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田舎娘ミレーヌが妖精になるまでの物語  作者: 葉裏
第三章 商業国アストラ
40/52

神に祈りを

久しぶりに更新します。


 なにか長い夢を見ていたようだった。


 私は目を開けると森の中に立っていた。


 だがどうして自分がここに立っているのか分からない。


 自分の体を見ようとして顔を下に向けようとしたが動かない。


 ベリッ


 頭が樹の幹から剥がれて下を見ることができたが、どこにも自分の体が見当たらない。


「くそぉぉ、私の体はどこだぁぁ」


 すると樹皮だと思ってた模様が消え、私の体が見えてきたが、素っ裸だった。


 体表面に結界のような薄い膜がはってあり、その結界が変化して樹の肌に見えるように擬態していたのだ。


 というか私は自分の体の表面を周囲の色に合わせて変化できるようになっているらしいのだ。


 いつの間にこんなことができるようになったのか?

 今までそんなことはできなかったような気がしたからそう思った。


 私の体は樹木の幹と同化すように密着していたのだが、体から粘液のような粘り気が消えて樹木から離れることができた。


 いったい私はこの姿勢でどれだけ長い間いたのだろう?


 すると樹の幹から声が聞こえた。


『さようなら。私は樹の精霊のパゴ。死にかけたあなたの体を治してあげたよ』





 私は短い草が生えた地面に横たわった。


 草の苦い匂いが鼻につく。


 私の体の表面も草のもようになった。


 きっと樹の精霊パゴが私に分けてくれた偽装の能力なのだろう。


 そのお陰で私は魔獣に食べられることもなく、長い時間この場に留まっていることができたのだろう。


 だが肝心なことに私は気づいた。


 私は誰だろう? そしてここはどこなのだろう?


 どうしても思い出すことができない。


 私は自分が十代後半の少女であること、樹の精霊のお陰で死にかけていたところを救って貰ったこと、そして自分がいま全裸でこのままではいけないことだけが分かった。

 私は身に着けるものが欲しかった。

 するといきなり目の前の空中に衣服が出現し、足元に落ちた。

 それを手に取って見ると、あまりにも素敵でこの森の中で着るのには目立ちすぎると思った。

 すると、その衣服は消えて、代わりにもっと地味な村娘が着るような衣服が空中に現れた。

 これなら良い。

 村の娘が道に迷ったという感じになる。

 私は下着も含め上着やスカート、そして靴下や靴、帽子まで身に着けることができた。

 でも、どうして欲しいと思った物がそのまま出て来るのだろう?

 それは普通のことではないと私は思った。

 きっと神様のような存在がいて、私の願いを叶えてくれるのだろうと思った。

 私は周囲を見渡した。

 ここは森の中だ。

 私はここにどれくらいいたのだろうか?

 そしてどうして私は死にかけていたのだろう?

 樹の精霊のパゴといい、服を恵んでくれた謎の存在といい、私は見守られているという感じがした。

 そして自分を守ってくれる存在に感謝の気持ちが湧いて来た。

 私はその場に跪き両手を胸の前に組んで空を見上げた。

「ありがとうございます、神様。ついでに何か食べるものを恵んでくださらないでしょうか?

