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サアディアの剣とイルヒドの杖1 ~リンディスの魔法使い  作者: 山辺沙紀
第四章 エルタドの戦い
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Ⅰ 囚われのルカ

 かなり馬を走らせたところで、フィリオはようやくオリンに追いついた。

 乗馬の技術の差というよりは、オリンの馬がバテてきたのが理由だった。

 ロアナの馬は駿馬として名高い。旅の疲れもないフィリオの馬は実によく走った。

 一方、オリンの馬は疲労を隠せないでいる。

 オリンは馬の鬣を撫でた。

「頼む、もう少し耐えてくれ」

 馬蹄を轟かせて、オリンとフィリオは疾走した。

 

「ダルティーマのファドか」

 イズンとともにいた男。あなどれない雰囲気をかもしだしていた。

 しかも魔剣の所持者となると、この先、エルタドでは熾烈な戦いになるだろう。シャランダールが素直に従ってくれればいいのだが。

 オリンが爪を噛んだ。

「堂々と名乗って人さらいとは。なんて、ふてぶてしいやつだ」

 オリンの声に、いつものような陽気さは微塵も感じられなかった。

 妙な仮面をつけて不気味な奴。ルカが無事であればよいが。

 

「イズンのことはすまない」

 ずっと押し黙っていたフィリオが声を低くしてつぶやいた。

「手柄を立ててダルティーマへ寝返ろうとしているなど、今日まで気づかなかった」

 これは連帯責任だ。ロアナの番人として、許されない失態だった。

 オリンはフィリオを横目でみた。イズンと違い、フィリオはあまり感情を表に出さない男だ。

 それでもいまは、ひどく落ち込んでいることがわかる。

「この件で、誰かを責めようとしたら、オレはオレが一番許せなくなる」

 オリンは唇を噛んだ。シャランダールと引き換えにと要求されたが、ルカは、ダークロアの書も持っている。そのことに奴らが気づいていないとも思えなかった。鍵がないから、悪用されることはないだろうが、もしレーシャの手に渡れば、どのような形で、利用されるかわからない。

 

「今は先を急ごう」

「すまない」

 フィリオは軽く頭をさげた。

 イズンとはいずれ決着をつけなければならないと思っていたが、まさかこのような形で結論を急かされるとは思っていなかった。

 シェイアのことを含め、魔剣ディスティナに選ばれたとき、フィリオのなかにはたしかにイズンに対して優越感に似た、勝ったという感情が芽生えた。

 イズンが劣等感、いや、憎しみを抱くようになっていたとしても不思議ではない。

 数年間のわだかまりが、野望に変化しただけのこと。

 ルカやオリンを巻き込んでしまったことが悔やまれてならない。

 平和なロアナでは魔剣をふるう機会も少ない。平和ボケしているフィリオをみて、歯痒く思っているイズンの気持ちには薄々気づいていた。

 すぐ近くにディスティナやシャランダールがあるのに、野心を抱かないほうが、どうかしていると。

 シェイアが欲しくないのかと、めんとむかって、いわれたこともある。イズンは普段から警鐘を鳴らしていた。

 イズンがどう思っているにせよ、フィリオにとってイズンは兄弟同然の存在だった。友でもあると、信じていた。

 色々もめることは多いが、イズンがロアナを離れることなど決してないと思っていた。   


 ファドはダルティーマの魔女の側近である。噂だけは耳にしていたが、まさかこのロアナで出会うことになるとは思っていなかった。

 部外者に聖地への立ち入りを許してしまったことを、シェイアは自分の責任だと感じている。だが、どう考えてもフィリオの失態だ。

 シェイアに対しても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 彼女は気丈に振る舞っていたが、今頃ひとりで泣いているに違いない。

