国境近くにて
しばらくぶりに書きます。
国境の街はべラフォン男爵領だった。
そこで私は妙な噂を耳にしたのだ。
それは隣のララミス伯爵領に大がかりな作物泥棒が襲って食料危機に陥っているという噂だ。
なんでも通りがかった行商人の話では、収穫前の作物が夜のうちに畑から盗まれ、同時に収穫済みの農作物も貯蔵庫から盗まれてしまったという話なのだ。
つまりララミス伯爵領では食糧難の状態なのだ。
ここベラフォン男爵領は樹海王国の最東端で、ララミス伯爵領はその西隣になる。
けれどもその更に西に行くにはトロント子爵領があり、その両方から支援の為の救援隊が向かっているとのことだ。
その為男爵領の冒険者ギルドでは救援のためのクエストは募集されていないのだという。
私はララミス伯爵領についてはただ外側を通過しただけだった。
立派な城塞都市で高い石壁が印象的だった。
ただ気になったのは伯爵領の周囲には魔獣使いの警備が国境なみに厳しかったということだ。
子爵領から伯爵領に移動するとき、また伯爵領から男爵領に移動するとき、樹海網の中で呼び止められ旅の目的とかを尋問されたのには驚いた。
きっと作物泥棒の取り締まりだったのだろうか。
そしてもう一つ気づいたことがある。
極めて重要なことだが、男爵領に入って初めて気づいたことだ。
それは伯爵領の前後で私を呼び止め誰何した兵士の鎧には男爵領の兵士と同じ家紋がついていたということだ。
きっと伯爵領の警護を男爵の方で任されているのかとも思ったが、食糧危機のことを考えてみると何か納得がいかない。
それだけ厳しく警護してるなら、伯爵領から盗み出された食料をすぐにでも見つけることができた筈だ。
伯爵領内のすべての住民を養う量ならそれこそ馬車で何十台も運び出された筈なのだ。
ところで冒険者ギルドで伯爵領内の親戚に手紙と食料を届けるクエストが募集されていた。
依頼人は男爵領内の平民で、届け先もまた伯爵領内の平民だという。
食料と言っても手紙と一緒に届ける程度だから、重さで言えば三キロぐらいの荷になる。
無事に届けたら相手の手紙を受け取って戻ればクエスト完了になる。
謝礼は銀貨十枚という微々たるものだが、私は伯爵領の中の様子が気になったので引き受けることにした。
というか誰も引き受け手がなかったのも気の毒に思ったのもある。
依頼主は平民ながら物腰の柔らかい若者だった。
若者「失礼ですが、まだうら若い女性のあなたが樹海網を越えて伯爵領のララミスに行くのは危険ではないですか?」
「こういう風に言えば分かるでしょうか?
私はここに来る前は王都にいました。
そして一人で樹海網を幾つも通って来たのです。
もう一つ言うなら私は魔法使いにして剣士、そして同時に薬師でもありますし、魔獣と戦いながら樹海の中で寝起きすることもできる人間なのです」
若者「そうだったのですか。それは失礼しました。
私の名前はエルマーと言います。届ける先はシャールという、私と同じ農夫です。
伯爵領の第三区に住んでいます。
お願いできますか?」
「お安い御用です。明日には戻れると思います」
私は、早速日の高いうちに手紙と食料を預かって出発した。
男爵領を出ると樹海網の中の街道を通って行く。
すると早速検問に引っ掛かった。
予想通り男爵の私兵たちである。
兵士「どこへ行くのだ?」
「伯爵領にいる人へ届けものです」
兵士「何を届ける積りだ?」
「手紙と食料です」
兵士「見せろ。手紙も食料も」
「まさか、本気ですか?