 実はお腹がぺこぺこなんです」

 すると、目の前に干し肉とパンと果物と水筒が現れた。

「ありがとうございます。神様、感謝します」

 私はパンを食べようと手にしたとき、自分の指の爪がとても長いことに気が付いた。

「爪を切りたいけれど、道具がない。どうしよう?」

 私は神様に聞こえるように声に出してみた。

 すると小さなペンチのような爪切りが出て来た。

 私は手足の指の爪をそれで丁寧に切り落とした後、爪切りを掌に載せて、空を仰いだ。

「ありがとうございます、お貸し頂いて。

 使いましたのでお返し致します」

 すると手の上の爪切りがふっと消えた。

 私はその後、パンと干し肉と果物を食べて余った分を又神様にお返しした。

 余った分はきっと神様が飢えて苦しんでいる人に与えるのだろうと思った。

 水筒からは水を相当飲んだが、水はいつになっても空にならなかった。

 これもきっと神様のお恵みだと私は感謝して水筒もお返しした。


 さきほど切り落とした爪がとても長かったので、私はきっと死ぬような目にあってから何か月も経っていたのではないかと思った。

 辺りを見回しても、そのときの痕跡らしいものは見当たらない。

 あったのは地面に広がっていた白い灰のようなものだけだった。

 パゴの樹の根元には黒い炭化した滓のような物が落ちていた。

 誰かが焚火をした跡なのだろうか。

 その後周辺半径一キロの円内を見回ったが、特に私の記憶が失った原因らしいものは全く見当たらなかった。

 私は高い樹に登って辺りを見回し、水の音を探って人里を求めて行った。

 最初はどこを見ても樹海の中で迷いそうになったが、やがて川を見つけその下流を辿って行くと、街のようなものが見えて来た。

 それほど高くはない石壁をめぐらした城塞都市で、中に入る時身分証の提示を求められた。

 私は小さな声で身分証が欲しいと祈ったところ、それらしきものが手の中に現れた。

兵士「ほう……今どこから出したんだい、娘さん? 手品という奴かい?」

 兵士は私の身分証を見て目を見開く。

兵士「ミレーヌさんというのかい? 

 十七才で、冒険者Eランクだって? 

 とてもそうは見えないけれど、それで一人前いっちょまえなんだ?

 驚いたね、剣も弓も持たないで、どうやって身を守るんだ?」

 咄嗟に言われて、なにか小さな武器があればと思ったら、手の中に細い鉄の箸のようなものが現れた。

兵士「げっ、それかい?

 娘さん、暗器を使うのかい。

 だけど、それは人には見せない方が良いよ。

 それと同じ物を使って大量に人を殺した奴を捜しているから、娘さんが疑われちゃ困るだろう?」

 私はすぐその鉄の箸みたいな武器を引っ込めた。

 というかどこかに消えてしまったのだ。

兵士「冒険者なら、目的ははっきりしてるな。

 ここからは商業国アストラだ。

 そしてこの街は入り口の街マネーゲートだ。 

 まあ、ゆっくりして行くことだ」

「ありがとうございます」


 私はミレーヌという冒険者だったのだ。

 けれども私はどこから見ても村娘の姿で荷物は何も持たない不思議な恰好で街に入ったのだ。


 街に入って見回してみると、非常に活気のある様子で下手をするとレストーシャンの王都並みの人の波が見られる。

 それも交通の要地だということと関係があるのだろうか。

 遠目に見ただけだが、エルフを一人見た気がする。

 しかも見た目は若者で、すこぶる美形である。

 それと背が低くてやたら筋肉が目立つドワーフも見た。

 冒険者も浮浪者のような恰好ではなく、きちんとした武器や防具を身に着けていて、しかも洗練されたスタイルをしているのだ。

 そのファッション性を言うなら、樹海王国の王都レストーシャンよりも遥かに洗練されている気がした。


 私は真っ先に行ったところが商業ギルドだった。

 森の中で生きて行くにはお金はいらない。

 けれども、街の中ではお金なしでは生きて行くのが難しい。

 その為には働かなければいけない。

 私は本能的に商業ギルドに足が向いた。

 そこに行くのが仕事を見つけるのに一番だと思ったからだ。

 ところが商業ギルドに行くと窓口の青年がこう言って突き放した。

「悪いけど、後見人か保証人がいないようでは、仕事を世話することはできないんだ。

 なにか問題が起きたとき、ギルドが責任を問われてしまうからね」

ミレーヌ「ギルドに登録しても駄目ですか?」

青年「冒険者ギルドとは違うんだよ。

 登録するのに保証人か後見人がいるんだ」

ミレーヌ「それでは働くことができないってことですか?」

青年「そんなことはない。仕事はあることはある」

ミレーヌ「だって、たった今仕事を世話することはできないって」

青年「世話はできないが、あんたが勝手に拾って行く仕事なら、ギルドには関係ないってことだ。

 そこに仕事募集の掲示板が二つあるだろう。

 右のが正規の掲示板でギルドが仲介し保障するクエストだ。

 左側のちょっとぼろいのが、無認可の掲示板で、ギルドを通さずに勝手に貼って行く非正規掲示板という奴だ。

 そこから選んで雇い主の所に行って勝手に交渉する分は自由だってことだ。

 だが、その結果どんなことになってもギルドは責任は負わない。

 以上だ。わかったな」

 私はその左側の掲示板を見た。

 大抵はいわゆる三K⦅くさい、きたない、きつい⦆の仕事で、しかも低賃金だ。

 保証人も後見人もいらない代わりに、どんな扱いを受けるか分からない、ハイリスクでロウリターンな仕事ばかりのような気がする。

 

