさっき、ダンスフロアの中で、妹の一人がダンスをしながらパートナーを困らせていた。

 

 彼女の継ぎ目がないような喋り方に、彼はさぞ、落胆したことだろう。

 王女だと思ってダンスを申し込んだら、言葉遊びを愛する女性だったのだから。


 その意味で、沈黙を愛する女性であるセナは、淑やかな雰囲気を保っていた。

 ロバートの常識にある、女性は会話をするために生まれて来たのだ、という認識はセナによって薄まり、新たに塗り替わろうとしていた。


「俺と会話する話題はないと?」

「そんなことも言ってないわ」

「君の母校、バルシャードではこういったパーティの場所でどんな話をするのか、教えなかったのかい?」

「私がその授業を受けようとしたとき、たまたま先生が急用でいなくなったの。いつもそう。どの時間でもそうだったわ」

「だが、きみの社交ダンスはとても素晴らしいものだった」

「ダンスが好きだったから」


 ロバートの意地悪な質問に、セナの青い瞳は無邪気に輝く。

 社交界に出ることが多いのか? という質問には、セナは無言を通した。


 この場所以外に本格的な社交の場所に招待されたことがない。

 というよりも、貴族令嬢として社交界にデビューする前に、そのチャンスを失った。


「ときには雄弁に語ることも、君の魅力の一つになるとは思わないか?」

「分からないわ」


 セナは口元をほころばせて、そう言った。

 軽く首を左右に振る。


 面白い冗談だと、ロバートは笑った。

 そんなに上手にダンスを踊り場を駆け抜けたのに、まさか今夜が初体験だったなんて、言っても彼は信じない。


「君のことを知りたいと思う。年齢や、今どんなことをしているのかも」

「……淑女は秘密を守るものよ」


 セナ・ローエングリンではなく、ミア・パルスティンに成りきれるかどうか……。

 唇を固く結び、彼から目をそらしてセナはそう言った。



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