男爵家の兵士が何故伯爵領に持って行く物を調べるのですか?」
兵士「伯爵様から依頼されているのだ。妙な物を持ち込まれることのないようにだ」
「冒険者ギルドから受けた正式な依頼です。
信じて下さい」
兵士「いや、見せないというなら通す訳にはいかない」
「分かりました。手紙の中身を改められるくらいなら、依頼主に戻して来ます」
兵士「つべこべ言わずに見せろ」
「どうしてですか? 持ち込まないと言ったじゃないですか?」
兵士「待て」
私は足早に元来た道を引き返した。
そして、霧を出しながら耳を澄ました。
遠くから兵士たちの話し声が聞こえる。
「おい、今の女どうする?」
「追い返したことが広まるとまずい。
幸い女一人だ。追いかけて捕えよう」
「その後どうするんだ?」
「かなり美人の娘だった。魔獣の餌にする前に楽しませてもらおうじゃないか」
この話を聞いて私はなにか男爵側の陰謀みたいなものを感じた。
男爵は自分よりも二階級も上の伯爵を陥れようとしてるのではないかと思ったのだ。
さらに私は彼らに捕まらないように街道から逸れて移動しながら兵士たちの会話を拾って情報を集めた。
それによると事の発端は、伯爵領内に突然起きた巨大竜巻による自然災害だった。
その結果農作物や食料貯蔵庫が被害を受けて、緊急に食料や日用品や薬などの需要が高まったのだ。
当然その救助を男爵領に求めた。
男爵領は商業国と隣り合っている為、物資の輸送が盛んに行われているので、頼れると判断したのだ。
同時に王都側への報告をする為に西側の子爵領にも使いを走らせたのだが、伯爵領から出た使いは東西の両方向で男爵の手の者に阻まれてしまったのだ。
彼らは救助に駆け付けた振りをして使者たちを薬入りの食料でもてなし、捕縛してしまったのだ。
そして、同じように救助と称して何台もの馬車で伯爵領の領民を移送して、薬入りの食事で眠らせたうえ拘束したのだ。
伯爵領には食料が一切入ってこないようにして、領民たちを死なない程度に飢えさせては弱った者から救助と称して馬車で大量に輸送しそのまま囚われの身にして行った。
その中には王都への使者として真っ先に向かった伯爵家の長男もいて、その後上は十八才から下は十才までの四人の伯爵令嬢たちも入っている。
そのうちの一人を男爵家の息子と婚姻関係にして、実質伯爵家を乗っ取る計画まで練っているのだ。
つまりこれは男爵家が自然災害を受けて弱った伯爵領に、さらに残り僅かな食料や農作物を盗んで弱らせて領地そのものを盗み取るという国盗りの話なのだ。
樹海王国は貴族たちの領地が樹海網によって情報や交通が寸断されているので、このようなことができるのかもしれない。
情報も自然災害の部分は伏せられ、盗賊による被害だけの噂だけが漏れるようにして、伯爵自身の治安維持の能力が問われるようにしているのだ。
商業国と国境を介して隣接している男爵領は、物資が豊かで食料に恵まれている。
その経済力を生かして傭兵を使って以前から伯爵領と商業国の物量の流れを寸断していたらしい。
もちろん盗賊や魔獣に襲われたように見せかけ、伯爵領に豊かな物資が流れ込まないようにしていたのだ。
傭兵たちは男爵家の兵士に昇格して、伯爵領を囲んで暗躍していたのだ。
そしてたまたま起きた自然災害を好機ととらえて、一気に下克上の干乾し作戦に出たのだ。
この計画を進めたのはベラフォン男爵家の長男である、ヘンリー・ラバン・ベラフォン男爵ジュニアである。
年齢僅かに十九才にして狡猾な戦略家なのだ。
私は伯爵家の領地ララミスの門を濃い霧で兵士たちの視界を奪ってから通過した。
伯爵領はひどい状態だった。
巨大竜巻による被害の状況もさることながら、故意に放火して倉庫や食糧庫を焼失させたと思われる場所があちこちにあった。
殆どの家が空き家になっており、住民が移送されそのまま捕縛されたものと思われる。
いまだに残っている住民は僅かな食料の蓄えで生き延びているのだろう。
彼らは警戒して馬車による移送の誘いにも応じずにいるらしいが、それでもいよいよ飢えて行けば生き延びるために自分の身を差し出すようになるのだろう。
私は慎重に第三区の場所を探って、農民のシャールの居場所を捜した。
というのは至る所に男爵家の兵士たちが見回っているからだ。
彼らは決して暴力的に住民を連れ去ろうとしていない。
あくまでも友好な態度を装って馬車で連れて行こうとするのだ。
そして決して食料を配ろうとしない。
馬車に乗る者にだけ簡単な食事を与えているようだ。
そしてその食事には眠り薬が入っていて、目が覚めたときにはなんらかの拘束をしていると思われる。
そして漸く私はシャールと会うことができた。
シャールは農夫にしては、手が綺麗な男で愛想の良い感じだった。