 私はその中から『ゴミ処理』という仕事を選んだ。

 なんでも遺品整理とか没落家の財産処分に関係するらしい。

 

 私は作業着が欲しいと思った。

 するとつなぎ着のジーンズが長靴や手袋と一緒に出て来た。

 それに着替えた私は簡単な地図を頼りにゴミの集積場みたいなところに行った。

 次々と荷馬車がそこにさまざまなガラクタを無造作に地面に下して行く。

 そこに十数人の男女が盛んに仕分けして、良い物は横に置いてその他の不要な物をこちらに廻して来る。

 私の他に数名がその不要な物の処分係で、一番体を使い忙しい場所だった。

 燃やせるものは巨大な焼却炉に放り込み、燃やせないものは種類によって投棄する場所が異なるのだ。

 私と一緒に働いている中に貫頭衣を着て首輪をつけた奴隷の青年がいた。

 髪は銀色で瞳は深い海のような色をしていた。

 やややつれてはいるものの、顔立ちが整ってどことなく以前は良い暮らしをしていたのではないかと思わせる感じだった。

 そうなのだ。私は奴隷と一緒に働かされているということなのだ。

女「そこのお前、手を休めずに動くんだ。

 男の奴隷を見てぼんやりしてるんじゃないってんだ」

男「カセギトの女が色気だけはつけやがって」

 カセギトと言う言葉になにか侮蔑的な響きを覚えた。

 つまり私のようなギルドの正規な会員ではない者のことをいうのだろう。

 その扱いはほぼ奴隷と同格ということらしい。

 降ろされる荷の中から金目のものを選別している彼らは正規の会員なんだろう。

 だが注意して見てると、小さな貴金属のようなものをポケットに素早く隠している者も結構いるみたいだ。

 私はそれとなく彼らを観察していたが、保証人や後見人がいるというだけでそれほど能力や信頼性がある者ばかりではないと感じた。

 ギルド会員とは言っても、ガラクタの中から少しでも金目のものを選別するという仕事なので、割と底辺の者たちなのだろう。 まず彼らは物の価値が本当に分かっているかどうかは怪しかった。