 フィリオは血がにじんでくるほど強く拳を握りしめた。


***


 ロアナを出て、エルタドまで残り半分の距離となったところで、オリンとフィリオは顔を見合わせた。

 この辺りはドラゴンの生息地である。ドラゴンが徘徊していても何ら不思議はないが、どうもそのドラゴンは様子が違った。

「あれっ? ひょっとしてオレの知ってるドラゴンかも」

  オリンが声を張り上げた。 

「やっぱりそうだ。ラダティムールだ」

「ラダティムール?」

「うん。おれんちで飼ってる竜だ」

 オリンは近づいてみることにした。

「なんでこんなところに。逃げてきたのか――? まさか、ユクトの奴、食べられちゃったんじゃ」

「凶暴なのか?」フィリオが剣の柄に手をかける。オリンはあわてて制した。

「凶暴というよりなついていないだけだ」

「ペットなのに、なついていないとは……一体どういう飼い方をしてきたのだ」

 思わずフィリオは呆れ声でつぶやいた。

 オリンもユクトも生き物を乱暴に扱うような人柄でないことを知っているだけに不思議に思う。

「気を付けろ。飛び方が変だ」

 オリンは目を凝らした。

「言葉は通じないんだ。何考えてるかわからないから気を付けろ」

「誰かが背に乗っている?」

 ドラゴンの背にまたがる男の顔を見て、オリンとフィリオはほぼ同時に叫んだ。

「ディール」

「ディール様!?」


「どうした二人とも。血相を変えて。何かあったか?」

 ディールはドラゴンの上から、動揺しているふたりの若者を見下ろした。

「あんたは何しているんだよ」

「なぁに、大きさの程よいドラゴンがうろついていたのでな、試しに乗ってみたら、なかなかの乗り心地」

 ディールはドラゴンの頭を撫でた。

「首輪があるので、野良ドラゴンではなさそうだが、なあに餌代がかさむかなにかで捨てられた可能性もある。ちょうどいいので、飼い主が見つかるまで鞍替えというわけだ」

「オレんちのドラゴンだよ。ドロボー」

 オリンの恨みの一言は、ディールの耳には届かなかったようだ。この男、たしか地獄耳ではなかったか。聞こえぬふりを決め込んでいるようだ。

 そんな都合よくいくか。オリンはラダティムールに近づいた。

 ラダティムールはオリンの声を聞きつけると、目の色を変えた。

 ディールを振り落とすと、一目散にオリンに飛びかかっていく。

「うわっ。なんだよ」

 馬をかばいながら、オリンは身をひるがえす。

 大きく口を開けたドラゴンはオリンの小さな体に食いついた。

「オリン!」

 振り落とされたディールとフィリオが、叫ぶ。

 特にフィリオは顔面蒼白で、狼狽えた。

「オリン! まさか積年の恨みが牙となって!? 餌をやらなかったとか」

 すぐ助けに行きたいが、馬が暴れてなだめるのに必死だった。

 ドラゴンの口のなかから、オリンの声がかすかに聞こえてきた。

「大丈夫、じゃれているだけだから」

「なついていないのではなかったのか。それにどうみてもかじられているぞ。牙も皮膚に食い込んでいるじゃないか」

「甘噛みだよ。甘噛み。ラダティムールのはちょっと強烈だけど」

 やがて、ドラゴンの口から解放されたオリンはべたべたになった体を手で拭いながら、笑った。

 ラダティムールはオリンをじゅうぶん「味わった」ようで、おとなしくしている。

 フィリオはようやく安堵し、ディールはいままでとんでもないものに乗っていたのだと、小さく唸った。


***


 ロアナの若者が、聖地を飛び出して来たことといい、滅多に慌てないオリンが焦っている様からして、ただごとではない。

 事情をきいたディールはあごひげを撫でながら、

「エルタドなら今は廃墟のはずだ。妙な場所に呼び出すものよ」

「とにかく早くルカを助け出さないと」

 謎の仮面男を思い出してオリンは身震いした。

「不気味な奴だった。ファドとか言ってたけど、レーシャさまの下僕なんだって」

 レーシャと聞いて、ディールが顔色を変えた。

「ダルティーマの魔女か……」 

「知ってるの?」

「いつ頃からだったかな、あの女がそう呼ばれるようになったのは……」

 ディールは、言いよどんだ。 

「レーシャ様って。たしかダルティーマのお妃さまだろ」

 オリンが考え込む。そういえば、ルカと一緒に探していた人物だ。

 なんと皮肉な話だろう。これから会いに行こうとしていた相手の方から接触してきたということか。

 だがルカが会いたかった相手なのだから、それでいいという話でもない。

 レーシャ様の側近だかわからないが、あんな不気味な男に連れ去られたルカを放っておくことなどできない。

 友達として男として、このまま引き下がるわけにもいかない。

「魔剣シャランダールともなれば、ダルティーマが欲しがるのもわからなくはない」

 ディールが目を光らせた。

「だが、部下の暴走とも考えられるな」

「レーシャ様のご機嫌取りってこと?」

「そうなるな」

 だが、覚悟しろオリン。ディールは釘を刺す。

「一度魔剣と契約を果たした宿主は、自分の意志で魔剣を放棄することができない。つまり一度所持した魔剣は宿主が死ぬまで、だれか他の者に譲ることは不可能なのだ」

「つまり第三者が魔剣を奪うとするならば、殺して奪うしかないってことだね」

 オリンは背筋を凍らせた。先ほど、簡単にあげるなどと口走ってしまったことが、空恐ろしい。

「かんたんに譲渡できるものでもないってことか」

 フィリオが腕を組む。

「つまりエルタドでオレを殺す、といっているわけか」オリンは小さくうめいた。 

 おびき出されたのは、聖地ロアナで血が流れることをイズンが嫌がったからかもしれない。

 殺されるとわかっていて、のこのこ顔を出すのは、浅はかなことにも思えた。

だが、ルカが人質にとられているのだ。逃げ出すわけにはいかない。

 オリンは一同をみまわした。

「奇妙なめぐりあわせだよね。魔剣がいま、三本もそろっている」

 三人は顔を見合わせた。フィリオが感慨深く同意する。

「オリンのシャランダール」

「ディールのクィヴィニア」

「フィリオのディスティナ」

 オリンは、少しだけ緊張の糸をほぐした。

「正面からやりあえば、オレ達の圧勝だな」

 ディールは厳しい表情のままだった。

「油断はできぬぞ。レーシャも魔剣所持者だ。まさかレーシャ自らがエルタドに赴くとは思わぬが、万が一ということがある。それにレーシャの配下、ファドという男、かなりの手練れと聞いている。気を引き締めていこう」

 魔剣の本数で勝負がつくものでもない。むろん、こちらの手札は大いに越したことはないが、ルカを盾にされる可能性もある。

 

「いずれにせよ、これでエルタドに行ける」

 ラダティムールの頭をなでながらオリンは北の空を睨んだ。イリュリースの東西を流れる大河を越えた先に、深い谷があるが、がむしゃらに馬を走らせてきたが、渓谷から先のことはあまり考えていなかった。 

 ラダティムールならば飛び越えていけるはずだ。


「三人も乗れるかなぁ」

 オリンはラダティムールの黄金の目をみつめた。

 馬の疲労もあり、一同は馬を野に放ち、ラダティムールにすべてを託すことにした。

 ディールとイズンが背に乗り、オリンは前足で捕まれて飛ぶこととなった。

「絶対に離さないでよ。ラダティムール」

 オリンは念を押したが、なんなら咥えていってもいいと言わんばかりにラダティムールは口を開いて喉を鳴らした。

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