このクエストの依頼人のエルマーに共通した雰囲気が彼にはあったのだ。
シャール「驚きましたね。ミレーヌさんはただの冒険者ではないですね。
ここで何が起こってるかもすでに理解してる筈なのに、ここまで来ることができたのですから」
ミレーヌ「手紙と食料はこれで全部です」
手紙を読み終えたシャールは私に丁寧に頭を下げてから言った。
シャール「あなたに私からの手紙を託してエルマーに届けてもらうまでが頼まれたことなのでしょうが、それとは別にこの手紙に書いてあることがあります。
それはもしあなたが無事に私の所まで辿り着くことができたなら、その逆に私を連れてエルマーの所まで戻ることが可能かどうかあなたに頼んで欲しいということです。
実は私もエルマーも商業国の潜入情報員なのです。
今回なにがあったかを手紙で知らせることはできますが、一番良いのは私自身が直接エルマーに説明できれば一番良いということです。
私はこのままここに残ってもいつかは彼らの囚人にされて地下道を掘る労働を強いられることになると思うのです。
そして酷使されたあと襤褸切れののようになって死んで行くことでしょう」
ミレーヌ「地下道とは?」
シャール「この伯爵領の住人はすべて奴隷にされて、樹海網の下を潜って伯爵領と男爵領を結ぶ巨大地下通路を掘る作業をさせられているのです」
ミレーヌ「そんなことをしたら、伯爵領の領民はいなくなるのではないですか」
シャール「大丈夫なのです。男爵領には農地が与えられない次男三男以下の息子たちがいます。
彼らをここに呼んで農地の再分配をする予定なのです。
もともとの住人を残せば、ここで何が起きたかを外に漏らす恐れがあるからです。
その点男爵領の領民は結束が固いですから」
ミレーヌ「なるほど。男爵ジュニアはなかなかの曲者ですね」
シャール「それが良いとか悪いとかを私たちは論じる積りはありません。
要するに男爵サイドは少ない兵力を伯爵領の東西に配置して、しかも戦闘せずに伯爵の兵力を削って行ったのですから。
貴族同士は力比べ知恵比べで上に上がって行くのです。
今回は一方的にやられてしまった伯爵だって、その先祖代々において誰かを陥れたり食い物にして今の地位を得たのだと思います」
ミレーヌ「良いでしょう。あなたを亡命させてあげましょう」
シャール「ありがとうございます。ここでは金貨がたくさん余ってます。ないのは食べ物だけですから、お礼は金貨で払います」
ミレーヌ「諜報員なら足跡を殺して歩くことができますか」
シャール「なんとかやってみます」
その日はシャールの家に泊まり、翌朝伯爵領を脱出することにした。
私は彼に旅支度をさせて短いロープを渡し、その端を掴ませた。
ミレーヌ「魔法で門の近くで濃い霧を出します。
後は兵士に気づかれないようにロープで引っ張られるままについて来て下さい」
私は門の近くに来ると宣告した通り濃い霧を発生させた。
そして兵士の気配を探りながら、彼らの間をすり抜けた。
門からだいぶ離れてから霧を吹き飛ばし樹海網の中を移動して行く。
シャール「ミレーヌさん、樹海網の中を歩くなんて大丈夫なんですか?」
ミレーヌ「私から離れないようにして歩けば大丈夫です」
途中兵士や魔獣使いに操られたモンスターなどに遭遇したが、すべて白い霧を使って逃げた。
無事に男爵領に戻った私たちはエルマーと合流し無事クエスト完了の運びとなる。
そして二人の提案で商業国まで一緒に護衛としてついて行くことになった。
とは言え付き添ったのは商業国への国境門の手前までだった。
というのは国境の門からこっちに向かって飛び出して来る奇妙な生き物を目撃したからだ。
恐らく極めて珍しい魔獣のように思える。
というのは全身が白く光って、パチパチと帯電しながら低空を飛ぶように駆ける四つ足の魔獣だったからだ。
門番の兵隊たちは僅かにその光に触れただけで感電して倒れているので、誰も手が出せない状態だ。
それは猛スピードで地面から一メーターほどの空中を滑るように駆けて来て樹海網の方に向かっている。
私はこの魔獣を追いかけたかったので、二人に別れを告げた。
ミレーヌ「この魔獣を狩りたいと思います。ここでお別れです」
「「気を付けて下さい、ミレーヌさん」」
そして後で商業国のある場所で会う約束をして、そこで別れた。
樹海網の中に入るとその魔獣は光を失い本来の姿を現した。
全身は白い毛に覆われ、体は普通の馬よりも一まわり大きい。
なにより目立つのは額から長く伸びる一メーター以上もある角だ。
一角獣だ。
その角から雷光を出し、獲物を仕留めるという強力な魔獣だ。
しかも翼もないのに低空を風魔法で飛ぶことができる。
樹海網の中に入った私は一角獣と同じように風魔法で低空を滑るようにして追って行った。
何故一角獣に執着するのか?