 素人でも見て分かる程度の品物は選別できるが、専門的な目を持っているわけではない。

 私は何故か骨董品を見分ける目があるらしく、なんとなく価値の高いものがゴミとしてこちらに廻されて来るのを見て微妙な気持ちになる。

 一見埃をかぶった汚い書物や置物が見かけだけでゴミとしてこちらに捨てられて来る。

 けれどもそれは極めて貴重な文献であったり、芸術品であったりするのだ。

 恐らく貴族が所有していたものだろう。

 彼らは一見新しくてピカピカしていて綺麗なものを価値あるものとして選んでいるが、それこそ二束三文の安物である場合が多いのだ。

「馬鹿野郎っ。何故ゴミをこっちに戻すんだっ」

 餞別していた男が奴隷の青年を怒鳴りつけてから思いきり蹴飛ばしていた。

 さらに虫食いの汚れた本を倒れた青年に向かって叩きつけた。

 青年は悲しそうにその本を拾って躊躇っている。

 それは樹海王国の歴史に関する貴重な本で一般には出回っていないものだった。

 よく見ると彼の足元には、ほかにも一見汚れたように見えるが非常に高価で貴重な品がかためて置かれていた。

 彼はきっとどこかの元貴族で高い審美眼と鑑定眼を持っているのだろう。

 けれども、それをいくら選ぶことができても、彼にはそれを所有することができない。

 それはゴミとして処分することを命じられることだろう。

 案の定、先ほどの男に別の女が言った。

「この奴隷、ゴミを処理しないでそこに貯め込んでいるよ。

 図々しい。ガラクタ一つだって持つことは許されないのにさっ」

男「痛い目に遭わなけりゃ分かんないのかよ」


私は駆け寄って青年の手を掴んで立たせた。

 そして男の方を見て言った。 

ミレーヌ「あっ、今片づけます」

 私は青年が集めた品物が神様へのお供えになるように祈った。

 すると青年にだけ見えるように、貴重な品物が一つ一つ消えて行った。

 青年は驚いて私の目を見て、小さな声で呟いた。

「空間魔術?……」

 私は青年が私のしたことを大体理解したと思った。

 つまり私に任せれば貴重な品がゴミとして処理されこの世から消えてしまうのを、防げるということを。

 実際私は自分のところに来た貴重な品は、そうやって神様に預けて消していた。

 その後も作業は続けられたが、青年は値打ちのありそうなものは全て私の方に投げて寄こした。

 それを私は全て神様への預け物にした。

「うわぁぁ、これはすごいんじゃないか?」

 女が声を上げた。

 見ると刃渡り一メーターほどの剣を手にしていた。

男「お前、それをどこで拾った?」

女「拾ったんじゃないよっ。ぼろ布に包んであったんだよ。

 これを見逃してガラクタと一緒に寄こしたって訳だね」

 聞いていると、どこかのお屋敷から貴重品だけ取って残りをこちらに持って来てるらしい。

 ここで正規の会員がめぼしいものを更に拾って、残りを廃棄物として処理するということなのだ。

 ところでその剣を見る青年の表情が真剣になった。

 青年は私に懇願するような目を向けた。

 そして餞別された品物の山の方を見ながら、私にだけ聞こえるように言った。

「我が伯爵家の家宝の剣だけは……」

 それを聞いた私は、足もとの石に躓いた振りをして、タタタタと剣の方によろめいてから大袈裟に転んだ。

 その時に例の剣を消した。

 神様に預けたのだ。

 青年はそれを見て、ほっとした顔をして仕事を続けた。

「馬鹿野郎っ、こっちにくるんじゃねえっ」

 私は男にどつかれたが、そのパンチは私の頭に命中せずにつるりと滑って逸れて行った。

 神様が守ってくれたのだろう。

男「あれっ? 手が滑った……」

 男は不思議な顔をして自分の拳を見ていた。

 それからしばらく単純作業が続いた。

 だんだん選別係も飽きて来て、碌に見もしないで荷物をこっちに放り投げて来る。

 中には荷ほどきをしないで投げて来るものもある。

 古ぼけた衣装箱を男が中を見ないで蹴飛ばして来た時にはむっとしたが、私は箱の蓋を開けたとき思わず顔を輝かせたと思う。

 何故ならその様子を見て、男が飛んで来たからだ。

「おい、中に何が入ってたんだ?」

「ただのゴミです」

「良いから見せろっ」

 男は私から衣装箱を取り上げて中を覗き込んだ。

 その後また、再び蹴飛ばして怒鳴った。

「きさまっ、ゴミしか入ってないじゃないかっ」

「だからただのゴミだって言いましたよね」

「いや、中を見たとききさまは目を輝かせていた」

「いや、衣装箱にゴミが入っていたので驚いて目を見開いたのがそう見えたのでしょう」

「紛らわしい顔をするなっ」

 男はまた向こうへ行ってしまった。

 奴隷の青年はそんな様子を見てかすかに口の端を上に上げた。

 彼は中に何が入っていたか知っていたのだ。

 そして私がそれをただのゴミと一瞬ですり替えたことも。

 