それはその角を素材にして剣を作れば、雷光を発する魔法剣ができるからだ。
剣先が相手に届かなくても、剣の間合いの外にまで雷光が届くのだ。
だからこの一角獣の角で作った魔法剣は国宝級の価値があると言われるのだ。
さらにその長い白い毛はコートの素材としても最高級で足の蹄で作った靴は低空で疾走する飛行靴となる。
しかもこれも国宝級の魔法靴が二足できるというのだ。
もっとも私はその靴がなくても同じように走れるが……。
さらにその肉は部位ごとにランクがあって、最下級の部位でも上等の牛肉の上を行く美味であるという。
最上級の部位の肉は食するだけで五才から十才肉体が若返るとも言われ、貴族の女性たちから奪い合いになるほど人気があるのだ。
魔獣の肉は一般に人族が食することはできないが、一角獣のような格上の魔獣の場合、肉に含まれる魔気のキメが細かく激しい発熱による副作用がないものもあるのだ。
私はじっくり狩りたかったが、なにやら一角獣を追って別のハンターたちが来る気配を感じたので、早めに勝負をつけることにした。
私は一角獣の進路上に立ち塞がり風刃を撃った。
もっとも傷付けると素材の価値が下がるので、挑発のためにわざと外して撃った。
案の定一角獣は怒って角の先から雷光を発して私にぶつけて来た。
雷光は炎の球や風刃よりも速いので、対応も素早くしなければいけない。
私は飛んで来た雷光を両手で受け止めて吸収し、再び雷光に戻してお返しにぶつけてやった。
「ぎぃぃぃぃぃ」
一角獣は悲鳴をあげたが、雷魔法を使うだけあって耐雷性がある程度あるらしく、再び雷光を撃って来た。
それをまた私が吸収し雷光に戻して撃ち返す。
その繰り返しで十数回、さすがの一角獣も魔力が足りなくなって来たみたいで反撃の間隔が長くなって来た。
私は、その間隙を縫って大きな水球をぶつけて、全身ずぶ濡れにしたやった。
その状態で一角獣が雷光を発したが、一部が濡れた体に感電して奴の体がビリビリと震えた。
「ぎぃぃぃぃぃっ」
一方私は飛んで来た雷光を吸収して、自分の魔力も加えて大きな雷球を撃った。
一角獣はそれを見て逃げようとするが、追跡機能をつけているので、大きな雷球が濡れた全身を包み込むようにして魔獣を捕らえた。
「ぎぃぃぃぃっ、ぎゃぁぁぁっ」
私はもがく一角獣に向けて今度は大きめの風刃を正確に撃った。
それは前足二本を蹄の上の部分で斬り落としたので、逃げようとした一角獣は尻上がりに前につんのめって体をひっくり返す。
私は一角獣に近づいてまだ残っている雷球を吸い取ってから胸に剣を突き立てた。
ズブズブと剣が胸に突き刺さり、暴れていた一角獣はついにぐったり動かなくなった。
その時にすぐそばまで大勢の人間が猛スピードでこっちに向かって来るのが見えた。
その勢いは私の獲物を横取りして奪うほどだったので、私は一角獣の角を根元から斬り落として体内空間に収納した。
この頃はふるさとバッグや狩人バッグは自分なりに改良して体内空間という亜空間にかなり無制限に収納できるようになったのだ。
角だけを取ったのは残りを残して逃げようと思ったからだ。
何故なら彼らは口々に一角獣の権利は自分たちにあると叫んでいて、私を泥棒呼ばわりしていたからだ。
私には意味が分からなかった。
何故なら魔獣は最初に遭遇してそれを倒した者の所有になるというのが決まりだからだ。
私は風の足でそこを立ち去ろうとしたが、同じく風の足で私を追い抜き退路を塞いだ者がいた。
その者は全身青いローブを着ていて長い髪をなびかせた男だった。