 しばらくして女が言った。

女「あらっ、さっきここに置いておいた立派な剣がなくなっているよっ」

男「なにぃっ。あれがあれば特別手当が出たかもしれないのに。

 誰だっ、盗んだのはっ?」

「よく探してみろ。誰だってそんな大きなもの懐に入れるのは無理だろう。

 指輪とかじゃなくて剣だろう。

 捜せばある筈だ。捜してみろっ」

「ないぞ。この辺に置いたのか」

 そういう騒ぎをよそに、私たち非正規の下積み組は黙々とゴミ処理をしていた。

 そのうち剣の騒ぎも有耶無耶になってしまった。

 騒いだところで剣が出て来る訳ではないので、忘れようということになったらしい。

 作業が終わると日当が貰えるが、安い宿に泊まって飲食すれば一晩でなくなる額だった。

 こういう底辺の仕事をしていれば、いつまでたっても這い上がることができないという訳だ。


 だが私は、その足で骨董屋に足を運ばせた。

 まず店頭や店の奥に並んでいる物を見て、掘り出し物がないかどうかを見る。

 不思議に私は品物を見ると良い物か悪い物か見分ける力があるらしい。

 そういう素養や教養をどこで身に着けたのか分からないが、目についた品を一品取り上げて、それについて店主に説明をさせるのだ。

 骨董屋の店主が目利きなのは当たり前だが、それでもその鑑定眼にはレベルがあるのだ。

 そして店主がガラクタだと思う物で実は価値ある掘り出し物を見つけて安く買う。

 それを鑑定眼の高い店の店主に売りつけて差額を利益にするのだ。

 さらに、私はゴミ処理場で拾ったお宝を値打ちの分かる店に持って行って高く買って貰った。

 言い忘れたが、こういう店に出入りするときは、私は立派な服を着て行く。

 そうすると店の方でも足元を見なくなる。

 信じられないことかもしれないが、私の手には白金貨二枚と金貨が百枚近くも溜まっていた。

店主「この樹海王国の歴史についての本は確か非常に貴重な本で商業国アストラの図書館にもない筈です。

 お客さんの持ち込んだ物は、恐らく樹海王国のララミス伯爵家が所蔵していたお宝でしょうね。

 噂によるとそこの伯爵家は盗賊によって食料も財宝も奪われたと言いますから。

 それが転売を重ねてお客様の手に渡ったと見たのですが」

 そういうと店主の目が鋭く光った。

 私はそれで納得したという顔をしてみせた。

ミレーヌ「なるほど、これを売りつけた者は碌に値打ちも分からず慌てて安値で売りつけて行ったと聞いたが、そういう訳だったのか」

 つまり目下の使用人に買い取らせた物を持ち込んだようにみせかけたのだ。

 さしずめどこかの商家のお嬢様といった感じに見えたに違いない。

ミレーヌ「ところで、これは売る積りはないのだが、見てもらいたいものがある」 

 そう言って出して見せたのが例の宝剣である。

 店主はそれを鞘から抜いて何度も隅々見渡してから言った。

「私は剣類は専門ではないのですが、武器専門の者に見せれば恐らく白金貨数十枚は下らないでしょう。

 けれどもこのくらいの名剣になると、誰が見ても出所がはっきりしているので、盗品をさばいたということになりますので、私どもでは手が出ません」

「なるほど、それを聞きたかったのだ。

 これは元の持ち主に返してやるのが筋だろう」

 そう言って私はその店を後にした。


 私は中程度の宿に泊まって一夜を過ごした後、真っ直ぐにある奴隷商の所に直行した。


「これはこれは。どこかのご令嬢様とお見受け致します。

 今日はどんな種類の奴隷をご所望でございましょうか?」

 出て来た奴隷商人は赤ら顔の陽気な感じの男だった。

ミレーヌ「そちらでは一日だけ奴隷を貸し出すということもやっているようだな。

 昨日他所に貸し出した奴隷を見せてくれないか」

商人「よくご存じで、昨日貸し出した奴隷は一人だけでございます。

 それもヘンリー・ラバン・ララミス伯爵様の命で一日だけ作業用にお貸ししたものです。

 ジムという若い男奴隷です」

ミレーヌ「見せてくれ」

商人「少々お待ちを」

 間もなくすると商人は昨日の青年を連れて来た。

 貫頭衣を着た銀髪碧眼の青年ジム。

 実は彼こそジェームズ・ノア・ララミス伯爵ジュニアだった者で、ヘンリー・ラバン・ベラフォン男爵によって身柄を拘束され領地を奪われた伯爵家の長男だったのだ。

 何故このことが分かったかと言うと、私は昨日奴隷のジムの体に触れたとき彼の魔気が私によって吸い取られ、その魔気から彼の心に潜む情報が昨夜の夢によって伝えられたのだ。