そして顎を軽く撫ぜると私を見てうっすらと笑った。
「娘よ、風魔法を使うようだな。
今隠した一角獣の角を置いて行け。
それは我々が追って来た獲物だ。
横取りはならぬ」
ミレーヌ「魔獣狩りの規則を知らないのか。
最初に止めを刺した者に所有権がある。
横取りしようとしているのはそっちだろう」
「俺は風神のナスカール。
俺から逃げることはできない。
その一角獣は我々が魔獣島で捕獲し、商業国の帝国駐屯地まで連れて来たものだ。
生け捕りした場合一度は我らの所有になったのだ。
それが逃げ出した以上、逃亡奴隷と同じく所有権はこちらにある。
渡して貰おう」
いつの間にか私は十人以上の屈強な戦士たちに囲まれていた。
ミレーヌ「奴隷の場合は奴隷紋を刻んだり、隷属の首輪で所有を証明できる。
ではこの一角獣の所有権を証明するものはなんだ?
どこをどう見ても野生の魔獣と同じで、所有を証明するものはないではないか。
だが、どうしてもというなら、そこに横たわっている体を譲ってやっても良い。
けれど角は渡さない」
そこへ体の大きな大剣使いが前に進み出て来た。
「娘よ、一角獣を仕留めたからには相当の腕なのだろう。
だがな、お前にその所有権があるということを証明するものもないのだ。
こうすればなっ」
いきなりその男は大剣を抜いて私に斬りつけた。
その速さは神業ともいうべきもので、私は左肩から先の腕を一本斬り落とされていた。
ミレーヌ「ぐわぁぁぁぁぁっ」
次の瞬間、私は自分の左腕を持ったままその場を逃げ回りながら白い霧を周囲にまき散らして彼らの視覚を奪った。
「ゴンザレス、なぜ早まった?」
「それ以外に手はなかったからだ。
こうなったら、あの女を逃がすな」
「やむをえまい、みんなで……」
私は左腕を緊急に繋ぐと、右手で霧の中の気配に向かって痺れ薬を塗った寸鉄を投げまくった。
そして最初にしたことは私の腕を切った大剣使いのゴンザレスの胴体に大槍を貫き通すことだった。
全身の筋肉に魔気を集めて一気に突き刺すと槍の先は背中まで抜けて行った。
すると風が起こって白い霧を吹き飛ばして行く。
風神のナスカールだった。
私の姿を見ると口の端をあげてから風刃の特大のものを無言でぶつけて来た。
だがその後彼は膝をついた。
寸鉄の痺れ薬が効いて来たのだ。
私は、風刃をそのまま彼にお返しした。
そして再び白い霧を辺りに張り巡らせながら、周囲に寸鉄をお見舞いした。
「束縛」
いきなり背後から土の縄が襲いかかり私の体を縛り上げた。
「ははは、女。霧で視界を奪った積りでも私は魔気の流れを感じお前の場所が丸分かりなんだ。
お前に引導を渡すのは土魔法のスタン様だ、憶えておけ」
それは私も同じことだ、土魔法のスタンとやら。
私は束縛を吸収して、そのままスタンにお返しした。
声を出しているので、私でなくてもお前の場所が丸分かりだぞ。
スタン「うわっ、なんだこれは?」
「一斉にかかれっ」
「しねぇぇぇぇ」
だが他にも魔気で位置が分かる者がいるらしく、私は矢を数本体に受け、槍や剣で突いたり斬られたりした。
痺れ薬も効くまで十秒以上かかるので、寸鉄で対応してもすぐには倒せない。
斬られても傷は塞がるが、それまでに結構失血するので、私はだんだん弱って来た。
そして足元が何かにぶつかったので、手触りで確かめると一角獣の死体だった。
霧の中で私はそれを体内空間に収納すると、間断なく続く攻撃から少しずつ退却して行った。
ほぼ全員に倒したと思われるので、風で霧を飛ばすと、十二人の男女が倒れていた。
私が飛ばした風刃で致命傷を受けた者や私が攻撃した槍や剣や棍棒やハンマーや戦斧などで傷をつけた者もいたが殆どは寸鉄で痺れて倒れていた。
私は一人の少女の魔法使いが深手を負って倒れているのを見た。
彼女は私を見ると何かを話しかけようとしていたので、聞き取ろうとしたら声がもう出ない状態だった。
私は彼女の額に手を当てて魔気をほんの少し吸収した。
間もなく彼女は事切れた。
でも魔気を吸収したので、彼女が言いたかったことは後で分かるかもしれない。
それよりも私は全身傷だらけでフラフラになっていた。
その時、痺れ薬で倒れていた大男がむっくり起きてハンマーを振り上げた。
避けようとしたがハンマーが私の頭に当たって頭蓋骨が砕ける音がした。
駄目だ。
頭を割られたらもう駄目だ。
でも気が付くとその大男の首は地面を転がっていた。
夢中で私は大鎌で男の首を刈り取ったらしい。
もう私は真っ直ぐ歩けない。
痺れ薬が効いてなかった者がもう一人いた。
真っ赤な髪の女だ。
きっと痺れ薬を解毒することができるのだろう。
赤いローブを着て杖を構えている。
「獄炎のライラだ。お前を焼き殺してやる。
骨も残らないだろう」
私は炎の巨大な玉を見た。
運動会で大玉転がしというのがあったが、あれくらい大きな炎の球が私に向かって飛んで来る。
私は下がると背中に大きな樹木の幹が当たった。
避ければ炎は樹木に当たって、私は助かる。
でもその時に幹の中から声がした。
『助けて下さい』
だから私は避けずに炎をすべて吸収した…積りだったが、自分の体も燃え上がった。
燃えながら私は吸収した魔気を元の炎に戻して獄炎のライラという女に返した。
飛んで来た炎を九割がた返したので、ライラという女は白い灰を残して燃えて消滅した。
けれども私の体も黒焦げになって生焼けの煙を上げながら後ろに倒れる。
その時また声がした。
『ありがとう。今度は私があなたを助ける』
そして意識がなくなった。
なにか長い夢を見ていたようだった。
私は目を開けると森の中に立っていた。
だがどうして自分がここに立っているのか分からない。
自分の体を見ようとして顔を下に向けようとしたが動かない。
ベリッ
頭が樹の幹から剥がれて下を見ることができたが、どこにも自分の体が見当たらない。
「くそぉぉ、私の体はどこだぁぁ」
すると樹皮だと思ってた模様が消え、私の体が見えてきたが、素っ裸だった。
体表面に結界のような薄い膜がはってあり、その結界が変化して樹の肌に見えるように擬態していたのだ。
というか私は自分の体の表面を周囲の色に合わせて変化できるようになったらしいのだ。
いつの間にこんなことができるようになったのか?
私の体は樹木の幹と同化すように密着していたのだが、体から粘液のような粘り気が消えて樹木から離れることができた。
いったい私はこの姿勢でどれだけ長い間いたのだろう?
すると樹の幹から声が聞こえた。
『さようなら。私は樹の精霊のパゴ。死にかけたあなたの体を治してあげたよ』
私は短い草が生えた地面に横たわった。
草の苦い匂いが鼻につく。
私の体の表面も草のもようになった。
きっと樹の精霊パゴが私に分けてくれた偽装の能力なのだろう。
そのお陰で私は魔獣に食べられることもなく、長い時間この場に留まっていることができたのだろう。
だが肝心なことに私は気づいた。
私は誰だろう? そしてここはどこなのだろう?
どうしても思い出すことができない。
ここまで読んで頂きありがとうございました。