 夢の中では私は男性のジェームス・ノア・ララミス本人になっていて、伯爵領が突然の竜巻に襲われ、食糧庫などの不審火による出火の為、領内に食糧難が発生したことを目の当たりにする。

 伯爵ジュニアであるジェームズは、配下の騎士を従えて、西隣りの子爵領に救援の依頼に走る。

 樹海網を突き抜けてもうすぐで子爵領と言うときに、ベラフォン男爵の兵士たちが食料を持って待っていて、彼らに休憩を促したのだ。

 そこで与えられた食事と飲み物で眠気を催した一行は目を覚ますと奴隷の首輪を嵌められ、貫頭衣を着せられた状態で囚われていたのだ。

 他の騎士たちは地下の作業場に連れて行かれ、ジェームズだけが奴隷ジムとして奴隷商に売られた。

 指導的な立場にある彼だけを引き離し、孤立化させることが狙いだったらしい。

 そして四人いる妹のうち次女のジェニファーの婿としてヘンリー男爵が入り込み、伯爵の地位に納まったと後で聞くのだった。

 他の三人の妹は売り払うと同様に嫁に出されてらしく、伯爵夫妻は引退後間もなく病死したという。

 もともと国境近くで交通の要地になっていた男爵家は財力を蓄え傭兵を雇っていたので、伯爵領の周囲の樹海網は男爵の手中にあったのだ。

 その矢先の伯爵領の自然災害での打撃。

 それを追撃するかのように食料庫を放火したりして干乾し作戦を行い、格上の伯爵家を追い込んでお家乗っ取りを実行したのが十九才のヘンリー男爵だったのだ。

 彼は父親の無能な男爵を酒と女と博打で溺れさせ引退に追い込んだ策士である。

 彼は伯爵領の領民を援助の為の

一時避難と称して、馬車に詰め込み連れ去って奴隷にし、地下道を掘らせる作業を強いた。

 それは樹海網を通らずに伯爵領と男爵領を自由に行き来する地下通路である。

 そして男爵領の領民から次男三男以下の農民を伯爵領に移民させて、実質二つの領地をわがものにするという覇道を成し遂げたのだ。

 そのあたりの事情を夢で知った私は、奴隷ジムを買い上げて自由にし彼に挽回のチャンスを与えようと思ったのだ。

 とは言っても、私にこの下克上の乗っ取り劇を糾弾し制裁を加える気持ちはない。

 何故ジェームズを自由にしてやりたいのか、それは私が彼の魔気をこの身に吸収して、彼と同じ人生を味わったからだ。

 そこに正義云々の理屈はない。

 それを言うなら、自らの策略と力で領地を勝ち取ったヘンリーの方に『力は正義』の意味の正義があると思っている。

 あくまでも私はジェームズの気持ちに同調してしまったから、彼の身の上に同情と共感を覚えたに過ぎないのだ。

 私は用意した服を奴隷ジムに着せて奴隷から解放するように商人に言った。

 その値段は白金貨二枚になった。

 私はさらに宝剣を彼に渡し、後は自由にするようにと言い放った。

 お金も十分与えて介抱したのである。

 彼は私に感謝しながらもなんと言ったか。

ジム「どうか私が迎えに来るまで待っていてほしい」

ミレーヌ「勘違いしないでほしい。私はあくまであなたの身の上を不憫に思ったから自由の身にしただけです。

 もしあなたがヘンリーに立ち向かって領地を取り戻そうとしているのならそれはやめた方が良いでしょう。

 あなたはその卓越した鑑定能力を生かして商人になって財を成した方が良いでしょう。

 私はあなたに愛とかは感じません。

 だから勘違いせずにこれからは慎重に生きて欲しいと思います」

 やや冷たい言い方だったかもしれないが、わたしはそうやって彼と別れた。


 ここはララミス伯爵領、国境の男爵領の一つ王都寄りの都市である。

 ひと月前に伯爵令嬢ジェニファーと入り婿の形で婚姻を結んだヘンリー男爵は弟に男爵位を譲って、実質伯爵領の支配者になった。

 そのヘンリー伯爵はジェラルド管財長を呼びつけた。

伯爵「お前は二日前の伯爵家の財産処分をどう仕切ったのだ?」

管財「と申しますと?」

伯爵「とりあえず価値のありそうなものは確保しておいて、その他の者は更に詳しく分別して換金可能なものを選別させるようにと命じた筈だが」

管財「はい、そのように取り計らいましたが」

伯爵「さてさて事前に吾輩がざっと見ただけでも目についていた品物が見当たらないのはどうしてだ?」

管財「それはお屋敷の蔵に残っている筈かと」

伯爵「蔵の品は全部調べたが、なかったぞ」

管財「それなら、馬車でゴミ処理場に行ったに違いありません。

 でもご安心下さい。そこでさらに選別して貴重なものや換金可能な品は三台の馬車に積んで持ち帰っております。

 庭に三台の馬車が並べてありますので、その中にあるかと」

伯爵「おいジェリー、その三台の馬車の荷も全部調べたうえで吾輩はお前に訊いているとは思わないのか」

管財「そ……そんな筈はありません。現場では奴隷のジェームズに選別させるようにしたので、値打ちのあるものを見逃す筈はないので」

伯爵「確かに吾輩はそう指示した。だが、現場でその通りに行われたのかと言っている」

管財「そのようにしろと私の方で作業員たちに言い聞かせましたので間違いないと」

伯爵「だが、実際は選別は作業員たちが行い、ジェームズはゴミ処理の方に廻されたのだ。

 そしてジェームズが選別すると、それらをゴミ処理するように命じていたというではないか」

管財「そ……それは存じませんでした」

伯爵「まあ、その作業員の責任者には責任をとってもらった。

 ジェリー、お前はその時何をやっていたんだ。

 お前は現場に立ち会いもせずにお茶会に出席していたというではないか」

管財「そ……それは」

伯爵「伯爵家はもともと古書や古美術の収集で知られているのに、それらの半分以上がゴミとして処分されてしまったのだ。

 そして一番惜しいのは、宝剣の紛失だ。

 作業員に聞けば確かに宝剣らしきものを選別したが、その後紛失したとのことだ。

 白金貨五十枚の値打ちがあるお宝がお前の杜撰な管理で消えているのだぞ」

管財「お……お許しください」

伯爵「ところで、奴隷のジェームズがその後どうなったか知ってるか?」

管財「えっ、奴隷商のところに置いてあるはずですが」

伯爵「もし誰かに買い上げられたらどうする?」

管財「それは大丈夫です。

白金貨二枚以上でなければ売らないように言い聞かせてますから。

 絶対売れません。

 最高級のエルフの処女でも白金貨一枚です。

 誰も白金貨二枚の奴隷を買おうとはしないでしょう。」

伯爵「ところが身分の高い令嬢らしき者が買い取って行ったそうだ。

 もしその令嬢が貴族で、ジェームズの事情を知って対抗勢力に漏らしたらどうするのだ」

管財「あっ……」

伯爵「 奴隷になったジェームズの扱いについても、奴隷として教育させた後、こちらで再び買い取って囲い込むことにより秘密を保持することになっていたのではなかったか?

 任せるということは、信頼に応えてくれると信じたからだ。

 それに対して茶会で飲み食いして作業の監督も怠ったという態度で応えたお前は管財長としての資格はないと考える。


 財産没収のうえ、一族すべてを含め奴隷の身に落すことにする。

 以上だ」

管財「伯爵さまーーーー」

 ヘンリー伯爵のリストラ法は、役に立たない臣下はただやめさせるだけではなく、奴隷にして換金して行くというやり方だった。





 少し小金ができたので私は本来の冒険者としての生活をしてみようと思った。

 その為にまず元の村娘の服装に戻った。


 そして私は冒険者ギルドを見つけてそこに入って行った。

 ギルドは活気にみちていた。

 すると突然同い年くらいの少女たちに囲まれた。


ここまで読んで頂きありがとうございました。

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